「昨日の夜、何してた…?」同棲2週間で家に帰らなくなった男に、婚約者の女が抱いた黒い疑惑

「昨日の夜、何してた…?」同棲2週間で家に帰らなくなった男に、婚約者の女が抱いた黒い疑惑

—今すぐ、婚約を破棄しろ。

ある日、柊木美雪(ひいらぎ・みゆき)のSNSに届いた奇妙な一通のメッセージ。

恋人の黒川高貴(くろかわ・こうき)からプロポーズをされて幸せの絶頂にいたはずの美雪は、その日を境に、自分を陥れようとする不気味な出来事に次々と遭遇する。

“誰かが、私たちの結婚を邪魔している。でも、一体誰が…?”

美雪を待ち受ける数々の“罠”をくぐり抜け、無事に結婚にたどり着くことが出来るのか−?


美雪がバーで男とキスをしているかのような写真が、高貴や彼の母親のもとに送られてきた。2人は、探偵に写真の指紋鑑定を依頼するが犯人特定につながらない。

さらに、会社でも居場所をなくした美雪は、高貴から同棲を提案されるが…?



退職の決意


「私、退職して高貴と同棲しようと思うの」

『マーサーブランチ』でランチをしながら、派遣社員の結菜にそう告げた瞬間、彼女が眉根を寄せ「えっ?」と怪訝な表情をした。

「高貴が新しい家を見つけてくれて、仕事を辞めて一緒に住もうって。それで色々考えて…退職して家庭に入って、彼を支えることにした」

「それでいいんですか?柊木さん、あんなに仕事が好きだったのに…」

そう言って、結菜がまっすぐな目を向けた。こちらの決意が揺らぎそうになる、強くて鋭い眼差しだ。

その視線を避けるように俯きながら、私は正直に語った。

高貴から「仕事を辞めてほしい」と言われた直後は、「辞めたくない」と思ったこと。

専業主婦が絶対に嫌というわけではないが、このタイミングで退職するのは、逃げることと同じだ。できれば「やり切った」と思えるまで仕事をしたい。私は彼に、そう告げたのだ。

しかし、いつもなら私の提案を受け入れてくれる高貴が、今回は違っており、辞めることを強く勧めてきた。私の調子が悪いのを、心底心配してくれているようだ。

そして、迷う私にこんなことを言った。

「そういえば、美雪の希望にぴったりな家が、奇跡的に見つかったよ。病院から30分圏内で、同じ条件の家はそうそう見つからないよ。心機一転して新しいスタートを切るのに今がいいタイミングだと思うんだ。仕事を辞めて、一緒に住もう」

高貴が見つけてくれたその家は、私がかつて住んでいた白金台の家によく似た、大きな庭がある真っ白な戸建て賃貸だ。

私は一度だけ彼に「いつかまた、実家みたいな家に住むのが夢だ」と言って、写真を見せたことがあった。両親と暮らしたあの家は、私にとっては永遠に、幸せの象徴だから。

高貴は、いつか話したその夢を覚えてくれていたのだ。

彼は激務の合間に、こうして私のために一生懸命家を探してくれたのだと知って、胸が一杯になる。

それで、ようやく決意した。高貴が私の夢を叶えようとしているのだから、私も高貴の願いである「退職」を受け入れ、彼を支える人生を歩むべきだ、と。

「残念ですけど、もう決めたのなら仕方ないですね」

結菜が悲しそうな表情で言う。

−本当にこれで良かったのかな…。

自宅に帰ってから、私は自分の部屋を見回した。必死に働いて買ったインテリア、バッグ、服、靴。それらは全て、仕事に生きる自分の「証」であり、「誇り」だ。

他人に与えてもらうものと、自分が働いて手にしたものとでは、意味合いが全く違う。自分のお金で手に入れることの醍醐味は、何物にも代えがたい。仕事を辞めることは、その喜びを捨てることと同義なのだ。


美雪は退職を決意し、同棲をスタートさせるが、早くも困難に直面する…?

困難の始まり


−でも、専業主婦も、きっとやりがいがあるはず…。

翌日、私は覚悟を決めると、会社に退職届を提出した。そして上司と話し合いを重ねた結果、1か月以上ある有給休暇を消化した後、退職することが決まったのだ。

最終出社日、最後の挨拶を終えて廊下に出ると、藍とすれ違った。

「柊木さん…」

藍が、何かを言いたそうな表情で私を見つめる。しかし私は、軽く会釈して「いままでありがとう」とだけ伝えると、姿勢を正してエレベーターホールに向かった。

こうして、7年にわたるキャリア人生が、あっけなく終わった。



その週末。私と高貴は、引っ越しを終えたばかりの新居で、真新しいリビングテーブルに向かい合って座っていた。

目の前には、腕によりをかけてつくった料理がテーブルを埋め尽くしている。高貴は前菜の一つ、ペペロナータのブルスケッタを頬張り、感嘆の声をあげた。

「美雪、美味しいよ。今日から僕は、こんなに素晴らしい料理を毎日食べられるのか。最高だな」

大好きな人が、真心を込めてつくった料理を喜んで食べてくれる。こんなに嬉しいことが、他にあるだろうか。

だが、そんな日々は、長くは続かなかったのだ。



真新しいカーテンの隙間から、朝の光がこぼれおちてくる。うっすらと目を開けた私は、反射的に横を向き、そこに寝ているはずの高貴を探した。

だが、いない。そこにあるのは、愛おしい婚約者の背中ではなく、皺ひとつない真っ白なシーツと、枕だけだ。

−昨日も高貴は家に帰ってこなかった…。

ショックで再び目を瞑る。同棲を始めて幸せだったのはほんの数日で、高貴は2週連続で、月曜日から木曜日までしか家に帰ってこなかった。

高貴曰く、昇進したことに加えて、今月から人数が少なくなってしまい、当直、オンコール、バイトが重なっていて帰れないとのことだった。

確かにこれまでも、大学病院で勤務医として働く高貴の忙しさは殺人的だった。夜勤や宿直、オンコールの他にも、研究会や学会、接待、バイト先の病院での当直もある。

でも2週続けて、金土日と家に帰れないことがあるのだろうか…?


ひとりぼっちの部屋で、美雪はとんでもないものを発見する…?

彼への疑惑


邪念を追い払うように家事に精を出していると、夕方にはやることがなくなってしまった。広々とした誰もいない空間で、言いようのない孤独感と虚無感に襲われる。

−やっぱりただ家にいるだけって、暇すぎてつらいな…。

家事は小さい頃からやっていたから得意中の得意だ。だが単純作業を繰り返すだけの、孤独で終わりの見えない作業に、仕事のようなやりがいや生きがいを、どうしても見出せなかった。

高貴が毎日家に帰ってきていたら、違ったのかもしれない。いや、そうだったとしても、この日常は苦痛だ。

そんなことを思っていた矢先。

高貴が3日ぶりに家に帰ってきた。



私の顔を見た瞬間、「ただいま」と言いながら抱き寄せてくる。

「ずっと会えなくてごめんね。仕事が本当に忙しくて…早くこうして抱きしめたかったよ」

高貴の顔は明らかにやつれ、疲れ切っていた。本当に仕事なのか疑った時もあったが、この様子を見る限り、やっぱり彼は3日間、仕事をしていたようだ。その日の高貴は格別に優しくて、私はいつも以上に幸せに包まれた。

だが、夜になると再び孤独感と無力感に襲われた。レス問題が一向に解決していなかったからである。



その数日後の、日曜日の夜。

今日も高貴は家に帰ってこなかった。寂しさを紛らわすために、1人でインスタグラムを見ていたら、思わず叫び声をあげそうになった。

あの疑惑のアカウントの1つ、「black_love」に、こんな文章が書かれていたのだ。

“今日は誕生日。大好きな人に、ディナーに連れて行ってもらいました”

投稿された日付は、藍の誕生日と一緒だ。

しかも。

その写真に、高貴がいつもしている腕時計、パテックフィリップのノーチラスによく似た腕時計が、ほんの少しだけ写り込んでいたのである。

「もしかして、この2人って…」

黒い疑惑が、雨雲のようにむくむくと心に広がった。



翌日、高貴がいつもと変わらぬ様子で帰ってきた。機嫌のいいときを見計らって、私は尋ねる。

「…ところでさ、昨日の夜、何してたの?」

何気なさを装ったが、心臓がバクバクと大きな音を立てていた。

「何って、仕事だよ。どうかした?」

高貴が不思議そうに私の顔を見た。その表情と口調に、不自然な点は一切ない。

だが、しかし。ほんの、ほんの一瞬だけ目が泳いだのを、私は見逃さなかった。

−高貴は、クロだ…

周囲の音がスーッと遠のいた。


▶Next:2月24日 日曜更新予定
婚約者への疑惑を深めた美雪は、真実を知るために行動を開始する。



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