「私もう、何も貰えません…」リッチな彼氏に散々貢がせた女が一転、贈り物を断るそのワケは

「私もう、何も貰えません…」リッチな彼氏に散々貢がせた女が一転、贈り物を断るそのワケは

買い物は、魔法だ。

女は買い物という魔法を使って、“なりたい自分”を手に入れる。

ならば、どれだけ買っても満たされない女は一体何を求めているのだろう―?

32歳にして年収1,200万円を稼ぐ紗枝は、稼いだお金を存分に買い物に使う「カッコイイ女」のはずだった。

しかし、恋人・慎吾とのいさかいをキッカケに徐々に物欲が歪み始めたことで、同棲生活は破局を迎える。

そんな紗枝に、浪費を肯定してくれる超富裕層の個人投資家・喜多川が近寄る。「いくらでも好きに使っていい」と喜多川に言われ、与えられたカードで好きなだけ買い物をする紗枝だったが、浪費すればするほど虚しさは募るばかり。

さらに、喜多川がなぜ紗枝に浪費をけしかけるのか、その悲しい理由を聞いてしまい…。

紗枝の欲望の、行き着く先は?



予期せぬ拒絶の言葉に、喜多川は愕然とした表情で紗枝を見つめる。

「どうして?散々貰っておいて…どうして急にそんなことを言う?」

紗枝は、喜多川の目を見つめ返して言った。

「喜多川さんが本当に愛されたい、愛したいのは…多分、私じゃないからです。私がどれだけ喜多川さんに感謝をしても、喜多川さんの心はきっと満たされないと思う」

慎吾と別れたその足で、喜多川の元に転がり込んだのが約2週間前。それから今日まで喜多川は、一度たりとも紗枝に恋人らしい関係を求めてこなかった。

紗枝はそれを、喜多川の紳士的な配慮だと思っていた。しかし、おそらく違う。喜多川が求めていたのは、恋愛関係ではない。本当に求めていたのは、娘との親子の愛情だったのだろう。

そう考えた紗枝は、言葉を続ける。

「喜多川さんにとっての特別なバラは、私じゃない。お嬢さんなんじゃありませんか?私、もう貰えません。お嬢さんの代わりにはなれない。私じゃなくて…ちゃんとお嬢さんと向き合ったほうがいいと思うんです」

紗枝の心には、他でもない慎吾の顔が浮かんでいた。

紗枝は喜多川の娘の代わりにはなれないし、喜多川もまた、慎吾の代わりにはなれない。

愛する人の残した穴は、他の人には埋められない。それが、喜多川と共に過ごした日々で紗枝が学んだことだった。

だが次の瞬間、紗枝の切なく苦しい想いは、喜多川から浴びせられた罵声によって打ち破られた。

「分かったような口を聞くな!」


こうすることが、愛情表現だと思っていた…。不器用な過ち

「お金」と「愛」の複雑な関係


「僕が娘に水をやっていないと思うか?とっくのとうに、あなた以上に費やしてるよ!」

そう呻く喜多川の目に滲んでいるのは怒りではない。飄々とした喜多川が初めて見せる、涙だった。

「この前の日曜日、どうしても外せない用事があるって言ったのを覚えてるか?あの日、俺は5年ぶりに娘に会った。突然ひとりで一時帰国して、連絡してきたんだ。なのに、何を買ってあげると言っても娘は黙ったきりだった」

喜多川はデスクの上に散乱した大量の明細を掴み取ると、紗枝に見せつけてくる。

「見ろ。娘の学費に、娘の習い事。娘の服飾費に、娘の15歳の誕生日パーティーのバルーンアーティストの出張費。これも!これも!これも!元妻に言われるままに、娘のために使った莫大な金だ!

それなのに…娘は俺を受け入れない。『パパは私を愛してない』と吐き捨てて、すぐにイギリスに戻ってしまった。これ以上何ができる!」

明細を投げ捨てると喜多川は、ボロボロになるほど読み込んだ星の王子様を握りしめながら顔を歪めた。

今にも崩れ落ちそうな喜多川の姿。悲痛なその姿を見ているうちに、紗枝は自分自身でも思いがけない言葉を発していた。

「私…喜多川さんの気持ち、分かるような気がします。私も、お金に囚われている人間だから。でも私、お嬢さんが本当に欲しいもの…もしかしたら分かるかもしれない」

喜多川が顔を上げる。渇望するような眼差しで。

「多分、お嬢さんが欲しいのはお金じゃない。喜多川さんからたくさんの水が与えられることは、きっともう分かってると思います。でも、お金って、愛の無い関係にも介在できる。…愛していない私に、喜多川さんがこれだけお金をつぎ込むことができたように」

じっと耳を傾けている喜多川に、紗枝はおずおずと持ちかけた。

「…今手に持っているその本、お嬢さんにもう一度プレゼントしませんか?」



「王子様とバラが特別な関係になれたのは、水をやる意外にも、雑草や虫から守ったり話を聞いてあげたりして、思いを伝えていたからです。

喜多川さん、お願い。お嬢さんに、離れている間もずっと大切に思っていたって伝えてあげて。高価な物を買ってあげるよりも…お嬢さんのことを思いながら、そんなにボロボロになるまで、暗記するほど大事にしてたって、その本を渡してあげて。きっと、それが一番大切なことだから…」

いつのまにか、紗枝の目からも涙が溢れていた。

お金を費やすことでしか愛情表現ができなくなった男には、家族を愛していたからこそお金を出し惜しんだ過去があった。その事実は、頭の中にかかっていた霧を晴らすように、紗枝に亡き母の姿をありありと思い起こさせたのだ。


今になってやっと気づいた、母の真意

「浪費」とは何なのか?


身なりに構わず、紗枝がファッションにお金を使うことを嫌った母。もしかしたら、母も喜多川と同じだったのかもしれない。

しかし今思うと、そうやって節約した分を家族旅行や学費に回していたのだろう。母はそれらには決してお金を惜しまなかった。

そして何より母は、紗枝に対する愛情は決して節約しなかった。


高価な品物は買ってもらえなかったけれど、休日は全力で遊んでくれた。食卓にはいつも、栄養バランスのとれた豊かな料理が並んでいた。進路に迷っていた時は、『あなたはお母さんの自慢の子。自信を持って自分で決めなさい』と背中を押してくれた―。


母の節約のせいで「ダサい」と言われた幼少期の心の傷は、決して消えるものではない。だが、母が浪費をしなかったのは、家族のためを思ったからなのかもしれない。

ダサくて、不器用で、多分少し間違っていた母の愛。それに気づかず、紗枝は心の隙間を埋めるための浪費に走った。

喜多川の告白によって初めてそんな風に思った紗枝は、喜多川に語りかけながら自分自身にも言い聞かせる。

大切なものは目に見えない。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えない。

紗枝も喜多川も、心の隙間を埋めるためにお金を使った。

でも、真実から目を背けて、現実逃避の手段としてお金を使えば、どんなに素敵な買い物もムダな浪費になってしまう。

どんなに素晴らしい買い物も、幸福を感じられなければ価値がないのだ。



紗枝は手首から時計を外すと、デスクの上にそっと置いた。

「私、明日ホテルを出ます。買っていただいたものは全てお返ししますし、時間はかかると思いますけど…お金もできるだけ返します」

部屋を離れて行こうとする紗枝に、これまで何も言わずにただ紗枝の言葉に耳を傾けていた喜多川が、やっと口を開いた。

先ほどまでの激情が消え去った、驚くほど穏やか声だった。

「紗枝ちゃん…君と僕は、とても似ていたね。もしかしたらこうなることを期待して、僕は君にお金を注ぎ込んだのかもしれない。君はやっぱり、僕にとって特別な人だ」

「さようなら」と、紗枝が言うと、「さようなら」と喜多川が言った。

喜多川がこれまで女たちに費やしたお金は、莫大な額だ。だが、ここまで自暴自棄にならなければ見つけられなかった答えに、喜多川の手はやっと届きかけているようにも見える。

捨てるように使ってきたお金が、気づかせてくれた真実。そんな喜多川と紗枝の散財は、果たして“浪費”の一言で断罪できるだろうか。





翌日紗枝は、喜多川のお金で手に入れた品物をすべてコンシェルジュに託すと、もともと身につけていた洋服を着て、慎吾との部屋から持ち出したパスポートと保険証だけの身軽な荷物で出社した。

あの日涙を拭って汚れがついた、グレーの服。前日までのゴージャスな佇まいから急にカジュアルになった紗枝を、エミちゃんとその同僚が遠巻きに見ている。

ヒソヒソと陰口めいた会話を交わしていたかと思うと、おもむろにエミちゃんが心配そうな表情を作りながら近寄ってきて、紗枝に問いかけた。

「あれぇ?紗枝さん、今日はなんだか急にシンプルですね?いつもの時計もしてないし…何かあったんですか?」


紗枝の心に起きた、異変

紗枝が本当に欲しかったもの


昨日までの紗枝だったら、顔が真っ赤になるほどの恥ずかしさを感じていただろう。

でもなぜか、紗枝の心はスッキリとしている。昨日までの憂鬱は、喜多川との会話によって毒が抜けたように消え去ってしまっていた。

「そうなの、色々あって全部手放しちゃった!また買うために一生懸命働かなくちゃね!」

誰にどう思われてもいい。大切なのは、自分がどう思うかだ。

あっけらかんと笑う紗枝を見て、エミちゃんも拍子抜けしたようだ。それ以上深追いすることもなく、そそくさと離れていってしまった。



紗枝は力強くキーボードを叩きながら考えた。

―他人のお金で自分を高めようなんて、間違ってた。確かに欲しいものはたくさんあるけど…私が本当に欲しかったのは、モノそのものじゃない。誰にも頼らず自分の努力で素敵な買い物をする、カッコイイ自分だったんだ。

もう少し早く自覚していれば、慎吾を失わずに済んだのかもしれない。

吹っ切れた気分の紗枝だったが、慎吾のことを思い出すとやはり、心は引き千切られんばかりの痛みを感じるのだった。

慎吾との部屋に置いてきてしまったカメリアリングが、無性に恋しい。

喜多川の支援を受けることをやめた紗枝は現状、たった今身に付けているものしか持っていない。もともと持っていた洋服や生活用品は、すべて慎吾との部屋に置いたままだ。

さすがに、一度部屋に物を取りに行かないと生活ができない。紗枝はデスクで昼食がわりの栄養ゼリーを飲みながらスマホを取り出す。そして、深呼吸を一度すると、約2週間ぶりに慎吾にLINEを送った。

「久しぶり。元気にしてますか?一度荷物を取りに行きたいんだけど、今夜、部屋に少しだけ寄ってもいいかな。顔を合わせるのが嫌だったら、慎吾は留守にしてくれていて構いません」

本当は、借りたままになっている二人の部屋をどうするかも、そろそろ決めなくてはいけない。だが、それを切り出す勇気を紗枝はまだ持てそうになかった。

昨日の喜多川との会話の中で、あらためて実感したのだ。自分がまだどれだけ慎吾を愛しているのかを。莫大な額の買い物をしても心が満たされなかった一因は、慎吾がいないからだったということを。

もし、部屋を解約するという話になってしまったら…慎吾とかろうじて繋がっている糸が、本当に切れてしまう気がする。

紗枝は、緊張を紛らわせるようにゼリーのパックを握り、わずかな残量を飲み干す。どんな返事が返ってくるのか、そもそも、果たしてちゃんと返事が返ってくるのか、自信が持てなかった。

―喜多川さんに少しでも早くお金を返したいし…。最悪、慎吾から返事が貰えるまでは、ファストファッションで服を買って、ビジホで凌ぐしかないかな…

そう思っていると、ふいに紗枝のスマホが震えた。

恐る恐る、裏返しに置いてあったスマホをひっくり返す。画面にポップアップしていた通知は…間違いなく、慎吾からのLINEであることを示していた。

思いがけない速さの返信にドギマギしながらも、紗枝はメッセージを確認する。

わずか高さ1cmにも満たない小さな白い吹き出しには、感情の読み取れない文面でこう書いてあった。

「今夜話そう。何時になってもいい。部屋で待ってる」


▶NEXT:4月3日 水曜更新予定
最終回。「浪費」と「堅実」。二つの価値観が、かつての愛の巣を舞台に再び対峙する



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