日々、新しいショップやレストランがオープンし、アップデートを繰り返す街・東京。

東京で、そのすべてを楽しみつくそうとする女を、時として人は「ミーハー女」と呼ぶ。

ミーハー女で何が悪い?

そう開き直れる女こそ、東京という街を楽しめるのだ。

PR会社に勤務するミハル(27歳)も、最新のものをこよなく愛する「ミーハー女」である。

ただミハルの場合は、恋愛においてもミーハーであり、それが人生を少しだけハードモードにしていたのだ。

◆これまでのあらすじ

PR会社で働くミハル。仕事で一緒になった匠と恋愛話を繰り広げているうちに、自分の中での匠の存在が、今までとは違う何かに変わっている気がしていた。



けたたましく蒸気を吹き出すコーヒーメーカーの音と、店内を流れるゆったりとした音楽。鼻の奥はふんわりと柔らかくも、ビターな匂いで溢れている。

ミハルは何も予定がない土曜日を、家の近くのカフェで雑誌を読んで過ごすことに決めているのだ。

席に着きコーヒーを片手に雑誌を開くが、テーブルに置いた携帯にミハルの視線は数分おきに奪われていた。

昨日の夜、ミハルが送ったLINEに既読がついたまま、匠からは何の返事も来ない。

最近よくあることだし、きっと彼女と一緒にいるのだろう。そう自分を納得させようとしながら、少しだけ落ち込んでいる自分の気持ちの正体を、ミハルは考えていた。

モヤモヤした気持ちから抜け出そうと雑誌をパラパラとめくると、気がつけば最後のページに載っている占いまで辿り着いていた。

−今月の魚座は、「直感に従う」がキーワードです。相手の反応を伺いがちなあなただけど、今週は恋愛面でも仕事面でも、直感に従って行動をしてみてください。きっと物事はうまく進むでしょう。−

−直感に従う、か。

昔は見もしなかった雑誌の占いページ。それなのに、ここ最近は書かれていることを必死に読み込んでは、自分の境遇と重ねたり、書かれているアドバイスを実践することが多くなった気がする。

大勢の人に向けられているはずのその言葉に、何故か背中を押された気がして、ミハルは携帯を手に取った。

きっと、これなら返事をくれるし、会ってくれるはず。そう思いながら、ミハルは匠にLINEを送った。

−匠さん、新しくオープンしたあそこに行きましょう!−


2人が向かった先でミハルが打ち明けた思いとは…


オープンして間もないこともあり、「渋谷PARCO」は人で溢れかえっている。

「おはよ」

遅くまで飲んでいたのか、それとも残業をしていたのか、もう午後だというのに匠の目の下にはハッキリとクマができていた。

「おはようございます。なんだか、疲れてますか?」

「うん。彼女と些細なことで喧嘩になっちゃって、朝まで話し合いしてた」

「なるほど...」

匠を励ますべきなのか、喧嘩話の詳細を聞くべきなのか、かける言葉を考えながらエスカレーターに乗っていると、前に立っていた匠が振り返って話しかけてきた。

「そんなことより、最近どうなの?いい人見つかった?」

いつもの意地悪そうな笑顔を見せながら、匠はミハルに問いかける。

「いい人とは出会ってるはずなんですけど、なかなか次に進まなくて」

「そうなんだ、なんでだろうね?」

「なんで上手くいかないのかなってデートが終わった後に一人で反省会するんですけど、考えすぎてよくわからなくなるんです。なんだか、恋愛の進め方がわからなくなっちゃった気がします」

ミハルは困ったように笑うが、匠は真剣に考えている様子で宙を見つめていた。

「恋愛の進め方かぁ。きっと、ミハルちゃんは合気道的すぎるんじゃない?」


ミハルの恋愛に対する姿勢を話していた時、ミハルから出てきたのは思わぬ言葉だった?

「合気道的?」

匠の言葉を聞き返すも、聞こえていないのか、匠は吸い込まれるように地下のレコード店に足を進める。

「あ〜いいねぇ、最高に楽しい空間だ」



少年のように目をキラキラさせながらレコードを手に取る匠を見て、ミハルはもう一度問いかける。

「合気道的って、どういうことですか?」

ミハルの投げかけを聞いて、一瞬パタリと動きを止めると、先ほどまでの会話を思い出したかのように匠はミハルの方を向きなおした。

「ミハルちゃんはさ、人の顔色とか反応を伺いながら、どうやって動くか考えてるでしょ」

「ええ、まあ…。でもそれって、みんなしてることじゃないんですか?」

匠の言葉が腑に落ちず、口を尖らせてミハルは返事をする。

「ある程度、はね。ただ、ミハルちゃんはそれをやりすぎてると思うよ。一人で反省会なんてしても相手の気持ちなんてわかんないし、一緒にいて楽しかったと感じたなら、素直に言えばいいじゃない」

「だって、もし相手に好きな人がいたら、とか、私のこと何とも思ってなかったら、とか、不安だし慎重になっちゃうじゃないですか。それに私だってその人のことが好きかわからないし...」

言いながら、ミハルは匠の顔をもの言いたげな目で覗き込む。だが、彼と視線が合うことはなく、それどころか途中で話を遮るように匠はこう口にした。

「あ!この曲めちゃくちゃ好きだったんだよね〜」

偶然見つけたレコードを嬉しそうに手に取る匠。ミハルが不満そうに睨み付けると、匠は慌ててレコードを元に戻してミハルの方を向き直す。

「俺思うんだけど、好きな気持ちってそんなにすぐ気付くものじゃないんだよ。それよりも先に思うのは一緒にいて楽しいなとか、また会いたいなとか、そういう気持ちじゃないかな。それを相手のことがわからないからって言わずに我慢するのは変じゃない?」

「相手に彼女がいても、ですか?」

「うん。気にせずに気持ち言えばいいんじゃない?」

匠の言葉を聞いて目の前にぎっしりと詰められたレコードに指をなぞらせながら、ミハルはしばらく考えた。そして、匠の方にまっすぐ向き直してこう言った。

「好きです」


ミハルが発した言葉に、匠の反応は!?

「え?」

匠が驚いてミハルの方を見ると一瞬だけ、2人の間の世界が止まったような気がした。

「なんて、そう簡単に言えないですよ。相手に彼女がいたり、自分のことどう思ってるかわからなかったら、なおさら。言うは易し行うは難し、です」

自分の発言を慌てて取り消すかのように付け足しながら、ミハルは急いで目をそらして床を見つめた。

耳まで赤くなっている気がして、なるべく顔を見られずにすむよう、斜め後ろを見るような不自然な姿勢で俯く。

「あぁ、びっくりした。まぁ...そうかも」

匠は、そう言っただけで、その後に何か言葉を続けることはなかった。

どちらからとも言わずレコード店を出て、無言のまま人でいっぱいになったエレベーターに乗り込み、ルーフトップまで向かった。



ルーフトップに出ると、遠目に見える仲睦まじそうに見つめ合うカップルを眺めながら匠が口を開いた。

「きっとさ、誰かとお互いに好きって認めあったり、付き合ったりするのって、巡り合わせとタイミングも大きいと思うんだよね。それが上手く合わないから、もどかしい」

「そうですね。昔はそんなの気にしないで、好きな人には好きって言えたのになぁ。今じゃ、相手のことを考えすぎて思ったことも言えないし、それで余計傷ついたり、なんか、嫌になっちゃいます」

レコード店で自分が匠に言った言葉を思い返しながら、ため息交じりにミハルが答えると、匠はミハルの言葉にそうだねぇと小声で相槌を打ち、ミハルの方を振り返った。

「でもね、素直に気持ちを言われた方が、嬉しいよ。それが叶えてあげられなくても、友達として大切にしてあげたくなる」

どこか申し訳なさそうに微笑む匠の姿を、ミハルが眉間にシワを寄せて見つめていると、匠は穏やかな声で続けた。

「それに、傷つくのが嫌で合気道的に生きるよりも、直感に従って生きてる方が、俺は素敵だと思うよ。そうした方がよっぽどミハルちゃんらしいし、そうしてればきっといつかいい人に出会える」

「そうかなぁ」

そう小声で呟きながら、ミハルの心に大きな鉛がのしかかったような息苦しさを感じた。

ー分かってはいたけど、フラれちゃったかぁ…

そう自覚した途端、匠のことを見ることができなくなり思わず目をそらして、周囲を歩く人に目を向けた。そんなミハルに、匠が優しい声で言った。

「うん。俺そういう直感あるからさ。きっと、大丈夫だよ」

ー優しいなぁ、この人。

匠の言葉を聞きながら、ミハルはふと占いに書いてあったことを思い出し、思わず笑みをこぼした。

「直感かぁ、そうですね。直感、信じてみることも大事かもしれないです」

ふわっと匠の目を見て笑いかけると、ミハルは夜に包まれていく渋谷の街を眺めていた。

Fin.