「俺ともう一度だけ…」。女を裏切り慰謝料まで請求された男が、再び姿を現したワケ

「俺ともう一度だけ…」。女を裏切り慰謝料まで請求された男が、再び姿を現したワケ

女にとって、人生で最も幸せなときと言っても過言ではない、“プロポーズから結婚まで”の日々。

そんな最高潮のときに婚約者から「別れ」を切り出された女がいる。

澤村麻友、29歳。

ーさっさと忘れて先に進む?それとも、とことん相手を懲らしめる?

絶望のどん底で、果たして麻友はどちらの選択をするのか?

◆これまでのあらすじ

婚約破棄から数ヶ月が経ち、精神的にも落ち付きを取り戻し、ようやく元の生活に戻ることができた麻友。元婚約者の良輔と、その浮気相手の愛にも慰謝料請求することを明言し、弁護士の吉岡を通して手続きを進め始めた。

上司の笠井の後押しもあり、社内の新規事業へ参加することも決まり、いよいよ仕事も軌道に乗り始めた。

笠井と吉岡、二人の男性の間で想いが揺れる麻友だったが…。



結局慰謝料の件は、相手方も弁護士を付け、双方代理人を通しての話し合いとなった。

ここまで来たら麻友は完全にノータッチで、額面の交渉など全てを吉岡に任せることにしていた。

調停や訴訟などや長期化することは双方望んでいないので、示談での決着を目指すことになる。

「ご希望の通り長期化はしない見込みですので、しばしお待ちください」

「わかりました。いろいろありがとうございます」

会社近くの法律事務所で、麻友は吉岡から随時状況報告を受けていた。

吉岡はまだ若くキャリアも浅いが、将来有望であり腕が立つと、事務所内でも評判だった。「代々弁護士ともなると格が違う」と仲間内からも冷やかされていた。

話もひと段落し、麻友は吉岡に「皆さんでどうぞ」と手土産を差し出した。

緑茶ムース、緑茶クリームパイなどのスイーツの詰め合わせのパッケージには「MATSUKAWA NIHONBASHI」と記されている。


大ヒットした松川とのコラボ商品。そしてその頃、心を入れ替えた良輔は…?

「これが、例のコラボ商品ですか」

「はい。私は運営側に回ったので商品開発には関わらなかったのですが…良輔さん張り切ってたみたいですよ」

「まさか、あの良輔さんが家業に入る決意をしたとは、驚きました」

「当時は全然乗り気ではなかったので、私も驚いています」

「今の対応は誠実ですよ。両家での話し合いのときとは別人のようです。心を入れ替えられたのだと思います」

「そうですか…」

うまく言葉が思い浮かばないが、喜ばしいことなのだとは思う。

自分と付き合ったままだったら良輔はダメな人間のままだったかもしれない。そう思うと、これが全員にとって最適な選択だったのだろう。

「…それにしても、このお菓子、すごくおいしいですね。僕、甘いものってそこまで得意ではないのですが、これならいくらでも食べられます」

「ありがとうございます。お茶関係のスイーツってこれまでにもたくさん出ていますが、松川の場合ともかくお茶が良いので風味が格別です。百貨店のパティシエも超一流ですし、すべての工程を請け負うことで価格も抑えられているんです」

「これは大ヒットするのも頷けます」

「おかげ様で生産が追い付かないほどで」

プロジェクトは軌道に乗り、松川とのコラボ商品はとくに成功を収めたと言える。

それに、一度は寿退職をしたのにも関わらず、アルバイトとして再雇用してもらえた上に、社員登用までたどり着けたのだ。会社や上司、受け入れてくれた同僚たち、皆に恩返ししたい一心で仕事に打ち込んだ。

「あと一息、頑張りましょう」

珍しく、吉岡が晴れやかな笑顔を見せる。麻友もつられて笑った。

この代理人同士のやりとりが全部終われば、本当の決別だ。その日は迫っていた。



翌日、出勤してバックヤードで事務仕事をしていると、同僚が「澤村さん、お客様がお呼びです」と声を掛けてきた。

「ありがとうございます。どちら様でしょうか」

「日本橋松川の方が、ご挨拶がてらお会いしたいと…」

松川のご両親だろうか。それとも、広報担当が本当に挨拶に来たのかもしれないし、まさか良輔ではないだろう。

麻友は椅子の背もたれに掛けていた上着を手に取り、バックヤードを後にした。

「澤村さん」

声を掛けられて振り返ると、そこにいたのは紛れもなく、良輔だった。

「この度は弊社の商品の開発や海外展開まで全面的にプロデュースしていただき、どうもありがとうございました。おかげさまで経営の危機からも持ち直しつつあります。もちろんこれからが勝負ですが、従業員一同、大変感謝しております」

良輔なのに、良輔ではない。別人かと思うほど“きちんと”した彼の姿に、麻友は言葉を失った。

髪をさっぱりと切り、プレーンな紺色のスーツに白いワイシャツ。上品な水色のネクタイに光沢のない黒いビジネスシューズ。

以前の印象とはあまりにも違って、麻友は目を疑った。

喋り方もそうだ。かつての恋人である麻友を“澤村さん”と呼び、柔和に微笑み、背筋を伸ばし、そして頭を下げた。


再会した良輔が麻友に告げた、信じられない発言とは?

麻友は正直どのようにして対応すれば良いのかわからなかった。

実際良輔に会うのがあの両家の話し合い以来なのだ。さらに言うと、まともな会話らしい会話をしたのは留学前なので、半年以上が経過している。

それに、あくまで“仕事で挨拶に来た”というスタンスを彼が取り続けるならば、麻友としてもそれに応じる方が好都合だった。

「わざわざありがとうございます。松川さんにご協力いただけたからこそ実現した企画です。こちらこそ大変感謝しております。まだまだこれからですので、引き続き今後ともどうぞよろしくお願いいたします」

麻友もはっきりとした口調でそう伝える。

かつて、身を滅ぼすほど愛し、傷つけられた相手と、今こうしてビジネスパートナーとして向かい合っている。

しかもまだ慰謝料のやりとりのさなかにいる、争うべき相手なのだ。

ただ、怒りや憎しみ、情などは一切湧かなかった。

「そう言っていただけて幸いです。代々続いた会社をしっかり守り、またより一層ブランド力を高められるように精一杯努めたいと思います」

良輔はすっかり毒の抜けたような、すっきりした顔をしていた。かつての関係を持ち出さないように言葉を選び、今後の展開にまつわる話を終えた。

「…それで、お話はそれだけですか?」

そう切り出したのは麻友だ。何か言いたくてここまで来たのはわかっていたので、妙な気遣いで間延びしていく時間の方が苦痛だった。

すると良輔は視線を落とし、小声で言った。



「あなたに謝まらせてください。弁護士を通して謝罪ではなく、自分の言葉で。本当に申し訳ございませんでした」

そしてため息を吐くと、さらに小さな囁くような声で続ける。

「麻友、ごめんな。本当に悪かった。心を入れ替えた姿を見てもらいたいと思って来たんだ。請求された慰謝料はすぐにきっちり振り込む。金額について争うつもりはない。

代理店はきっぱりとやめて、今は松川で外回りの新入社員をやってるよ。それなりの立場で入ることもできたけど、断ったんだ。麻友がくれたチャンスをしっかり活かして、松川で頑張っていくよ」

良輔は、神妙な面持ちではあったが、晴れ晴れとしているようにも見えた。だけど今さら「ごめん」と言われても困るし、心に響くわけでもない。

「うん。それなら良かった。ご両親を大切に、あなたも体に気をつけてね」

「なあ、麻友、聞いてくれ。婚約したとたん4ヶ月も会えなくなって、寂しかったんだ。たしかに、留学をすすめたのは俺の方だよ。でも、あまりの急展開に戸惑ったんだ。勝手だよな…。

俺なんていらないのかとか、麻友は俺との結婚より、松川に入ることの方を目的にしてるんじゃないのかとか、疑心暗鬼でそこまで考えた。外国で羽目を外して浮気するんじゃないか、心配もしたよ。

マメに連絡をくれるわけでもないし、辛かったんだ。そんなの言い訳にはならないってわかってるよ。でも、土下座でもなんでもする。慰謝料も払う。あの子とのことは一度の気の迷いだ」

「もう、わかったよ。終わったことだから」

「俺、麻友がいないとダメだ。慰謝料のやりとりが全部終わったらもう一度…」

麻友はそれ以上の言葉を遮るように、首を横に振った。

「良輔、今さら遅いのよ。それに、都合が良すぎ。"考え直してくれたの、嬉しい。待ってたの”とでも言うと思った?バカにするのもいい加減にして」

良輔は、一瞬たじろいだ顔をした。

「想像してた答えじゃなかった?私は私の人生を歩みます。ただ、せっかく心を入れ替えて、そこまで言ってくれたのだからこの先恨むのはやめとくわ。幸せを祈ってる」

良輔は俯いて、無言で頷いた。しかしすぐに顔を上げ、営業マンらしいさわやかな微笑みを浮かべると、深々と頭を下げてハキハキした口調で言った。

「ありがとうございました。失礼します」

麻友も笑顔で返す。

「こちらこそ、わざわざお越しいただきまして、どうもありがとうございました。引き続きよろしくお願いいたします」

麻友は良輔の背中を見送った。

「さようなら」と小さく呟く。

二度と会うこともない相手だと思っていたので、まさか出向いてくるなんて、想像もしていなかった。謝罪だけで済めばよかったものの、また勝手なことを言い出したので、ため息とともに力が抜ける。

でも、麻友は思いのほか清々しい気持ちに満たされていた。

―どんな形であれ、謝られないよりは、謝られた方がよかったかな。

しっかりと突き放せたことも、自分にとっては大きな成長だと思える。

―吉岡さんに伝えたらなんて言うかな。

何か特別なことが起きると、自然と必ず彼の顔が思い浮かぶようになっているが、この気持ちの変化も受け入れつつあった。

バックヤードに戻ろうとしたとき、後ろから名前を呼ばれた。

「澤村。ちょっといいか?」といつもの調子で声をかけてきたのは笠井だ。

振り返ると、笠井は怪訝そうな顔をする。

「なんだよ、そんな怖い顔して」

「怖い顔なんてしていません。ただ、笠井さんから声をかけられると、また何かあったんじゃないかって…」

「まったく…。後ろめたいことがあるのかよ。今日残業予定だっただろ?代わるよ。例のプロジェクトの方で、緊急ミーティングがあるそうで、澤村のスケジュールを抑えるように言われたんだ」

「緊急…」

「俺は内容の方はわからないんだけど、全員呼び出しだから大ごとかもしれないな」

「わかりました」

これまで、様々な困難を乗り越えてきたのだ。もうどんなことが起きようとたじろがないと、麻友は強く決意をした。


▶NEXT:10月30日 水曜更新予定
次週最終回:良輔を突き放した矢先、プロジェクトで急展開が。麻友はどんな選択をするのか?そして吉岡との関係はどうなる…?


▶明日10月24日(木)は、人気連載『聖女の仮面』

高校の頃転校していった親友から、突然届いたメッセージ。10年ぶりに再会した女たち4人の、隠された素顔と真実とは?続きは、明日の連載をお楽しみに!













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