−この結婚、本当に正解だった?−

かつては見つめ合うことに夢中であった恋人同士が結婚し、夫婦になる。

非日常であったはずのときめきは日常となり、生活の中でみるみる色褪せていってしまう…。

危機を無事に乗り越える夫婦と、終わりを迎えてしまう夫婦。その違いは一体、どこにあるのか−?

これまで、 “良妻の呪い”に取り憑かれ爆発した妻・未央と夫・範久の意外な本音を聞いた。

今回はそろそろ二人目を…と考える妻・花苗に対する、夫の主張。



危機事例⑨ 二人目問題ですれ違う夫婦−夫の言い分−


【永井家・結婚3年目の事情】

夫:和明(仮名)
年齢:37歳
職業:総合商社

妻:花苗(仮名)
年齢:34歳
職業:専業主婦


「早く家に帰ったほうがいい。それは重々わかっています。わかっているんですが…」

丸の内の、表通りから隠れた路地にあるワインバーにて。

こじんまりしたカウンターの隅っこの席で、永井和明は申し訳なさげに呟く。そして続きをためらうように俯いた。

和明は、特段の予定もなく、まっすぐ家に帰れる日でも、一人ワインバーで時間を潰すことがあるというのだ。

「この時間だと妻がまだ起きているかもしれない。そう思うと、自然と足がここに向かってしまって…」

言いながら、和明は気まずさを隠すように笑う。しかしすぐに真顔に戻ると、言い訳をするように言葉を続けた。

「いや、違うんです。別に妻のことが嫌いだとか愛してないとかそういう話ではなくて。ただ、少し前に彼女と言い合いをしてから、顔を合わせるといつもその話をぶり返されてしまうのが面倒というかしんどいというか…」

和明が語る言い合いとは、どうしても二人目が欲しいと言う妻・花苗との意見の相違である。


和明が「二人目は要らないんじゃないか」と思うようになった経緯とは

「確かに僕も、息子が生まれる前までは、子どもは二人欲しいね、なんて話していたんです。妻の花苗には妹がいるし、僕にも兄がいます。子どもの頃は激しく喧嘩もしましたが、それでもやっぱり楽しい思い出がたくさんある。兄弟だからこその絆みたいなものもありますしね」

昔を懐かしむように和明は頬を緩める。しかし次の瞬間、現実に戻ると、きゅっと唇を固く結んだ。

「ただ実際に息子の子育てを経験してみて、育児は本当に大変だな、と。月並みな言葉でしか表現できませんが…いや、想像以上でしたね。母親って本当にすごいと思います」

小さく息を吐きながら、和明は続ける。

「僕も早く帰った日はお風呂に入れたり、寝かしつけを代わってあげたり、休みの日はなるべく面倒を見るようにしたり、できる範囲で手伝ってきたつもりです。とはいえそもそも出張で家を空けることも多いし、妻に言わせれば全然足りていないのだと思いますが…」

控えめに謙遜しているが、話を聞く限り、彼はとてもいいパパのようだ。

結婚当初はたまに吸っていたタバコも妻の妊娠を機にきっぱりとやめたらしいし、子どもが生まれてからはできる限り飲み会なども断り、早く家に帰るようにしていたという。

育児の大変さは想像以上であったものの、和明の積極的な育児参加の甲斐もあり、永井夫妻には俗にいう“産後クライシス”などもなく、夫婦関係は極めて良好だったのだ。

息子の誕生により、(もちろん妻・花苗ほどではないにしろ)和明の人生は完全に子ども中心の生活へと変わった。

「妻の花苗はもちろん、僕自身も無我夢中だったから、急激なライフスタイルの変化に戸惑いはあっても、それがいいとか悪いとか考える余裕もなかったんですよね。これまでは…」

和明はそこでいったん言葉を切り、意味深に瞳を泳がせた。

どうやら彼には最近、考えを改めるきっかけとなる出来事があったらしい。



「実は先日、青山にマンションを購入した会社同期の友人宅でホームパーティーがあったんです。子どもは作らないと宣言しているDINKS夫妻で、確か奥さんも外資コンサルだったかな?バリキャリなので、世帯年収でいうと2,500万円以上はあるんじゃないかな。

自宅にお邪魔して、その生活感の無さに驚きましたね。無駄なものが何一つ出ていなくて、どこもかしこもピカピカで、ホームパーティーの料理もすべて出張シェフがその場で調理してくれたりして…」

お邪魔したのは同期の家であり、和明と同じ会社で同じ給料を得ている男の自宅だ。

しかし妻も夫と同じだけ稼ぎ、子どもを作らないという選択をした場合、こんなにも違う人生になるのだということを、彼は目の当たりにした。

「誤解して欲しくないのですが、稼ぐ妻だったり、DINKSが羨ましくなったというわけではないんです。ただ、そうだよな、こういうスタイリッシュな人生もあるんだよな、と改めて感じたんですよね」


DINKS夫妻のスタイリッシュな暮らしを目の当たりにし、和明の心境に変化が…

このホームパーティーをきっかけに、和明は自身のライフプランを改めて考えるようになったと言う。

妻・花苗とは、結婚する前から、深く考えぬまま、現実を知らぬまま「子どもは二人作ろう」などと話していた。

しかし東京都内で子どもを育て、将来のために十分な教育を受けさせ、塾や習い事はもちろん、私立に通わせたり留学させたりするならば、一人あたり数千万の費用がかかる。そして子どもが二人になれば、単純計算で二倍だ。

花苗はもともとIT企業で働いていたが、妊娠をきっかけに退職している。彼女は専業主婦を希望していて、和明も「それならそれで」という考えだった。

つまり、永井家の収入は和明の給与のみ。

現実的に考えて、もしも二人目を作った場合、贅沢とは無縁の生活を送ることになるだろう。

「今はまだ息子も小さくて、教育費がかかるわけでもないから自由がきいていますが、子どもの成長は早い。きっとあっという間でしょう。

子育ては、手がかからなくなると同時に金がかかるようになると言いますよね。そうなったら、同期とたまに飲みに行く店だってこれまでより格下の店を選ぶことになるのかもしれない」

和明は嘲笑を交えてそんなことを言ったあと、今度は申し訳なさそうに言葉を続けた。

「それが子ども二人になんてなったら…自分たちが節約するだけじゃ追いつかず、子どもの教育もどこかで我慢をさせたり、制限をかけるしかなくなる。それが本当に、ベストな選択でしょうか?」



考えれば考えるほど、和明としては「二人目はやめた方がいい」と思った。

それで、何も知らぬ妻・花苗から「そろそろ二人目を…」と迫られた際、とっさにこう答えたのだ。

「子どもは一人にして、スタイリッシュに生きてもいいんじゃないか」

それは、東京で家族を養い子育てする、その精神的・体力的・金銭的な負担を現実的に考慮した上で、夫が出した結論である。

しかし「僕一人の収入では子ども一人が限界だ」とはさすがに言えず、少しばかりカッコをつけて、曖昧な言い方になってしまったため、花苗を納得させることができぬまま険悪な雰囲気となってしまった。

二人目問題ですれ違う永井夫妻の明暗は、この世知辛い事実を夫が妻にきちんと話し、そしてその現実を花苗が受け入れられるかどうかにかかっているようだ。


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