密室に閉じ込められた女。新妻を“軟禁”しようとした、義妹の真の目的とは

密室に閉じ込められた女。新妻を“軟禁”しようとした、義妹の真の目的とは

結婚と同時に女に待ち受けるのは、“義実家”という呪縛。

奇妙な風習、監視の目、しきたり、そして義家族たちの薄笑い…。

夜な夜な響くその声は、幸せでいっぱいだったはずの新妻の心を蝕んでゆく。

―逃ゲヨウトシテモ無駄ダ…

◆これまでのあらすじ

看護師の岡林沙織(26)は、恋人の清川宗次郎(28)からプロポーズを受け、1年の交際を経ていよいよ結婚することが決まった。

宗次郎の母親が病に倒れたということもあり、悩みながらも義実家での同居を決意した沙織。

数々のしきたりに不安を感じていたが、宗次郎と一緒に乗り越えることを決意する。ただ、肝心の結婚式の日取りを“占いで決める”と告げられ、困惑を隠せない沙織だった。



―なんか、息苦しい…。

まるで森のような鬱蒼とした木々に囲まれたこの家は、昼間でも薄暗い。天気も時間もわからない閉鎖的な空気に、沙織はなかなか馴染めずにいた。

同居を始めて数日が経つ。沙織はなるべく広い家や庭を散策することで、この家に慣れようとしていた。

直射日光が入らないのは、美術品にとっては理想の環境なのだと千鶴子は満足げに語っていた。

また、この家の家長である宗次郎の父の成一郎も、兄の京一郎も神経質なタイプで、あまり外部との接触を好まない。

騒音など一切聞こえない隔離されたようなこの環境がとても落ち着くのだと言う。静寂に包まれたこの家に唯一響くのは、美しいピアノの旋律だ。

沙織はまるでその音楽に吸い寄せられるように廊下を進む。うっとりとピアノの音色に耳を傾けながら奥の部屋の前を通りかかると、ドアが少し開いていた。

そっと部屋を覗くと、瑠璃が体を柔らかく揺らしながらピアノを弾いていた。沙織はその横顔に目を奪われる。

長い黒髪と透き通るように白い肌。赤く艶やかな唇。ただでさえ美人なのに、ピアノを弾いている姿はこの世のものとは思えないほど神秘的な美しさを放っていた。


瑠璃から少しずつ明かされるこの家のこと。つかの間の穏やかな時間に、心が安らぐものの…?

思わず、沙織は瑠璃に見とれて足を止める。美しい音色に身をゆだねるように、そっと眼を閉じた。

「沙織お姉さん」

突然間近で名前を呼ばれ、反射的に目を開けると、すぐ目の前に瑠璃が立っている。沙織は驚いて思わず「きゃっ!」と言いながら後ろへ退いた。

瑠璃は沙織のそんな姿を見てクスクス笑うと、沙織の手首を掴んだ。血の気のない青白い瑠璃の手は驚くほど熱く、その違和感に沙織は戸惑った。

「こんなところに突っ立ってないで、中に入って」

沙織は瑠璃に言われるがままに、手を引かれて初めて音楽室の中に入った。真っ赤な絨毯が一面に敷かれた部屋の真ん中に、黒く光るグランドピアノが鎮座されている。

その横にはチェロが置かれ、棚の中にはバイオリンやビオラ、フルートやクラリネットなど、一通りの弦楽器と木管楽器や一部の金管楽器があるのだと、瑠璃は語った。

「ちょっとした学校の音楽室くらいの設備は整っているのよ。楽器も楽譜も」

「すごい。瑠璃ちゃんは、小さいころからここでずっと練習していたのね」

「そう。子供のころから一日12時間以上この部屋で過ごしているの。だから人生の半分くらいこの部屋にいるってこと」

「12時間以上?子供の頃から?!」

「だって、それくらい練習しないと上達しないし、私はピアノが好きだから。それに…」

瑠璃は意味深な視線をドアの方に送る。

「ドアを閉めると、鍵がかかってしまって中から開けることができないの。私、演奏に夢中になると周りが見えなくなるから、閉められても気づかないのよね…」

瑠璃はそう言うとにっこりと笑顔を作り、沙織のことを見る。沙織は話の意外な展開に驚いて絶句する。

―瑠璃ちゃん、ほとんど軟禁されて育ったってこと?

瑠璃は、子供の頃から数々のコンクールを総ナメにし、音大の器楽演奏科に首席で合格した。そして今も断トツのトップ成績を守り続けているのだと、いつも千鶴子が自慢げに話している。



―やっぱり、それくらい努力しないと結果は残せない世界なんだよね。

驚きで動揺しながらも、沙織は自分を納得させようとする。そのときだった。

ぎぎぎ…という物々しい音に振り返る。はっとする間も無く、バタンという音と共にドアが閉まった。

「え?」

慌てて振り返り、ドアの方に駆け寄ると、ドアのガラス窓の向こうでじっとこちらを見ている視線と目が合う。

「京一郎くん?」

長男夫婦の子供、4歳の京一郎が、窓ガラスに額を押し付けてこちらを睨みつけている。

「京一郎くん、開けてくれる?」

沙織が目線を合わせてドアの向こうの京一郎に話しかけるも、京一郎は返事どころかにこりともせず、じっと沙織の顔を見据えている。

小児科病棟で働いている沙織は、子供が好きだし扱いも慣れているつもりだ。ただ、京一郎は、沙織が出会ったどの子供とも違う。こんなにも露骨な悪意を向けられたのは初めてのことで、戸惑いが隠せなかった。

京一郎は、沙織と瑠璃のことを部屋へ閉じ込めると、そのまま廊下を走り去って行った。

「ちょ、ちょっと京一郎くん?」

瑠璃は「あーあ。閉じ込められちゃった」と言ってふふふと笑っている。沙織が愕然としていると、瑠璃はなぜか余裕の表情を見せた。


密室に閉じ込められた二人。瑠璃が打ち明けた秘密は沙織を震撼させるものだった。

「ここは館の一番奥だし、誰も通らないわ。唯一気にかけてくれているママが寝込んでいるしね。パパも燿一郎お兄ちゃんも仕事だし、宗次郎お兄ちゃんは出張でしばらく帰らないでしょう?朝美さんが助けてくれるとは思えないし…」

沙織の動揺をよそに、瑠璃は再びピアノの椅子に座った。

「あの。瑠璃ちゃん、スマホ持ってるよね?私部屋に置いてきちゃって。貸してもらっていい?朝美さんに事情を説明して開けてもらおう」

「スマホ?そんなものレッスン室に持ち込まないけど」

「私、今日準夜勤で、夕方から仕事なの。そろそろここを出ないと」

瑠璃は無視して突然ピアノを演奏し始めた。さきほどまでの演奏とは違う、迫力に満ちた荘厳な曲を強いタッチで弾き始めた。部屋中を壮大な音が包み込み、自分の呟きすら聞こえない。思わず耳を塞ぎたくなるほどだった。

憑りつかれたように鍵盤を叩く瑠璃の姿は、狂気に満ちている。もう、何分間演奏が続いただろうか。この部屋には時計がなく、まったく時間の感覚がわからない。

30分?1時間?もしくはそれ以上? もう勤務時間を迎えてしまっただろうか。連絡もせずに遅れるわけにはいかないのに、部屋から出る手段すらない。それどころか延々と続く爆音に頭がおかしくなりそうだった。

―宗次郎、助けて。

届かない想いを呟きながら、耳をふさぐ。

そのとき、ぴたりと演奏が止まった。

「沙織お姉さん。ちょうどよかったじゃない。仕事、行かない方が良いわ」

「どうして?」


“しきたり其の五”女性の門限は22時


「だって、22時までに帰って来れないでしょう。今はお母さん、寝込んでいるから大丈夫だけど、そのうち…」

「門限だなんて…看護師の勤務時間なのよ。それにそのうちって何?」

「沙織お姉さん。私、留学するのが夢だったの。高校生のときからウィーンやハンガリー、アメリカ…色々な国の音楽院からたくさん誘いがあったわ。でもね、諦めた」

「どうして?せっかくのチャンスなのに…」

「だって、22時に帰ってこれないでしょう?」

「え?」

「私、毎晩22時までに家にいないといけないから」

「よくわからない。留学でしょう?門限守るために留学しないっていうこと?」

「沙織さん、まだ知らないのね。…すべて夜中になればわかるわ」

瑠璃の血が滴るように赤い唇に目が奪われる。うすぐらい部屋でぼんやりと青白い顔が浮かび上がり、長い黒髪が揺れている。

―怖い…

本能が危険を感じているのだ。なぜか震えが止まらなくなり、じりじりと後ずさりをする。

「なんてね。驚いた?」

瑠璃がいつもの調子でにっこりと笑い、急におどける。

「もう、沙織お姉さんって本当に人を信じやすいのね。それに、思い込みが激しい!今私が言ったこと、全部嘘だから」

「え?嘘?」

「外から鍵なんて、掛かってないよ。冗談に決まってるでしょう」

沙織はその言葉を聞き、恐る恐るドアノブを回すと、なんと扉は開いた。安堵感と驚きでへなへなと腰が抜ける。

「人を信じやすいし、思い込みが激しい。なんとなく沙織お姉さんのことがわかったわ」

瑠璃は持っていないと言っていたスマホを楽譜の入ったバッグの中から出すと、時間を告げた。

「14時半よ。お仕事間に合うでしょう。気をつけて行ってきてね」

「瑠璃ちゃん、もうやめてよ…。笑えない。全部ってどこからどこまで嘘なの?」

瑠璃は何も答えずに微笑むと、沙織を残して部屋を後にした。

身体中にまとわりつく奇妙な違和感。疲労と目眩で気が遠くなりそうだったが、それでもこれから仕事があることが救いだった。逃げ出すように沙織は館を飛び出た。



その夜のことだった。

仕事を終えて帰宅した沙織が、寝室で眠っていると、一階の方からピアノの旋律が小さく聞こえてくる。その音とともに、寝室のすぐ外の廊下から床が軋む音と、コツコツとリズミカルな音が聞こえてくるのだ。

「…なんの音?」

寝ぼけた目でベッドサイドの灯りをつけて立ち上がり、そっとドアを開ける。

視線を落とした先には、バレエのトウシューズが見える。爪先立ちで、誰かがバレエを踊っているのだ。

こんな夜中に、廊下を、一体誰が…?

沙織は慌ててドアと鍵を閉めると灯りを消して、ベッドに潜り込んだ。

―これは夢。きっと疲れているだけと、自分に言い聞かせながら。


▶NEXT:9月27日 金曜更新予定
いよいよ始まる義実家での洗礼。義兄一家との接触は沙織をくるわせていく。


▶明日9月21日(土)は、人気連載『1/3のイノセンス』

〜同期の男に恋心を抱く杏(24歳)。けれど、恋人に選ばれたのは杏の親友だった…。それぞれの心中が複雑に交差するストーリー。続きは明日の連載をお楽しみに!


呪われた家・清川家の家系図


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