人との、別れ―。

それは、誰しも一度は経験したことがあるもの。

けれど、別れた後に待っているのは辛いことだけじゃない。これは、そんな「別れ」にまつわるオムニバス・ストーリー。

◆これまでのあらすじ

今回の主人公は、夕里子の相談に乗った祥平。祥平の恋愛事情とは?



ブー ブー ブー ブー

5分前から祥平のスーツの右ポケットの中で、スマホが不定期に振動している。その間隔から電話ではないことは明らかだ。

ブー

ーまただ。

祥平はさすがに嫌気が差し、内容も確認せずスーツの上からスマホの電源を切り、意識を再び会議へと戻した。

今電源を切ったのは、プライベート用のスマホだ。左ポケットに入れている社用携帯は、現在も取引先からの連絡を待ちわびている。

平日の15時過ぎに大量のメッセージを送ってくるのは、彼女の明里(あかり)以外は考えにくい。

明里とは、同期に誘われた食事会で知り合った。付き合ってもう2年以上が経っているが、デパートの化粧品売り場で美容部員をしている明里とは休みがなかなか合わない。

付き合い始めた頃は、祥平も有給を取得してデートの時間を取っていたが、会社での役職が上がった昨年を機に、会う頻度が極端に減っていた。

会議が終わり、デスクに戻りながら明里からのメッセージを確認しようとスマホを取り出して、電源を切っていたことを思い出した。

反応しないホームボタンを触りながら、祥平はため息をつく。


明里からのメッセージにうんざりする祥平だが、実は二人の将来のことも考えていて…?

電源を切るという暴挙に出たことを、祥平は少し後悔していた。

別に、明里のことを嫌いになったというわけではない。

確かに平日の昼間に何度もメッセージを送られることは迷惑。でも、明里にとっては休日なのだ。だから、連絡を控えるように伝えることは避けていた。

女性ばかりの職場でクレーム対応にもストレスが溜まると聞いている。明里のことを理解しようとはするのだが、どうしても自分の仕事を優先してしまうのだ。

祥平はそんな自分自身への苛立ちをかき消すかのように、喫煙所でタバコに火をつけた。



「いやぁ、さっきの会議は大変だったな。あ、一本くれない?」

いつの間にか喫煙室にいた同期の立花が声をかけてきた。例の食事会に誘ってくれた奴だ。

「ほんと。散々だった。上司たちもさ、若い者に任せるよとか調子いいこと言っておきながら、口ばっかり出してくる。

てかお前、タバコ辞めたんじゃなかったのかよ」

祥平はタバコを差し出しながら言う。

「上司も往生際が悪いよな。それとな、タバコに関しては辞めないことにした。何故なら、俺は禁煙者になってみてはじめて、大変なことに気が付いたんだ」

「大変なこと?」

「今俺たちが無駄口を叩いている“一服”というこの時間。これは喫煙者にのみ与えられた合法的な休憩時間だということだ。

非喫煙者が同じことをタバコを吸わずにやってみろ。ただのサボりになってしまう。こんな非人道的な理屈が通ってしまうんだ。

俺はやっぱり、合法的にサボりたい。だからタバコは辞めない。遥か先の寿命よりも、目の前の10分の方を大切にしたい」

立花の屁理屈とも言える理屈に半ば納得しながらも、これ以上は付き合っていられないと火を消そうとした時、着信があった。

高校時代の同級生からだった。

「祥平久しぶり。来週の同窓会のことだけどさー」

「あ」

「あ、って。忘れてただろ?まぁいい。お前さ、芙美子ちゃんのこと好きだったじゃん。結局付き合ったんだっけ?

あ…。かけておいてごめん、トラブルがあったみたい。またかける」

30歳を迎える今年、高校の同窓会が開催される。それが来週に迫っていることをすっかり忘れていた。慌ててスケジュールを確認しようとすると、立花が口を開いた。

「非喫煙者なら、今の電話に出ることさえできなかったぞ」

「もうわかったよ」

祥平は苦笑しながら火を消し、喫煙室を後にした。

仕事へと戻ったものの、さっきの同級生からの電話が気になった。

ー芙美子、か。懐かしいな。元気にしているのだろうか。

集中しようとすればするほど、芙美子の存在が頭を過ぎる。送られてきたメールをパソコン画面で見つめるがどうも文字が滑ってしまい、頭に入ってこない。

祥平は高校に入学してから卒業するまでの3年間、ずっと芙美子に片思いしていた。そんな青春時代を懐かしむ気持ちを遮ったのは、デスクに置かれたカレンダーだった。

再来週の水曜日の欄に「有休」と書いている。この日は明里とのデートの日だ。指輪はもう購入してある。この日にプロポーズをしようと決めていた。

しかし結婚まで決意しているという祥平の気持ちは、芙美子という名前を聞いて揺らぎはじめていた。


しかし芙美子は同窓会には現れず…。友人が祥平に伝えたかった芙美子のこととは?


そして迎えた、同窓会当日。

「すごい久しぶりじゃん。元気してた?あんま変わんないなぁ」

品川プリンスホテルの宴会場には着々と人が集まってきていた。高校時代からひとつも年を取ったようには見えない者、営業の苦労がそのビール腹から見て取れる者、明らかに婚活中の者など、同じ高校を卒業した後にそれぞれが様々な道を歩んだということが、会話を交わさずともわかる。

名前も意外と覚えているものだなと思いつつも、同窓会の独特の雰囲気には馴染めずにいた。

「ご歓談中失礼いたします。それではこれより、南第一高校の同窓会を開会いたします」

ステージの端で進行役としてマイクを握っているのは、高校時代から華やかなグループに所属していたうちの一人だった。

ステージの下からヤイヤイと茶化しているのも、そのグループのメンバー。祥平も暗いグループにいたわけではないが、当時からどうもあの華やかな空気が苦手だった。

時々、進行役の彼がドッと笑いをとっているが、どうも上手く迎合できず、一人だけ遠い空の上から会場全体を俯瞰しているかのような気分になった。

祥平は耐え切れず喫煙所に向かった。高橋芙美子(ふみこ)には、まだ会っていない。

喫煙所に足を踏み入れた瞬間、祥平は笑った。

「お前ら…」

高校時代祥平と仲良くしていた数名が、タバコを吸っていた。

「誘われたから来たものの、やっぱりあの空気は苦手だわ。で、逃げるようにココに来たらこいつらがいた。で、その5分後に祥平が来た」

「これならいつもの飲み会と変わんないじゃん」

さっきまでのぎこちない空気はどこ吹く風、祥平は心地よい気分でタバコを吸う。

会場に戻ると、仲間がいるという安心感からか、幾分、同窓会という空間を楽しめるようになった。

祥平は久しぶりの同級生たちとの会話を楽しみながら、ずっと芙美子の姿を探していた。何せ400人近くいるため、なかなか発見することができない。

ドリンクのグラスが空になってしまったので、祥平はバーカウンターに行きビールを注文した。

ドリンクを待つ間、バーカウンターに背中を預けながら会場を見渡していると、ちょうどこちらに向かってくる、芙美子と同じ部活に所属していた佳奈と目が合った。

佳奈は一瞬気まずそうな表情を浮かべるが、すぐに笑顔に戻った。

「祥平くん、久しぶり。元気そうだね」

「佳奈ちゃんも」

佳奈が注文したジントニックが出てくるまでの間、世間話に花を咲かせた。

「祥平くん、結婚はもうしたの?」

「いや、まだだよ。でもそろそろ…」

彼女にプロポーズしようと思ってるんだ、とまでは言い切ることができなかった。

「素敵なお相手はいるんだね」

「うん、まぁ…そういえばさ、芙美子、今日来てないの?」

話題を変えるかのように祥平は聞いた。

その言葉を聞いた直後、佳奈の顔が一瞬強張ったのがわかった。

「え、聞いてないの?」

「何を?」

「いや…」

佳奈は言葉を濁す。

「祥平くん、芙美子にすごく片思いしてたもんね」

「まぁな。今となっては青春時代の思い出だけどな。だから芙美子と会って、昔は好きだったんだよって話がしたくてさ。今日は来てないのは残念だけど」

「芙美子、今は女性起業家として大成功してて忙しいみたい。海外出張も多いみたいだし旦那さんの仕事も手伝ってるみたいで、今日は来れないって」

旦那さん…。

同窓会には結婚している同級生も多く、芙美子が結婚していても不思議な話ではなかった。

しかし、芙美子が結婚しているという選択肢は最初から除外していた祥平は衝撃のあまり、言葉を失ってしまった。

「あ、違うの祥平くん…。ごめんなさい、私、謝らないといけないことがあるんだ…」

「え!佳奈じゃん!久しぶり!相変わらず綺麗だねぇ。吹奏楽部で写真撮ろうって言ってるんだ。こっち来てよ」

ー謝らないといけないこと?

詳しい話を聞こうとしたが、佳奈は同級生たちに連行されてしまい、祥平はそれ以上聞くことができなかった。

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芙美子が結婚していたことを知った祥平。佳奈が祥平に謝らなければいけないこととは?