ピンク。プリンセス。キラキラしたアクセサリー。ふわふわのスイーツ。

大好きなものに囲まれて生きていたいのに…社会の最前線で働く私は、女を捨てて男のようにふるまわないといけないの?

私、ピンクが好きってダメですか?

◆前回までのあらすじ

“美人すぎる研究員”としてメディアにも出演する笹本桜(27)は、その仕事ぶりからは想像もつかないほど、ガーリーで可愛らしいものが好き。

そんな桜は、男勝りな同級生・石川夏希(27)と再会。桜と夏希、2人の運命が動き出すことに。

桜は今の会社で研究員を続けることを決意し、太一は代理店を辞めることを決めた。

そして母親に「会社の後を継いで欲しい」と言われた夏希は…?



週末。

弾丸タイ旅行の打ち上げと銘打って、桜、夏希、そして石山太一の3人は集まっていた。

場所は『ジムトンプソンズテーブル タイランド 銀座』。3人とも旅の余韻に浸りたくてエスニックを選んでしまうほど、楽しく刺激的な旅行だった。

あの旅以来すっかり笑顔を取り戻し、かわいらしさ全開に戻った桜は、わざとおどけていたずらっぽい笑顔を見せる。

「夏希ちゃんが実績データを出してくれたおかげで社内の評価が上がったの。社長賞も夢じゃないって常務に言ってもらった。私のことを追いやろうとしてた上司たちが悔しそうにしてたの見て、ちょっとは気が晴れたかも。…あ。私、毒吐いた。聞かなかったことにしてね」

「おめでとうございます。僕も嬉しいです」

桜にそう伝えた太一も、自分のことを語り出す。

「LINEでお伝えしましたが、代理店を退職する決意をしました。大学のバックパッカー仲間が医者なのですが、途上国の病院経営や衛生に関するNPO法人を立ち上げたんです」

「お友達もすごいですね。東大医学部出身で、日本の病院でも大活躍されているはずなのに、大きな夢を叶えて」

夏希がそういうと、太一は誇らしげに頷いた。

「自慢の友人です。一緒に夢を叶えようっていつも話していたんですが、あっという間に先を越されて、僕のことも誘ってくれました。僕は具体的には、資金集めと広報を担当します。もちろん人手が足りないので、現場で奔走するつもりです。この日のためにこれまで必死に代理店で働いてきたので、迷いはありません」

夏希と桜は「応援します」「すごい」と、口々に賛辞を送る。


それぞれの決意を語るとき。桜と夏希の願いとは?

「ありがとうございます。お二人にそう言っていただくと、本当に励みになります。新卒入社の面接のときから言っていたので、会社の方も理解があって、上司たちも快く背中を押してくれました。資金的な協力も仰げそうです」

そう言う太一の笑顔は、自信に満ちている。

「でも、こうして気軽にお会いできなくなるかと思うと、少しさみしいね。夏希ちゃん」

桜は夏希に同意を求めた。夏希は「そうだね」と小さく答えてから、こう言った。

「少しというか…すごくさみしいです。遠距離片思いを続けるべきか、今悩んでいたところです」

夏希がそんなことを真顔で言うので、桜は「何言ってるのよ」と言いながら笑い、太一も困ったように笑った。なぜか夏希もつられて笑ってしまう。

「ちゃんと告白するタイミングを失ったまま、気持ちがダダ漏れして、振られることもできないまま失恋を自覚するという…。ちょっと我ながらひどいですね、これは」

夏希は大真面目な顔で続ける。

「仕事柄、基本的には常に計画的な行動を心がけていますし、リスクマネージメントも欠かさないんですけどね…。恋愛に関してはしっかり勉強する機会もなくて、何より経験不足でした。今後に活かします。あの…ありがとうございました」

突然の感謝の言葉に、たまらず、桜も太一も大笑いした。

「ちょっと!私、大真面目なんだけど!」

「ごめんごめん。夏希ちゃん、最高。でも、太一さんが笑うのはひどいですよ」

桜が涙を流さんばかりに笑うと、太一は心底戸惑った顔をして、

「すみません。でも、なんとお答えすれば良いのか」

と、頭を掻いた。太一は太一で、パタヤビーチで桜に告白して玉砕したばかりなのだ。恋愛に関して無傷なのは桜だけで、太一も夏希もそれぞれの失恋を実感している。

「もう…。次は、桜の恋バナ期待してるからね。そのときは、アドバイスするからまかせて」

「今のところ、全然そんな予定ないよ。ますます仕事に身を捧げるって決意したところなんだから。でも、もうアラサーだし、そうのんびりもしていられないよね。夏希ちゃんのアドバイスも楽しみにしてる」

「桜さんがその気になったら、きっと急展開ですよ。今こうしている時間は、すごく貴重っていうことですね」

太一はそう言い、夏希も大きく頷いた。桜も、「がんばるぞ」と言ってみたものの、きっとしばらく“がんばる”ことはないだろうな、となんとなく自分でわかっている。

−いつか王子様が…って言いながら、婚期を逃すタイプだろうな。

ぼんやりと自己分析をして、思わず一人で苦笑いしてしまった。



そんな桜を見て、夏希は愛おしそうに目を細める。そして自分のことを話す番だと、小さく息を吐いた。

「実は私ね…母親に会社を継いで欲しいって言われたの。いきなり、監査法人を辞めて次期社長として事務所に入れって」

「ええ!?」と、桜と太一は驚きの声を同時に上げる。夏希はそのまま続けた。

「そ、それで、夏希ちゃんどうするの?」


大きく動き出したそれぞれの未来。夏希と桜の向かう先とは?

「断ったわよ、もちろん。母親はショック受けて憤慨していたし、私に後を継がせるためにレールを敷いてきた頑張りも分からなくはないから、申し訳ないって気持ちもある。…でも、まだ20代だよ私。会計士としての能力をつけるって意味でも、監査法人でキャリアを積んだ方がいいに決まってるでしょ」

「夏希さんは、監査法人でも必要とされていますもんね」

太一の言葉を受けて、夏希はこう言った。

「パタヤビーチでもお話ししましたが、私いつか結婚して子供を持つ日がきたら、家庭に入りたいんです。意外かと思いますが、専業主婦希望です。気が変わる可能性もなくはないのでしょうが、子供の頃に決意して、気持ちが揺らいだことはありません」

桜も太一も、我慢が多かったであろう夏希の子供時代を察し、静かに頷いた。

「だから、会社を継ぐっていうのは考えづらくて。母親には悪いけど」

「夏希ちゃんだったら絶対良いお母さんになるし、専業主婦希望って言い切れるのも、すごくかっこいい!キャリアと才能を手放してまでそう思うって、本当に強い決意だよ。私、応援するよ」

桜は目を輝かせて興奮気味にそう言ったが、その後の夏希の一言を聞いて再びみんなで笑い合った。

「桜、気持ちはありがたいけど、応援するって…何を?」

「あれ?何をかな…。あ…婚活?」

「話がまた振り出しに戻った」

こんな風にきっと、婚活も仕事も、先に進んだり、立ち止まったり、少し戻ったりしながら小さな決意を積み重ねて行くのだ。

その時にいつでも親友が傍にいたら、こんなに頼もしいことはない。

「というわけで、僕と桜さんの仕事もこれで終わりということになりますが…最後にロングインタビューさせてもらっても良いですか?ファッションや美容はもちろんですが、今こうして化粧品開発に取り組んでいるきっかけやモチベーションを、生い立ちから迫ってみたいんです。きっと、桜さんのファンも喜びます。

あまりプライベートなことを誌面に載せたくないということは前から伺っていますが、桜さんの仕事に対する熱意を伝えるためには、切り離せないと思うんです」

太一の提案を、桜は心から素直に、受け入れた。

かわいくなかった私が、自信をつけるまでの道のり。

大好きなピンクや、プリンセスのようなアクセサリーを、自信を持って付けられるようになったきっかけ。

美容、メイクという魔法を、女の子は誰でも使いこなせること。

ダサかった高校時代。

アラサーでも、アラフォーでも、おばあちゃんになっても、かわいいものに囲まれていたいという決意。

ーその全てを、伝えよう。

桜はそう決意すると、ゆっくりと胸に手を当てた。


翌月。

【すべての女の子を幸せにするための魔法のコンパクトを、私が作っています。かわいくなりたいと願う女の子が一人でもいる限り、私は一生、魔法のコンパクトを作り続けます】

誌面に踊ったその記事は、大反響を呼んだ。

その理由は、写真のインパクトの強烈さだ。

今、人生で一番輝いている桜の写真の横に映っているのは…高校の卒業アルバムから切り抜いた、垢抜けないメガネの少女。

“これが、笹本桜?!”

“整形?”

“よく見ると顔は同じ”

そんなコメントがSNSを賑わし、桜と夏希はそれを一緒に見つけながら、顔を見合わせて大笑いした。

「ねえ、そういえば、今の担当さんが、ぜひ夏希ちゃんも読モやってくださいだって!ずばり、美人すぎるエリート会計士」

「絶対無理だし、キャッチフレーズが安直すぎる。やり直し」

「夏希ちゃん、厳しい」

2人はいつかのような大きなサングラスを身につけながら、飛行機の座席に並んで機内サービスのビールを飲んでいる。

「ねえ、夏希ちゃん、私の特別休暇に付き合ってくれてありがとう。監査法人の方は大丈夫なの?」

「有給ありあまってるから文句言う人いないよ」

「それなら良いんだけど…」

「桜の社長賞のボーナス休暇に便乗できて、感謝してる」

夏休みと合わせて二週間の長旅だ。時差を含めると片道2日が経過する大遠征に、二人は出かけようとしている。

「ねえねえ、あと何時間で着く?」

「桜、タイに一晩で着いたのとわけが違うんだよ。ショックを受けると思うけど、ブラジルに到着するのはあと28時間後」

「この飛行機のビール、私たちのせいで全部なくなりそう」

桜はそういうとあくびをして、小さな頭をちょこんと夏希の肩に乗せて「眠くなっちゃった」と甘えた声で言った。

「長い旅になるんだから、寝たほうがいいよ」

夏希はそう言って、自分の言葉を噛みしめる。

長い旅になる。

そして、ほんの少しだけ、胸が苦しい旅になるはずだ。

ー太一さん、どんな顔で働いてるんだろう…?

地球の裏側で奮闘する青年との再会に、夏希の心臓は今から高鳴り始める。

遠距離片思いを続けてきたつもりもなかったけれど、夏希の婚活に進展がない理由は、今こうして夏希の胸が切なくときめいていることからも明らかだった。


飛行機の窓の外では、真っ赤な朝焼けが世界中をピンク色に染め上げている。

ーきっとまた、人生を変えるような特別な旅になる。「どんな環境でも、自分らしく生きていればいい」。そう、心から思えるような旅になるはず…。

心地よいまどろみの中で桜と夏希は、不思議と同じ予感を胸に抱いていた。


Fin.