最高の相手と結婚したい。誰もがそう思うだろう。

ときめき、安定、相性の良さ…。だけど、あれもこれも欲張って相手を探していると、人生は瞬く間に過ぎていくのだ。

「婚活は、同時進行が基本でしょ?」

そんな主張をする、強欲な女・与田彩菜。

―選択肢は多ければ多いほうがいい。…こっそり誰にもバレないように。

彼女は、思い通りに幸せを掴めるのか…?

◆これまでのあらすじ

彩菜は、経済力のある彼氏・直人、一目惚れした仕事仲間・蓮、相性抜群の友人・大輝と同時進行で交際し、ベストパートナーと結婚するつもりだ。

クリスマスイブは直人とディナーをしたが、解散後は大輝の家に泊まった。彩菜は、「大輝が最高の相手かもしれない」と気付き始めるが…。



12月25日。クリスマスの朝を迎えた。

―眠い…。眠すぎる…。

大輝の自宅ベッドで目を覚ました彩菜だが、ほとんど寝ていない。二人は明け方までワイン片手に話に夢中になっていた。睡眠時間はせいぜい2時間だ。

泊まる用意をしていなかった彩菜は、熟睡している大輝をベッドに残し、いそいそと家を出るとタクシーを拾った。

祐天寺にある彩菜の自宅まで20分。出社の準備をして30分。すると会社に到着するのは…。

頭はまだ起きないが、どうにか回転させて計算する。なんとか出勤時刻には間に合いそうだ。

今日は、仕事で蓮と会う。

ミーティングの後、二人きりでランチをする約束をしているのだ。さらには、クリスマスディナーができなかった代わりに、年末も差し迫った30日にあらためてデートをすることになっている。

『今度こそオススメできる鮨屋を見つけました』

蓮からは、そうLINEが入っていた。

提案された店は、たしかに彩菜の興味を引いた。ミシュランで星を取っているその店は、食通の友達が絶賛していたことがある。

『素敵なお店です。ぜひ行きたいです』

だが、返信をしつつも彩菜は気が引けていた。

なにしろ、天秤恋愛の答えは、ほとんど見えつつあったからだ。


蓮と二人きりでランチすることになった彩菜。ところが会話は、想定外な展開に…。

倫理的には許されない、複数交際。

―私だけは完璧な天秤恋愛ができる。

彩菜は昨夜のクリスマスイブまでそう思っていた。だって「結婚相手を選ぶため」という大義名分があるのだから。

目的を果たすためだけに、冷静沈着に事を進めればよい。そう割り切っている自分は、抜かりなくミッションをこなせるはずと確信していたのだ。

じっくりと時間をかけて見極めるはずの計画だったが、彩菜の気持ちには、自分でも予想外の変化が起こり始めていた。

一人目の彼氏・直人は、経済力はあるけどつまらない。二人目の男・蓮には、ときめきは感じるけれど、一緒にいるとただただ疲れる。

しかし、三人目の大輝は別だ。

これまで無意識に“友人枠”だった彼を、異性として意識した途端、あらゆる事柄が相性抜群であることに気づいた。会話も弾むし、緊張もない。いつもリラックスしていられる。

何より彩菜は、大輝といる自分が好きだった。

24日と25日、クリスマスデートのチャンスは2回だけ。それなのに彩菜の男は3人いる。あらゆる言い訳を使って、完璧な時間配分でどうにかクリスマスを乗り切ろうとした自分が、今となってはアホらしく感じる。

―大輝の一択でいいじゃん。

そう思ったものの、まだ結論を出すには早すぎる気がして踏み切れない。天秤恋愛をスタートしたときに、きちんと時間をかけて3人と向き合い、ベストな答えを見つけると誓ったのだ。

単なる交際なら良いが、結婚、つまり人生がかかっている。さすがにたった数ヶ月で決めてしまうのは、時期尚早かもしれない。

ーでも今は、できるだけ大輝と一緒にいたいし…。

彩菜は葛藤していた。だが今のNo.1は、まぎれもなく大輝だ。冬休みだって、できるかぎり大輝と過ごしたい。

「よし、決めた!」

まずは蓮に30日のデートをやんわり断ろうと決意し、ランチに臨むことにした。

ところが、そう簡単には事は運ばなかった。



はじめはランチをしながら、仕事の話をしていた。だがふとした瞬間に、蓮はふうっと息を吐く。

「仕事の話は、これぐらいにして…。今日は与田さんに聞いてほしい話があるんです」

彩菜は身構えた。目を伏せた蓮の憂いのある表情に、ドキリとする。その瞬間だけは大輝のことを忘れ、何かを期待してしまう。

「…はい。なんでしょう?」

「与田さんには関係のない話で恐縮です。実は、顧問をしている別の会社のことなのですが…」

そう前置きすると蓮は、なんと仕事の悩みを吐露し始めたのだ。

ーなーんだ。期待しちゃったじゃない。完全に色気のない話ね…。

一旦ガッカリしたものの、とりあえずは真剣に蓮の悩みを聞いてやることにした。彼は、仕事を通じて彩菜の能力や思考を認めた上で、アドバイスを求めてきたのだ。むげにはできない。

―仕方ないわね。

彩菜は蓮の悩みに対して、自分が考えられる最も的確なアドバイスをした。

食後のコーヒーが運ばれてきた頃には、雨雲が去って晴れ間が射すように、蓮の表情はすっかり明るくなっていた。

「与田さんに相談して良かった。聞いてくれてありがとうございます。でも…」

途端に蓮は、恥ずかしそうな顔を見せる。

「仕事の相談なんて、もしかして頼りない男だと思われたかな」

「いえ、そんなことないですよ。男性がそういうところを見せてくれるの、どんな女性も嬉しいと思います」

彩菜は本心を返した。まさか悩み相談をされるとは思ってもおらず、面食らったのは事実だが、こうして頼ってきてくれたことに悪い気はしない。

「与田さんも?」

「もちろん嬉しかったです」

そこで話は終わるかと思った。だが心を完全に許したのか、蓮は次から次へとさらなる仕事の悩みを吐露していくので、彩菜は呆気に取られる。

すべての悩みにアドバイスをできる時間もなく、ランチは終わった。

―なによ。もう…。なんなの…。

蓮と店の前で別れた直後、30日のデートを断りそびれたことに今さら気づいて、肩を落としたのだった。


天秤恋愛を甘く見ていた彩菜が、男たちに振り回され始めていく!?

夜になって、彩菜は直人の家に向かった。

「彩菜、昨日は本当にごめん」

昨夜はディナーを終えたあと、税理士の直人は急にクライアントに呼び出され、自宅に彩菜を残して飛び出すように出て行ったのだ。

「大丈夫、気にしてないから。はい、合鍵返しておくね」

彩菜は笑顔でそう言った。直人が仕事に向かってくれたおかげで、大輝と会うことができたのだから、むしろ感謝したいくらいだ。

「でも彩菜、昨日、俺んちのベッドで寝ていかなかったの?」

どうやら彼は、部屋の形跡で気づいたようだ。

「え?あ、うん。一人でいるのも寂しいし、だったら自分んちに帰ろうかなって思って」

彩菜の口から、流れるようにウソが出た。

だが直人は、怪訝な顔をしている。「最近、おかしいよな」と指摘された昨夜の修羅場未遂が思い起こされ、彩菜はごまかしたくて話を変えた。

「それでクライアントさん、大丈夫だったの?」

「ああ、それなんだけど…」

直人の表情が一転し、暗いトーンで語り始める。一気に空気が重苦しくなった。

―ん…?デジャブだ。どこかで見たことがあるわ…。

束の間、すぐに思い出した。今日のランチの時に見た、蓮の表情とまったく一緒なのだ。

さらに直人は、蓮と同じように、仕事のストレスをこぼし始める。

彩菜は昼に続いて夜もまた、男性の悩みを聞くこととなった。

―またか…。仕方ない…。

案の定、彩菜の慰めの言葉に安心したのか、直人の表情に生気が戻り、明るくなった。

そんな彼を見て彩菜は、「良かった」と言って微笑む。だが内心は、まったく別のことを思っていた。

―ぜんぜん良くない。ただただ、疲れた…。

直人がシャワーを浴びに行き、一人の時間ができると、彩菜はほぼ反射的に大輝にLINEしていた。

『早く会いたい』

“第1の男”と“第2の男”によって作られた疲労を、“第3の男”の手で癒してほしかった。





だが翌日、夜になって大輝と会うと、どういうわけか大輝までも仕事の愚痴と悩みを彩菜に告げてきた。

―いつから私は男たちのアドバイザーになったわけ?

次第に苛立ちが募り始めていた。

直人も、蓮も、大輝も、彩菜が仕事のできる女性だという認識があるのかもしれない。

愛する男に頼られることは悪い気がしない。

しかし3人はまだ、彩菜にとっては“愛するかどうか見極めている段階の男たち”なのだ。

「はあ、疲れた…」

大輝にも的確なアドバイスを告げ、彼の悩みが晴れたと同時に、彩菜は呟いてしまった。

「あ、ごめん…迷惑だったよね?」

「迷惑とまではいかないんだけど…。実はね…」

そうして、直人からも蓮からも同じような仕事の悩み相談を受けたことを、大輝に告げた。3股していることを知っている大輝には、なんでも話せる。

「えっ。他の人たちも?」

「タイミングは偶然だけど、ビックリしちゃった」

「…俺もそうだけど他の2人も、彩菜が仕事のできる女性だと思っているから、話を聞いてほしいんだろうね」

「仕事できるって思われてるのは、嬉しいけど…」

彩菜は大きくため息をついて、話を続ける。

「3股してると、相手の男を慰めるのにも、3倍のパワーが必要なんだって分かった。まあ3股してる私が悪いんだけどさ」

3人のうちの1人は大輝であるが、そんなことはお構いなしに言い放った。

さすがに大輝もさみしそうな顔をする。彩菜は反射的に謝った。

「…あ、ごめん」

「いいよ。気にしないで」

「でも、こういうことは大輝だから言えるって、分かってほしい」

「…その言い方、ズルいなあ」

少しだけ大輝が笑ってくれたので、ほっとする。

「ホントだよ。ホントにそう思ってる」

「じゃあさ、ずばり言ってもいい?」


“頼みの綱”の大輝から、彩菜は衝撃的なことを言われてしまう…!


「今から言うことは、彩菜の彼氏としてではなく、昔からの友人としての発言ね?」

「うん…なに?」

その瞬間、わずかな不安を覚える。

「ベストの結婚相手を見つけるために、彩菜が3股していることは理解しているよ。でも今の彩菜は3股していることが目的になってない?」

「えっ…」

「結婚相手を選ばなきゃいけないのに、3股を上手にこなすことが目的になっている気がする」

「…」

返す言葉がなかった。図星だったからだ。

「3股を続けて、それで彩菜が疲れるなんて…本末転倒じゃないかな?」

「…たしかに、そうかも…」

「彩菜も限界だろうし、俺は身を引いてもいいと思ってる」

「そんなのダメ!」

思わず叫んでしまった。3人の男を天秤にかけた結果、少なくとも今は、大輝がNo.1なのだ。

「そう言ってもらえるのは嬉しいけどさ…」

「私は大輝がいいの」

大輝は複雑な表情を浮かべている。

「俺は、最高のパートナーって、幸せを共に喜べる相手じゃなくて、どんな不幸も一緒に乗り越えられる相手だと思ってるんだ。

だから…。パートナーの仕事の愚痴とか悩みに疲れてるなら、それは最高の相手じゃないってことなんだと思うよ」

「…それじゃ大輝は、自分が私のペストパートナーじゃないって、思ってるの?」

「思いたくないけど、今はそんな気がした。だから無理しないでほしい。別れたいなら別れたいって言ってもらっていいから」

「やだよ。大輝とは…まだ一緒にいたい」

「まだ?」

「今はそう思ってる。これは本当に、本心」

彩菜は信じてほしくて、じっと大輝の目を見つめる。すると今度こそ大輝は納得したようで、その顔から険しさが消えた。

「そっか。なら良かったよ」

「信じてくれる?」

「もちろん。…でも、ひとつお願いがある」

大輝が、何かを決意したようにそう言った。

「どんなお願い?」

「そろそろ3股はやめてほしい。彩菜が疲れているのを見るのは、心がえぐられる」

「…大輝だけにしろってこと?」

「いきなり俺ひとりに絞れとは言わない。せめて直人さんと蓮さん、どちらかと別れてほしい」

「…」

「もうじゅうぶん材料は出揃ったと思うよ。そろそろ3股から2股にしてもらわないと…何より、俺のモチベーションも持たないから」

大輝の顔は真剣そのもので、まだ3股を続ける、とは絶対に言えない迫力があった。

―たしかに、そろそろ、そのタイミングかもしれない。

彩菜は、深く頷いてみせる。大輝の提案を受け入れることに決めたのだ。

―直人か蓮か、どちらかひとりとお別れしよう。

腹が決まると、心が軽やかな気分になった。

「ありがとう」

そう言うと、大輝は彩菜を抱き寄せた。

別れるべき相手は、直人か蓮か。彼の胸に顔をうずめながら、彩菜は熟考を始めるのだった。


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直人か、蓮か…。彩菜が別れを告げる相手とは?