ピンク。プリンセス。キラキラしたアクセサリー。ふわふわのスイーツ。

大好きなものに囲まれて生きていたいのに…社会の最前線で働く私は、女を捨てて男のようにふるまわないといけないの?

私、ピンクが好きってダメですか?

◆前回までのあらすじ

“美人すぎる研究員”としてメディアにも出演する笹本桜(27)は、その仕事ぶりからは想像もつかないほど、ガーリーで可愛らしいものが好き。

そんな桜は、男勝りな同級生、石川夏希(27)と再会したことで高校時代の黒歴史と直面する。

「私の代わりにデートに行って欲しい」という夏希からの頼みに驚愕する桜だったが…?



「夏希、そろそろ孫を見せてちょうだい」

夏希は母・芙美子の発した言葉を聞いて驚愕した。

「お母さん、何言ってるの?そもそも結婚する予定もないし、今仕事が軌道に乗ってきたところなの。大手メーカーに出向が決まったって言ったでしょ?」

一瞬絶句しかけた夏希だったが、どうにかそう言い返した。すると母親はため息をつきながら言った。

「FPの資格も取ってるのに、自分の人生は他人事?わたしはライフプラン通り、開業する前に結婚して出産したの。少しは先のことも考えなさい」

今度こそ夏希は絶句した。肩を落とす母親の横で、父親が聞こえないふりをしているのにもげんなりする。親の期待に応えるために必死に努力してきたのに、アラサーにさしかかってみれば途端にこの始末だ。

夏希が言葉を選んでいると、母親が切り出した。

「お見合いの席を用意したわ。取引先の息子さんなんだけど…」


エリート会計士の母親は娘に自分の価値観を押し付ける。夏希の思いは?

「お見合い!?冗談やめてよ。自分の結婚相手くらい、自分で探すから!」

夏希は強い口調で言うと、それ以上母の言葉は待たず、自室へ戻った。

時間が経ってももやもやが止まらず、夜遅くなっても夏希は寝付けずに頭を抱える。

―結婚?子供?私の人生なのに、何勝手なこと言ってるのよ?だいたい私を一人前の会計士に育てることが夢じゃなかったの?急に結婚だなんて笑わせないでよ。

怒りと虚しさ、同時に寂しさまで込み上げてくる。やり場のない感情を持て余すしかない夏希はその日、眠れない夜を過ごすことになった。



夏希の両親は2人とも公認会計士だ。父親は大手監査法人に勤務しているが、母親は独立開業している。

学生時代に資格取得のための予備校で出会った二人だが、母のバイタリティーは当時から男性顔負けのすさまじさで、圧倒されるほどだったと、父親は語っていた。

両親ともにその道のエリートではあるが、起業家としても成功しているのは母親の方。女性の財テクやキャリアの著書を出版するほどの知名度と実績もある。

家庭内のパワーバランスは察しの通りだ。

夏希は、そんな家に生まれた一人娘だ。兄弟を作りたい、男児が欲しい、といった父の願いは、母親の意向で叶うことはなかった。

社会的な自己実現と子育てを両立するためには「一人娘を育てる」のが限界と母親は考え、また、その一人娘を自分の分身のように一流の会計士に育てることを決めたというわけだ。



翌日の昼前。夏希は、思わず桜に向かって愚痴っていた。

「こんなに親の期待に応えてきたのに、これ以上何を求めるわけ!?」

桜は、夏希のデート用の服を自分のクローゼットの中からみつくろいながら、相槌を打っている。

「きっと、夏希ちゃんのお母さんのライフプランの中でそろそろ孫が生まれるっていうのがあるんだろうね」

「そう!その通り。あの人、何歳で結婚、出産、起業、出版、娘が会計士になるってところまでプラニングしていて、自分で決めたことを全部実現させてるの。すごいと思うけど、娘の結婚と出産までコントロールできると思ってるなら本当にたちが悪い」

「とは言いつつ、夏希ちゃん婚活を始めたんだもんね。無視できないってことだよ。…でもね、良いきっかけだとは思う!だって、恋をするのって楽しいよ。なんて、私みたいな隠れ干物女に言われたくないと思うけど」

桜はそう言うと、おどけたようにペロッと舌を出した。

桜が差し出したのは、淡いラベンダー色のワンピースだ。上半身はリブニットのタートルネックで体のシルエットがはっきり出るデザイン、ボトムは膝丈のアコーディオンプリーツになっている。

「夏希ちゃん、これ、着てみて」

「無理無理!似合わないって」

「じゃあ、ピンクの花柄のブラウス着る?総レースのミニスカート履く?」

「それは勘弁して」

「でしょ。これなら大人っぽいし、第一身長がこんなに違うんだから、ワンピースしか合わせられない。背が低い私より、スタイルの良い夏希ちゃんの方がぜったい素敵に着こなせる!」

桜は156cm、夏希は171cm。身長が15cmも離れているので、服の共有は本来難しい。


むりやり女性らしい服装を着せられた夏希。その様子を見て桜はどう思ったのか…?

「私のイエベの肌に紫系って難しいんだ。買っては失敗の繰り返しなの。それに、これだと私が着るとスカートがふくらはぎまで行っちゃってバランス悪くって。絶対に色白ブルベで長身の夏希ちゃんの方が似合うよ!ショートカットにタートルネックって相性抜群だし」

「そうかな…」

桜の言葉には不思議な説得力があり、なんとなく乗せられてその気になってしまう。

「それに私、首が短くて丸顔だからタートルは悲惨なんだよ。夏希ちゃんの小顔と長い首が本当に羨ましい。というわけで、このワンピースはプレゼントね。今日着てるノーカラーのライダースジャケットと合わせれば、ちょっと甘辛ミックスにも見えるし、黒のショートブーツにもぴったりだね。その代わり、メイクはちょっと甘めにしよう。ほら、夏希ちゃんお仕事メイクだと凛々しすぎるからデート相手よりイケメンになっちゃう」

桜はそう言うと、今度はバタバタとメイク道具を準備し始めた。自分はジェラートピケのセットアップの部屋着にメイクもしていないのに、突然押しかけたデートに向かう夏希のために手を焼いてくれているのだ。



「ありがとう…桜。申し訳ない」

夏希が頭を下げると、桜はぎょっとしたような顔をして慌てて駆け寄ってくる。

「ちょ、ちょっと!申し訳ないって深々と頭下げるとか、さすがにそれはモテから程遠いよ?!」

「え?じゃあ、どうすればいい?お詫びしたいんだけど」

「うーん…そうだねえ」

桜は少し考えると、何か閃いたようにぱっと明るい表情をした。そして、首を少し傾げて「ごめんね?」と、かわいく言った。

それを見た夏希は「それをやれって言ってるの?うわー、絶対無理」と眉をひそめた。

「もー!夏希ちゃん本気で結婚する気あるの?頑張って!」

桜がはっぱをかけると、夏希は引きつらせた顔で「…ごめんね」とぎこちなく首をかしげる。

「ちがうよー!もっと自然に!首の角度はこう!」

「やっぱり私には無理!桜、代わりに行ってよ!」

「それだと話が振り出しに戻ってるってば!」

そんなやりとりでキャッキャとはしゃぎながらも、桜プロデュースの元、夏希は着々と身支度を整える。

そして…一通りの支度を整えた後。そこに現れたのは、まるでファッションモデルのように美しい女性だったのだ。

「夏希ちゃん…きれい」

桜はそう言ったきり、言葉を失った。

「なんか、スカートなんて普段履かないから、落ち着かないんだけど。イヤリングも、耳が痛いし」

「大丈夫、自信持って!誰もが振り返る美人だよ!」

そう言って、夏希を送り出す。

―我ながら、なかなかのプロデュース力ね。

桜は美しく変身した友人の姿を見て大満足だった。

―これで、きっとデートはうまくいくだろうな。あっけなくスピート婚しちゃったりして。

桜は満足げにふふふと微笑み、デート終了後に夏希から連絡が来るのを楽しみに待った。

しかし、一人になった部屋で、桜はふいに気づくのだ。

「あれ?私、デートする相手、いなくない?」

そう。自分の美容と研究開発の仕事、広告塔としてのモデルの仕事に夢中になりすぎて、恋愛と無縁なのは桜も一緒だ。

規則正しい生活リズムを死守するために、分刻みのスケジュールの毎日。仕事に没頭する日々の中では、恋愛そのものが邪念のように煩わしく感じてしまう。

「ていうか、恋愛を邪念と言ってしまう私…。これじゃ、彼氏ができるはずないな」

6年制の薬学部出身の桜は、就職3年目とはいえ27歳だ。東京出身だから周りの婚期もゆっくり…と、のんびり構えてはいるものの、そろそろ結婚ラッシュが始まりつつあるタイミングでもあった。

結婚願望は、もちろんある。いつかは…とは思っている。

でも、どんな人と?どんな生活を?

まったくイメージがつかない。

―だって、私…。

部屋に飾られたクリスタルのオブジェは、プリンセスのお城。その横にはガラスの靴。桜の幸せの象徴だ。
就職してはじめてのボーナスで買った宝物を、桜は毎日うっとりと眺めている。

「王子様がいつかきっと現れる!」

本気でそう信じていることに自分で笑ってしまいそうだし、夏希に偉そうなことを言ったばかりの今は、なんだか恥ずかしい。

ひとまず、「プリンセスは人の幸せを願わなきゃね」と、桜は心の中で夏希に声援を送った。

気づけばもう18時を過ぎていたが、ランチをとることも忘れていた。

さすがにお腹が空いたので、近くのカフェにでも行こうかと思い身仕度をする。

自炊もするが、休日に一人でカフェで食事をとるのも桜の楽しみの一つだ。グラスワインを飲みながらオーガニックな食材の軽食をとると、翌週に向けて心が充電されるのを感じる。

「こうして、おひとりさまを満喫しすぎるのもちょっと怖いかも」

そんなことをブツブツ言いながらマンションのエントランスを出る。

だが…そこで目にしたのは驚きの光景だった。

なんと、昼前にこのマンションを出たはずの夏希が、エントランスの前で居心地悪そうに立ちすくんでいたのだった。

「夏希ちゃん!?なにやってるの!?デートは?」

桜は一気に顔を青ざめさせ、夏希の元へと駆け寄る。

「私、フラれたっぽい。このスピード、世界記録じゃない?」

「えええ。もう、何があったのよ」

肝心の夏希はといえば、まるで他人事のように笑っている。…が、彼女の真意は?一体何が起きたのかわからない桜は、かける言葉を探した。

「飲み直す?」

やっとのことで桜が聞くと、夏希は「飲み直すもなにも、一滴も飲んでない」と真顔で答える。

二人は肩を並べて、日が暮れた街を歩き始めた。


▶NEXT:2月3日 月曜更新予定
非モテ女の烙印がついた二人。仕事に打ち込むも、桜の運命を揺るがす事件が起きる。