あんなに酷いことをしたのに、ふたたび愛を囁く夫。離婚届を手に入れた妻の、最後の決断とは

あんなに酷いことをしたのに、ふたたび愛を囁く夫。離婚届を手に入れた妻の、最後の決断とは

可憐な妻と優しい旦那。

わたしたちは、誰もが羨む理想の夫婦だったはずなのに。

若くして結婚し、夫の寵愛を一身に受ける真美・27歳。

鉄壁で守られた平穏で幸せな生活が、あることをきっかけに静かに狂っていく。

そしてやがて、気付くのだ。この男が、モラハラ夫だということに。


優しく穏やかなはずの夫・陽介が、ある夜から少しずつ変わっていく。

嫉妬から出た行動が妻を縛り付けていたと気づいた陽介は、とうとう自分がモラハラ夫だったと自覚し、真美の望み通りに離婚届けに判を押した。そして、その後…



「よかった。離婚届、書いてもらえたんだね。」

陽介が離婚届に判をおしてから数週間後、新しくスマホを手に入れた真美は、留衣にお詫びの電話を入れた。夫から逃げているときに支えてくれたことへのお礼と、迷惑をかけたことへの謝罪をしたかったのだ。

「もう、届は出したの?」
「ううん、それは、条件がきちんと揃ってからにしようと思って」

離婚は、届を書いてもらったからといってすんなり終わるわけではない。双方合意の上で進める離婚だとしても、様々な協議事項を決めてからでないと、すんなりさようならとはいかないのだ。

結婚するときはこんなに面倒じゃなかったのに、と思うと同時に、婚姻に伴う面倒なことは、陽介がほとんど行ってくれていたことを思い出した。真美は、改めて自分が世間知らずだったということを痛感するのだった。

「そっか…。しばらくは用心してたけど、あれ以降うちには変なことは起きてないよ。颯太の方も大丈夫だって。落ち着いたら3人で今度こそ鍋パしようよ。もう季節終っちゃうけどさ。」

友人たちにも、あれ以降陽介からなんのアクションもないことがわかり、ほっとした。

モラハラについて調べる中で、一見反省したように見えるが、実は裏でさらにエスカレートした行動をとっていたなんていうのは、ザラにあるということはわかっていたからだ。

謝罪に訪れてからの陽介は、自分が行ってきたモラハラ行為を心から恥じているようにしか真美には見えなかった。甘いと言われるかもしれないが、今の陽介は昔、自分が大好きだったころの夫に戻ったようにすら感じている。

今でも、ふとした瞬間に蘇ってくる恐怖に涙するような状況は続いているし、こんな状態の自分が、もう陽介と元の生活を送るべきではないことも、頭ではわかっている。

だけど、あんなに怖くて、あんなに離れたかった夫なのに。どうして会いたいと思ってしまうのだろう。


変貌した陽介と再会した真美は…?

「御足労おかけして申し訳ありません。…真美ちゃん、来てくれてありがとう。」

数日後。荷物を片づけるために、母と一緒に陽介のマンションを訪れると、陽介と義母が深々と頭を下げた。陽介の声は弱々しく、ねばりつくように感じていた名前の呼び方も、毒気が消えたように聞こえる。

しばらくして顔を上げた陽介は、頰がごっそりこけ、見るからにやつれていた。義母が住み込みで陽介の世話をしていると思っていたが、まともに食べていないのかもしれない。

「…僕達は向こうにいますので、必要があれば呼んでください。」

真美たちをリビングに通した陽介は、遠慮がちにペットボトルのお茶をテーブルに置くと、義母を連れ立って廊下へ出て行った。

「あんなに痩せて、大丈夫なのかしらね。」
「…お母さん座ってて。すぐ終わるから。」

明らかに弱っている陽介に、母は驚いている。真美はその横で、リビングとキッチンの荷物をまとめはじめた。

ーあれもこれも、全部陽介さんが買ってくれたものばかり。自分の意思で買ったものなんて、ほとんどないわ。

イニシャル入りのティーセットを手にし、真美は改めて痛感した。4年間の生活の中で、自分の意思だけで持ち出せるものなど、無いに等しい。

嫁入り道具として両親が持たせてくれた調理器具をまとめてから、部屋を見渡すと、見覚えのない本が何冊も増えていることに気がついた。



自己愛性パーソナリティ障害や、妄想性障害。モラハラについて調べるとよく出てくるワードが、本の表紙には記されていた。

陽介も、自分の異常をようやく自覚し、対処しようとしているのだろうか。

「陽介さん、リビング終わったから、次はこっちの部屋見たいんだけど…」

寝室のドアを開けると、ベッドに腰掛けた陽介が、顔をあげた。その目には涙が浮かんでいる。

「ごめん。真美ちゃんがこの家に居るのを見たら、胸がいっぱいで。すぐに出るね。」
「…大丈夫?体調、良くなさそうよね。」

陽介は力なく首を振ると、真美を怖がらせないようにするためか、なるべく距離をとるようにして、ゆっくりと移動を始めた。

「二度と時間は戻せないし、真美ちゃんにとってはつらい記憶ばかりだっていうのも分かってる。何度振り返っても僕が最低なモラハラ夫だったことも、理解してる…」

ドアの近くまでたどり着いた陽介は、立ち止まると、絞り出すような声で、真美に告げた。

「自分が愛されている自信がもてなくて、僕だけのものにしておく以外、あの頃の僕にはできなかった。何を言っても、もう信じられないかもしれないけど…。今でも僕は真美ちゃんのことを愛してる。」


「ずっと君を愛してる」陽介の気持ちを改めて聞いた真美は…

「こんなに君を愛しているのに、幸せにしてあげられなくて本当に悪かった。」
「陽介さん、私は……。」

言いたいことは山ほどあるはずなのに、言葉が出てこない。黙って俯く真美に慌てて「ごめん」と告げると、陽介は部屋から出て行った。

入れ替わるかのように寝室に入ってきた母親に手伝ってもらいながら、真美は陽介との記憶が染み付いた服を、必要最低限だけスーツケースに詰め込む。その作業は思ったよりもあっと言う間だ。

大きなスーツケース1つに、ダンボール5箱。家中から集めた本当に必要なものは、意外とコンパクトに収まった。

「お母さん、ちょっとだけ待っててくれる?少しだけ話をさせて。」
「わかった。ドア開けておくからね。…ふみさん、廊下で少しお話しません?」

母が、義母を連れて廊下に出た後、真美は陽介と改めて向き合った。

「さっき言ったよね、私を幸せにできなかったって。でもね、陽介さんと結婚して、幸せなことだって沢山あったよ。…それだけは伝えたくて。陽介さん、ありがとう。」

陽介は、少し顔をあげると弱々しく微笑み、ありがとうと呟いたのだった。



「まったく、真美は昔っから人がいいんだから。弱ってる人を見るとすぐに甘やかすのよね。」

帰り道、母親から指摘を受けた真美は、図星を突かれて苦笑いした。

「お母さんに似ちゃったんだから仕方ないでしょ。…ねえ、お父さんと離婚しようと思ったことないの?」

父親は、昔気質の頑固者で、自分の思い通りにならないと怒鳴り散らすような男だ。幼い頃から何度も、夫婦喧嘩をしているのを間近で見ている。

だけど、怒鳴り合いの喧嘩をしても、数日後には何事もなかったように元に戻っている両親をずっと不思議に思っていた。

「もちろんあるわよ!最近は病気のせいかお父さんも大人しくなったけど、もう無理だって思ったことも何度もあるわ。」

今後は母親が苦笑いを浮かべる。

「でもね、お父さんって、怒鳴り散らしたあと、反省してこっそり謝りに来るのよ。だからなんだかんだ許しちゃう。それに、私だって言うことは言ってたからよく喧嘩になったけど、それなりに幸せだったからね。」

モラハラ行為をしていた頃の陽介とは、喧嘩にすらならなかった。お互いに、相手が望む姿しか見せたくなくて、少しの争いも起こらないように、必死で火種を踏み潰しあっていたからだ。

本心を通わせ合う勇気がなくて、いつの間にか、支配と服従という形でしか、繋がっていられなくなってしまったのかもしれない。

もし、もっと最初の段階で、互いに気持ちをぶつけ合えていたら、未来は違ったのだろうか。

「真美も、自分の幸せだけを考えなさい。あなたが決めたことならなんだって応援するよ。あ、お父さんいた。」

黙り込んだ真美の背中に手を添えながら、改札の向こうで待っている父に、母は大きく手を振った。


そして、真美の決断は…

1年後

「わあ、綺麗…!」

大きな扉が開いた瞬間、チャペルに静かな歓声が響いた。

ウエディングドレス姿の留衣が、目を潤ませながら一歩一歩前へと進む。その先で彼女を待つ颯太は、照れ臭そうに微笑んでいる。

あれからしばらくして、颯太と付き合い始めたと留衣から報告を受けた。陽介を警戒した颯太が、留衣に小まめに連絡をするようになり、急激に距離が近づいたらしい。

「あいつ、私の誕生日にワイン飲みすぎて、青白い顔でプロポーズしてきたのよ!日付が変わる前に言いたかったらしいけど…ムードも何もないんだから!」

怒り口調で結婚報告をくれたが、その言葉からは幸せな様子が十分に伝わってきた。真美は、結婚式の準備についての愚痴も何度も聞いていただけに、今日二人の幸せな姿を見られたことが素直に嬉しい。

「病める時も、健やかなる時も、あなたは彼を愛し続けることを、誓いますか?」

神父の前で誓いを立てる二人を見守りながら、真美は自分の結婚式を思い出していた。

「はい、誓います。」

あの時誓った言葉は、嘘ではない。



「席次表見たけど、まだ苗字変わってないんだな。」
「もう、無神経な言い方しないの!真美の決めたことなんだから!」

披露宴の後、真美が控室を訪れると、唐突な質問を投げてきた颯太を留衣が素早く制した。そんな新婚夫婦のやりとりを見ているだけで、真美は微笑ましい気持ちになった。

「あはは!そうなのよ。今日は二次会参加できなくてごめんね。また今度、お祝いさせて!」

幸せそうな二人に見送られ、真美はある場所へと向かった。



「ごめん、お待たせ!」
「大丈夫大丈夫!」

都内のビルの前で、少し遅れてきた真美に、陽介が笑顔を向けた。

真美は、月に1度、陽介に付き添ってカウンセリングに通っているのだ。

あの後、メンタルクリニックを訪れた陽介は、病名こそつかなかったが、改善に向けてのカウンセリングをすすめられたらしい。

―絶対に改善するとは断言できないが、その可能性は十分ある。

まだ夫への想いが残っていることに気付いた真美は、ひとりでカウンセラーの説明を受け、その言葉を聞いて決意した。迷う気持ちを抱えたまま離婚届を提出するよりも、もう一度だけ、陽介との関係を修復する努力をしてみようと。

最初、周りはもちろん反対した。だが、これは真美自身が幸せになるための選択なのだ、と理解してくれた今、心配しながらも見守ってくれているのだ。

「髪型、かわいいね。ちょっと服とは合ってないけど。」
「さすがに披露宴用のドレスでは来れないから、服だけ替えたの。たしかにこのヘアスタイル、スニーカーとは合わないよね。」

最初の数回は夫婦別々でカウンセリングを受けていたが、そのあとは夫婦そろって受診するようになり、前よりも明らかに会話がスムーズになったと感じている。

まだ別居状態ではあるし、両者署名入りの離婚届も当然しっかり保管している。だけど、もしかしたらー。もう見ずに済むかもしれない、とさえ思うことだってある。

「真美ちゃん、仕事にも慣れたみたいだし、楽しそうでよかった。」

陽介の言葉が100%本心かどうかなんて、正直わからない。だけど陽介の笑顔を見るたび、心が温かくなることは確かだ。

今はまだ、この選択が正解だと確信は持てないけれど、自分が選んだ決断にきっと後悔はしない。

ー陽介さんは、他の誰でもなく、"私"の夫なのだから。

真美は夫の顔を見上げ、にっこり笑って頷いた。


Fin


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