“仕事”は、給与をもらうための手段。

そう割り切って仕事をしている人も多いのではないだろうか。

倉田梨沙もそのうちの1人。ごくごく普通のOLで出世欲もなかった。

しかし、出世欲に目覚めた平凡な女の子でもキャリア女子になれるのか?

◆これまでのあらすじ

2年前の梨沙は、“仕事ヤル気ゼロ”の他力本願なOLだったが、今や、出世欲に燃え、営業に明け暮れる日々を送っている。前回は、万全な準備のおかげで評価面談をうまく乗り切ることが出来た。一方、恋人の加藤からは“元カノと会っていた”と突然の告白をされ、梨沙は…



恋人・加藤からの「元カノと会っていた」という突然の告白に動揺し、梨沙はしばらくその場で動けずにいた。

スマホを握ったまま、路地の隅に立ち尽くす梨沙には目もくれず、カップルたちが目の前を通り過ぎていく。

「ごめん。情けないけど、自分を頼ってくれる子と一緒にいたいんだ。梨沙は何も悪くない…」

加藤に出会い仕事の面白さを知り、彼に憧れ梨沙はキャリアアップを目指してきた。

それなのに…。

誰よりも、側にいて応援してくれていたはずの加藤は、梨沙が出世していくにつれ、気持ちが離れていったようだ。

そして、彼を頼ってくれる元カノのところに戻ったらしい。

「梨沙はちゃんと自分の頭で考えて行動したから、強くなったよ」
「それは、加藤さんがいたからだよ…」

しかし、加藤は「ごめん…」と言うだけだった。

ここで、「私だって加藤さんがいないと生きていけない」とでも言えば彼は戻ってきてくれるのだろうか?

どこか他人事のように聞いている自分もいたが、結局どう答えていいか分からず取り乱すこともなく「わかった…」と言って電話を切った。

梨沙は、並木橋から代官山方面に向かう坂道を足取り重くのぼる。

そして結局、三軒茶屋の家まで30分以上かけて歩いて帰った。

その間に気持ちを落ち着かせたい、そう思っていたが、ヒールで無理に歩いたせいで踵の皮が少し剥けただけだった。

自分でも不思議に思うが、涙が一滴も流れない。

「好きだったのにな…」

じんじんと痛む踵に絆創膏を貼りながら、小さく呟いた。


恋に傷ついているはずなのに、仕事は…

ほとんど眠れないまま、梨沙は朝を迎えた。

朝、スマホでスケジュールを確認して気が重くなる。

今日は、朝から役員や部長も参加する部の業務効率化のための改善会議の日だった。

こんなときに限って、と思いながらもなんとか、自分の気持ちを奮い立たせて、梨沙は会社に向かう。



5分前に会議室につくと、既に役員と部長以外の参加者は集まっていた。

梨沙が手帳からペンを抜いたタイミングで、役員と部長が談笑しながら会議室に入ってきた。

緊張した空気のなか、部長が笑顔で言う。

「業務の効率化について、まずは、ざっくばらんに意見を出し合っていこう」

会議室はシーンと静まり返り、誰も意見を出そうとはしない。

−“ざっくばらんに”って、そんなこと言われても、この空気感で、無理よね…

しかし、そんな沈黙を破ったのは、営業部の4つ上の先輩・岩田だった。

「では、現在の業務フローを書き出すところから始めてみてはいかがでしょうか」

岩田はどんな小さなお客様でも2年後には大型顧客へと成長させる。「岩田が通った道にはぺんぺん草も生えない」と言われるほど、お客様の当該予算が競合ベンダーに流れることなく、すべて彼が刈り取ってしまうほどの営業力の持ち主だ。

その場は完全に岩田の独壇場と化し、自分が書いた業務フローをもとに、役員と議論を繰り広げる。

ー岩田さん、ホントすごいな、口を挟む隙がないよ…

結局、その流れで会議は終わり、明日また会議が開かれることになった。



−はぁ〜。今日の会議、ただ座っていただけだったな…

会議が終わると、梨沙は最近よくランチで行く並木橋交差点にある『agoo‘s cafe』に1人で来ていた。


会議に消化不良を抱く梨沙だったが…

ーさっきは完全に岩田先輩のペースに飲み込まれちゃったな。

梨沙は、お気に入りのナッツが入ったマフィンを手に取るものの、食欲よりも、明日の会議で何か発言しなければという思いが勝り、カフェラテと一緒にテイクアウトにしてもらった。

自席に戻ると、梨沙はパワーポイントを焦る気持ちで急いで立ち上げる。

「岩田さんは、“現状の業務フロー”から改善案を洗い出していたけど、私は違うやり方で考えてみよ」

”あるべき状態の業務フロー”を描き始める。

このアプローチは、梨沙が営業をする中で作り上げた自身の勝ちパターンだった。

ある時、現状から考え始めると制約ばかりに目が行ってしまい小規模な提案に落ち着いてしまうことに気づき、それからは、あるべき状態を描き、現状との乖離を埋める方法を盛り込んだ提案に変えた。

すると、面白いほどお客様からの反応も良く、数字もついてきて、梨沙の勝ちパターンになった。



翌日のミーティング。

岩田の独壇場となる前に、梨沙は口火を切った。

「前回のミーティングを踏まえて改善案を考えてきたのですが、先に説明させて頂いてもよいですか」

役員は満面の笑みになり「もちろん、写してみて」と、プロジェクターに投影するように促す。

梨沙はファイルを事前に開いていたこともあり、少しの時間も待たせることなく投影する。

自分のペースに岩田が飲み込まれているのを感じながら、あるべき状態から考えるアプローチにした経緯を話し、少しだけ普段の営業の成果もアピールしながら説明する。

役員は柔らかい表情と、時に考え込むような面持ちになりながら聞いている。

ー反応は上々ね。きっとこのまま、私の提案が採用されると思うわ…。

梨沙のプレゼン後、役員たちは納得した顔をして「良さそうじゃないか!」と賛同してくれた。

大枠は梨沙が提案した方向で進めることに決まった。

ーよかった!!

達成感のある仕事を終えた後は、自分がまた一回り成長できたように感じる。

良い仕事をした後のお酒は格別においしくて、梨沙は、加藤と何度も通った目黒の『CHUM APARTMENT』に、ふと行きたくなり一人で来ていた。

いつものアップルモヒートを頼む。

一口飲むと、アップルとミントの爽やかな香りが鼻から抜けていくのを感じ、加藤と一緒に来ていた頃を思い出す。



ーそういえば、夏の夜、散歩しようなんて盛り上がって行人坂を2人で歩いて帰ったことがあったけ…

「真夏なんかに上るものじゃないね」と、汗だくになりながら、二人で笑ったことがあったけど、もう遠い昔の出来事のように感じる−。

−もう痛くないかも。心も…

踵の傷は絆創膏がなくても痛みを感じなくなっている。

加藤と付き合い始めた1年前と比べると、自分でも変わったと思う。自分の頭で考えて、行動できるようになった。

それを加藤が“強い”と言うのなら、“強くなった”のだろう。

そして彼が、その“強さ”をいらないというのであれば、強くなる必要なんかなかったのかもしれない。

ーでも、…もう昔の自分には戻れない。だって、私は今の自分の方が好きだから。

やっかいなのは、加藤のことも好きだということだった。

この矛盾が自分の中で整理出来ていなかったのかも…。

ようやく、自分の本音に気づき、自然と涙が頬を伝う。

加藤がたとえ離れてしまっても、他力本願な自分にはもう戻れない、これからも自分の頭で考えて行動していきたい、と強く思った。

梨沙は、加藤との別れを静かに受け入れたのだった。


〜梨沙が学んだビジネスルール〜
①行動しないと未来は拓けない
②自分の領域でしっかりと成果を出すことに集中する
③スタッフ部門とライン部門の特性を把握し、キャリアを考える
④相手が求める役割を「演じる」ことで主導権をとる
⑤評価されるのを待つのではなく、日々の成果アピールと準備してから面談に臨む
⑥会議では意見を求められるのを待つのではなく、自分から発言し存在価値を高める
⑦自分なりの勝ちパターンを作る


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