「病める時も健やかなる時も」と愛を誓ったけれど。夫の異変に、綺麗ごとは通用しないと悟った30歳妻

「病める時も健やかなる時も」と愛を誓ったけれど。夫の異変に、綺麗ごとは通用しないと悟った30歳妻

美男美女カップル、ハイスペ夫、港区のタワマン。

上には上がいるものの、周囲が羨むものを手に入れ、仕事も結婚生活も絶好調だったあずさ・30歳。

まさに順風満帆な人生を謳歌するあずさは、この幸せが永遠に続くものと信じていた。

…ところが、夫の非常事態で人生は一変、窮地に立たされる。

幸せな夫婦に、ある日突然訪れた危機。

それは決して、他人事ではないのかもしれない。もしもあなただったら、このピンチをどう乗り越える…?

義父と会い、ある決断をした雄太は、あずさを迎えに行くことにする。夫婦の話し合いはどうなる…?



「お父さんが、雄太さんと一緒に帰ってくるって。起きられそう?」

気分が優れずベッドで休んでいたあずさは、母親の声で目が覚めた。

−ゆうちゃんが来る…!?

慌てて枕元に置いてあったスマホを確認すると、雄太からLINEが入っていた。

“体調はどう?無理にとは言わないけど、あずさと話せたら嬉しいな”

たった一文だというのに、これまでとは違う、角が取れたような穏やかさを感じる。

あずさはすぐさま、だるい身体を起こして化粧に取り掛かった。その後、ゆったりサイズのワンピースに着替え、鏡で自分の姿をチェックする。

そもそも、なぜ雄太が父と一緒にいて、突然来ることになったのかは分からない。それでも、雄太に会えるということは素直に嬉しいし、胸が高鳴った。

“待ってる!”

LINEを返すと、雄太からクマが嬉しそうにダンスしているスタンプが送られて来た。思わず、ふふっと声を漏らして笑ってしまう。

最近は、こういう何気無いやりとりもなく常に喧嘩モードだったのだ。久しぶりの再会を前に、「良い方向に進みますように」と願わずにはいられなかった。


ついに雄太と再会したあずさ。二人の話し合いはどうなる?

夫婦の再会


「ただいま」

父の声がして、あずさが玄関に出て行くと、そこにはカッチリとジャケットを着た雄太が立っていた。

休職してからは毎日ジャージ姿しか見なかったから、髭も剃って髪もピシッと整えた雄太の凛々しい姿を見るのは久々のことだ。

「つまらないものですが…」

照れながら雄太が差し出したのは、『アトリエうかい』のケーキだ。

ここのケーキはあずさと母親の大好物だと、父が入れ知恵をしたのだろう。歓喜の声をあげる女二人を見ながら、雄太と父は「ほらな」と横目でやり取りしている。

「さあさあ、中へ入って」

母の呼びかけで、皆がリビングへと流れていく。すると、あずさの前を歩いていた雄太が出窓の前で、ふと足を止めた。

「懐かしいなあ…」

雄太がぼそっと呟いた。

そっと覗いてみると、そこには二人の結婚式の写真が飾られていた。



それらを眺めながら、あずさは結婚式のことを思い出す。

あれは、よく晴れた4月の大安。桜が舞い、風の香る清々しい日だった。

前日までは曇り予報だったから、当日の朝、青空を見た時には「空も祝福してくれている」なんて言いながら喜び合ったものだ。

“健やかなる時も、病める時も…”

あの時、どんな時でも夫を支えると誓った。

しかし、“病める時”が現実となった今思うのは、あんなの形式的なものに過ぎない。誓いをたてたカップルのうち、本当に何があっても言葉どおり献身的に支え合える夫婦が、一体どのくらいいるのだろうか?

もちろん、あずさにだって支えたいと思う気持ちが芽生えなかったわけではない。

しかし、別人のように変わっていく夫の姿に戸惑いながら、先の見えない不安や焦りから自分を守ることに精一杯になり、相手を思いやる気持ちは次第に薄れていった。

あずさは生活のことで頭がいっぱいになり、一方で雄太は自分の体調や復職のことしか考えられず、お互いに歩み寄ることよりも離れた方がマシだと思うようになっていた。

冷静さ、思いやり、感謝の気持ち。お互いに、他者と関わっていく上で大事なことを見失っていたのかもしれない。

あずさの胸に熱いものがこみ上げ、涙がポタンとこぼれ落ちた時、雄太が口を開いた。

「あずさもつらかったよね。今までごめんな…」

それは、あずさがずっと誰かに言ってほしかった言葉だ。たった一言でいいから、そう声をかけてほしかったのだ。

他の男に頼ってみたり、雄太を置いて実家に帰ってきてしまった自分は、“夫を支える妻”には、ほど遠いだろう。だけどそれほどまでに、精神的にギリギリだった。

“病気の夫を支える”

きれいごとを言うのは簡単だ。しかし、実際には自分にも負荷のかかる、とてつもなく大変なことだ。

今だから言える。一番つらいのは、病気になった本人かもしれないけれど、ともに生活する家族も、相当な心の負担を負うことになるのだと。

結婚して、妻として夫を支えること。その言葉の本当の重みを、今の今まで自分は理解していなかったのだと思い知った。

「私も…ごめんね」

雄太が、あずさの肩を抱き寄せた。

−あったかい…。

羽織った薄いカーディガンの上から伝わる、雄太の体温。こうやって彼の温もりを感じたのは久しぶりだ。

あずさは、身体中が、そして心が、安心感に包まれていくのを感じたのだった。

そのとき沈黙を破ったのは、あずさの母だ。

「まったく、二人とも良い雰囲気になっちゃって。私とお父さんはお邪魔虫みたいだから、夕飯の買い出しに行ってくるわ」

場を和ませようとしたのか、あえて茶化してくれたが、母親の目にはキラリと光るものがあった。

「雄太さんも夕飯は食べていってちょうだい。お父さん、行きましょ」

そう言って母が父の腕を強引に引っ張りながら部屋から出ていく時、父が雄太に、「応援してるぞ」と言わんばかりに目でサインを送っているのが見えた。


雄太があずさに伝えたかったこととは一体…?

残されたあずさと雄太は、テーブルを挟んでお互いの顔を正面に見ていると、なんだか照れてしまった。

「ちょっと外にでも行かない?」

そう言って雄太が連れ出してくれたのは、近所の公園だ。

ベンチに腰掛け、あずさは新鮮な空気をたっぷりと吸い込む。最近は体調が優れず部屋に篭っていることも多かったから、なんだかとても気持ちが良い。

目の前では、小さな子どもたちが元気いっぱいに遊具で遊んでいた。

「ママー」という声を聞きながら、あずさがそっと自分のお腹に手を当てると、雄太も少し手を震わせながら、重ねてきた。

「俺、今の会社に復帰するよ」

「え…?」

あずさが聞き返すと、雄太は何か吹っ切れたような、清々しい顔で続けた。

「ようやく決断出来たんだ。医師からは、経過良好で、この調子なら予定よりも早く復帰可能と言われているから、近いうちに会社とも話すよ。

だから…家に戻ってきてくれないか。俺には、あずさが必要なんだ」

「うん…」

小さく頷くと、雄太はあずさを強く抱きしめたのだった。



病気になったことは、恥ずべきことではない


「あずさのお父さんに言われたんだ。男っていうのは、チヤホヤしてくれる、耳障りの良い言葉をかけてくれる人になびいてしまう。自信家に見えて、本当はビクビク生きているから、自分を肯定してくれるセリフにホッとするんだよ。

そこに地位や権力がつけば、逆らうものなどいなくなるだろう。

そんな時、真っ向から否定して、『違う』と言ってくれるのは、家族くらいしかいなくなるんだよって」

あずさの父は、ランチをともにしながら、自分の過去を雄太に赤裸々に話してくれたのだ。

出世競争に負けて自暴自棄になったことや失敗を他人のせいにしたことなど、洗いざらい全て話してくれた。

「それに、病気になったことは、決して恥ずべきことではない。痛みの分かる人間になったと、私は信じているよ。

自分の弱さを認めることは、強さなんだよ。君には、それに気づける賢さがあるじゃないか」

あずさの父からそんな風に言われて、雄太はハッと気がついた。

これまで、病気になったことをどうにか隠そうと思っていた。病気になった自分は弱い、その弱さをさらしてはならないと。

しかし、自分の弱さから目を背け、見かけ上強く見せたとしても、それは、虚勢に過ぎない。

自分の弱さを考えたこともなかった雄太にとっては、大きな気づきだった。

今、何も学べなければ自分は何一つ成長しないのだと悟った。

−あずさの父のように、背中で語れる人間になろう。

それが、“賢い”男の選択なのだ。



その夜。あずさの母が作ってくれたやたらに豪華な夕食を食べ終えて、雄太は妻とともに、車で送ってもらって田町のマンションに戻った。

「ただいまあ」

玄関の扉を開きながら、部屋が散らかったままだったことを雄太は咄嗟に思い出した。

「ごめん…。全然片付けしてなかった…」

普段は潔癖と言われてきた雄太が家にいたのに随分荒れていて、あずさは驚いたようだが、久しぶりの自宅に戻ってやはりホッとしたようだった。優しい笑顔を向けてくれる。

そんなあずさに、雄太はそっと呟いた。

「帰ってきてくれてありがとう」


▶︎Next:4月30日 公開予定
夫・雄太は、ついに会社に報告にいく。順調に復帰できるのか…?



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