最後の男:遊び歩く“不良妻”が、誰にも秘密にしている、夫への誓い

最後の男:遊び歩く“不良妻”が、誰にも秘密にしている、夫への誓い

港区には、モードな男たちが多数出没する。

スタイリッシュで、品があり、上質なファッションを纏う『港区モード』な男たち。彼らが街を歩けば、そこにドラマが生まれる。

この連載では、『港区モード』な男を目撃した人々に起こる、小さなドラマを紹介しよう。

人生の「最後の男」を探し求める千沙の悩みを聞いていた薫。既婚者である薫が、人生で一番好きになった元彼と再会することになり…。



今夜私は、過去に身を焦がすほど好きになった男と、7年ぶりに会う。

この予定は、思っていた以上に私の心をザワつかせていた。

当日の朝、出勤準備をしながら私は何度も洋服を着替えた。数日前から考えていた紺色のワンピースは、袖を通してみるとなんだかしっくりこなくて、それから私は5パターンのコーディネートで散々頭を悩ませた。

ようやく洋服が決まったかと思えば、次は玄関先で何度も靴を履き替えていた。

ヌードベージュのパンプスか、それとも黒のオープントゥか。何度も何度も鏡の前で試して、いよいよ遅刻するという時間まで粘った後、慌てて家を出て駅までの道を走った。

前の晩にしっかりパックをしていたおかげか、肌の調子はすこぶるよかった。けれど、会社の化粧室で自分の顔を見ると、いつもよりアイメイクとチークがきつめで、いまいちパッとしない。

―最悪…。

別に、何かを期待しているわけではない。ただ、7年ぶりに会う今夜、博樹にがっかりされるのだけはごめんだ。

「綺麗になったな」とか、「若い時の数年間だけでもこの人と付き合えてよかったな」などと、少しでもそんな風に思ってもらいたい一心で頑張っていたのに、どうやらすべてが空回りしているようだ。

そんな風に不完全なまま、私は博樹との再会の時を迎えることになった。


大好きだった男と再会し、薫は意外な言葉を言われる…!?

「久しぶり。元気だった?」

再会して、博樹が最初に発した言葉。それはあまりに普通で、ありきたりで。けれど彼の仕草の中に、戸惑いの色は隠れていた。

動揺した時に、右手で首の後ろを触る癖。付き合って半年が経った頃に気づいたその癖は、今も変わっていなかった。

「うん、元気だよ。博樹は?」

私は、それだけ言うのがやっとだった。

この日集まったのは、当時よく一緒に遊んでいたメンバーで、男女合わせて11人の会。

私と博樹が付き合っていたことも、別れたことも、もちろん全員が知っている。

1軒目では、博樹と離れた席になったため全然話せなかったけれど、2軒目に移動したBarで、ようやく話せる機会ができた。

「あの頃言ってた夢、叶えたんだね。すごいよ、おめでとう」

ずっと言いたかった「おめでとう」という言葉。博樹は当時と同じように目尻を下げて、「ありがとう」と言いながら優しい笑顔を向けてきて、こう続けた。

「予定より2年遅れてるけど、なんとか頑張ってるよ」

そして、少しの沈黙。

私は、言いたいことがありすぎて、すぐに言葉を選べない。博樹は笑顔のまま、私の目をじっと見つめてくる。

「なんか、あれだね…」

間を埋めるように、博樹が口を開いた。けれど彼も、すぐに言葉が出てこないようだ。

「なんか薫、幸せそうじゃん。すげぇ、いいとこの奥さんって雰囲気漂ってるよ。薫はやっぱりそういうのが似合うよな」

優しい笑顔を向けてくる博樹に、「“そういうの”って、何よ?」と、私はわざと突っかかるように言った。すると博樹は意外にも真剣に考え始めて、数秒間黙ってしまった。

「一流品を、さらっと身につけるようなことかな」

私をまじまじと見ながらそう言った後、付け加えるように「幸せそうで、よかった」とも言った。

「ありがとう。博樹は、結婚は?」

私はなぜか博樹の顔を見ることができなくて、自分の左手できらりと輝く結婚指輪を見つめながら聞いてみた。

「まだだよ。でも、同棲してる彼女がいて、そろそろかなとは思ってる」

「そっか、おめでとう」

まだ早いのかもしれないけれど、とっさに出てきた言葉は「おめでとう」だった。

それからはお互いの仕事の話や、共通の友人の話で盛り上がり、話題が尽きることはなかった。そうして二人で話していると、7年前に時間が戻ったような不思議な感覚に陥ることがあった。

けれど、

彼が着ているシワひとつないワイシャツや、汗を拭う時に見えた、綺麗にアイロンがけされたハンカチや、私の左手薬指のダイヤなんかが視界に入るたびに、私は現実へと引き戻された。


今の博樹と私の日常に、お互いの存在は、もう必要ない。お互いの隣には、今は別の人がいる。


7年の空白というのは、そんな事実をすんなりと受け入れてしまえるほどの時間だった。






「薫さんのその話、切ない!」

『T3』で博樹との再会を報告していると、千沙ちゃんが何度も「切ない」と口にした。

今日は、孝太郎と別れたばかりで傷心の千沙ちゃんを励ます会のはずが、なぜか私と博樹の再会話で盛り上がっている。

「で、薫さん。結局博樹さんとはどうなったの?二人で会う約束、もちろんしたんでしょう?」


薫と博樹の、これからの関係とは…?

千沙ちゃんの質問に答えようと言葉を探している時、私たちのテーブルの横を、一人の男性がカウンターへ向かって颯爽と歩いて行った。

上質な生地の、薄手のスプリングコートの裾がひらりと軽やかに揺れている。



「あれ、あの人…」

私と千沙ちゃんの声が重なり、お互いに驚いた顔を向け合った。

「え、知り合い!?」

私たちの言葉はまた綺麗に重なり、今度は同時に笑い合う。

ひとしきり笑った後、お互いに知り合いではないけれど港区内で何度か見かけたことがある男性ということが判明した。



彼は、カウンターに一人で座っていた女性のもとへ近づき、そっと彼女の肩に触れて、隣の椅子に座った。

後ろ姿だけでも美人とわかる、女性の佇まい。そんな二人の様子に、千沙ちゃんも私も無言で見とれてしまっていた。



—あの人もきっと、誰かの「最後の男」なんだろうな…

ぼんやり考えていると、千沙ちゃんのわざとらしい咳払いで私の意識が戻された。

「で、薫さん。博樹さんとは?」

早く続きを聞きたいらしい千沙ちゃんを、少し勿体ぶるように私はワイングラスを持ち上げ、ワインをゆっくりひと口流し込んでから言った。

「何もない。これからも、会うつもりはないし」

「え、本当に?何で?」

心底意外だったらしく、千沙ちゃんが何度も「何で?」と聞いてくる。でも実は、自分でもこれは意外な展開だった。

「博樹と再会したその日、家に帰って夫の顔を見たら、自分でもびっくりしたんだけど、なんだかすごくホッとしたのよね。

夫のことを条件で選んだと思ってたけど、結婚して5年も経ったから当時の気持ちを忘れかけてただけで、夫は、誰よりも私に安心感を与えてくれる人だから、私はそんな彼を大好きになったんだって、思い出しちゃった。博樹のことは、思い出として過剰に美化されてただけみたい」

私が笑って話すと、千沙ちゃんはなぜかホッとしたような表情に変わった。それを見て、やっぱりこの子はとても純粋なんだとあらためて思う。そして私は、こう続けた。

「夫がいて、帰る場所があるから、私はそれに甘えてるんだと思う。それで、ちょっとした刺激を求めて既婚者食事会に行ってる“不良妻”なだけで」

決して褒められることではないと分かっているけれど、そうしてバランスを取ることが一概に悪いことだとも思えない。

「えー、結婚ってそういうもの?そういう考え方ってアリなの?」

千沙ちゃんは私の考え方に、あまり納得がいっていない様子だ。けれど結婚生活は、夫婦の問題。私たちはこれでうまくいっているのだから、「あんまり責めないでよ」と笑って、それ以上の突っ込みは回避させてもらった。

「千沙ちゃんは、もうすっかり元気そうじゃない」

無理矢理、千沙ちゃんの恋愛話にすり替える。「そんなことないですよぉ」と言いながらも、その表情は明るい。

今夜はこのまま、千沙ちゃんと一緒にワインをあと1杯ずつ飲んだら、タクシーに乗って自宅に帰ろう。

明日の朝は、夫の分のコーヒーも淹れて、互いにバタバタと身支度を整えて慌ただしく家を出るだろう。週末は夫と一緒に、近所のワインバーにでも行こう。

夫婦だからと言って、すべてを共有する必要はないはずだ。ただ、譲れないものはいくつか持っておく必要はあると思う。

私にとって、譲れないことの一つはきっと…。

夫の「最後の女」になることだ。


—Fin.

「港区モード “最後の男編”」は終了です。 来週から港区モードの新シリーズがスタート!



今週の港区モード:「ダンヒルのスプリングコート」


英国紳士の中で脈々と受け継がれてきた美学“アンダーステイトメント=控えめな表現”を体現するダンヒル。



水を湛えたような光沢と適度なハリ感とを兼ね備えたキッドモヘアにしなやかな肌触りのウールを混紡した生地を、現代的なブリティッシュテーラリングによって構築的ながらも軽やかに仕立て上げる。

その軽やかさは、港区において何にも囚われない大人の“身軽さ”にどこか通ずるものがある。また、シングルながらも深めな フロントの合わせが、まるでダブルのコートを纏ったかのような貫禄を演出。成熟した大人にしか似合わない理由はそこにある。



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