「あなたの奥さんは魅力的だ」。他の男から知らされた、夫も知らない妻の意外な一面

「あなたの奥さんは魅力的だ」。他の男から知らされた、夫も知らない妻の意外な一面

騙されたのは女か、それとも男か?
「恋」に落ちたのか、それとも「罠」にはまったのか?

資産200億の“恋を知らない資産家の令嬢”と、それまでに10億を奪いながらも“一度も訴えられたことがない、詐欺師の男”。

そんな二人が出会い、動き出した運命の歯車。

◆これまでのあらすじ

詐欺師の罠をかわしたかに見えた智だったが、仕事の大舞台でのトラブルを詐欺師に救われた智は、ついに男に心を許してしまう。そして夫との関係が悪化する中で、ついに詐欺師に投資の話を持ちかけられるが…。



「あ!良かった、間に合った!」

打ち合わせを終え、小川さんと一緒にエレベーターを待っていた時、後ろから聞こえた声に、私はドキッとしながら振り返った。

富田だったからだ。

にこやかに手を上げた小川さんに、富田がにこやかに近づいてくる。

「神崎さん、そんな心配そうな顔をなさらなくても大丈夫ですよ。今日ここにくることは、彼女に事前に伝えていたので。あ、もちろん、打ち合わせの内容は漏らしていませんのでご心配なく」

小川さんは、小さな声でそう言って笑った。情報の漏洩など心配してはいなかったけれど。

―そんなものなのかしら。

私と小川さんの前にたどり着いた富田は、お疲れ様です!といつものように、明るく声をかけてきた。

「打ち合わせ、無事に終わられました?」

それに私が頷いて答えると、良かったです!と笑って、続けた。

「小川さんと、ランチに行ってきてもいいですか?」

時計を見ると、12時を回っていた。急ぎで頼みたい仕事もないし、止める理由などない。私が、もちろんどうぞ、と言うと、富田ではなく小川さんが答えた。

「では、富田さんを少しお借りしますね。視察の件を含めて、資料を読まれた後のご指示をお待ちしています」

小川さんの言葉が終わったタイミングで、ポーンとエレベーターの到着を知らせる音がした。下りだ。私が2人を促すと、1時間以内には戻ります!と言った富田が、小川さんとエレベーターに乗り込んだ。

ドアがしまる瞬間、会釈してくれた2人を見送った直後、またポーンという音がして、今度は上りのエレベーターが到着した。

それに乗り込みながら、私は小川さんから、打ち合わせをしたいと連絡が来た時のやりとりを思い出す。


智が感じた、富田の態度への違和感。そして、真実を明かせない夫の苦悩とは?

「社長に呼ばれて御社にお伺いするので、その終わりでお時間頂けませんか?」と日時を提案された時、私は、小川さんが富田と鉢合わせする可能性を考えて、会社ではない方がいいのではないかと聞いた。

すると小川さんは、別れた後も良好な関係なので大丈夫です、と答えた。だから、それ以上別の場所を提案するのも…と思い、私はせめて富田が近づくことのない、別フロアの会議室を取ったのだけれど。

エレベーター前に富田が現れたということは、小川さんが何階で打ち合わせしているかを知らせていたのだろう。事前にランチの約束をして。

涙ながらに彼への思いを語っていた富田が、別れたらどうなるのか…心配していたけれど。

―あんなに吹っ切れるものなのだろうか。

自分の乏しい恋愛経験では、別れた2人の一般的な立ち振る舞いの正解など導き出せないことは分かっているけれど、富田の小川さんへの態度が明るく穏やか過ぎたことに、何かが少し、引っかかってしまう。

―新しい関係を築けているなら、良いことだとは思うけど…。

もし、私と大輝が別れたとしたら…と、また気が重くなることを考え出してしまった。


夫・大輝:「俺を恨んで憎んでくれた方がマシだ」


兼六堂・本社近くのBAR。

―随分久しぶりだよな。

最後にここに来たのはいつだったか…思い出せない。俺は、カウンターの一番端の席に座り、シーバスリーガルのロックをシングルで頼む。

娘の愛香(あいか)が、今夜は家にいない。初孫を猫可愛がりしている義父の願いで、月に一度は、愛香は彼らの家に泊まりに行く約束になっていて、今月は今日がその日だった。

あれ以来、ぎこちないままの智と、家で2人きりになるのは今日が初めてということになる。それが怖くて、仕事終わり、まっすぐ帰れずにここに寄ったのだが。

智とよくきた店を選び、いつも並んで座ったこの席に当たり前のように座った、自分のセンチメンタルな行動を酷く愚かしく感じて、苦い笑いがこみ上げてくる。

―智が出した結論を、受け入れるしかないんだろうか。

自業自得。そう思いながらも、智を失うのは絶対に嫌だ、と狂いそうになるし、娘と離れて暮らすことになったら、と想像するだけでゾッとする。

「私を好きになってくれたあなたが、そうじゃなかったこと。肩書き目当てだった、と言われたことが辛い…どうしても辛い」



そう言った智の声は微かに震えていた。

泣きわめき、責めてくれれば良かったのに、必死に冷静を保ち、無理に笑顔を作ろうとさえしていた、あの智を思い出すたびに、ギリギリと胸が痛む。

後悔する権利なんて俺にはない、と分かっていても、もう一度出会いからやり直させてくれないかと、誰に頼むこともできない願いを叫びたくなって、グラスを強く握りしめる。

グラスの中で、カラン、と氷のとける音がした。茶色い液体を、一気に喉に流し込む。喉が熱をもつのはほんの一瞬で、酒に強く酔えない体質を、今日ほど恨んだことはない。

―智は…納得していなかった。

全てを話すと言ったはずの俺が、まだ何かを隠していることは気がついているし、秘密を持ったままの俺がどんなに、今は本当に愛しているんだ、と言っても、彼女に信用してもらえるはずがないことも分かっている。だけど。


悩み苦しむ夫の前に現れたのは…なんと…。

どうしても。

―お義父さんが俺に指示したことを…智には言えない。

娘を落としてみせろ、とテストされたから智に近づいたのだ、なんて言えない。彼が今も娘を試し続けていることも…。

父を誰より尊敬し、憧れ、愛されたくて、努力してきた智が、それを知ればどうなる?

智は、お義父さんのことを疑っていたけれど…何とか、できれば誤魔化してやりたい。

―そのためなら、俺はまた、嘘をつく。

義父への希望をなくすより、俺が金目的で近づいた汚い男だったと諦め、恨み、憎む方が智にとっては随分ましなことに思えた。

―たとえそれで…俺が、切り捨てられたとしても。

智と愛香を失わないためならなんでもできる、しなければならないと思っていたのに。いざ、その瀬戸際に追い込まれた今、自ら捨てられることを選ぼうとしている自分の矛盾に笑えてくる。



『偽善者』

頭の中で、声がする。

『裏切ったのはお前だろう』

分かっている。けどせめて、これ以上、智には傷ついて欲しくない。

『お義父さんに刃向う勇気もないくせに』
『臆病者』

俺自身の声にも、智の声にも聞こえる、その声。

脳に、全身に、響き続けるその声から逃げるように、2杯目を注文した時。

「あれ?神崎さんじゃないですか?」

陽気な声の方向に顔を向けると、知った顔があった。

「偶然ですねえ!なんか嬉しいな。ご一緒していいですか?」

義父に紹介された、新しく顧問になった田川弁護士だったが、彼は1人ではなかった。

「あ、ご紹介しますね。うちの事務所の小川です。小川先生、こちらは、神崎大輝さん。智さんのご主人で、資産管理とかをご担当されてる」

はじめまして、と頭を下げた眼鏡の男性は、どうやら田川先生の同僚らしい。

―随分、綺麗な人だな。

男性を綺麗だと思ったのは初めてだった。黒縁の眼鏡のフレームが、その顔が整っていることをさらに際立たせている気がした。

―小川親太郎弁護士。

差し出された名刺を受け取り、俺が自分の名刺を渡す、というお決まりの作業の後、田川さんは当然のように俺の横に座り、促されて小川さんがその横に並んだ。

「神崎さんは、ウィスキーかぁ。マスター、俺も同じもので。小川先生は?」

「じゃあ、僕も同じもので」

一緒に飲みましょう、と返事はしていないはずなのに、勢いで乾杯を強いられる。俺の気持ちなどお構いなしで上機嫌の田川さんは、聞いてもいないのに、週に一度は義父の元に通っていること、今日もその帰りで、などとペラペラとしゃべり続けた。

30分くらい経っただろうか。

田川さんは、新しく買ったという現代アーティストの絵画の説明をひとしきり終えると、電話をかけてくる、と席を外し、ようやく静寂が訪れた。

少しの沈黙の後、小川さんが申し訳なさそうに切り出した。


詐欺師が語る、智の魅力に…夫の嫉妬が燃え上がり…。

「騒がしくて、すみません。うちの田川は…なんというかコミニケーションの化け物でして」

化け物、という言葉が妙に的を得ている気がして、俺は少し笑った。すると小川さんも笑って、あ、そういえば、と言った。

「僕、先日の採石場での、御社の新商品発表会に出席させていただいたんですが、本当に素敵なパーティーでした」

「そう言っていただけると、妻が喜びます。彼女のプロジェクトでしたし、僕も見たかったんですけど、娘がいるものですから、残念ながら留守番で」

それは、本当に残念でしたね、と言った小川さんは、しばらくの間、パーティーの様子を熱く語ってくれていたが、それは次第に智を褒める言葉に変わっていった。そして。

「今度お仕事でご一緒させて頂くことになったんですが、話せば話す程、奥様の見識が広いこと、その発想に驚かされて、ディスカッションがとても楽しいんですよ。とても…とても魅力的で…彼女の側でずっと暮らせる神崎さんが羨ましいです」

「…とても魅力的?」

小川さんの言葉に妙な熱を感じ、思わずそう口にしていた。すると彼が、慌てた様子で付け加えた。

「あの、変な意味じゃないんです。なんというか、その、仕事の時と、2人でお酒を飲んだりしている時に見せてくれる弱さ的なものとの、ギャップが…」

「妻と…2人で飲んだことがあるんですか?」

思わず、言葉に棘が混じった。その棘に小川さんも気がついたようで、しまった、という様子で黙り込んだ。

―智が、俺以外の男と2人で飲んだ?

智が、誰かと2人きり、それも男と飲みに行くということを、想像したことがなかった自分にも驚いたが、それ以上に気になるのは…

―この男に、弱さを見せた?

苛立ちがこみ上げ、質問に答えぬ小川さんを、もう一度問い詰めようとした時、田川さんが慌ただしく戻ってきた。

「神崎さん、すいません、俺、急に事務所に戻んなきゃいけなくなっちゃって。お詫びに、ここまでの支払いは済ませますんで、良かったらあとは2人で。小川先生、せっかくだから神崎さんと親睦を深めといてね!」

小川さんの肩をバンバン叩きながらそう言うと、田川さんは陽気なまま立ち去って行った。その後ろ姿を見送ったあと。

小川さんが、諦めたような、申し訳なさそうな顔で口を開いた。



「奥様と2人で飲んだのは、採石場のパーティの後です。夜がもう遅かったこともあって、神崎家の宿泊施設にご招待いただいて…」

▶NEXT:9月29日 日曜更新予定
夫をかき乱す詐欺師の狙いとは?そして…富田の豹変の理由と智の決断が…!


▶明日9月23日(月)は、人気連載『立場逆転』

〜高校卒業後15年。再会した2人の人生は180度違うものとなっていた…。女のプライドをかけた因縁のバトル、続きは明日の連載をお楽しみに!



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