「夫のこと、信じてたのに…」。隣人から渡された写真に写っていた、妻の知らない夫の姿

「夫のこと、信じてたのに…」。隣人から渡された写真に写っていた、妻の知らない夫の姿

ーまるでお城みたいに、高くて真っ白な塔。私もあそこの住人の、一人になれたなら…。

ずっと遠くから眺めていた、憧れのタワーマンション。柏原奈月・32歳は、ついに念願叶ってそこに住むこととなった。
空に手が届きそうなマイホームで、夫・宏太と二人、幸せな生活を築くはずだったのに。

美しく白い塔の中には、外からは決してわからない複雑な人間関係と、彼らの真っ黒な感情が渦巻いていたー。

憧れのタワマン暮らしを始めた奈月だったが、元不倫相手が同じマンションに住んでいることに加え、差出人不明の黒い手紙が届いたり次々と問題が起き、夫との間にも暗雲が立ち込める。

問題の元凶となったコンシェルジュを追い出そうと画策する最中、突然、隣人が訪ねてきて…?



ピンポーン

普段とは違う呼び出し音に、奈月は驚いて手を止めた。

一階のエントランスからの呼び出し音とは違い、すぐ外の玄関からの呼び出し音。この音は、普段心の準備なしで、殆ど聞くことは無い。

もしかして、夫がカギを忘れたのかと一瞬思ったが、その場合、ここまで上がってこれるはずはない。

疑問に思いながらも急いで鍋の火を止め、奈月はリビングのモニターを覗き込んだ。

―…室井さん?どうしたんだろう。

モニターには、同じフロアの室井の姿が映っている。俯き加減で、落ち着きなさそうに細かく足を動かしていた。

不幸の手紙事件以降、会えば挨拶は交わすが、その程度の仲だ。ましてや突然家に訪ねてくるような関係では、全くない。

正直、居留守を使おうかと躊躇したが、何かトラブルかもしれない。無いとは思うが、火事や泥棒被害が起きている可能性も、ゼロではない。

とりあえずモニター越しに対応しようと、息を整えて応答ボタンを押した。

「…室井さん?どうか、されました?」

「突然申し訳ない。確認したいことがあって、今話せますか?」

危惧したようなトラブルではなかったことに、まずはほっとしたが、一体室井は何を確認したいのか、正直見当もつかない。

そういえば、今朝、コンシェルジュデスクで珍しく声を張り上げていたが、そのことが何か関係あるのかもしれない。どちらにせよ、一人で室井に会うのは、なんだか怖い。

「あ、あの、いま火を使っていて、手が離せないんです。夫も、もう帰ってきますので…」

一瞬の沈黙のあと、室井はモニターに一歩近づき、顔を上げた。

「…その夫のことで、確認したいことがある。コンシェルジュとのこと、と言えば、わかるだろう?」


隣人からの密告に、奈月は?


23時。マンション内のライブラリーで、奈月は夫の宏太と共に、室井と向かい合って座っていた。

いつも、親子連れや学生で賑わっているイメージだが、さすがにこの時間は誰もいない。

さすがに自宅に室井をあげるのも、彼と二人きりで話すのも気が引けた。そこで奈月は、帰宅した宏太に事の顛末を話した後、室井の話を聞くため、ここで会うことになったのだ。

「…これ、あんただろ?」

室井は一枚の紙を差し出した。

「なんだよ、これ…。何故こんなの、持ってるんですか?」

奈月とともに紙を覗き込んだ宏太は、焦ったように問いかけるが、室井は何も答えない。

室井は、ご丁寧に写真を印刷したらしい。大きく引き延ばされた写真からは、多香子と二人で笑い合う宏太の姿が、しっかりと確認できた。

二人の背後にマンションが写っているので、酔っぱらった宏太が帰ってきたところを、とらえたものらしい。

写真を凝視する奈月に向かって、室井は告げた。

「彼女…吉岡さんを、辞めさせようとする住民がいると聞いた。それが、柏原さんなのかを、確認したい。」

「そんなこと、あなたには関係ないでしょう!…なっちゃん、もう行こ。」

声を荒げ、宏太は立ちあがる。奈月の腕を引き、連れていこうとするが、奈月はその場から動けなかった。

「吉岡さんが、いなくなっては困る。長く住んでいる他の住民も、彼女には世話になっている。新参者が、勝手なことは止めてくれ。」



「黙ってるっていうことは、そうなんだな。吉岡さんと旦那に何かあると勘違いして、彼女を辞めさせようとしたんだろう。」

室井が、何か言っている。

それは分かっているのだが、奈月の耳にはぼんやりとしか聞こえなかった。

夫と多香子が会っていたことは、既に知っている。軽い下心があったとはいえ、肉体関係はなく、飲み友達の範疇は超えていないことは、信じている。

しかし、この写真に写る二人の姿は、夫から聞いていたよりも、ずっとずっと親密そうだ。腰に手を回してピッタリと密着しており、知らない人が見たら、仲の良い恋人同士にしか見えないだろう。

突然目の当たりにした、自分が知らない夫の姿に、奈月は大きなショックを受けていた。

「…この時は酔っぱらってた。でも、ほんとに何もない。なっちゃん、もう帰ろう。家でもう一度、ちゃんと説明する。」

奈月の手から写真を奪うと、宏太はそれを握り潰し、机に放り投げた。

「…そんなの、聞きたくない」

奈月が絞り出した小さな声は、興奮した宏太の耳には届かない。

「ただの友達だと、彼女も言っていた。わかったら、明日一番で管理会社に申し入れを撤回してくれ。…脅すわけではないが、この他にも何枚もある。見る人が見たら、大ごとになる写真が。」

ボソボソ話し続ける室井に、宏太は何か反論していたが、もう奈月にはどうでもよかった。

「もう、うるさいってば!」

ぐしゃぐしゃになった写真を掴み、奈月はライブラリーから飛び出した。


一人涙する奈月の目の前に、あの女が現れる。

エントランスを飛び出した奈月は、敷地内のベンチに腰かけて、目の前を走り抜けていく車をただぼうっと見つめていた。

追いかけてきた夫は、ひたすらに謝罪を繰り返し、部屋に戻ろうと繰り返した。でも、奈月はどうしてもその気になれなかった。

それならば、自分が外にいるから部屋に戻ってくれと夫は懇願したが、外で頭を冷やしたいと言って、強引に奈月だけこの場に残ったのだった。

手の中の写真をもう一度開くと、皺だらけの写真には、確かに夫と多香子が写っている。

今、まさに奈月が座っている場所のすぐ近くで、数週間前に宏太は他の女と触れ合い、笑い合っていたのだ。

―さすがに、キッツイなぁ。

頬に一筋の涙が伝う。途端に、堰を切ったように溢れ出した涙が、写真を濡らしていく。

「あら?あなた…。」

小気味よい足音と共に、俯く奈月の目の前に、真っ赤なハイヒールが現れた。

涙をぬぐい声の主を見上げた奈月は、思わず声を上げた。

「な、永田、さん。」

そこには永田の妻、志帆が立っていたのだ。

「やっぱり、奈月さん。こんな遅くにどうなさったの?…あなた、泣いてるの?」

あんなに敵対心を向けてきた相手のはずなのに、意外にも、志帆はこちらを気遣う様子を見せている。

―この人も、永田さんと私の写真を見たとき、辛い気持ちだったのかな。

「ちょ、ちょっと、どうしたの。」

自分への怒りと、夫への疑心。それに志帆への罪悪感が加わって、奈月はもう涙を止めることができなかった。



「すみま、せん。こんな、お、遅くに。」

無理に話さなくてもいいわよ、と、志帆は前髪をバサッとかき上げた。

しゃくりあげながら泣く奈月を独りにできないと思ったのか、志帆は黙って横に座ってくれたのだ。

「ちょっと飲みすぎたし、夜風に当たるのも悪くないわね。…で、原因は、その写真?」

黙ってうなずく奈月に、志帆はふっと鼻を鳴らした。

「わかるわよ。私も経験あるもの。

それこそ、写真だったり、メールだったり。生で見たこともあるわ。疑わしいどころか、アウト確定なことだってあったわ。…あなたなら、知ってるでしょ。」

何も答えられずにいる奈月に、責めてる訳じゃないのよ、と笑いかける。

「あなたも、わかってるでしょ?逃げて泣いてるだけじゃ、何も解決しない。闘う覚悟のあるものだけが、残るのよ。

…そろそろ、中に入りましょう。もう日が変わっちゃう。」

志帆に促され、奈月はエントランスに向かう。扉のすぐそばには、心配そうにこちらを見つめる夫の姿があった。

「…えっと、あの」

「あら、こんばんは。私、奈月さんの…友人の永田志帆と申します。」

その名前に驚いたのだろうか。宏太は、一瞬たじろいだ後、頭を下げる。

志帆は、宏太に会釈を返すと、奈月にこう告げた。

「奈月さん。今度私の部屋に遊びにいらして。

実は、もうすぐ引っ越すことになったから、それまでにお話しておきたいことがあるの。…それじゃあ、ね。」

カツカツとハイヒールを鳴らしながら、強き女帝は最上階へと戻って行った。


▶NEXT:6月27日 木曜更新予定
永田志帆・吉岡多香子・柏原奈月、それぞれの女の決意と覚悟とは…?



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