こんなに酷いことをされてもなお、「夫に愛されている」と信じる女。妻が“小さな嘘”をつき続ける理由

こんなに酷いことをされてもなお、「夫に愛されている」と信じる女。妻が“小さな嘘”をつき続ける理由

可憐な妻と優しい旦那。

わたしたちは、誰もが羨む理想の夫婦だったはずなのに。

若くして結婚し、夫の寵愛を一身に受ける真美・27歳。

鉄壁で守られた平穏で幸せな生活が、あることをきっかけに静かに狂っていく。

そしてやがて、気付くのだ。この男が、モラハラ夫だということに。


優しく穏やかなはずの夫・陽介が、ある夜から少しずつ変わっていく。

夫に内緒で婦人科に行った帰りに、懐かしい友人・颯太に会った真美は、思わずその場で泣き出してしまい…



「少しは落ち着いた?ほら、これ飲んで。」

留衣からマグカップを受け取ると、真美は息を整え、熱い紅茶を口にした。涙と湯気の向こう側に、心配そうな留衣と颯太の姿が見える。

「…何かあった?」

マグカップの中身をじっと見つめ、なかなか口を開かない真美に、聞き辛そうに颯太が声をかけた。

陽介に内緒でピルを手に入れた帰り道、公園で偶然颯太に会い、張り詰めた緊張感が解けたのだろうか。不覚にも、その場で涙を流してしまった。

周囲の視線から守ろうとしてくれた颯太に向かって、真美は咄嗟に「…離れて」と震える声でつぶやいた。颯太は訳が分からずショックを受けていたようだが、真美のために留衣を呼び出してくれたのだ。

留衣は駆けつけるや否や、真美の異常を察知したようで、半ば無理やり自宅マンションに連れ帰ったのだった。

「迷惑かけて、ごめん。…主人と、上手くいかなくて。」

言うか言うまいか迷ったが、これ以上自分の中だけに留めておくのは、もう限界だった。

自分を心配する陽介によって、生活の全てを管理されていることを始め、夜間の外出を止めようとクローゼットに閉じ込められた事や、颯太と会ったことを黙っていた罰としてスマホを茹でられた話まで、真美は淡々と吐き出した。

流石にバッグに忍ばせたピルの件は、颯太の手前、話すのはやめた。それでも十分すぎるほどのインパクトがあったようで、話が進むにつれ、留衣の表情はどんどん険しくなっていく。

「…それ、マジな話?」

颯太は腕を組み、眉をしかめている。真美が繰り出すエピソードが、現実のものだとはにわかには信じがたいようだ。

「うん。普段は優しい人なのに、たまに怖くてどうしようもなく思えるときもあるの。

でも、私が主人との約束を破ったり、気に食わないことをしてしまうのが、全ての原因で…私が悪いから…。」

「真美、それってさ。」

もごもごと話を続ける真美を、留衣が遮った。

「それって…モラハラじゃない?」


留衣の指摘に、真美は…?

「モラル・ハラスメント、精神的なDVみたいなもの。真美の旦那さんの行動、まさにそれだよ。」

ー陽介さんが、モラハラ…?

モラハラという言葉は、もちろん真美も知っている。だがそれはテレビの中の出来事で、まさか自分が当事者だなんて、考えられない。

以前ワイドショーで見た芸能人夫婦の離婚のニュースでは、夫がモラハラ気味で、元アイドルの妻の家事に細かく文句を言っていたと報道されていた。

だけど、陽介はその真逆だ。真美のやることに対して毎日感謝の気持ちを言葉にしてくれるし、嫌味を言われたことなど、一度もない。

「うーん、でもモラハラとは違うと思う。私が頼りなさすぎるから、こんなことになっちゃっただけなのかな。ハハ…」

乾いた笑いとともに真美はやんわりと否定するが、留衣は納得していないようで、スマホの画面を真美に向けた。

「見て。モラハラ加害者の特徴。”自分が常識であり、真実や善悪の判断者であるように振る舞う”。これ、当てはまるよね。…真美、前会った時、自由に外出させてもらえるよう話してみるって言ってたの、ちゃんと話せた?」

「あれは、結局うまく言えなくて、主人を勘違いさせちゃったの。私の伝え方が悪かったみたいで、それで」
「私が私がって、真美は何も悪くないじゃない!」

興奮して立ち上がった留衣の目には、うっすら涙が浮かんでいる。颯太は、留衣に落ち着くように声をかけた後、真美に「独身の俺が言うのもなんだけどさ」と、切り出した。

「夫婦って対等なものじゃねえの?納得して従っているのならそれでいいけど、違うんだろ。

無理やり約束をさせられてるんなら、それは、愛情でも思いやりでもなくて、…支配だよ。」



ー陽介さんに電話しなきゃ、電話しなきゃ…

引き留める二人から逃げるように家を出てすぐ、真美はキッズ携帯を取り出した。もともとは2時間の外出の予定だったが、すでに15分近くも時間をオーバーしているのだ。

「もしもし?」
「よ、陽介さん、あの、病院が混んでいて、電話ができなくて。今すぐに帰ります!」

呼び出し音が聞こえないほどのスピードで電話に出た陽介は、真美の声を聞き「ああよかった」と安堵の声をあげた。

「さっき家に電話したら出なかったから、何かあったのか気が気じゃなかったよ。ちょうど携帯にかけようとしていたところだったんだから。病院は電話できないから仕方ないけど、今度からは少し外に出て電話をするようにね。」

「ごめんなさい。家に着いたら、また家から電話するから。…じゃあ。」

電話を切った真美は自宅への道を急ぎながら、陽介の口調が怒りに満ちていなかったことにホッとしていた。

思えば、最近の真美は、陽介の機嫌が悪くならないことを最優先に全ての行動を決めている気がする。

さらに、陽介に恐怖を感じ始めてから、真美は積極的に嘘をつくようになった。自分を守るための小さな嘘を、夫の怒りの導線に点火させないための防御策として。

ーそれは、愛情でも、思いやりでもなく、支配だよ。

颯太が絞り出すように言った言葉が、真美の頭の中で何度も繰り返されていた。


そして、颯太の心配が、とうとう現実のものに。

手土産とともに帰宅した陽介は、真美の心配とは裏腹に上機嫌だった。

「マミちゃん、最初に僕と話した時の事、覚えてる?」

夕食後、陽介は珍しくワインを飲みながら、昔話を語り始めた。

「…うん。飲み会の席で、だったよね。」

陽介の存在は、入行してすぐ知った。部署ごとの説明会で、プレゼンターとして前に立った陽介を見て同期が「かっこいい」と騒いでいたので、なんとなく印象に残っていた。

その数ヶ月後に行われた何かの飲み会で、真美は横に座った男性行員に絡まれていた。酒に弱いのか、酔っぱらった彼はセクハラまがいの発言をし出したのだ。

困った真美が席を立ち、しばらくして戻った時、彼の代わりに横に座っていたのが陽介だった。「同期が迷惑をかけてごめんね」と陽介から声をかけられたのが、二人の最初の会話だったはずだ。

「あの時、何も言えずに震えていた君を思い出すたび、思うんだ。大切な、愛するマミちゃんに、二度とあんな思いをさせないって。プロポーズしたとき、僕は自分自身に誓ったんだ。」



頰を紅潮させ熱弁を続ける陽介を見つめながら、真美は出会った頃の陽介のことを思い返した。

それはそれは優しかった陽介は、機嫌が悪くなると怒鳴りだす父とも、学生時代におままごとのような交際をしていた男子とも全然違う、落ち着いた大人の男性のように思えた。

若くて無知な真美にとって、聡明で頼りになる陽介は、まさに理想の男性だった。

ー昔から、私は、この人に愛されているのよ。だから、大丈夫、大丈夫。

真美は、夫が自分に向ける想いの真意を確かめるため、思い切って切り出した。

「陽介さん、私、あの時よりも大人になったと思う。だから、必要以上に守ってもらわなくても大丈夫なの。
…自分のことは自分で決められるし、陽介さんはもう心配しないでほしい。」

震える手を合わせながらそう告げると、真美は夫の表情を恐る恐る伺う。

陽介は、無表情でしばらく真美を見つめた後、ワイングラスを置くと、真美の前にヌッと立ち上がった。

「あーあ。

せっかくのプロポーズ記念日なのに、君のせいで台無しだ。ああ、白けるなあ。」

夫の目に差し込む冷たい影に、真美の体は凍りつく。目を逸らした妻の耳元で、陽介はゆっくりと言葉を発した。

「もう一度教えてあげるよ。僕がいないと、君はな・に・も・で・き・な・い。」

ーそれは、愛情ではなく、支配だ。

脳内に充満する夫の息遣いの奥で、颯太の忠告が確信に変わった。


▶NEXT:1月24日 木曜更新予定
夫の正体にとうとう気づいた真美は、ついに反撃を試みるが…?



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