“仕事”は、給与をもらうための手段。

そう割り切って仕事をしている人も多いのではないだろうか。

倉田梨沙(24)もそのうちの1人。ごくごく普通のOLで、出世欲だってもちろんない。

“最低限”で仕事をこなす、どこにでもいる平凡な女の子でもキャリア女子になれるのか?

◆これまでのあらすじ

頑張っている女性の先輩ではなく、同期の男性が先に昇格するという出来事を目の当たりにし、ビジネスには“ルール”がある、ということを知った梨沙。それ以来、梨沙の中で、「適切に評価され出世をしていきたい」という思いが芽生え始めたが…。



−思ってた以上に、女性管理職が少ない…。

出世欲が芽生えた梨沙は、社会人になって初めて “自分はこれからどのようなキャリアを目指せば良いか?”を真剣に考えていた。

糸口を求めてロールモデルになりそうな女性管理職を調べるため、いつもより早く出社したが、考えはすぐに行き詰ってしまう。

プリントアウトした組織図に、女性管理職の職位を赤字で書き込んだものの、一瞬で終わったからだ。

−就活中に聞いた企業説明では、女性の活躍をアピールしてたのに…、管理職はたったの2人だけなんて…!

赤字が2カ所しか見えない組織図をもう一度見る。

−リーダークラスはもう少し居るけど、これって少なすぎじゃない?しかも、管理職って言っても、課長と係長って…。

たしかに、課長も係長もすごい。だが、中長期的なキャリアをイメージするには強さに欠けるロールモデルだ。

梨沙が勤める会社には、希望する部署へ異動できる“社内転職制度”がある。社員のスキルや知識の幅を広げると共に、活躍の場も広げることを狙いとしたもの。

ー社内転職、ねぇ…。

もしその制度を活用したら…とぼんやりと考えていたところで、ハッと我に返り時計を確認した。時計の針はちょうど、始業時間を指しており、梨沙は小さく伸びをして組織図を机の中にしまう。

−続きは、ランチにやろう。



ランチの時間になると、梨沙はコンビニでサンドイッチを買ってきてカフェスペースで朝の続きに取り掛かる。

その時だった。

「お疲れ様。隣いい?」

不意に声をかけられ、梨沙の体がビクっと反応した。


顔を上げると立っていたのは…

梨沙が顔を上げるとそこには、コーヒーカップを持った加藤が笑顔で立っていた。

−イケメンが笑顔で、“隣いい?”って…カッコよすぎでしょっ!?

嬉しさが大爆発し、思わず心の中で突っ込んでしまう。

プロジェクト以来、加藤のことが気になって仕方がなかった梨沙には、元々イケメンの加藤に対して、“大好き補正”が掛かり、3割増しにカッコよく見えていた。

「もちろん!」

元気よく返事をし、加藤が座れるよう、椅子に置いていた荷物を自分の元に引き寄せた。



「組織図なんて広げて、何してるの?」

「実は、自分のキャリアについて考えていて。思い切って社内転職制度を使ってみようかと考えてるんです」

加藤はカップをテーブルに置き、組織図を見ながら質問をした。

「女性管理職を書いてるの?」

「そうなんです。ロールモデルになるような人はいるかな?って」

加藤は片眉だけ一瞬上がり、梨沙に向き直った。組織図に書かれた女性管理職の少なさに気づいたようだ。

「倉田さんは、スペシャリスト志望?それともマネジメント志望?」

「うーん…。スペシャリストってカッコいいですけど…」

梨沙はそれぞれのキャリアの築き方の違いがよく分からず、曖昧な返事しかできなかった。

「もし、この会社でバリバリ働いてマネジメントとして昇り詰めたいって考えるなら、ライン部門に異動すべきじゃないかな」

−ライン部門って…?

初めて聞く言葉に、頭の中が“?”でいっぱいになる。その様子をみて、加藤が説明を始めた。

「会社って、大きくライン部門とスタッフ部門に分かれているんだよ。すごくざっくり言うと、ライン部門はお金を儲ける部門で、営業や開発に直接関係するセクションのことだよ。スタッフ部門は、ライン部門の仕事がうまく運ぶようにサポートするセクションのこと」

つまり、梨沙は人事部に所属しているため、スタッフ部門にいることになる。

加藤は経営企画室でライン部門に所属している。しかも、若手のエースだ。

「残念だけど、会社の経営が厳しくなれば、スタッフ部門は支出の部門だから予算の削減対象になる。だけど、人事や法務などのそれぞれスペシャリストとしてのキャリアを築きやすいよ」

「じゃあ、“バリバリ働いてマネジメントとして昇り詰めたい”なら、なんでライン部門なんですか?」

「当たり前だけど会社は利益を追求しているから、売上に直結するライン部門は、間接的なスタッフ部門に比べ、発言や権限は強くなるでしょ?」

梨沙は、研修を実施する際、ライン部門に所属している受講対象者の上長達との調整にはかなり気を使っていたため思い当たるところがあった。

「だから、管理職になって自分がやりたいことをするならライン部門でキャリアを築いていったほうが良いんだよ」

人事部にいるのに、またもや、こんな当たり前のルールを知らなかった自分が少し恥ずかしくなった。

「私、加藤さんからビジネスルールを教えてもらってから、ちゃんと評価されて出世していきたい、って思うようになったんです。

でも、どんなふうになりたいかなんて考えたことがなくて…」

加藤は、自信なさそうに俯く梨沙を、見守るように優しく言った。

「まぁ、自分が何をしたいのかと合わせてキャリアを考える、良いタイミングかもね」

「はい、そうします。なんだか、いろいろアドバイスいただき、ありがとうございます!」

加藤にお礼を言いながら、梨沙は一人でじっくり考えることに決めたのだった。

それから1週間後。梨沙は加藤に相談したいことがあるとLINEした。


そして、梨沙が出した答えとは…?

約束の『ぴんちょ』で待っていると、加藤は少し遅れてやってきた。



「ごめん、少し遅くなっちゃって」

「いえ、急にお呼びしちゃってすみません」

「大丈夫だよ。どうしたの?」

相談したいことがあると呼び出した梨沙を心配しているのか、加藤は梨沙をのぞき込むように見た。

「あの、異動届の件です。自分の中で答えがでたので、それを聞いてほしくて。…私、営業部に異動届を出します!」

梨沙が宣言するように伝えると、一拍間をおいて加藤が反応した。

「営業部!?倉田さんも攻めるねー」

「え?そうですか?」

“攻める”という言葉に、なんだか恥ずかしさを覚えた梨沙は、えへへと笑い返した。

「で、なんで?」

「この会社で声の大きい部長や役員がどういうキャリアを経たのか調べたんですけど、みんな共通して営業を経験していたんですよ!」

梨沙は大発見した!というように興奮気味に話した。

加藤は、それが可笑しいとでもいうように、目に皺を寄せてくしゃっと笑った。

「いつからそんな戦略的な女の子になったの!?」と加藤はハハハと声を出して笑いながら、言葉を続けた。

「じゃあ、倉田さんも役員を目指すわけだ?」

「あ、えぇ…?いや、うーん、せっかくなら!?」

梨沙は、加藤につられて思わず吹き出してしまった。

「正直、これをやり遂げたいって思うような仕事が何なのかは分からなかったんですけど、何かやりたい!って思った時、チャレンジできるようなキャリアとポジションに居たいと思ったんです」

「なるほどね」

「そうなると、ライン部門がいいじゃないですか?それに、今会社で認められている人は全員営業部門を経験しているから、よりそのチャンスは高まるのかなって」

「へぇー、色々考えたんだね」

関心する加藤に梨沙はさらに恥ずかしくなり、いたずらっぽく言った。

「それに、私、学生時代アパレルの販売をしてたんですけど、結構売り上げ出してたんですよ?」

梨沙の学生時代の自慢話を皮切りに、二人は少しの時間、冗談を交えながら言葉を交わした。それも落ち着くと、梨沙は白ワインを一口飲み、姿勢を整えて、あらためてゆっくりと話し始めた。

「でも、正直、異動届だすのが怖いんですよね…。だって、新しいことをまた一から学ぶのって、大変じゃないですか。営業だって、学生バイトとは違うだろうし。でも、行動しなかったら何も始まらないって、プロジェクトで気付いたから。勇気を出してみようって。

こんなこと言ったら、加藤さんは“どの口が言っているんだ?”って思うかもしれないですけど…。それに、私の後輩になる女の子達がキャリアを描くとき、少しでも参考になる女性の先輩が必要だとも思って。それで…私、そうなろうって!」

大口を叩いたものの、梨沙は自分が言ったことが急に恥ずかしくなり俯いた。

「なんか、倉田さん本当に変わったね。本当に見違えるくらい輝いてる」

「え?どうしたんですか…急に」

梨沙は、加藤の言葉に動揺してしまう。

−急にどうしたの?顔赤くなってるのバレたらどうしよう…

驚いて一度顔を上げたのに、また俯いてしまう。

「だって、あんなにやる気なかった子が今や、役員の座を狙ってるわけでしょ?」

梨沙は恥ずかしさの限界を迎えた。

「もう!からかわないで下さい!でも、加藤さんが色々と教えてくれるから、そんな思いに至ったんですよ。これからも頼りにしてますね、お兄ちゃん」

−あぁ…。なんで“お兄ちゃん”なんて言ったんだろう。これじゃあ、万年妹キャラだよ…。

梨沙は、恋をした時、恥ずかしくなると相手を遠ざける冗談を言ってしまう自分の癖を呪いながらも、希望に胸を弾ませてもいた。


〜梨沙が学んだビジネスルール〜
①行動しないと未来は拓けない
②自分の領域でしっかりと成果を出すことに集中する
③スタッフ部門とライン部門の特性を把握し、キャリアを考える


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営業部に異動した梨沙を待ち受けている障害とは…