愛欲に溺れる人気絶頂バツイチ俳優を、15年間支えた挙句に捨てられた女。彼女の知らぬ男同士の密約とは

愛欲に溺れる人気絶頂バツイチ俳優を、15年間支えた挙句に捨てられた女。彼女の知らぬ男同士の密約とは

人はいつだって、恋できる。

だが振り返ったときにふと思うのだ。

あのときの身を焦がすような激しい感情を味わうことは、もうないのかもしれない。あれが「最後の恋」だったのかもしれない、と。

それは人生最高の恋だったかもしれないし、思い出したくもない最低な恋だったかもしれない。

あなたは「最後の恋」を、すでに経験しているだろうか…?

この連載では、東京に住む男女の「最後の恋」を、東京カレンダーで小説を描くライター陣が1話読み切りでお送りする―。

前回は、イケメン俳優・タケルと1年限りの恋をした女性を紹介した。

今回はそんなタケルを傍で見守ってきた、あるマネージャーの物語―。



「タケルさん、今夜もお疲れ様でした。明日のオーディションは12時からで、時間はあるけど、今夜は女の人のところに行かないでちゃんと部屋に戻ってくださいね。…俳優人生の大一番よ」

私は車のバックミラー越しに、後部座席のタケルを見た。私の声なんてまるで聞こえない、というふうに彼は外を見ている。

15歳の頃から、15年来の付き合い。友人として始まって、今では何かの冗談みたいに、この問題ばかり起こすスーパースターの「マネージャー」として運命を共にしている。

―見れば見るほど、なんたる美貌…。

長年見慣れているにも関わらず、鏡ごしでさえ、ふとした瞬間に嘆息する。

鋭角に切れ上がった顎、薄い唇。大きくて深い眼裂に、信じられないほど大きく深い菫色の瞳がはまっている。

このちょっと信じられないような容貌に、タケルは予想外とも言うべき、驚異的な身体能力と演技力を合わせもっていた。

はじめは大勢いるイケメンアイドル俳優。

でもまずはドラマのプロデューサーが、やがて視聴者が、そして著名な映画監督までもが、彼が稀有な俳優であることに気が付いていく。


タケルの時代が、来ようとしていた。


長年の友人として、第一マネージャーとして、「明日」が勝負だと、自分に言い聞かせる。

明日、タケルの、そして私の運命が変わるかもしれない。


タケルと蓮子の、「運命の日」に何が起こる?

天国と地獄


ハリウッドの有名監督が、サムライ大作映画の主役を探している。

そう聞いたとき、この仕事は、絶対にタケルが獲らなくては、獲るべきだと、事務所は大いに沸いた。

元来頭が良く、先を見通す力があるタケルは、見かけよりもずっと緻密で努力をする。才能があるだけに、やがて日本の芸能界の絶頂では退屈するだろう。海外進出するには最高のタイミングだ。

「マネージャー、お腹すいたな。何か家で作ってよ」

タケルが不意に、外を見たまま口をひらいた。まったく人をなんだと思ってるのか。

二十歳そこそこで結婚した年上の妻を捨て、その原因となったこれまた年上の人妻との情事を重ねていることを、私はお見通しだった。

もっと言えば、常に女は他にもいた。なんとかマスコミに漏れないようにプライベートの時間も投げうって奔走し、そのために私は気が付けば高校時代からの恋人、隆太郎との結婚のタイミングも逃し、友人さえも減っている有様だ。

その上ハウスキーパーがわりにするとは。顔が良ければ何をしても許されると思っているのか。タケルめ。

「冷蔵庫におかずの作り置きがあります。でもお酒はダメ。水分もとりすぎないで。あの監督に直接会える、おそらく最初で最後のチャンスよ」

最後は自分に言い聞かせるように、つぶやく。

この役を獲れば、再来年、必ず世界がタケルに恋をする。私たちの目標が、一つの山場を迎えようとしていた。





事務所の社長から、タケルが主役に内定したと告げられたとき、私は冗談抜きで、人生で一番嬉しかった。

「た、た、タケル〜!やったじゃない!」

思わずマネージャーとしての立場と敬語を忘れ、本人にしがみつく。

片田舎の演劇少女だった自分が、必死で勉強して早稲田の演劇専攻に入り、夢の舞台制作に一歩近づいたかと歓喜した日も。

大手劇団の舞台スタッフの最終面接で落ちて失意のどん底から、俳優としてすでに売り出し中だった高校の親友タケルの口利きもあって、舞台部門を擁する芸能プロダクションに拾われた日も。

涙が吹きこぼれる、という、こんな興奮を味わうことはなかった。

「なんで蓮子が泣くんだよ」

一緒に社長の言葉をきいたタケルが、呆れたように笑ったけど。

クールで女にだらしないけど、人一倍負けん気が強く、仕事に対してはストイックなタケル。

何も語らなかったが、この半年間恋愛のごたごたで悩み、人知れず何かに深く傷ついたことは、そばにいた私には明白だった。

それでも多くを語らず、涼しい仮面の下で努力し、掴んだ勝利。涙なしで、いられようか。

「ははは、タケル、いい『女房』がいて幸せだな。さあこれから忙しくなるぞ、撮影は年単位だからな。殺陣の特訓もある。日本のスケジュールをどんどん前倒しにして、再来月にはアメリカだ。蓮子も頼むぞ」

年単位でアメリカに行く。

覚悟の上だったが、実際に決まると、私の胸に真っ先に浮かんだのは、タケルの親友で、私の最愛の恋人、隆太郎の顔にほかならなかった。

それを振り払うように頭を振ると、仕事中はきつく一つに結った髪が背中で波打つ。その時、タケルが何でもなさそうに社長に言った。

「社長、向こうではハリウッドの最新事情に詳しい現地エージェントのスタッフをつけてください。俺、やるからには本気で挑戦したいんです。蓮子は邪魔だ」


海外進出を前に、切り捨てられた蓮子。事態は思わぬ方向に…。

長い春の終わり


結局、私はタケルの渡米を機会に、マネージャーを降りることになった。

そもそもタケルには、私が担当する前に一人ついていたマネージャーがいた。しかしクールな知性派で、一見何を考えているかわからないタケルは、その体育会系の男性マネージャーとは相性が悪かったのだ。

結局気心の知れた私に白羽の矢が立って以来8年間、二人三脚でやってきた、つもりだったのに。

タケルはいともあっさりと、私を切った。

「そりゃ、英語もできないし、現地に詳しい人がマネージャーのほうが早くなじめるだろうけど、あんまりじゃないの」

思わず口をついた愚痴に、個室のテーブルにつきながら、恋人の隆太郎がふふ、と笑う。



「タケルらしいな、やるとなったら背水の陣で挑みたいんだろ。でも今夜は楽しくやろう、3人でメシなんて何年ぶりだ?」

「いっつも男同士で飲みに行っちゃって、私はのけものだもんね」

「蓮子は仕事で毎日タケルに会ってるだろ。たまには仕事抜きで華やかじゃない奴と馬鹿話がしたいんだよタケルは」

高校時代に私と隆太郎が所属していた演劇部に、タケルを客演という形で引っ張り込んで以来、私たち3人は親友だった。

演出家を志望していた私は結局芸能プロダクションに入れたものの舞台制作部署には行けず、脚本家志望だった隆太郎は紆余曲折あって文芸誌の編集者になった。

でも、たとえ夢を叶えられなくても、私にとっての「隆太郎の価値」は何ら損なわれなかった。

むしろ、自分は創造するよりも客観的に批評したり才能をサポートしたりするほうが向いていると言って真摯に編集者として邁進する彼を、年々深く愛し、尊敬していた。

隆太郎といると、いつでもその穏やかな見かけの下に潜む、強さを確かに感じることができる。傍から見たら普通の男、ただのサラリーマンだったが、私の心は15歳の春から一度も、彼から離れることはなかった。

隆太郎もそうだったらいいな、と思う。

そう、私たちはこの機会に、長い春にピリオドを打ち、結婚する。これまでは到底結婚するような心の余裕がなかったが、皮肉なことにマネージャーを外されて、はじめて少し余裕ができたのも事実だった。

今日はタケルが渡米する前の、3人だけでささやかな壮行会。そこで結婚することを直接報告するつもりだった。

しかし、その機会は永久に失われることになる。

タケルは、その夜、店には来なかった。


そしてタケルから隆太郎に、1本の電話。

隆太郎が語る、タケルとの密約


「隆太郎、今日会社にいる? 近くに来てるんだ、昼飯どう?」

そんなLINEがタケルから僕に突然きたのは、タケルがLAに出発する3日前だった。

究極に忙しいタケルが、時間があったとしてぶらっと神保町なんかに来るはずがない。事実、そんな呼び出しは初めてだった。

編集なんて仕事は食事がてら打合せなんて日常茶飯事だったから、顔がきく神田の小さな料亭の個室を取って待ち合わせた。

「よーう隆太郎、この前はごめん」

「いいさ、こうして出発前にお前の顔見られたし。でも蓮子はしょげてたぞ、事務所で声かけてやってよ」

「悪い悪い」

タケルはそう言うと、それきり壮行会をドタキャンした言い訳をしなかった。クールな一匹狼ではあったが、友情には律儀な男だ。珍しいな、と思った。

「実はさ、もうすぐ行かなきゃならねえから、業務連絡。蓮子、春から舞台制作部に移れるように事務所の上に掛け合っておいたから。演出の見習いができるように、約束させた」

「え?」

予想もしなかった言葉に、思わず水を飲む手が止まる。

「成り行きとは言え、長い間マネージャーなんかさせて悪かったな。もう俺のワガママはお終い。―結婚するんだろ?」

「ああ。蓮子からきいた?この前それも報告しようと思ってた。―俺、やっと蓮子と結婚するよ。15年もかかっちまったけど」


その時確かに。


タケルの、信じられないほど薄く整った唇の端が、少しだけ震えた。



「おめでとう。蓮子を幸せにしてやって」

息を呑むほどに、優しい目でそう言うと、タケルは去った。



「あいつ、芝居の天才なんだな」

ベッドサイドのほのかな明かりに照らされて、隆太郎の熱い腕の中でうとうととまどろんでいると、彼がくぐもった声でつぶやいた。顔は見えない。

「全部演技だったんだ。そして俺は大間抜けだ。15年も一緒にいて気が付かなかった。何が親友だ、ただのトンチキ野郎だ」

「何?なんの話?」

頭がぼんやりしているせいだろうか、いつもは理論整然と話す隆太郎が、何を言いたいのかさっぱりわからない。

「『たったひとつ』だってわかってるものを失くしたから、いつもあんなに必死で他の女の人を求めたんだな…」

隆太郎を大きな掌が、私の長い髪にそっと触れた。

「なあに? 担当する新しい小説の話ね?」

「…『最後の恋』が終わってしまった後の、長い物語なんだ」


隆太郎が泣いている。


私は訳も分からず、ただ愛しさがこみあげて、いつまでも、いつまでも、彼の胸に額を押し付け、広い背中をなでつづけた。


▶NEXT:2月25日 月曜更新予定
親友の想いを知ってしまった隆太郎の、婚約中に起きた出来事とは?



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