「あなたが好きだ」。夫以外の男から、1番欲しかった言葉を囁かれた女の心境

「あなたが好きだ」。夫以外の男から、1番欲しかった言葉を囁かれた女の心境

騙されたのは女か、それとも男か?
「恋」に落ちたのか、それとも「罠」にはまったのか?

資産200億の“恋を知らない資産家の令嬢”と、それまでに10億を奪いながらも“一度も訴えられたことがない、詐欺師の男”。

そんな二人が出会い、動き出した運命の歯車。

智はついに夫との離婚を宣言してしまう。詐欺師を唯一の味方と信じはじめた智の運命は…!?



「大輝さんとは、離婚しようと思います。ご存知の通り…私には、優秀な弁護士が付いていますから、ご心配なく」

離婚とはそんなに簡単にできるものではないぞ、という父の声を背中に受けながら、私は父の前から去った。

ドアを開けてくれた秘書の氷室さんに、なにか声をかけられたけれど、私は止まらず、社長室を出た。

脱力感を覚えながら、なんとか歩く。このフロアに上がれるのは、直通のエレベーターだけ。無駄に長い廊下を歩きながら、エレベーターの方向に近づくにつれて、場違いな、キャッ、キャッ、という笑い声が近づいてくる。

セキュリティゲートにパスをかざして通りすぎ、エレベーターホールに入ると、その声の正体が分かって、私はさらに脱力した。

「神崎さん!」

―待ってた、の?

心配そうな顔で、私に近づいてきた小川さんの奥で、受付デスクの女性スタッフが立ち上がり、エレベーターのボタンを押してくれた。

さっきまで、小川さんと談笑していたことが、私にバレて気まずいのだろう。私に軽く会釈した後は俯き、目をそらした彼女からは、動揺が感じられる。

―氷の秘書部が…珍しい。

社長室はこのビルの最上階、28階にある。このフロアにはVIP用の応接室と、コマーシャルなどの映像を試写する試写室があるのだが、セキリュリティは厳しい。

12階で、社長室直通のエレベーターに乗り換え、エレベーターを降りると、ホテルのフロントデスクのような受付がある。そこで秘書部のスタッフからパスをもらわなければ、たとえ社員であっても、その先のセキュリティゲートを通ることができない。

私はゲートのパスを持っているけれど、常にそこを通れる社員は限られていて、ゲートの横には警備スタッフが立っている。そのチェックは行きだけではなく、帰りも厳しく、用が済んだらすぐに帰らされる。

その追い立てが厳しいのが、父直属の秘書部のスタッフで、融通も聞かせてくれないことから、社内では「氷の秘書部」と呼ばれているのに。

「あの…大丈夫でしたか?」

心配そうに、その長身を丸めて私を覗き込んでくる、この小川さんは…どうやって…「氷の秘書部」を懐柔し、歓談し、私が来るまで、ここに留まることを許されたのだろうか?

「社長とは話がつきましたから、ご心配なく」

秘書部のスタッフの前で、意味深な会話も振る舞いも避けてほしい、という意思表示のために、私は小川さんに、淡々と事務的に答えた。これ以上、変な噂が回るのは困るのだ。

エレベーターが到着して、乗り込むと、後に続いた小川さんとは、少し離れて立った。小川さんは、そんな私を気にするようすもなく、見送る女性スタッフに、小さく手を振った。女性スタッフが、驚いたような照れたような笑顔になったところでドアが閉まる。

―呆れた。

この人は、本当に女性にマメな人なのだと、最早、感心すらしてしまう。すると、エレベーターが動きだしたタイミングで、小川さんは、すみません、と小さく呟いた。

私が彼を見上げると、悲しそうに続けた。

「待ってたの、ご迷惑そうですね…すみません。でも、俺…」


先に帰ったはずの親太郎が…わざわざ智を待っていた、その目的は?

神崎さんのことが、心配で、帰れなくて。それに、さっきの俺の失言についても…その、きちんと説明した方が良いかと思ったので」

失言というのは、父の前での夫絡みの話を指すのだろうが、さっき父を黙らせた人だとは思えない程、歯切れが悪い。

ただ、私は、この小川さんという人が、仕事を離れると、何というか、むき出しの喋り方になることがあるのも、もう知っている。

ため息をついて、私は言った。

「確かに説明はして頂きたいですね。でも…」

ポーン、と音がして、12階に到着してしまった。直通のエレベーターに乗っている間など一瞬なのだ。

降りると、このエレベーターを使うのは最上階に行く人だけ、ということもあり、幸いにも人の気配は無かった。廊下の先にあるセキュリティーゲートまでは大丈夫そうだ。

私は、足を止めぬまま、後に続く小川さんの気配を感じながら、言った。

「さっきの父の前での発言については、また、改めてお伺いして良いでしょうか?色んな情報のせいで、混乱はしていますけど、私はあなたより先に、夫と喋るべきなんです。彼と話し合うこともあるし、今はもう仕事に戻らないと。あ、ただひとつだけ」

そこで、なぜか小川さんの足音と気配が止まった。仕方なく振り向き、彼と向き合う形になると、その顔が、悲しそうなまま、だったことに少し驚いた。

「…ひとつだけ、何ですか?」



その表情の理由がわからぬまま、私は答える。

「さっき、父の前で私に好意があるとか、なんとかおっしゃっていましたが、場を収める嘘でも、もうあんなことを人前で言うのはやめて頂きたいです。

父は本気にするような人ではありませんが、小さな誤解でも噂になるんです。それはお互いにとって良いことではありません。小川さんだって困るでしょう?仕事のパートナーになるなら、尚更」

「…俺は、困りませんよ」

「…どういうことですか?」

「俺としては、噂が本当になったとしても、困らないんです。さっきも、本当のことを話します、って言いましたよね、俺。社長の前での、決意の告白だったけど、やっぱり本気にしてもらえないかあ…結構、勇気が必要だったんだけどな」

小川さんは、笑いながら、一歩、私との距離を詰めた。後退りするべきだと思ったけれど、足は動かなかった。悲しい顔のまま微笑む人を初めて見た気がして、見下ろされるその顔から目が離せなかった。

「回りくどい言い方をしても、あなたには絶対に伝わりそうにないから、もう一回、はっきり言いますね」

「…」

「俺は、神崎さんが好きです。もちろん人としても、ビジネスマンとしても尊敬していますが、1人の女性として、好きなんです。あなたが、悩んで、苦しんでいれば、抱きしめたくなるし、何をしてでも助けたくなる。ご主人が、心の底から羨ましいし、嫉妬もする。

そういう好き、です」


ついに、親太郎が激白!智は、どう受け止めるのか!?

「……冗談、です、よね?だって、あなたは富田さんと…」

ようやく、それだけを口にした私に、小川さんは、そうきますかと、また笑って続けた。

「さっき、改めて話しましょう、と言われましたけど、もう今懺悔しちゃいます。俺、ちょっと前に、偶然ご主人に会った時、あることで彼に、とても腹が立って…思わず、言っちゃったんです。あなたの奥さんのことが好きだと」

―大輝に…?

「だから旦那さんが、社長に報告したんだ、と思ったんです。すみません。それが結果的に失言になっちゃって」

失言の内容がどう、というよりも、説明される状況に頭がついていかない。

「小川さんは…その、本当に、私を好きだと…?」

対処が分からず、バカな確認を口にしてしまったことに、自分でも驚き、急激に恥ずかしさがこみ上げた。いや、今の質問は無しで、と慌てた私に、小川さんが、クスクスと笑って、ああ、もう可愛いなあ、と言った。

「すごく抱きしめたいけど、抱きしめたりしませんから、安心してください」

軽い口調に、さっきの受付の女性とのやりとりを思い出した。そうだ、この人は女性に対しては、異常なくらいマメな人で、誰にでもこんなことを…。

そんな風に、必死で自分に言い聞かせてみても、心拍数の上昇で自分の動揺を思い知らされる。

「…困ります。仕事に戻らせてください」

絞り出した言葉は、多分すごく弱々しかっただろう。でも一刻も早くこの場を立ち去りたかった。すると、小川さんが、ハッと、周囲を見渡しながら、すみません、行きましょう、と歩き出すことを促してくれた。

その後は無言のまま、セキュリティゲートを通り、私たちは別れた。オフィスのデスクに座った瞬間、少しホッとしたけれど、混乱は収まらない。



―小川さんの言ったことを、全て信じてるわけじゃない。だけど。

小川さんに、もう離婚の相談はできないな、と、おかしなことが頭に浮かんできたりして、落ち着かなければ、と自分に言い聞かせる。今、考えるべきことは、小川さんのことじゃない。

―愛香(あいか)を、私みたいな子どもには、絶対にしたくない。

自分が素晴らしい母親ではないことは自覚しているし、親としての正解が見えているわけでもない。でも愛香に辛い思いをさせるのは本当に嫌で、大切に守りたい。

そう思うと、両親が離れるということに、猛烈な罪悪感を覚えるし、父が言うように、簡単に離婚などできない、とも思う。

―でも…もう元には戻れない。何も無かった様には。

とにかく、大輝と話そう。そして、きちんと2人で、結論を出そう。

愛香のいない昼間に話した方がいいだろうな、じゃあ今週中に休みをあわせて…などと考えながら、私は、今日中に決済しなければならない案件がいくつかあったことを思い出し、PCを立ち上げた。

ボォーンという起動音と同時に、フロアで笑い声が上がり、何気なくそちらに目を奪われると、富田が笑顔でスタッフと話し込んでいた。私は、数時間前に、今夜話を聞く、と約束してしまったことを思い出した。

『私たちが別れた原因は、神崎さんなんです』

彼女がそう言った後、私は夫と父の秘密を知り、小川さんに、好きだ、と言われた。

―何で、今日に限って、こんなに色んなことが。

憂鬱で頭が重い。

事実がどうであれ、好き、と言われた今日、この後、富田と話せる気がしなかった。とりあえず、今夜の富田との約束は、延期してもらおう、と思った時、携帯が震えた。

―小川、さん。


親太郎からのラインに…思いもよらぬ言葉が。そして智は揺さぶられ…

小川さんからのLINEだった。



『さっきは、すみませんでした。さっきのあなたの困った顔が頭から離れなくて、すぐ謝りたくて。謝らなきゃ、と思って文字を打ってます。たぶん、長文になってしまうと思いますが…お許し頂けると。どうか、この長文を気持ち悪い、とは思わないで読んでくださいね』

以前、私が気持ち悪い、と言ってしまったことを、自虐的に表現した軽口のつもりなのだろうが、笑う気にはなれなかった。

そこから、いくつかのメッセージが、細切れに送られてきた。

『何故、あんな所で、告白してしまったのか。自分でもこんなこと初めてで動揺してます。なので、文章が滅茶苦茶だったらすみません。

あなたといると、俺は、乱され、自分のペースが守れなくて、衝動的な行動に出てしまう。

あなたは、本当に俺にとって、初めての…特別な人なんです』

ー神崎さんは、彼にとって特別な人だそうですー

富田が、そう言っていたあの言葉…。それが、富田の言葉でも聞こえた。

『困らせて本当にすみません。既婚者を好きになるなんて、ダメなことに決まってるのに、どうかしてますよね、俺。

我慢するべきだ、この気持ちは隠すべきだと、あなたのそばにいる間、ずっと、そう思ってきました。でも今日は、思わず…社長に腹が立って。あなたを傷つける彼が許せなくて、気がついたら、僕の片思いだと、変な宣言をしてしまいました。

本当に申し訳なかった。そのせいで、多分、お父さんとあなたを揉めさせてしまった。あなたを困らせたくないのに。

すごく、反省しました。あなたを困らせたり、苦しませたり、悩ませたりしたくはない。だから、なんとか…あなたを諦めるように努力してみます。

アフリカの件、もし僕と、もうやりにくいのであれば、うちの田川弁護士に担当を代わってもらいますので遠慮無く、言ってください。田川にも伝えておきます。おそらくアフリカからは、今夜中に何らかの返信が来ると思いますので。

これが最後のやりとりになるかもしれないから…余計なお世話かもしれないけど、最後に言わせてください。

俺も、親に悩まされた人間なので、神崎さんの気持ちが、ちょっとですけど …分かるような気がします。でも。

あなたは、決して、お父さんの所有物ではない。お父さんの呪縛から逃げてもいい。お父さんが求める娘になる必要は無いと思います。

お父さんとは違った素晴らしい能力があります。俺はずっとそれを感じてました。だから、あなた自身が、自分の力を認めてあげて、思いのままに、心のままに、活躍してください。あなたにはそれが絶対にできる』

文章を見つめながら、私は、父に、激しく反論した小川さんのことを思い出していた。そういえば…。

―父に、あんなに歯向かった人は、初めて見た。…しかも、私の、ために。

ドクン。ドクン、ドクン。

『私、自分の心臓がうるさい、って思ったのはじめてです。ドクドク暴れて飛び出しそうで』

そう言ったのは、確か富田だった。

ドクン、ドクン、ドクン。

喉元に競り上がってくる熱と、ギュっと締め付けられる、この胸の痛みが何なのか…私は、考えるのが怖かった。


▶NEXT:10月20日 日曜更新予定
ついに…智が心を奪われた!?しかし、警察が、親太郎に再接近し…。













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