女子高、ママ友社会、看護師やCAなどの女性が多い職場。「女の世界」となると、多くの人はあるイメージを抱く。

—女の敵は女。

この物語は、化粧品メーカーに勤務する主人公が奮闘するストーリーを通じて、「女社会の実情」を描いたものである。

ここは、女たちがスペックを振りかざす孤軍奮闘のマウンティング社会でしかないのか?それとも…。

◆これまでのあらすじ

大手化粧品メーカーの営業部門から、美しく華麗な女たちが集う開発部門へと異動となった彩乃。

桜子をはじめとし、強烈な女達に毎日戸惑うばかり。そして、またしても新たな波乱の予感だが…。



街ゆく人々の服装がだんだん軽やかになっていく、6月初旬。

彩乃はオフィスで、目の前に立つ一人の女性に目を奪われていた。

彼女の名前は、鈴木舞姫(まき)。彩乃のOJT担当・桜子よりも上のポジションに立つ、つまり上司である。おそらく年齢も、桜子よりだいぶ上のはずだ。

だが桜子の上司と言われても、ぱっと見は全然わからない。

―桜子さんも美しいけれど、舞姫さんに関しては年齢不詳の域だわ…。

大きな瞳、バランスよく配置されたパーツの整った顔。華奢でスタイルも良く、舞姫はとにかく「可愛い」のである。

今日は、彩乃と桜子、そして上司の鈴木舞姫というメンバーで、打ち合わせを行っている。

いつもは11時にフレックス出社する桜子も、珍しく定時に出社していた。試作中のアイシャドウについて、舞姫に中間報告を行なうためだ。

彩乃は、桜子と舞姫の会話に必死でついていこうとする。だが、ところどころ理解できないことがあって、メモをとるので精一杯だ。

すると、彩乃の必死な様子に気づいたのか、舞姫がにっこりと微笑んだ。

「日比さんは初めてのことだから、わからないことも多いでしょう。遠慮なく聞いてね」

「はい…すみません」

頭を下げる彩乃に、舞姫はアイシャドウの色味を1つずつ確認しながら、丁寧に説明してくれる。

「これは、もう少し赤みを増やしたほうがいいわ。それからこれは、パールの量を抑えたほうがいいわね」

打ち合わせを終えると、舞姫は自分のデスクへと戻っていった。ふう、と軽いため息をつく桜子に、彩乃は明るい声で言った。

「舞姫さんって、本当に優しい方ですね!しかも上司にこんなこと言ったら失礼かもしれませんが、とても可愛い方ですよね…。憧れちゃいます。あんな素敵な方と仕事できるなんて、嬉しいなあ…」

ところが、桜子の返答は意外なものであった。ちらりと視線をよこすと、驚くほど冷めた調子でこう言ったのである。

「“素敵な上司”か…。実際にそうだったらいいんだけどね」

それだけ言い残して立ち去っていく桜子の背中を、彩乃はわけがわからず見つめていた。


憧れの上司に出会って、仕事への意欲がさらに高まる彩乃だが、桜子の態度がなんだかおかしい…。

桜子の言葉は少し引っかかったが、この時はあまり気に留めていなかった。

なぜなら、中間報告など何もかもの業務が、彩乃にとっては新鮮で面白かったからだ。

今日の打ち合わせを踏まえて、2日後には部長の遠藤にも共有する運びとなった。しかも桜子の判断で、彩乃が部長に直接報告をすることになったのだ。もちろん、舞姫と桜子も同席してくれるという。

部長とのミーティングを控え、彩乃はやる気に満ち溢れていた。



そして2日後。ミーティングの準備を進めていると、彩乃の社用携帯が突然鳴り出した。

「日比さん、ごめんね。ちょっと生理痛がひどくてまだ自宅にいるの…。さっきマネージャーたちにも連絡したんだけれど、今日のミーティング、あなたにお任せしていいかな?」

弱々しい声でそう話す電話の相手は、桜子だ。突然の事態に驚いたものの、生理時の体調不良の辛さは彩乃にもよく分かる。

それに自信があるわけではないが、ピンチの時にこうして任せてもらえたことが素直に嬉しかった。



「大丈夫です。舞姫さんも打ち合わせに入ってくれますし。お大事にしてください」

彩乃が答えると、かぶせるように桜子が言った。

「舞姫さんに、気を付けて。ごめんね。ありがとう」

じゃあ、と言って電話が切れる。

―えっ…?

確かに彼女は今、「気を付けて」と言った。だが、一体どういう意味なのだろう。

彩乃はその言葉の意味が、全く分からなかった。…この直後までは。

「よろしくお願いします」

ミーティングが始まると、彩乃は緊張しつつも、先日メモを取った手帳を見ながら、遠藤に報告していく。

―舞姫さんにも確認していただいたし、きっと大丈夫なはず…!

報告を聞く間、黙って耳を傾けていた遠藤だが、彩乃が話し終えた途端にこう言い放ったのである。

「全然面白くないわ。こんな商品出して、何か新しい感動をお客様に与えられると思うの?」

「え…」

突然ぴしゃりと言われて、返す言葉に窮してしまった。こんな時はどう答えていいのかわからず、焦ってしまう。

思わず舞姫の方をちらりと見たが、素知らぬ顔で、彩乃からの視線に気づかないふりをしている。すると遠藤が厳しい口調で尋ねた。

「舞姫さん、あなたもカラーアドバイザーのポジションじゃない。私のところに来るまでに何かアドバイスしなかったの?」

ところが、次に舞姫が放った言葉に、彩乃は凍り付いてしまった。

「私、知りません!!私との打ち合わせにも、今遠藤さんがおっしゃったように、これではつまらないからってアドバイスしました。でも日比さんが、全く聞き入れようとしなかったんです…」

―え?舞姫さん?何言っているの…?

舞姫のアドバイスを聞き入れなかっただなんて、そんなことをした記憶は全くない。今目の前で起きていることを理解できずに、ただ茫然としてしまう。

遠藤は、彩乃に向かってきっぱりと告げた。

「とにかくこのままでは商品化を認めません。中間報告の段階で分かって良かったわ。再度、ターゲット分析をし直して、来週中に方向性を固めて持ってきて。日比さん、あなたのOJTの桜子さんと一緒に」

遠藤の鶴の一声で、この日のミーティングはお開きとなった。


桜子の忠告の意味が解き明かされる…?

「日比さん、昨日は本当にごめんなさいね…。で、部長とのミーティングはどうだった?」

翌日、回復したという桜子が、出社するなり開口一番尋ねた。

彩乃は、昨日起きたことをありのままに話す。だが桜子は、特に驚く様子もなかった。それどころか、予想の範囲内という表情をしてこう答えたのである。

「やっぱりね。何か起こる前にあらぬことを言って、先入観を持たせてはいけないと思ったから言わなかったのが間違いだったわ」

「えっ…」

彩乃が困惑した表情をしていると、それを読み取ったのか桜子が説明し始めた。

「残念なことに、いつまでも責任を持てない、自分は一生守られて愛されていると勘違いしている。大人になりきれていない女っているのよ。それが、私達のチームでは舞姫さん」

そして桜子は彩乃に、「何にも分からないまま、嫌な思いをさせてごめんなさいね」と謝った。

話を聞けば、舞姫は感性的な部分は本当にずば抜けているし、その点では一目置ける存在だという。しかし、上司として部下を守ることができず、むしろ責任を全て押し付けたりして、足を引っ張ることがある「要注意人物」だというのだ。

さらには、上の幹部社員の男たちから、入社以来「可愛い、かわいい」とちやほやされてきたため、自分自身が「愛されるべき」存在なのだという思いがいつまでも抜けないらしい。

舞姫についての逸話は、どれも驚かされるものばかりだった。

そのとき、恵理子がものすごい形相で駆け込んできてきた。

「聞いてよ!舞姫さんにお願いしていたシステム登録、また間違っているの。この間もつきっきりで教えたのに!いくら作業系が苦手とはいえ、少しは改善する努力とかないのかしら…!」

憤る恵理子に対して、桜子も呆れ顔で返事をする。

「私達もちょうど被害にあったとこ。年次が上だからって、業務に対する姿勢を改善しなくていい、なんてことは絶対にないのにね。日比さんみたいな若い子からしたら“お局”よね、ほんと…」

そして、彩乃の肩をぽんと叩いた。

「このことは、これまでの経緯を含めてマネージャーに私から伝えておくから、日比さんは心配しないで」



だが、優しい口調から一転して、急に真剣な表情になる。

「日比さん、これだけ覚えておいて。何はともあれ、私たちがやるべきことは、お客様目線に寄り添った良い商品を作ることよ。だから部長からの厳しい指摘は真摯に受け止めて、一からやり直しね」

その言葉に、慌てて彩乃は「はい、わかりました!」と頷いた。

―女社会ってお局とその取り巻きが怖いイメージだったけれど、桜子さんも恵理子さんも、変に媚びることなくさっぱりしてる…。

舞姫の一件には驚いたが、桜子たちに対する彩乃の思いは、ここで働き始めた当初とは変わり始めていた。むしろ、仕事の仕方や人間性で判断される環境でよかったと、心底思うのだった。



自宅に帰った彩乃は、会社で起こったことを思い出し、ため息をついた。昨日今日でずいぶんドタバタして、ぐったりと疲れていたのだ。

―こんな時に、隆史君がいてくれたら…。

彼の爽やかな笑顔を思い出すや否や、スマホを取り出し文章をフリック入力し始めていた。

『最近はお仕事どう?また今度会いたいな』

その日は、夜遅くまで待ってみるもののなかなか既読にならず、いつのまにか彩乃は寝落ちしてしまっていた。


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「子供を寝かしつけてからが仕事の時間」働きながら子育てをする女たちの実態とは