「以前は、素敵な夫婦だったのに…」3年間で、子どもが怯えるほど豹変してしまった夫婦

「以前は、素敵な夫婦だったのに…」3年間で、子どもが怯えるほど豹変してしまった夫婦

御三家。それは、首都圏中学受験界に燦然と輝く、究極の伝統エリート校を指す。

男子は開成・麻布・武蔵。女子は桜蔭・女子学院・雙葉。

挑戦者を待ち受けるのは、「親の力が9割」とも言われるデス・ゲーム。

運命の2月1日、「真の勝者」は誰だー。

◆これまでのあらすじ

深田 彩は、夫の真一と息子の翔と3人、南麻布で暮らしている。

ある日、翔が、男子御三家の一角・麻布中学校に入りたいと言いだした。

叔母で元大手有名塾の講師・岬 祐希からは中学御三家受験は彩には無理だと言われてしまう。

辛うじて、有名塾の一番下のクラスに合格した翔。生半可な気持ちでは挑戦できないと悟った彩は、ついに覚悟を決めた。



「そんなわけで祐希ちゃん。私、勉強始めたの。だけど、何度解説を読んでも解けない問題があって…」

彩は、Skypeで叔母の祐希に話しかけていた。

「例えばこれ、場合の数。ちょっとだけ教えてもらえないかな?」

教科書とノートを広げてカメラに映すと、PCの向こうで、祐希がいかにも面倒くさそうに顔をしかめる。

「LINE読んで、まさかと思ったけど…彩、本気で4科目4年生から勉強してるの?受験自体は覚悟があるなら私が口出すことじゃないけど。

彩が今から麻布レベルになるまで勉強するのは、はっきり言って無謀よ。そもそも母親が必ずしも勉強内容を理解してなくても、他にサポートの方法はあるわよ」

彩は分かってるというように首を縦にふる。

「もちろん、私が麻布の問題なんか解けるようになるはずない。ポンコツ女子大、しかも指定校推薦だもん、祐希ちゃんだって知ってるでしょ」

祐希はウンウンと画面の向こうで深くうなずいている。自分で言っておいて多少もやっとしたが、彩は構わず続けた。

「でもせめて、中学受験生がどのくらいの分量とスピードで勉強してるのか理解しないと。そうでなくちゃ無防備すぎて、赤子が裸で戦場に転がってるようなもんだよ」

彩の言葉に、祐希は何か引っかかることがあるらしく、腕を組んで天井を見上げている。

「まあ、言ってることは立派だけど、はっきり言って焼石に水なんじゃない?…それに心配なことがあるの。彩には今まで話したことなかったけど、私の塾講師時代の話をしようか」


元大手塾の凄腕講師・祐希が語る「中学受験親の狂気」とは…?

「この結果を持っては家に帰れない」


いつも彩の話をきちんときいてくれる、姉のような存在。そんな祐希の言葉に、しっかりと耳を傾ける。

「この前、中学受験は母親にかかっているって言ったでしょう。確かに母はマネージャーみたいなものだから、ある程度勉強の内容や進度を把握したほうがいい。でも、大事なのは必ずしも母親が勉強を教えられるかどうかってことじゃないの」

予想外の内容に、彩は少し驚いた。

「でも、塾でトップの子のお母さんは、『勉強は全部私が見てる』って言ってた。やっぱり、母親が真剣に受験勉強したことがないとすごく不利なんだって思ったよ」

「もちろん母親が完全に伴走できるなら、それがハマれば劇的に効果がある。でも肝心なのは、母親が自分の子供をよく見ること。そして、中学受験の『目的』を決して見失わないことよ」

「よく見る…?そんなの当たり前じゃない?それに目的っていうと…どんな学校を目指すかっていうこと?それとも将来の夢?」

彩は訝しげに画面越しの祐希の顔を見る。

「簡単だと思うなら、彩はまだ、中学受験の狂気を分かっていないわ」

祐希はあくまで淡々とした口調で話している。

小学生が、3年間毎日欠かさず何時間も勉強して、ピークの時期は1日10時間以上。親は3年間で数百万のお金を払う。塾の競争は熾烈で、思うように偏差値は上がらない。祐希はさらに続ける。

「それでも毎日毎日、小石を積むように、途方もない試験範囲をつぶしていく。客観的に見て地獄よ。でも、毎年数万の親が、子供が、中学受験に挑む。なぜだと思う?」

突然質問を投げられ、彩は戸惑いながらも即座に答えた。

「…子供に、幸せになってほしいから?夢があるから?」

脳裏には、麻布で将棋を指したいといった時の翔の顔が浮かぶ。

「そう。最初はみんなそこから始まるのよ。彩と同じ。それなのに、だんだんと顔つきが変わっていく…」

祐希はそこまで言うと、ゆっくりと深い息を吐いて、再び口を開いた。

「私が講師だったころ、あれは秋だったわ…」

それは、祐希がまだ大手進学塾で働いていた頃のこと。近くの交番から塾に電話があったのだという。

塾に通う6年生の男子生徒が、塾の帰りに泣きながら交番にやってきた。事情を尋ねると、その生徒は、「模試の結果が悪くて、これを父に見せたら何をされるかわからないから帰れない」と主張したようだ。

「その子は、泊めてほしいって交番で頼みこんだの。それでお巡りさんから、先生迎えにきてやってよ、って言われたわ」



彩はその情景を想像し、胸を突かれるような思いがした。テストを握り締めて、家に帰れない少年。どうしようもなくて交番に行ったのだろうか。

祐希は静かに続ける。

「でもね、恐ろしいのは…低学年のころから私が知ってるそのご両親は、とても素敵で本当に"いい人"だったってことよ」

「そ、そんな素敵なご夫婦が、その子をそこまで追い込んだってこと…?ノイローゼになっちゃったとか?」

彩は恐ろしくなって、思わずPCの前で手をぎゅっと組んだ。


「良き親」がいつの間にか変わっていく。もしかしたら、いつか自分も…?

「他人事だと笑っていると、狂気にのまれる」


祐希が言うように良識のある親だったら、がっかりするとしても、模試の結果ごときで子供がおびえるほど追い込むなんて彩には信じられなかった。

「そうね、でもご両親は変わってしまった。そしてそれは中学受験ではちっとも珍しいことじゃないのよ。そんな親を他人事だと笑っていると、いつの間にか受験の狂気にのまれていく。

忘れないで彩。受験は、子供が成長するための一つの過程。そして、どういうサポートがその子を最も伸ばすかは、千差万別。絶対勝利の方程式なんてないの」

彩は、いつの間にか口をはさむのも忘れ、ただ耳を傾けていた。最前線の内情を知っている祐希の言葉には、重みと凄みがあった。

「勉強するならまずは半年、本気でやってみなさい。でもそれとは別に、翔を見て。よく見て、そして常に考え続けて」


その日の祐希の言葉は、彩の胸に深く刻まれた。彼女から言われたことをその後もずっと忘れずに、翔と共に勉強し続け、考え続けたのだ。

うまくいったと思う日もあったが、途方に暮れた日も少なくなかった。それでも「まずは半年本気でやってみろ」と言われた通りに、必死で毎日を過ごした。

そして気がつけば、5年生の2月が始まろうとしていたー。





早朝、彩はいつものようにスマホのアラームを手探りで止めた。

午前5時。冬の外は暗い。

深夜に帰宅した夫の真一は、まだベッドに入って数時間だろう。起こさないようにそうっと寝室を出た。

毎朝6時に起きる翔よりも、さらに1時間早く起きて、彩は毎日「予習」をする。

5年生の途中から入塾した翔は、本格的なカリキュラムがスタートしていた4年生分がまるまる抜けている。塾の勉強のほかに、それを並行して勉強しなくてはならなかった。

彩はその部分を翔より数日早く勉強し、プリントや表を用意して、少しでも効率よく勉強する方法を考える。

翔との「個別特訓」は学校に行く前の1時間半を使って、1日も欠かさず続けていた。

「さて、まずは地理…河川と平野をテストしてから、このプリントかな」

昨夜新しく作ったオリジナルの表をトイレに貼ってから、彩も問題集を埋めていく。

しんとしたリビングに、コーヒーのドリップ音と、シャーペンの音だけが響く。

受験勉強を始めてほどなくして、彩に二つの「想定外」が起こった。

「お。この問題、なかなかいいとこついてるね」

独り言は、不思議と弾んだ声音だ。

そう、一つ目に想定外だったのは、彩が本気で取り組んだ結果、中学受験勉強の新鮮で純粋な面白さに気が付いたということ。

彩には中学受験の経験がなかったから、小学生の受験参考書を読むのは初めての体験だ。

これが、とてもよくできているのだ。

図や表、写真を巧みに使い、テキストは分かりやすいのに面白いほど濃密だった。

一通り読んだあと、問題を解くと、さっきまでは見当もつかなかった解答を書き込むことができる。

特に理科と社会は、日常に結びついていることもあって、まるで世界の成り立ちを学びなおしているような感覚があった。

もっとも算数は、そんなことを言っていられる状態ではない。いまだに彩は、解説を読んでもよくわからない問題ばかり。翔に教えるどころか、教わっている始末だった。

しかしそれをひっくるめても、彩が今感じているのは、「中学受験の勉強って結構面白い」ということ。

まだ何も知らなかった頃、「小さいのに受験勉強なんて可哀想」と決めつけていたことを反省する毎日だ。

「おはよーママ。今日も早いねえ、ありがと」

翔がパジャマのままリビングに入ってきた。手にはすでに、今日やる予定の地理の参考書が握られている。

「おはよ、翔。あれ、でもまだ5時半だよ。昨夜も11時までやってたのに、大丈夫?」

「大丈夫、それより地理、ヤバイんだよ!昨日の実力テストでも、地理の部分は半分くらいしか書けなかった。そんな奴いないって。川や平野の漢字がそもそもまずい。今から白地図やる」

そう、二つ目に想定外だったのは、偏差値が10も足りていないのに、翔の麻布志望はこの半年まったく揺るがなかったことだ。

そして学力は足りないものの、かなりの体力があるということだった。幼稚園の頃から続けていたサッカーのおかげだろうか。

「こんなの選抜クラスに行ったら、間違いなく全員正解。まずいよ〜」

問題を解きながら、翔が焦ったようにつぶやく。

「選抜クラスかあ。でもあの塾の選抜っていったら、全員御三家以上を狙う精鋭でしょ?瑠奈のとこの春馬君だってプロの家庭教師たくさんつけて、やっと踏みとどまってるって。翔、半年前は一番下だったことを考えると、真ん中にいる今でさえ奇跡的な健闘だと思うよ!」

「でも、麻布に行くなら選抜に入らなきゃ話にならないからさ。新6年生は選抜でスタートしたかったんだけどなあ」

「今月から、新6年生クラスだもんね。いよいよ、名実ともに本物の『受験生』だね」

彩は、カウンターの上のカレンダーを見た。

2月1日。

それは中学受験生にとって、特別な日。御三家を筆頭とする多くの東京の学校の入試日だ。

―来年の今日、果たして本当に麻布を受けることができるのかな…?

今はただ、ひたすらに翔と走るだけ。

課題に取り組むため、彩は翔と向かい合ってダイニングに座り、教科書を開く。

しかしこの時、彩は自分が知らぬ間に「次のステージ」に突入していることに、気づいていなかった。


▶NEXT:11月16日 土曜更新予定
ついに6年生の母となった彩、そして瑠奈と薫子。アクセル全開の二人に圧倒された彩は…?!



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