「もう彼とは無理…」別の男に心奪われた女が受けた、残酷な罰とは

「もう彼とは無理…」別の男に心奪われた女が受けた、残酷な罰とは

人のものを奪ってはいけない。誰かを傷つけてはいけない。

そんなことは、もちろんわかっている。

しかし惹かれ合ってしまったら、愛してしまったら、もう後戻りなんてできない−。

渋谷のWEBメディアで働く三好明日香(24歳)には、学生時代から続く彼氏・昭人がいた。しかし小さな心の隙に、ある男の存在が入り込む。

ヘッドハンティングでやってきた新しい上司、大谷亮(おおたに・りょう)。

次第に距離を縮めるも、気持ちをセーブしていた明日香だったが、出張先のホテルで大谷からキスされ想いが溢れてしまう。

ところが同僚の徹から、大谷が結婚していると知らされた。



「三好、おはよう」

朝、オフィスのエレベーターホールで後ろから声をかけられた。

その甘く優しいはずの声が、しかし今となっては残酷に胸を抉ってくる。

「おはようございます」

無理やりに笑顔を作ってはみたが、上手には笑えていないだろう。私はそんなに器用な女じゃない。

−大谷さん、結婚してたよ−

事実を知らせてくれた徹の言葉が蘇り、私の胸は再びズキズキと痛んだ。そしてその後で、今度は「どうして」という疑問が湧いてくる。

どうして。結婚しているなら、どうして私にキスなんかしたの…?

できることならば今すぐ大谷を問い詰めたい。ひどい男だって、責めたい。

しかしそんなことが言えるはずもなく、悶々としているうちに昇りのエレベーターが到着してしまった。

出勤時刻より随分と早いからか、周囲を見渡すと私たち以外に誰もいない。

−今、二人きりになりたくない。

「あ…あの私、コーヒー買ってから行くので...!」

私は咄嗟にそんなでまかせを言うと慌てて踵を返し、エントランスにあるスタバへと舞い戻った。

不自然だったかもしれない。変に思われたかもしれない。しかしたとえそうだとしても、別にもう関係ないのだ。

大谷は結婚している。

彼が私にキスをした理由をいくら考えたところで、大谷への想いを確信したところで、もうこの恋に未来はないのだから。


大谷を忘れようと試みる明日香…しかしそう簡単にはいかない

それから私は、大谷との接触を極力避けるようになった。

もちろん直属の上司だから、仕事での絡みはなくならない。

しかし、例えば報告や相談があるときはそばに人がいるオフィスフロアを選んだり、部屋で大谷と二人きりになることのないよう、チーム会議には必ず徹と同時に入るようにした。

必要以上に近づかないように。これ以上、彼を好きになってしまわないように。

そうやって自分から意識的に距離を置いてみると、あれほど近くに感じていたはずの大谷の存在も、驚くほどすんなり遠ざかった。

打ち合わせの途中でふいに目が合うこともない。冗談を言って笑い合うことも、他愛のない話をしながら並んで歩くようなこともなくなった。

…大阪のホテルで彼にキスされたことさえ、もはや幻だったのかもしれないと思えてくる。

別に、私は何かを失ったわけじゃない。ただ大谷と出会う前の私に戻っただけ。

しかし彼の存在は私の世界を一瞬にして鮮やかに塗り替えてしまったから、急に輝きを失った日常は、まるでモノクロにでもなってしまったかのように色褪せて見えた。


昭人の誘い


「…大丈夫?なんか、元気ないみたいだけど」

自宅でベッドに横たわりぼんやりとしていた私は、スマホから聞こえる昭人の声にハッと我に返った。

「え?あ…ごめんね。最近ずっと遅くまで仕事してたから、疲れちゃっただけ」

慌てて明るい声を出し笑顔で取り繕う。昭人の前で仕事を言い訳にしてしまったことをすぐさま後悔したが、それは私の取り越し苦労だったようだ。

「そっか、明日香も大変だよな」

思いがけず優しい言葉をかけてくれたのに、私はなぜか胸がぎゅっと締め付けられた。

大谷と距離を置くと決めてから、私は再びできる限り毎晩、昭人と電話で話すようにしている。

たとえ無理やりにでも繋がっておかないと、私たちの絆はあっという間に解けてしまう気がして。

「明日香、週末に軽井沢でも行こうか」

黙り込んでしまった二人の沈黙を破ったのは、昭人からの思いがけぬデートの誘いだった。

この夏の試験に必ず合格し、今年こそ公認会計士としての一歩を踏み出す。それが昭人の目標であり誓いだったから、この1年私たちはデートらしいデートをほとんどしていない。

飯田橋にある昭人の実家近くで短い時間お茶をしたり、彼の気が向いた時に私の家に泊まったことが数回ある程度だ。

「え…でも昭人、試験直前なのにいいの?」

「ああ。俺もちょっとリフレッシュしたい気分なんだ。明日香と行くなら、親が別荘使っていいってさ」

「そうなんだ。嬉しい…ありがとう」

私は努めて、はしゃいだ声を出す。

…もちろん、昭人が軽井沢旅行を計画してくれたことは素直に嬉しかった。

けれど自分でも最低だと思うが、私はこれが大谷とのデートだったら…という空想をせずにはいられない。

大谷が私を車で迎えにきてくれて…その車中を考えるだけで、私の胸は少女のように高鳴る。

どんな車に乗っていて、私服はどんな感じだろう。仕事をしていない時の彼は、どんな目で私を見つめるのだろう…。

私はそんな妄想を結局、当日、昭人が運転する車の助手席でさえやめることはできなかった。


昭人と軽井沢へ。しかしこの週末旅が、明日香と昭人の“終わり”を決定的にする

私はもう、彼を愛していない


決定的な出来事が起きたのは、昭人が予約してくれた『エンボカ』でのディナーを終え、別荘で夜を迎えた時だった。

もともとあまり強くないのと疲れていたこともあり、私はシャンパンと2杯のワインで眠くなってしまって、先にシャワーを浴びさせてもらい寝室で横になっていた。

気がついたら眠ってしまっていたようで、夢うつつの中、妙な感覚にハッと目を覚ます。すると、昭人が私に覆いかぶさっていたのだ。


それに気がついた瞬間…私の体中を嫌悪が走った。

これまでに何度も抱き合い、馴染んできたはずの昭人の手が、肌が、唇がまるで知らない男のもののように感じられる。

私はその時、心を誤魔化すことはできても、女の体は残酷なまでに正直なのだと思い知った。

−私は昭人を、もう愛していない−

そのことに、本当はもうずっと前に気がついていたはずだった。

それなのに自分を偽り、嘘を重ねてきたのは他ならぬ私自身だ。

昭人は何も悪くない。私には昭人を拒絶する権利なんかない。これは…私が受けるべき罰なのだと思った。

どれだけ優しく触れられても、一向に潤ってくれない心と身体が痛くてたまらない。

けれど…昭人の試験が終わるまで。せめてそれまでは、彼を傷つけたくない。

私はシーツを握りしめたままぎゅっと強く目を瞑り、ただ時が過ぎ去ってくれるのを待った。





軽井沢から戻って間もなく、8月末になると、いよいよ昭人の論文試験が始まった。

それと時を同じくして、私たちの新卒採用活動も終盤を迎えていた。

社員100名弱のWEBメディアが行なった、初めての新卒採用。

目標数字は、5名。優秀な学生しか要らないという社長の指示で、東京も大阪も上位校の生徒だけを対象にしており、そんな中で目標を超える8名の内定者を確保できたことは正直、快挙だった。

「素晴らしい、よくやった!長瀬、三好、本当にお疲れさま」

内定辞退されないようフォローし続けなければならないものの、ひとまず大満足の結果だ。

大谷は私たちを手放しで褒めてくれたが、しかし徹も私も考えていることは一緒だった。

「いや、大谷さんの力ですよ。大谷さんと話すと、学生たちの顔つきが変わるのがわかりましたもん。ほんと、さすがだと思いました。改めて…」

徹が語る言葉に、私も大きく頷く。

私や徹ではイマイチ響かなかった学生でも、大谷が口説き始めると一気に形勢が変わる。そういう場面が何度もあった。

「私もそう思います」

徹に重ねて同意すると、大谷はふっと表情を和らげ、私に向かって微笑んだ。…その瞬間、不覚にもドキッとしてしまい、私は慌てて下を向く。

油断したらダメだ。せっかく距離を置いて接してきたのに、こんな些細なことでも
心が引き戻されてしまいそうになる。

しかしそんな私の心を知る由もなく、大谷は威勢の良い声を出した。

「…よし!今日は久々に3人で飲みに行くか」
「いいですね!じゃあ俺、店予約しときます」

答えを迷う間もなく徹が応じ、「三好も行くだろ?」と私の顔を覗く。

そうして徹に促されるまま、私はこくり、と頷いてしまったのだ。


久しぶりに大谷と飲みに行くことになった明日香。そこで事態は急展開を迎える

溢れ出した想い


徹が予約してくれた『並木橋なかむら』で、私たちは久しぶりに盛り上がった。

ここ最近はずっと緊迫したムードで仕事ばかりしていたが、3人で飲み始めたらあっという間に以前の空気が戻り、知らぬ間に時間が過ぎていく。

油断してはいけない。

そう思っていたはずなのに、相変わらず冗談ばかり言う徹に、私はつい大谷と顔を見合わせ笑ってしまう。途切れた会話の合間に、視線を絡めてしまう。

しかし22時を過ぎたころ、徹が突然「学生時代の仲間に合流する」と言い出し席を立ったところで、私はハッと我に返った。

「俺…そろそろ失礼します」
「え…じゃ、じゃあ私もそろそろ帰ります!」

徹がいるから大丈夫。それが私にとって免罪符であったのに、ここで彼にいなくなられては困る。

私が妙に慌てて声をあげたものだから、一瞬の空白が私たちを包んだ。

しかし徹はどうやら急いでいるらしく、私の必死なアイコンタクトにも気づかぬまま「お先に失礼します」と先に店を出て行ってしまった。

「…じゃあ、お会計を」

図らずして二人きりになってしまい焦る私をよそに、大谷は特にいつもと変わらぬ様子で店員を呼び止めている。

…いつもそうだ。

焦ったり狼狽えたり、傷ついたり。心をかき乱されるのはいつも私だけ。大谷には奥さんがいて、私のことなんて、ただの部下としか思っていないのに。

だけど…だけどそれなら、どうして私にキスしたの−?

「私も…帰ります」

居た堪れなくなった私は、不自然を承知で席を立った。これ以上二人きりでいると、良からぬことを口走ってしまいそうで。

それは私にとって精一杯の防御だった。

奥さんのいる人を、これ以上好きになってしまわないように。道ならぬ恋に、溺れてしまわないように。それなのに…。

「待って」

立ち上がった腕を掴み、あろうことか大谷が私を引き止めたのだ。

「そんな、あからさまに避けないでよ…寂しいだろ」

驚き振り返った私の目に映る大谷は、これまでに知る彼とは別人のようだった。弱々しく、まるで懇願するような瞳で私を見つめていたのだ。

「…離して」

小さく呟いても、大谷は黙ったまま手を離そうとしない。

むしろぐっと力を込めた掌の感触に、私はもう、溢れ出す想いを止められなかった。

「やめて…私、大谷さんのこと、好きになりたくないのに…」


▶NEXT:12月22日 土曜更新予定
ついに溢れ出した想い。大谷は明日香を受け入れるのか…?



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