夫は外で働き、女は家庭を守るべき。

自分は、共働き賛成、バリバリ働く妻・大歓迎。

しかし、自分よりも圧倒的に稼ぐ妻を持ってしまったら…?

すれ違っていく、金銭感覚、価値観、ライフスタイル。

超ハイスペ妻と結婚した夫は、一体どうなる…?

◆これまでのあらすじ

紆余曲折を経て、ついに仲直りした二人。しかし玲は、今のプロジェクトをもって会社を辞めるつもりだという。玲がまだ話していなかった想いが今明かされる。



「玲、まだかなぁ」

康太は、落ち着かない様子でキッチンとダイニングテーブルを行き来していた。

ダイニングには、玲を労うためのご馳走が並べてある。今日は1日休みを取って、朝、開店と同時にスーパーに買い出しに行き、午後は料理で大忙しだった。

部屋には、ケーキを焼いた後のバターの甘い香りが立ち込めている。ケーキを焼いたのは初めてだが、なかなかうまく出来た。

ケーキに乗せたプレートには、チョコペンで「おつかれさま♡♡♡」と書いたメッセージを添えた。

−ちょっと乙女過ぎたかな…。

玲への愛情を表現しようと思ったら、♡を3つも書いてしまった。本当は、こんな数じゃ足りないのだけど。

「あっ、そうだ」

康太はソワソワしながらバスルームへ向かい、お花の様子を伺う。

今日のためにニコライバーグマンでオーダーしておいた、とっておきの大きな花束。

玲をイメージして作ってもらった花束は、温かみとクールさを兼ね備えた彼女にぴったりのデザインと色味だ。

−「ちょっとタオル取ってくるね」って言えば不自然じゃないかな。

康太は、花束を取りに行くタイミングを頭の中でイメトレする。そんなことをしているうちに、玄関のドアがガチャリと開く音が聞こえた。

「おかえりー!!!」

康太は、飼い主を待ち続けた犬のように、玄関に猛ダッシュで向かった。


玲が帰宅早々、まさかの涙を浮かべた理由とは?

抜けてる夫


「とっても美味しそうな香り。お腹空いたから早く食べたい!」

玄関でコートを脱ぎながら、玲は康太に笑いかける。

「でしょ、でしょ!玲のために頑張ったんだ。早く食べよ!」

康太は、一刻も早く自分の料理をお披露目したくて、玲を急かす。

「ちょっと、スリッパくらい履かせて!」

「あっ、ごめんごめん…」

そう言いながらも、康太は逸る気持ちを抑えきれず、玲の手を引っ張ってリビングのドアを開けた。



「すごーい、こうちゃん!」

テーブルにズラリと並んだ料理を見た玲は、歓喜の声を上げた。

“ケーキも花束もあるんだぞ”

はしゃぐ玲を横目に、康太は心の中でつぶやく。

「さっ、シャンパンも冷やしてあるし、早速乾杯しよう」

康太は、これまた今日のために買って来たヴーヴクリコを冷蔵庫から取り出す。

「嬉しい!じゃあ、着替えてすぐに戻ってくるね」

玲は、そう言って寝室にパタパタと向かった。

康太は、ブルーノマーズのMarry youを口ずさみながらシャンパンを出す準備をしている。

ノリノリになってきた康太が、鼻歌のレベルより遥かに大きなボリュームで歌っていると、遠くから「ええっ…」という小さな悲鳴が聞こえてきた。

「どうしたー?」

聞き返してみたものの、玲の反応はない。再度、「どうしたの?」と聞き返したところで、康太はハッとした。

−!?やばい、まさか…!

慌てて玲を探す。寝室にいると思っていたはずの彼女は、なんとバスルームにいたのだ。

玲は、驚いた様子で立ち尽くしていた。

「ルームウェアを探しに来たの。乾燥中だったかもと思って。ごめん…」

「ごめん」というのは、サプライズに気づいてしまったことに対する申し訳なさ故らしい。

康太も、散々イメトレなんぞしておきながら、こんなに早く見つかってしまったことに恥ずかしさを覚える。

「俺って本当に抜けてるよなあ」

頭を抱えながら康太は続ける。

「サプライズで“じゃじゃーん!”って出そうと思ってたんだけど。気づかれちゃったから仕方ない。

これ、玲へのプレゼント。おつかれさま!」

康太が花束を渡すと、玲は「ありがとう…」と言いながら唇をクッと噛んだ。目には、瞬く間に涙が溜まっていく。

「…ちょっと…びっくり…しちゃって」

驚いて言葉が出ない様子の玲を、康太はそっと抱きしめる。

「玲、本当におつかれさま。でも…、後悔してないか?」


プロジェクトを終えた玲は、ある決意を康太に告げる。

良い夫ヅラだった、俺


「私、やっぱり会社辞めようと思う」

あれは、1ヶ月半前。

玲が全力で取り組んできたプロジェクトを終えた翌日のこと。

その夜、二人で『コーテシー』で食事をしていた時に玲が切り出したのだ。

確かに、彼女は「このプロジェクトをひとつの区切りにしたいと思ってるの」と宣言していた。

その言葉通り、彼女は今回のプロジェクトを最後に退職することを決めたらしい。

「そうか…。詳しく理由を聞かせてくれない?」

康太は、玲が話し始めるのを静かに待った。



「私、やっぱり子どもが欲しいの。

でも、今の生活じゃとても無理。だから、仕事は少しセーブしなくちゃいけないなって」

そこまで言い切った玲の顔は清々しかった。驚きはしたが、玲の口から「子どもが欲しい」と発せられたことはとても嬉しかった。

康太も「いつかは子どもが欲しいなあ」と思っていたものの、玲のキャリアを邪魔してしまう気がして、言えずにいたのだ。

確かに嬉しいのだが、康太には一つだけ気がかりなことがあった。

仕事のことだ。これまで輝かしいキャリアを積んできた玲。仕事を手放す決断をするのは、相当苦しかったに違いない。

それでも家庭を築くことを選んでくれた玲に、康太は涙腺が決壊しそうだった。

−でもなあ…。

自分よりよっぽど仕事が出来る、玲のような人間が全く仕事をしなくなるというのは、もったいない気がする。

大げさだが、日本社会にもダメージを与えるのではないだろうか。

康太はこの時初めて、“女性が生きていく大変さ”を実感したような気がした。

仕事はもちろん、妻としても、母としても、さらには女としても完璧な姿を求められる。

会社の女性を思い出してもそうだ。

これまで、彼女たちの様子を「大変そうだな」と他人事のように眺めていたが、今、大きな決断をした自分の妻を前に、康太は心を新たにした。

−自分ごとだったんだな…。

康太は頭を抱えながら、深く反省した。

自分のように、“自分は関係ない”、“他人の話だ”と思っている夫は多いと思う。だが、実際には、妻たちは影で苦労し、悲痛な叫びを押し殺して頑張っているのだ。

ずっと玲に寄り添ってあげているつもりだった自分が情けない。結局自分も、“良い夫ヅラ”していただけだった。

これからは、玲の良き理解者でいよう。彼女の大変さを少しでも解消出来るように歩み寄らなくては。

「大変な決断だったよな。俺、玲のこと応援…」

格好良く言おうと思った康太だが、嗚咽してしまった。どういうわけか、涙が出てきてしまったのだ。

すると玲は、「こうちゃんったら…」と、ハンカチを差し出した。

「花粉症かな」

鼻水をズルズルさせながら言い訳してみるが、どう考えても無理があった。

そんな様子を見た玲は笑いながら「ありがとね」と、康太の肩をポンポンと叩いた。

「女の人って大変だな」

涙が止んだ康太がポツリと言うと、玲が「そう思ってくれる、こうちゃんみたいな旦那さんがいるだけ、私は幸せよ」と、笑った。

「俺も…」

再び涙が溢れ出した。手で顔を覆うが、涙が止まらない。

「私、独立して仕事と両立出来るようにうまくやるから。今は働き方も多様になってきたから大丈夫よ」

そう言った玲の目にも、涙がキラリと光っていた。


康太が語る、妻への想いとは一体…?

やっぱり愛している


1年後。

「行ってきまーす!」

康太が出発しようとしていると、「ちょっと待って」という玲の声が聞こえた。

−さては、行ってらっしゃいのハグ…?全く、かわいいなぁ。

康太が照れていると、玲がリビングから小走りでやってきた。

このまま自分の胸に飛び込んでくるだろうと、両手を大きく広げて待ち構える。

だが、玲の反応は予想外のものだった。

「こうちゃん、お弁当忘れてるよ」

そう言って、康太にマリメッコのトートバッグを差し出したのだ。

−やばい…。俺の勘違いじゃん。

ネット上で良く見かける“orz”ってやつだ。恥ずかし過ぎて、一瞬にして顔が赤くなる。

一刻も早くこの場から離れたい。康太は、わざと慌てた様子で、「あっ、急がなきゃ。行ってきますっ!」と、玄関を出ようとした。

「こうちゃんって本当に分かりやすいね。行ってらっしゃい」

そう言いながら笑った玲は、後ろからギュッと抱きついてきた。

−よ、良かった…!

康太はくるりと振り返り、玲を抱き寄せた。

「大好き!」



退職した玲は、フリーのコンサルタントとして、比較的自由な働き方をしている。

経営者のアドバイザーやスタートアップ企業の手伝いなど、業務は多岐に渡るらしいが、元気にやっていてホッと一安心だ。

「仕事なくなったらどうしよう」

退職する時にはそんな心配をしていた玲だが、蓋を開けてみれば「うちも頼みたい!」という会社ばかり。

これまで積み重ねてきた信頼や彼女の人徳のおかげだろう。自分には真似することは出来ない。康太は、自分の妻のことを誇らしく思う。

玲のことを尊敬している。そして、愛している。

−喜んで一生付いて行く。そして、支えていく。

康太は、改めて自分の妻の凄さを思い知った。

「そう思ってくれる、こうちゃんみたいな旦那さんがいるだけ、私は幸せよ」

康太の脳裏に、彼女の言葉が過ぎる。

「そう思ってくれる、玲みたいな奥さんがいるだけで、俺は幸せだよ」

康太は、玲が送ってきたエコー写真を眺めながら、父になる喜びを噛み締めた。

Fin.


▶︎Next:3月31日 火曜更新予定
次回・番外編。康太を翻弄したウルウル小悪魔・麻里亜が登場。彼女の胸の内が今明かされる!