男性がひとりで外食するのは受け入れられているのに、未だに世間では、女性がひとりで外食するとなると敷居が高い。

しかし最近、女がひとりでも気軽に入れるハイセンスなお店が増えているのをご存知だろうか。

広告代理店に勤務する桜木佳奈(35)も、最初は「女性ひとりでご飯なんて」と躊躇している一人だった。

だが婚活に奮闘しながら涙のラザニアや、しっくりくる土鍋ご飯など“女ひとり飯”をしていくうちに、人生も回り始めていき…。



昔憧れていた元同期からのお誘い。


賢人と麻布十番で再会して以降、私の心は浮かれていた。

あの日、深夜1時まで一緒に飲んだ後、連絡先を交換した私たち。しかしお礼のLINEを送ったものの、そこから何も進んでいない。

「年下だしなぁ。私のことなんて眼中にないのかもなぁ」

賢人からLINEが来ていないか、仕事中もついこまめに携帯をチェックしてしまう。年甲斐もなく乙女ちっくになっている自分に少し嫌気がさしていると、一通の通知が来た。

だが相手は、賢人ではなかった。

以前同じ会社におり、現在は独立して自分で会社を立ち上げた大輝だった。

—佳奈、久しぶり。元気?良ければ、今度ご飯行かない?

同期の中でも、大輝はダントツに仕事ができた。幼稚舎上がりの正統派のイケメンで、家柄も外見も良い。実は入社当時、密かに良いなと思っていた。

しかし当時からモテた大輝は、同じ大学卒のアナウンサーと交際中で、早々に諦めたせつない思い出がある。

5年前に彼が辞めてから会っていない。突然連絡がくるなんて、どういう風の吹き回しか分からないが、これはデートの誘いということなのだろうか。

私はすぐに返信を打って、二人で食事することになった。

こうして久しぶりに会った大輝は更にカッコよくなっており、人としての厚みが増していた。

しかしこのデートには、まさかのオチがついてきたのだ。


同期との再会で高まる期待。しかしまさかの展開が…

大輝が予約してくれたのは、青山の路地裏にある『ヒロヤ』だった。

知る人ぞ知るお店。お店選びのアプローチから、女心をちゃんとくすぐってくるのは、デート慣れしているモテる男のみがなせる技だろう。



「佳奈久しぶりだね!元気だった?というか、また綺麗になったんじゃない?」

5年ぶりに会う大輝は、鍛えていることが素人からしても分かるほど良い体格をしていた。褐色系の肌に、マイルドな笑顔。思わずクラッとなる。

「また適当なことを」
「いやいや、本当に。佳奈は昔から綺麗で仕事もできて、同期の中じゃ高嶺の花だったからなぁ」

サラリと平気で嬉しいことを言ってくれるのも、大輝の憎らしい所だ。そんなことを言われて喜ばない女はいないことを、彼は知っている。

「でも本当に、綺麗になったよ。なんか更にいい女感が増した気がする」

—百戦錬磨の男なんだろうなぁ。

元彼の恭平にも、賢人にもないこの“オス感”。モテる男が放つ独特の色気に、なんとか冷静さを保ちつつも、どこかで引き込まれそうになる自分もいる。

「佳奈、最近はどうなの?仕事は順調?」

グイグイと、私はいつの間にか大輝のペースに巻き込まれている。

「お陰様で仕事の方は、ね…大輝は?」
「うん、仕事は絶好調」

ワインを飲みながら、世間話に花を咲かす。だがさっきから、大輝の距離がちょっと近く感じるのは気のせいだろうか。

「俺さ、実はずっと佳奈のこと気になってて」
「え……!?嘘でしょ?」
「恭平と別れたんだよね?聞いたよ。アイツも大人しそうな顔して、ひどいよなぁ」

まさかの大輝の耳にも入っていたのか。(そして恭平は多分、“いい人”過ぎて、ルミちゃんからグイグイと迫られたら断りきれず、流されたのではないかと最近思う)。

返答に困っていると、大輝がこちらをまっすぐ見ている。

「あんな奴の事なんて忘れて、俺にしない?」

予想外の展開に、誰よりも驚いているのは私だ。

「ど、どうしたのよ突然」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど…ちょっと考えさせて。急すぎるよ」

そうは言いながらも、大輝だったら完璧だと思った。この男の胸に、飛び込んでみたい衝動に駆られていく。

でもそんな衝動を抑えつつ店を後にすると、大輝が手を繋いできた。東京の中心地のはずなのに、この道は暗くて、人通りもまばらだ。

「本当はこのままずっと一緒にいたいんだけどさ。でも明日、ゴルフで朝が早くて。ごめんな」

コクン、と頷く私を、大輝はそっと抱き寄せてくれた。

「今度、旅行でも行かない?温泉とか」
「温泉かぁ。いいね」

タクシーに乗り込んでも、大輝が最後にハグしてくれた温もりがまだ体内に残っている。火照る体が熱くて、私はタクシーの窓を全開にした。



だが翌朝。

心地良い幸せな気分に浸りながら、久しぶりにFacebookを開いてみた。するとそこで、衝撃的な投稿を見つけてしまったのだ。


—今日は娘の3歳の誕生日!パパが朝から張り切って 、お誕生日会の準備をしてくれています♡


彼の奥さんが投稿していた家族行事に、しっかりタグ付けされていたのは、他でもない。

昨日私を抱き寄せた、大輝だった。


まさかの既婚者だった男。落ち込んだ気持ちを立て直すには、アレしかない…!

西麻布交差点で見つけた大人な空間


その晩、私は西麻布の交差点に一人で立っていた。

自分を奮い立たせてくれるような、凛とした雰囲気の中で、美味しいワインと食事に思う存分浸りたい気分だったからだ。

そんな時に真っ先に思い浮かんだのが、西麻布交差点からすぐの所にある『GOBLIN NISHIAZABU』だった。

グラスワインの種類も非常に豊富で、料理もひとり分からオーダー可能なものが多くある。そんなひとり飯にぴったりのお店を、最近友人から教えてもらったのだ。

少し暗い、レンガ造りの階段を上がりガラス張りの扉を開けてみる。すると手前左側に広いカウンター席、右側には大きなワインセラー。そして奥の方には複数のテーブル席が見えた。



カウンター席には、感じの良い男女のカップルや、ひとりで来ている紳士風のお客さんが数人いる。

私もその中に混ざるように席に着き、少し背筋を正しながら今の気分に合うワインを聞いてみた。

「どんな感じのワインがお好きですか?グラスワインも、常時40種類以上揃えておりますので」
「グラスだけで40種類!?そんなにあるんですね!そうだなぁ。重すぎず、軽すぎないもので…」

お店の方に相談に乗ってもらいつつワインを決め、黒板にある本日のおすすめメニューで目についた一品を頼んでみた。

料理を待つ間、ワイングラスを持つ自分の右手薬指にはまっている、ハイブランドの指輪に思わず目がいってしまった。

30歳になった記念で、自分へのご褒美として頑張って買った、思い出の指輪だ。

でもいつになったら、左手の薬指に男性から貰える指輪がはまるのだろうか。

赤ワインを口に含む度に、大輝への怒りがどんどん膨らんでいく。

何だか、馬鹿にされたような気持ちになった。独身女の心の隙間にうまく入り込まれたようで、“どうせ寂しいんでしょ?”と言われた気がする。

でも一番悔しいのは、振り切れなかった自分がいることだ。

優しさに飢えていた私は、思わず大輝の甘い言葉にまんまと乗りそうになった。多分、以前の私だったらもっと毅然とした態度を取れていたはずなのに。

「悔しいなぁ…」

そんな様々な感情が交錯する中、今日も至極の一品に出会ってしまったのだ。


独身女性の心の隙をつく、既婚者の男。そしてアラサー女が出した答えとは!?

ほろ苦い大人の色気漂うホワイトアスパラガス


「うわぁ、綺麗!」

運ばれてきた「ホワイトアスパラと生ハムのソテー 卵ソース」を見て、思わず声が出てしまった。

ピンク、白、黄色の美しい3色のコントラスト。ナイフを入れると、繊維に沿ってスッと切れていった。

柔らかいホワイトアスパラガスからジュワッと溢れ出てくるのは、野菜本来のみずみずしい甘味。それと同時に、ほろ苦さもやってくる。

そこに生ハムの濃厚な塩味がプラスされるおかげで、優しさと力強さが共存している。

さらには、上に乗ったとろとろの卵の白身と、ドロっとした卵黄のソースが、まるで舞台に花を添えるかのように、最高の演出をしてくれるのだ。



「何だか、色っぽい一皿だなぁ」

子供の頃、この美味しさは理解できなかったかもしれない。

けれども、ホワイトアスバラガスの甘みの後に感じる絶妙な苦味がなければ、この一皿にここまでの色気は出ないだろう。

私は恋愛市場からしばらく遠ざかっていて、根本的なことを忘れていた。誘ってくる男が独身であるとは限らないし、世の中全員がシングルなわけはない。

既婚者でも何食わぬ顔をして誘ってくる男もいる。しかし残念ながら、既婚者や恋人がいる男にしか醸し出すことのできぬ余裕は、女からすると魅力的に見えてしまう時があるのだ。

大輝の行為を思い出すとやっぱり悔しいけれど、ほろ苦い経験は大人になれば誰しもがするものだ。そう思うと、段々心が軽くなってきた。

どんな経験でも、いつか笑い話にできる日が来る。

「話のネタが、一個増えたと思えばいいか」

ちょっぴり苦くて甘い、ホワイトアスパラガスを味わいながら、大人になるのも悪くない気がした。

とりあえず今夜は自分を思いっきり甘やかし、美味しい食事とお酒という誘惑に、心ゆくまで浸ろうと思った。


【今週の婚活ひとり飯】
店名:『GOBLIN NISHIAZABU』
料理:ホワイトアスパラと生ハムのソテー 卵ソース


〜これまでの婚活ひとり飯〜
1.涙のラザニア
2.出会いのジントニック
3.自信をくれた阿波牛のすき焼き仕立て
4.思い出弾けるスフレオムレツ
5.しっくりくる土鍋ご飯


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決意の焼肉