どうしてあの人は、私のことを好きになってくれない?

恋愛の需要と供給ほど、バランスが崩れているものはないかもしれない。

好きなあの人には振り向いてもらえず、好きでもない人からアプローチされる。

そして、満たされぬ思いを誤魔化すために、人は自分に嘘をつく。

嘘で人生を固めた先にまっているのは、破滅か、それとも…?

満たされぬ女と男の4話完結のショートストーリー集。1話〜4話は、ー片想いー

◆これまでのあらすじ

紗英(26)は、彼女持ちの友也に心惹かれながらも、自分に気がある健二で寂しさを紛らわせていた 。ある日、友也が、彼女と別れたことを知り紗英は衝動的に友也に思いを伝えてしまうが、あっけなく玉砕する。失意のどん底に陥った彼女は、いつものように健二を呼び出したが、そのことがきっかけで、2人の関係に変化が…?



「紗英ってそんなヌケてんのに、よく大企業受かったよなー」
「え、健二、それひどくない〜?」

平日の会社帰り、『焼き鳥やおや』。

気取らない店でも、健二とならこうして楽しめる。他愛もない話で笑いあえる。気が合う方なのは確かだった。

「最近車買おうか悩んでてさ。見て、このBMWの3シリーズ。これさ…」

健二はそんなことを言いながら、スマホの画面を見せてくる。

大きな手に包まれたiPhone11は、かなりコンパクトにみえる。そして、何やら真剣に語るその横顔は、世間一般では塩顔イケメンという部類にはいるのだろう。

その市場価値の高さは理解しているつもりだ。

『健二のこと好きになれたらいいのに…』何度そう思ったことか。

ーあの日ー

友也にフラれ、深夜1時に麻布十番をさまよい歩きながら、無意識で健二を呼び出したあの夜…。


ついに、紗英と健二の関係に変化が…?

次の日も仕事だというのに、異常事態だと悟った健二は麻布十番まで駆けつけてくれた。

そして、涙目で脈絡なく友也とのことを話し続ける私を見かねたのか、彼の家へ連れて行かれた。

それは、“保護された”という言葉がぴったりだったように思う。

部屋についてからも、私の話をずっと側で聞き続けてくれた。

どれくらいの間、そうしていたかはわからない。

知らぬまに眠ってしまっていた私は、健二のベッドで目を覚ました。

ふとあたりを見渡すと、窮屈そうに彼がソファで眠っている。

今日だけじゃない、これまでだって健二の優しさにどれだけ救われたかわからない。

なのに…。

彼の寝顔を見ながら、『これが友也だったらいいのに』と思ってしまう自分がいたのだった。

結局、私はどんな顔をして健二に接すればよいのかわからず、そのまま彼の家をそっと後にした。

『昨日は、ありがとう』とLINEしたら、『また、飲み行こうぜ』と返事があった。

それ以来会うのは初めてだった。

なんとなくあの夜を『無かったこと』にしたくて、私から誘ったのだ。

いつものように…。

今日顔を合わせて、気まずかったらどうしようかと気に病んでいたが、健二のいつも通りの様子に、ひとまず安心した。

「てか、紗英聞いてる?」
「あ、ごめん、聞いてなかった」
「おい、ひどいな」

そう言って、健二はふざけながら小突いてきた。こうしてさりげなくボディタッチしてくる健二は、どこか可愛くも思える。

ところが、帰り道、このムードは一変することとなる。



店の外にでると、知らぬ間に粉雪が舞っていた。はらはらと降る雪を見上げながら、「キレイだねー」なんて言いながら駅へと向かった。

しかし、健二は「あぁ」とぼんやりとした返事をするだけ。

「飲み過ぎた?」

そう問いかけると、健二は心ここにあらずな反応をしたかと思えば、次の瞬間、私は彼の腕の中にすっぽりと包み込まれていた。

一瞬何が起こったのかわからなかったが、いつもと様子が違う彼に戸惑いながらも彼を傷つけないように数秒してから「酔ってるでしょ?」と笑いながらゆっくり腕を解く。

いつもみたいに、冗談交じりに返してくれると思っていたのに。

今日は様子が違う。そして唐突にこう言った。

「紗英…、ごめん」


ついに健二も失いそうになる紗英。彼女がとった行動とは…?

どこか達観したような口調。今までに見たことがない、もの悲しそうな表情。

いつもみたいに「何が?」なんて言ってはぐらかそうとするも、そんなことを許さないような空気が漂う。

「…ごめん」

さらに、その一言で空気はさらに重たくなる。そしてそれは、徐々に2人の関係性を決定づけていくような感じがした。

―さっきまであんなに楽しんでいたのに。なんで急に?どうしてこのタイミング?

突然の出来事に理解が追い付かないのだが、この絶妙な間は、友也にフラれた時のことを否応なしに彷彿させた。

「さすがの俺も限界だわ…」

「…」

何も言えない私に気を使ってか、その後健二は妙に明るい声で、「最初からわかってたんだけどな!」と言い放った。

―どんな風に接すれば、この場を和らげられるのだろうか。

無意識に口をついて出た言葉は、健二と同じく「ごめん」だった。

「謝られると惨めになるわ」

何度経験しても慣れることのない、気まずさと罪悪感に襲われる。

しかし同時に、心の隙間を埋めてくれる人材を1人失っただけだと、冷静に状況を分析する自分もいる。

矛盾した思考の中で、私は「わかった」と言うことしかできなかった。

タクシー拾うからと言って去っていく健二の後ろ姿を、茫然と眺めていた。



―友也にフラれ2週間。健二を失って3日。

友也がスミレと別れたと聞いたとき、私は舞い上がった。私にもチャンスがあるかもしれないと思うだけで、心が軽やかになった。

友也と会えないとき、健二を呼べばいつでも私に会いに来てくれた。くだらないことで笑いあって、心の隙間を、私の自尊心を、少しは満たしてくれていた。

そんな2人をも失った今、心にぽっかりと穴が空いていた。

半ばヤケになった私は、片っ端から相手をしてくれそうな男に連絡する。

そんなときに限って誰からも即レスはない。

自棄になったついでに、友也と健二にも連絡してみたが、もちろん返事はなかった。

ー1時間後ー

―kosuke:紗英ちゃんが誘ってくれるなんて!あと30分くらい後なら、いけるよ!



康介という男が店にくるまで、正直どんな顔かもはっきり覚えていなかった。

いつぞやの食事会で出会ったという記憶しかない。

「紗英ちゃんって、何で彼氏作らないの?そのルックスでモテない訳ないでしょ」

誰でもよくて呼び出したのに、こうして褒められると悪い気はしない。

楽しそうに2杯目のビールを飲む満足気な様子に、わずかながら自尊心が満たされる。

しかし、そんな時でも、ふと、虚しさに襲われる。

―友也は今頃、誰と何をしてるんだろう…。いつになったら、私は好きな人に心を満たしてもらえるの?

「紗英ちゃん、次なに飲む?ワインいっちゃう?」
「…」
「紗英ちゃん?」

しかし、一瞬闇に引き込まれそうになっても、誰かといれば、こうしてすぐに引き戻してもらえる。

「じゃあ、赤にしよっかな」

私は康介という男と会話しながらも、常に視界の片隅にあるスマホの新着を注視している。

もはや、誰からの着信を待っているのか自分でもわからなかったが、こうして満たされない思いを刹那的に紛らわし続けるしかなかった。

fin.

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第2章ー運命の人ーがスタート!自分にとって運命の人は誰なのか。過去の恋を忘れることのできない男女が登場