未来Diary〜芙美子ver.〜:39歳、仕事に邁進して男ナシの人生を選択した女の本音

未来Diary〜芙美子ver.〜:39歳、仕事に邁進して男ナシの人生を選択した女の本音

―30歳−

その年齢の節目で、大概の女は、いったん立ち止まってこう考える。

私は、いま目の前にある選択肢で、人生を決めていいのだろうか?

例えば、『AorB』という2つの選択肢があってその決断に悩んだとき、人は何で決めるのだろうか。

東京にいると、無数の選択肢があるようでそうじゃないのかもしれない。そう焦り始める女の、4話完結のショート・ストーリー。

◆これまでのあらすじ

外資系化粧品会社に勤める優愛(29)も、ある人生の2つの選択肢に悩んでいた。

優愛は、『AorB』の2枚のカードのうち『A』を選択。結婚して、家庭中心の生活を送る決断をした。

一方、“悩みなんてなさそう”な芙美子のその後の人生はというと…?



「だからさぁ……。何度も言ってるじゃん、そんなダメ男もう別れなよ?」

けやき坂にある『ブリコラージュ ブレッド&カンパニー』で食事をしていると、隣に座っている若い女性2人の会話が聞こえてきた。

秋の気配が感じられるこの季節、ここのオープンテラスでブランチをとるのが、芙美子にとっては至福の時間であった。

「マリコを幸せにしてくれる男の人は、他にいると思うよ?」

聞いていることを悟られまい、と思いながらも、20代半ばと思われる2人の女性の真剣な会話に、芙美子はついつい耳を傾けてしまう。

ダメ男に振り回されているらしいマリコ、という女は、友人のアドバイスに神妙な面持ちで頷いている。

―私も20代だったら、マリコにあんな踏み込んだアドバイスしていたのかなぁ…。

ここの名物である黒ゴマの自家製バンズで作られた小ぶりのハンバーガーを食べながら、ぼんやりと考える。

―そういえばあの時、私は優愛ちゃんの決断に、ただ頷くだけだった。

5年前、可愛がっていた部下である優愛が会社を辞めると告げてきたとき。芙美子は「あなたの下した決断だから」とすんなり受け入れたように見せた。

他人に必要以上に踏み込まない芙美子は、周囲から「大人だ」と言われることも多いが、それは結局、余計なことを言って嫌われたくないからだ。

でも、もっと人とぶつかり合って、本音で話していたら―?そしたらこの年まで独り身ではなかったかもしれない。そんなことを時たま考える。

現にいくら親しくなった男がいても、「何を考えているかわからない」「俺に興味がないんだろ」と言って、芙美子の元から去っていくのだ。

昨年母を亡くして以来、ローンを組んで買った白金にある1LDKのマンションと1匹の犬が、唯一の家族のようなものである。

芙美子は、来週で40歳を迎える。体調を崩したのをきっかけに、15年勤めた外資系化粧品会社を辞めたのは、つい先週のこと。

5年前のあの日に優愛が帰ったあと、ふと目についたのは、コースターにしてはあまりに簡素な白いカードだった。そしてそのカードには、もうほとんど滲んで読めない「B」という文字と、人生の“未来予想図”が箇条書きで書かれていた。

芙美子は気になって、そのカードを思わず鞄に入れたのだった。


今日は、優愛と5年ぶりに会う約束をしていた。急用で約束に1時間ほど遅れてしまう、という彼女はそろそろ到着するはずだった。


芙美子がカード『B』を見つけてとった行動とは・・・?

「芙美子さん、ごめんなさい……」

慌てた様子で優愛が駆けつけたのは、それから10分ほど経ってからのことだった。

「優愛ちゃん、久しぶり。そんな焦らなくてよかったのに」

5年の月日が流れ、かつてはふっくらと可愛らしかった優愛が、少し痩せたのかシャープな印象を受けた。

いや、シャープというより疲れている、という感じだろうか。

あのあと人づてに、優愛は外資証券会社に勤める夫と結婚し、ベンチャー系の化粧品会社でマーケティングの仕事をしていると聞いた。

「…………」

2人の間に、沈黙が流れる。この5年という月日はあまりにも長く、お互い何から切り出していいのかわからない。

「…ねぇ、優愛ちゃん」

芙美子は言うか言うまいか悩んで、やっとの思いで切り出した。

「あの日、グラスの下にカード“B”を置いていったでしょう?」

優愛はその言葉に、大きく目を見開いた。

「私ね、あのときちょうど35歳になる直前で、本社のNYへの異動の話をもらっていて、すごく悩んでいたの。長く付き合っていた恋人もいたし、結婚と子供も諦められない。でも憧れの仕事だったから…。くじでも引いて、自分の人生を決めてしまおうかと思うくらい悩んでいた」

芙美子の「くじでも引いて」という言葉に、優愛は眉をぴくりと動かした。



「そのときに…ごめんね。退職後に、優愛ちゃんのデスクを整理していたときに出てきた“B”の日記を読んでしまったの。その冒頭には、こう書いてあった。

“でもこれで、いちいち人生に悩むことは不要。
それは悩める29歳の女性にとって、
何て素晴らしいことなんだろうー”

この言葉に、とっても共感したの。私はその頃、35歳を迎える前だったけどね」

優愛は何も言わなかった。というより、芙美子の突然の告白に、混乱している様子だった。

「そこから私は、カードBを自分なりに再現した。NY転勤の話を快諾して、仕事に邁進したの。恋人とは別れちゃったけど、仕事は楽しくて本当に幸せな日々だった。3年経って日本に戻ってきて、白金にマンションを買って1人で生きていく覚悟をしたわ」

そこまで言って、芙美子はぐっと腹の底に力を入れる。

「…でもね。でもそのあとずっと唯一私を支えてくれていた母が亡くなって、体調を崩してしまったの。もう何もできなくて、仕事にも行けないほど落ち込んじゃった。そのあと退職して、いまは充電期間」

淡々と話したつもりだったが、それが余計に辛さを引き立たせてしまうようで、向かいに座る優愛の目には涙が浮かんでいた。

そしてしばしの沈黙のあと、今度は優愛が切り出した。

「……私はちょうど3か月前、離婚が成立しました」

離婚、という言葉を聞き、彼女がげっそりしている理由がようやく分かったような気がした。そして優愛は続けた。

「私は、“A”の未来日記の通りの人生を歩みました。条件のいい夫と結婚し、実家近くに家を買い、転職して家庭中心の生活を選んだんです。“B”の日記のことなんて、すっかり忘れていた」

離婚したことは知らなかったが、夫婦生活がうまくいっていないことは、風の噂で何となく聞いていた。

「籍を入れる前、一緒に暮らし始めたときから何となく気づいていたんです。この人、何かおかしいかもって。

それで1回、結婚式の準備で喧嘩した時に、自分の気持ちをぶつけてみたんです。“少しでもいいから、私の気持ちを分かってほしい”って。そしたら彼、何て言ったと思います……?」


カード“A”を再現した、優愛の波乱万丈な5年間とは?エリート男が見せた本性

「“なんで俺がイヤって言っていることに関して、お前の気持ちを理解しようとしなきゃいけないの?”って……」

優愛の夫は、院卒で外資証券会社に勤めるエリートサラリーマンだったはずだ。結婚して退社したとき、同僚の女性たちは優愛のことを「勝ち組」とやっかみ半分で噂していた。

「その違和感に蓋をして結婚したんです。……でもやっぱりうまくいかなくて。結婚したあと、私たち夫婦には子供ができなかったんです」

優愛は投げやりな口調で続けた。

「検診では、お互いに何の問題もない、と言われてたんですけど、夫は日々私を責めるようになりました。女なのに仕事をし過ぎたせいだ、とか、実は過去に何か病気したんじゃないか、とか……」

「そんなこと言われたの……?」

芙美子は怒りを抑えきれず小さく肩を震わせると、優愛は後悔した様子でこう言った。

「私、あのとき、30歳手前で魔法にかかったように焦っていたんです。早く人生を決めなきゃって…。だから正直、いまでも思います。あのとき結婚しないで、マネージャーになっていたらって」

未来日記を読んで、当時優愛がどれほど悩んでいたか、芙美子には痛々しいほどわかっていたし、自分もその悩みに共感していた。

…ただ一つ違うのは、自分はカード“B”の未来に背中を押されたが、優愛にとってのカード“A”は、プレッシャーに拍車をかけたものだったということだろうか。

日記に書かれていた迷いに共感はしたものの、芙美子には“タラレバ”がない。

NY本社での経験は刺激的なものだったし、日本に帰ってきてからも順調にキャリアを重ねた。NYと比較すれば単調な日々ではあったが、イベントが成功したとき、売上が倍増して表彰されたとき、PRのプロフェッショナルとして徐々に名が知れて業界のセミナーに登壇したとき。



そうやって、ささやかながらも自分が何かに貢献していると感じられたとき、芙美子は少しずつでも確かな手ごたえを掴んでいたのだった。

世間的に女としての幸せは掴んでいないかもしれないが、自分としては納得の40年だ。

だが優愛は違うようであった。違和感に蓋をして、人並みの人生を歩んでいこうとした自分を責めているのだろう。

しかし未来日記で優愛がAを選んだのは、偶然ではなく必然にも思えた。芙美子に残されたカードが“B”だったことも。

優愛はもっとキャリアも積めたはずだが、芙美子とは違い、ビジネスの世界で生きるには人の気持ちを考え過ぎる傾向がある。

だから芙美子も、優愛が会社を辞めると聞いたとき、そこまで引き留めはしなかったのではないだろうか。家庭を中心とした人生、という彼女の判断にそこまで違和感を抱かなかったのだ。

だがそんなことをいくら考えても、もう無駄である。


そして、芙美子は1冊のまっさらなノートを出した。

「私ね、今日実は、優愛ちゃんともう1回、未来日記を書いてみようと思ったの」

優愛があの時、もう少し自分の気持ちと向き合っていたら。
芙美子があの時、もう少し優愛に踏み込んでいたら。
いまとは、違う未来があったのだろうか……?

「いまなら分かるよね、自分が本当はどうしたいのか。だからここから私たちの、本当の未来日記を書いてみない?」

そこまで言ったとき、優愛はようやく笑顔になった。芙美子40歳、優愛35歳になる直前のことである。

平日昼過ぎのカフェは幸い、人がまばらだった。一番端のテラス席で、いい年をして泣きっ面をしている大人の女が二人、ようやく笑顔になった。


▶Next:9月24日火曜更新予定
そして、5年後の2人。2人が二度目の未来日記に託した思いとは?


▶明日9月21日(土)は、人気連載『1/3のイノセンス』

〜同期の男に恋心を抱く杏(24歳)。けれど、恋人に選ばれたのは杏の親友だった…。それぞれの心中が複雑に交差するストーリー。続きは明日の連載をお楽しみに!



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