ピンク。プリンセス。キラキラしたアクセサリー。ふわふわのスイーツ。

大好きなものに囲まれて生きていたいのに…社会の最前線で働く私は、女を捨てて男のようにふるまわないといけないの?

「私、ピンクが好きってダメですか?」

◆前回までのあらすじ

“美人すぎる研究員”としてメディアにも出演する笹本桜(27)は、その仕事ぶりからは想像もつかないほど、ガーリーで可愛らしいものが好き。

そんな桜は、男勝りな同級生、石川夏希(27)と再会したことで2人の運命は動き出す。

女上司たちに詰め寄られ、「部署移動」の提案をされた桜が取った行動は?



この日の食事会は、男性4人、女性4人。女性は、桜と夏希の他、仲の良い会社の同僚2人。男性は、石山太一の声掛けで集まった、東大の同級生が1人と、代理店の関係者が2人来ていた。

男性陣のお目当ては当然、雑誌やメディアへの出演で有名な桜だ。あの可愛い笹本桜が食事会に参加するとなれば、男性陣が殺到するのは当然のこと。

夏希も抜群の美人だし、同僚たちも綺麗どころだ。石山太一もエリートなので、交友関係もハイスペック。レベルの高い華やかな集まりになるだろうと、予想された。

ところが、である。

あまりにも不可思議な状況に、男性陣も女性陣も動揺するばかりだ。

「桜…さん?…えええと、今日は、いつもとイメージが違いますね」

太一は、懸命に言葉を選びながら、メガネにボサボサの髪で真っ黒なスーツに身を包んだ桜を見て、そう言った。

桜は小さくうなずいたまま俯いて「そうでしょうか」と消え入るような声で返事をする。

太一は取り繕うようにあたふたしたまま「お似合いですよ」というようなことを言い、周りもそれにオロオロしながら同意した。

正直、桜のその姿は違和感しかない。しかも、態度までいつもの桜ではないのだ。よく笑い、よく喋る。そんな、明るく朗らかな普段の様子は今日の桜からまったく伺えず、表情は固く、常に黙り込んでいた。

男性陣の本音は、桜の様子にがっかりした…というものかもしれない。

とはいえ、太一と親しいステータスのある大人たちだ。当然、露骨な態度は取らないし、なんとなく桜に気を使いながらも場を和ませようと気を配っていた。

それに、桜の姿にギョッとしたのは女性たちも同じなのだ。むしろ、同僚である彼女たちの方がその姿に驚いただろう。「これは絶対なにかあったに違いない」という思いを抱えながらも、腫れ物に触れるように扱うしかなった。

そんな状態ではあったが、それなりに楽しく食事会は進んだ。お酒も会話も進み、それぞれの趣味や休みの過ごし方の話になると、太一は意外な一面を見せ女性陣を驚かせた。


夏希をときめかせた太一の趣味とは?

「学生のころからバックパッカーをやってて、今でも連休は必ずフラッと海外に行ってます」と太一が言うと、同僚の1人が茶々を入れた。

「太一、連休じゃなくても行くよね」

「そうだね。思い立ったら金曜の夜中に出発して、月曜の早朝帰国の1泊3日の弾丸海外よくやってる」

太一は、驚く女性たちに向かって嬉しそうに語った。

「だからいつでも飛び立てるように、パスポートを毎日持ち歩いているんです。あ、男の一人旅に準備なんていらないんですよ。東南アジアだったら空港でTシャツと短パンとサンダルに着替えて、ほとんど手ぶらで着の身着のまま出発しちゃいますね。泊まるのもゲストハウスですし」



東大出身の代理店マンというリッチなイメージと、東南アジアをサンダルで闊歩するバックパッカーのたくましい姿が結びつかず、一同驚く。太一のことが気になっている夏希も同様だ。

「太一、そんなんだから、いつまでたっても彼女ができないんだぞ。そんな過酷な旅行、女の子は誰もつきあってくれない」

同僚がからかい半分で太一をたしなめ、みんなで笑った。

「彼女と一緒だったら、弾丸ツアーなんてしないよ。ちゃんと計画立てて、リゾートホテルを予約するって」

「ちゃんと、スーツケースでいけよ」

「バックパックは譲れないなあ」

一同が笑うタイミングで、急に夏希が大きな声を出して、笑い声を遮った。

「私は!!バックパックでも大丈夫です!!」

立ち上がらんばかりの勢いでそう言って、一瞬その場が静まり返る。一同が唖然として、夏希のことを見た。普段ならフォローしそうな桜は、今日の様子だ。ちらりと夏希を一瞥しただけで、視線を落とした。

夏希はその視線に気づき、ハッとしたように黙り込む。そして取り繕うにようにこう続けた。

「あ…あの、私、そういう太一さんみたいな感じの旅、憧れてて…着の身着のまま、ゲストハウスとか…いいなって…」

夏希はもじもじした様子でそういうと、黙り込んだ。妙な沈黙が流れる中、太一自らがフォローを入れる。

「夏希さんのことをそんな危なっかしい旅行にお連れできませんよ。お世辞にも、綺麗とも安全とも言えない旅ですから。夏希さんはお仕事でもご活躍されているし、お嬢さまだってお聞きしました。僕は未経験ですが、豪華な旅が絵になって羨ましいです」

「いえ…そんな…お嬢様だなんて、世間知らずなだけで…。でもいろんなこと経験してみたくて…」

夏希の様子がおかしいので、周りは気遣って誰ともなくフォローを繰り返す。夏希が“奥手”だということが、この場に居合わせたメンバーに伝わり始めた。

太一は「箱入り娘ってことですね。大事にされていて、素晴らしいです。…ね?桜さん」と、夏希に気を使いつつ、黙り込んでいる桜にも気を回す。

桜は「はい」と憮然とした態度で言ったきり、また黙る。誰が何を話しかけてもこの調子なのだ。

夏希の暴走と、桜の様子でいよいよ雰囲気がおかしくなりかけたとき、急に声を荒げたのは、夏希だった。

「桜!あんたいい加減にしなさいよ、その態度!どういうつもりなの?!」


ついに女同士のバトルが勃発。桜の悲痛な言い分はとは?

桜は、顔を上げてちらっと夏希を見るが、何も答えない。

「桜のせいで空気が良くないんだけど。みんなに気を使わせて、どういうつもり?調子よくないなら帰ったほうがいいよ。子供じゃないんだから」

夏希の言うことは図星の面もあるが、さすがに食事会の場だ。一同、夏希をなだめるように「まあまあ」「大丈夫ですよ」と繰り返す。



「夏希さん、ほら。桜さんも仕事でいろいろあるでしょうし、体調が悪いのかも」と太一がフォローをすると、それはそれで夏希をヒートアップさせる。

「大人なんですから、自分の事情で他人に不快な思いをさせるのは間違ってます。自分の機嫌は自分で取るべきですし、よっぽど辛いなら不参加とか、事情を伝えるとか、取るべき態度があるでしょう。桜は間違ってます!」

夏希がそう言い切ると、いよいよ桜が言い返す。

「間違ってるって、どうして決めつけるの?なんでも夏希ちゃんの意見が正しいの?いつもの仕事の調子で不正は絶対許さないみたいな態度、人間関係に持ち込まないでよ。私の気も知らないで」

「何も言わなければ、誰も桜の気持ちなんて分からないわよ。甘やかしてほしいなら、いつもみたいに愛想よくしてればいいでしょ?なにがあったか知らないけど、ふてくされて黙ってるなんて、ちょっと感じ悪すぎるよ!」

いよいよ頭に血が上った2人は、つかみ合いが始まりそうなほどの迫力で言い合っている。

周りは当然おろおろするばかりだ。話を逸らそうとしたり、なだめたり、おどけてみたり、手を尽くすも二人の言い合いは止まらない。

「かわいいからって、なんでも許されると思ったら大間違いだから!」

夏希が言い放ったその一言は、桜にとっての地雷だった。

みるみる血の気が引き、思考がぴたりと止まる。そんな桜の様子を見て、夏希もまずいことを言ったと気づき、取り繕おうとする。

「だって、桜、かわいいし…」とまで言って口ごもる。フォローの言葉が見つからないのだ。

桜は震える声で話し出した。

「そう言われるのが嫌で、地味に生きることにしたの。だからピンクもガーリーなワンピースもキラキラのアクセサリーもやめたの。だって、かわいい格好していると、能力を正しく評価してもらえないから。それに、こういう場で目立つのも嫌なの。私、夏希ちゃんと太一さんが本当にうまくいって欲しくて、今日は悪目立ちしないようにしようと思って…」

涙声の桜は、気が動転しているのか、爆弾発言が混ざってしまっていることにおそらく気づいていない。

「え?…なんですか?どういうことですか」と、動揺する太一のすぐそばで夏希は、自己嫌悪とこんな形で気持ちが知られてしまったことで、絶句するしかなかった。

騒然とした雰囲気の中、桜はおもむろに立ち上がると、「私、失礼します」と言ってそのまま帰ってしまった。

その場の空気は凍りつき、なんとなくの流れでお開きとなってしまう。

夏希にとってはじめての食事会は、親友と大げんかを繰り広げるという大失態と、片思いがバレるという悲惨な結末を迎えたのだった。

その場で解散となったが、肩を落とす夏希に向かって、太一が気遣って声をかけてくれた。

「タクシー乗り場まで送ります」という太一に、夏希は電車で帰ることを告げ、結局2人で1駅歩くことになった。

もうこうなってしまったら、お詫びついでに思いを告げてしまおう。夏希は、半ばやけくそでそう決める。

「太一さん、今日はすみませんでした」

「気にしないでください。ああやって言い合える関係っていいですね。社会に出てからの友人だと、あんなに感情をぶつけ合えないですよ。2人の意外な一面が見えて、楽しかったですよ。あ…失礼ですよね。でも、本音です」

太一は心底嬉しそうに笑った。その笑顔に胸が締め付けられる。気がつけば、こんなに心を揺り動かされる存在になっていたのだ。

自分は今、まぎれもなく、太一に恋している。そのことを夏希は、改めて自覚した。

「太一さん、このあと予定はありますか?」

二人で飲み直し、告白して、あっけなく玉砕してしまおう。それが、夏希のプランだった。だが、太一はそんな夏希の決意など考えも及ばないように、朗らかに笑う。

「今から羽田に向かいます」

「え?」

「こんなに早くお開きになると思わなかったので、スマホからチケット予約しちゃいました。朝には、ホーチミンにいる予定です」

そう言って太一は、いたずらっぽい笑顔を見せた。

「そうですか、お気をつけて。…お土産、期待してもいいですか?そうしたら、また会えますよね」

太一は少しためらいながらも、笑顔で「はい」と頷いた。そして、「桜さんと、仲直りしてくださいね。約束ですよ」と言うのだった。

その時になって、夏希はようやく気が付いた。太一は最初から最後まで、桜のことばかり気にしている。
もしかすると…いや、もしかしなくても。きっと、太一は桜に好意を寄せているのだろう。

―これって、いわゆる三角関係か。

太一に笑顔を見せながら、夏希は考える。

桜が、恋のライバル。到底敵いそうにもなかったが、それでも夏希は、たとえライバルになろうとも、桜との友情を大切にしたかった。

ーでも私、本当にひどいこと言っちゃった…。

駅前で太一と別れた夏希は、動揺のあまり震える手でスマホを手に取る。

そして、何度も桜に電話しようと試みるが、その勇気がなかなか出なかった。


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喧嘩をしてしまった二人。その代償はあまりにも大きかった。