「あの場所が、僕のシェルターだった」。今をときめく社長の原点となった、壮絶な出来事とは

「あの場所が、僕のシェルターだった」。今をときめく社長の原点となった、壮絶な出来事とは

世の中は、弱肉強食の世界だ。

特に、この東京で生きる男たちにとっては。

皆、クールな顔をしながら、心に渦巻くどす黒い感情を押さえつけるのに必死だ。

弁護士としてのキャリアを着実に重ねる氷室徹(34歳)は、パートナー目前。年収は2,000万を超える。圧倒的な勝ち組と言えるだろう。

しかし、順風満帆に見えた彼の人生は、ある同級生との再会を機に狂い始めていく。

◆これまでのあらすじ

氷室は、息子がいじめられていることを知るが、自分が堀越に暴行を振るっていた過去に苛まれ家を飛び出してしまう。

そのころ、堀越は…?



「…こんなもんか」

堀越は、ノートパソコンから目をあげた。直前まで眺めていた黒い画面のせいで、変に周囲がチカチカして見える。

「ふう…疲れたな」

疲れ目を癒すため、鼻の付け根をマッサージする。ついでに思い切り伸びをすると、背筋と腰がポキポキと鳴った。

自社のロゴステッカーを貼り付けられたパソコンは、入力指示に従って、さっきから忙しなく動いている。

社長という立場になってから、プログラミング自体から離れることも考えた。実際に、そうアドバイスされることも多かった。

しかし、技術の進歩というのは恐ろしいほど速い。自分の得意とする技術が、いつ取って代わられるか分からないのだ。

時代に置いていかれた瞬間、会社が潰れてしまう。そんな危機感からも、堀越は自ら進んで実務を行った。

また、単純にプログラムが好きということもある。なぜなら、プログラムを書いている時には、“余計なことを考えないで済む”からだ。


ついに詳らかになる堀越と氷室の過去。一体何があったのか…?

堀越と氷室


「なあ、お前もそう思うだろ。堀越」

「う、うん」

最初は些細なふれあいだった、ように思う。

周囲が成長期の真っ只中である中学校時代、堀越にはなかなかその時期が訪れず、相対的に体が小さかった。

今でこそ身長は平均を超えているが、当時は「背の順」で並ぶと、前から数えた方が断然早かったのだ。

何が理由かはわからないが、ある時から、堀越は何かと肩のあたりを同級生に叩かれることが多くなった。

「お前もそう思うだろ」と突然聞かれるが、何を聞かれているのか分からない。とりあえず「うん」と頷くと、「本当にはそう思ってないくせに」と意地の悪いことを言われ、訳も分からず叩かれるのだ。

それだけなら良かった。

ある日、堀越が好きだったゲームの雑誌を持って友人と談笑していたところ、いつも肩を叩いてくるグループの一人に雑誌を取り上げられてしまった。

それから彼らは、堀越が手の届かない位置に雑誌を隠したり、わざと堀越の荷物を落として踏んだりするようになった。

適当に無視していたのだが、ある時、衝撃的な光景を目にする。

−ひ、氷室くん…?

数日前に同じ雑誌を見て「自分もこのゲームが好きだ」と、笑いながら話していたはずの氷室が、いつのまにかそのグループにいたのだ。

今になって考えれば、氷室もそのグループに積極的に入ったわけではないと思う。堀越を庇うことで自分も標的にされたくなかった、そんなことなのだろう。

しかし当時は、そんな寛大な解釈は出来なかった。

−自分を守るためなら、人は簡単に裏切ったり出来るんだな。

このことは、堀越の心の奥底に澱のように沈んだまま、べっとりと張り付いてしまった。吐き出せば楽になるかもしれないと思う一方、思い出すのも嫌なくらい、気分の悪い出来事になっている。



そして、忘れられない出来事が起こったのはその1ヶ月後だった。

教室にいるのが嫌だった堀越は、昼休みなどは図書館に出向いて本を読むか、寝ることにしていた。

この時期読んだ本が、堀越をプログラミングの世界に引き込むことになるのだから、人間万事塞翁が馬と言えるだろう。

図書館にはかなり口うるさい司書の女性がいたため、さすがにあのグループの連中も寄ってこなかったのだ。

しかしある日、堀越が寝ていると、背中にちくり、と痛みが走った。遠くに数人の笑い声が聞こえる。

何か背中に投げられたらしい。堀越が床に目を落とすと、そこに転がっていたのは、画鋲だった。


過去を思い出し、感傷に浸る堀越。氷室に仕事を依頼しなかった本当の理由とは?

氷室の事務所を選ばなかった理由


鈍く金色に光るそれを、堀越は今でも覚えている。

新品の画鋲を、彼らはわざわざどこからか持ってきて堀越に向かって投げつけたのだ。

興奮気味に「当たったよ」「やべえ、どうしよ」などと言っているのが聞こえて、余計腹立たしかった。

手にした画鋲を手近な壁に刺し直して彼らを睨み付けると、「当たるとは思わなかった」「こいつが言い出しっぺ」などとヘラヘラした態度で、謝罪も述べずに言い訳を始めたので無視した。

投げたかどうかは分からないが、その場にも氷室の姿はあった。このときはもう腹立たしさよりも、虚しさと悲しさが先に立った。

堀越は、このことを教師や親に言おうとは思わなかった。変に物分かりの良かった堀越は、「次のターゲットを見つけるまでだろ」と、冷静に見ていたからだ。





「進捗はどうですか、っと」

思いのほか長い時間、物思いに耽ってしまった。ふとパソコンに目をやると、画面は暗くなっている。

スペースボタンを軽く叩いて画面を覗くと、まだ60%ほどしか作業が進んでいない。

−さすがに疲れたな。

堀越は今日の作業を終えることにした。自分の好物である、激辛ココットカレーが無性に食べたい、とふと思い立つ。

まだ間に合うだろう。そこで、日本橋まで出向いて『紅花別館』で食事を取ることにした。

日本橋の交差点にぼーっと立っていたところ、氷室の所属する弁護士事務所が入る高層ビル群が見えた。

「氷室くん。申し訳ないが、君は能力不足だったんだ」

ビル群に向かって、堀越はぼそっとつぶやいた。

堀越が得意とする分野は近年成長が目覚ましく、工業や化学のように昔からある学問ではない。そのため、技術に詳しい弁護士もかなり少ないと聞く。

実際にいくつか問い合わせをした事務所のうち、依頼できると思った事務所は3つとなかった。

海外の方が進んでいるこの分野において、海外M&Aに詳しいことなど当たり前の話。その上で、どれだけこの分野を理解しているかが差別化の鍵となる。

しかし、氷室のプレゼンは海外M&Aの実績に終始し、まるで見当違いのアピールを続けていた。

「是非どうかな」と氷室に聞いたのは、弁護士としての能力に期待もあったからだというのに、本質を欠いたハズしまくりの提案には心底がっかりした。

それなのに「自分は誰よりも優れている、どうだ」と言わんばかりの態度で、その根拠のない自信は、昔から変わっていないと思った。

−まあ、どうでもいいや。もう終わったことだし。

堀越は、運ばれてきた熱々のココットカレーを口に運んだ。ビリビリッという辛さが脳を刺激する。

「やっぱり、うまいなあ」

好物を口にしながら、堀越はじっくりと幸せを噛み締めた。


▶︎Next:11月27日 水曜更新予定
失意の氷室に、事務所の同僚もどこかよそよそしい。その氷室に手を差し伸べるのは…?



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