結婚相手に経済的安定を求める女性は、多いと聞く。

結婚相手の職業人気ランキングを見ても、その通りと言えるだろう。

しかし中には、夢追う夫を信じ、支える“献身的な妻”というものもいる。

IT社長として成功した(やながわたかや)の妻・美香もそうだ。

一緒に貧しい時代を乗り越え、今でも夫の一番の理解者。彼女の支えがあったから成功出来たと言っても、過言ではない。

しかし、夫の思いとは裏腹に、財を手にした妻は豹変していく。欲望のままに。

◆これまでのあらすじ

妻・美香の実態を探偵から暴露された貴也。パーティーで派手に遊んでいるだけでなく、近々“男の育て方”などという本を出すという。

貴也は、妻を直接問いただすことにするが…?



探偵会社の報告を聞いた後、貴也はこっそりと家に帰った。

時刻は18時を回ったところだが、家に美香の姿はない。

−なんでこんな気分になるんだろう。

薄暗いリビングで、貴也は頭を抱えた。

白黒はっきりさせれば、自分の気持ちがスッキリすると思っていたのだが、そうではなかった。

探偵に依頼して、覗き見のような行為をしてしまったことで、ちょっとした罪悪感が芽生えていたのだ。

今となっては、「知らない方が良かった」と思う気持ちも強くなっている。

−とはいえ、遅かれ早かれ分かっていたことだ。早く気づけただけでもよしとしよう。

そう自分に言い聞かせる。

“地味で献身的だと思っていた妻”というのは、自分の幻想だったらしい。

現実は、夜な夜なパーティーに参加している派手な女。

しかし…。それは、あくまでも探偵が調べ上げた“事実”に過ぎない。どうしてそうなったのか、そんな派手なことを繰り返しているのか、理由は分からないのだ。

もしかしたら、騙されたり、誰かから良いように使われているだけかもしれない。

美香本人の口から聞かないことには、真実には近づけないだろう。

−よし、美香に聞いてみよう。

腹を決めたものの、美香になんと切り出すかが問題だ。悩んでいると、家のドアがガチャリと開く音が聞こえた。

貴也は、生唾を呑み込みながら自分の妻を迎えた。


探偵の報告をもとに、問い詰める貴也。すると妻は、意外な反応を見せる…!

気まずい空気


「貴也、帰ってたの?電気もつけずにどうしたの。ごめんなさい、すぐに夕食の準備するわ」

電気と暖房をつけた美香は、すぐさまキッチンへと向かった。

「悪いな」

美香が夕飯の支度をしている間、貴也はリビングで仕事をするフリをしながら、注意深く妻を観察してみる。

時折、深いため息やあくびのような音が聞こえてきて、かなり疲労していることが伺えた。

それと同時に、貴也の中に再びモヤッとした感情が芽生えてくる。

こんなに疲れた様子の妻を見るのは、以前ではありえなかった。やはり、毎晩のように出歩いている、その疲れだろうか。

かつての美香はいつも元気で明るく、「今日はどんなことがあった?」「良いことあった?」などと話しかけてくれた。

事業がうまくいかず落ち込んでいた貴也が、「別に」とぶっきらぼうに答えても、「私が作ったお弁当が美味しかったとかでも良いのにぃ」と頬を膨らませて笑わせてくれるなど、いつも明るく接してくれた。

−そんな日々も、過去のことか…。

あれこれ考えを巡らせていると、美香が「ごはん出来たよ」と声をかけた。

「…いただきます」

二人は向かい合って食事を始める。だが、これまでとは違う妻の様子に貴也は戸惑っていた。

ちょっと前までだったら、美香は「肉じゃがが美味しくできた」とか「このぬか漬け、自分で作ったのよ」などと、嬉しそうに話しかけてきた。

それに対して貴也が「すごいね」「美味しいね」と返し、会話が盛り上がっていく。そんな流れだった。

しかし、今日は黙々と箸を動かしており、話しかけてくる素ぶりもない。沈黙に耐えかねた貴也が「今日は寒かったね」などと話を振っても、「うん」と頷くだけだ。

会話が全く弾まないのだ。悶々としているうちに、いつのまにか夕飯を終えてしまった。

ソファで温かいお茶を飲んでいるタイミングを狙って、今度こそ意を決して声をかける。

「美香、ちょっと話がある」



「なに、怖い顔して」

ビクッと肩をすくめ、美香が答えた。いつの間にか貴也の顔は強張っていたらしい。

「最近外出が多い気がするけど、どこに出かけてるんだ?」

「え?…色々よ、いろいろ」

美香は、テレビのチャンネルを変えながら、何食わぬ顔をしている。

あくまでシラを切るつもりらしい。まだ自分は何も知らないと高をくくっているのだろう、と思うと少しカチンときた。

−そうくるなら、これを出すか。

貴也は、探偵会社から得た証拠の数々を提示することにした。美香がはぐらかすのであれば、早めに証拠を出して話し合おうと思っていたのだ。

「これを見てほしい」

美香も感情的にはなりにくい方だ。これでおとなしく話し合いに応じて欲しい、そんな考えもあって提示したのだが…。

妻の反応は、貴也の期待から大きく外れたものであった。

「何が悪いって言うの!これまでずっと我慢してきたのよ!?」

美香の甲高い声が、家の中に轟いた。


変わり果てた妻の姿に絶望する貴也。自分が知っている“美香”はもういないのか?

豹変


「これ、なに?あなた、私のこと尾行してたの?」

美香は、怒りを顕にしながら貴也が差し出した写真を指でつつく。

そこからは、ヒートアップしていく美香の勢いに飲まれっぱなしだった。

「探偵会社に依頼して、調べてもらったんだ」

率直にそう答えると、美香はさらに声を荒げた。

「はあ!?」

この時点で、すでに貴也は後悔し始めていた。自分が予想していた美香の反応と全く異なっていたからだ。

これまで喧嘩をしたことがないわけではなかったが、ここまで美香が激昂するのは初めてだ。

−聞かなきゃよかった…。

別人のように怒り狂う美香の姿に、貴也は呆然としていた。

妻とは建設的に話し合いが出来るはずだと思っていたが、自分の思い違いだったのだろうか。

それほどに、貴也の知っている妻と、目の前の妻は全く違うのだ。

−これが本当に、あの美香なのか…?

真相を解明したいという思いは貴也の頭の中からすっぽり抜け落ちてしまい、とにかくこの場を収めなければ、というその場しのぎの考えでいっぱいになってしまっていた。



「探偵に依頼するなんて、バカみたい!」

美香の怒りは収まらない。探偵会社の調査結果や写真を乱暴に掴み、そのままテーブルの上からそれをバサバサと落としてしまった。

荒れ狂う妻の様子に、貴也はどんどん萎縮していく。

−こんな様子じゃ下着のことや本のことなんて聞いたらどうなるか分からないぞ…。

これ以上何かを聞いても、事態を悪化させるだけだろう。そう思って黙っていたが、美香は堰を切ったように叫び続ける。

「探偵なんて、そんなくだらないことに使うお金はあるのね!?私は我慢してばっかりなのに!」

「いや、そういう問題じゃなくて…」

貴也は必死に火消しに回る。どうにかこの場を収めたかった。

「じゃあどういうことよ!」

美香が机を勢いよく叩くと、置いてあったマグカップが落下した。

「痛っ」

貴也は思わず声をあげた。ふと足元に目をやると、マグカップの破片が自分の足にまで飛び散っている。

その瞬間、貴也の中にも怒りが芽生えた。

−いい加減にしろよ…。

こんなに激昂するなんて、やはり妻は何か隠しているのだ。ふぅーっと深呼吸をし、徹底的に妻を問い詰める覚悟で話し始める。

「インスタのアカウントも見たぞ。随分派手な生活をしてるんだな。あと、本を出すんだってな。“経営者男子の育て方”だって?どういうつもりなんだ」

本の話題を出された途端、美香の表情が変わった。目は泳ぎ、明らかに動揺している。

貴也はその瞬間を見逃さなかった。相手が怯んだ隙に、反撃してやる。

「俺は、お前に育てられた覚えなどないぞ。あと、通帳とキャッシュカード、返してくれ。お前にはもう任せられない」

美香の顔がどんどん青ざめていく。

その様子から、態度をコロリと変えて謝罪してくるのではないかと思った、次の瞬間。

「…うるさい!もう寝るわ。貴也なんか、大っ嫌い」

そう言って美香は、ものすごい勢いで部屋を出て行った。ドスドスと廊下をしっかり踏みつける音がした後に、バン!と大きな音を立ててドアが閉まる。

−美香は変わってしまった…。

静まり返ったリビングで、床に散乱した写真やコップの破片を拾い集めながら、貴也は大きなため息をついた。


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「これまでずっと我慢してきたの」妻・美香が心の内を打ち明ける。