男性がひとりで外食するのは受け入れられているのに、未だに世間では、女性がひとりで外食するとなると敷居が高い。

しかし最近、女がひとりでも気軽に入れるハイセンスなお店が増えているのをご存知だろうか。

広告代理店に勤務する桜木佳奈(35)も、最初は「女性ひとりでご飯なんて」と躊躇している一人だった。

だが10歳年下の後輩・ルミに彼氏を取られ落ち込みつつ、涙のラザニアなど“女ひとり飯”をしていくうちに、賢人と出会う。既婚者に捕まりそうになったものの人生も回り始めていき…。



鮨屋のカウンターで女ふたり。


「ああ、最高。なんて幸せなんでしょう♡」

金曜夜20時。私は仕事を終え、同期の美奈子と鮨屋のカウンター席で目を輝かせていた。

ずっと前から予約をしており、楽しみにしていた本日のディナー。飲むと一人5万円はくだらないお店だが、私も美奈子も今日のために今週は外食を控えめにして、張り切っていた。

「本当に、こんな素敵なお店に来られるって最高だよね。しかし佳奈も色々大変だね〜。…お疲れ様」

美しい江戸切子のお猪口を、お互い目を合わせながら軽く上げて日本酒を一気に飲み干す。

「まぁね… 散々だわ。っていうか、美奈子もお疲れ様」

同期の中で一番親しい美奈子は、一連の流れをすべて知っている。しかし美奈子の方も昨年婚約破棄したばかりで、お互い共感できる部分があり、このお店の予約が取れた時に真っ先に連絡したのが美奈子だったのだ。

「人生色々あるよねぇ…ま、今日は飲みますか。それにしても、佳奈の鞄可愛いね。ヴァレクストラ?」
「そうそう!思い切って買っちゃった〜♡」

そんな女子トークに、花を咲かせようとした時だった。ガラガラっと音がして、店の扉が開く。そしてその瞬間に、お猪口が指から滑り落ちそうになった。

入ってきたのは、一番会いたくない、恭平とルミちゃんだったのだ。


鮨屋で遭遇した元カレと後輩女…。カウンターでの修羅場が、今始まる!

「あれ?先ぱ〜い♡」

笑顔でこちらに向かってヒラヒラと手を振るルミちゃん。対照的に、入り口で硬直状態になっている恭平。

私も美奈子も言葉を失い、どうすれば良いのかわからなくなる。

「か、佳奈…なんかごめん。俺ら、違う店に行かない?」
「ハァ?何言ってんの?せっかく今日予約が取れたんだし、ルミはどうしてもここのお鮨が食べたいの!」

慌てふためく恭平に対し、ルミちゃんは何の遠慮もなく店内に入ってくる。しかもよりによって、コの字型のカウンター席は10席しかないため、会話は全て丸聞こえだ。

「きょうちゃん♡ルミ、シャンパンが飲みたいなぁ♡」

—きょうちゃん…何だその呼び方は!?ってか、恭平、あんたシャンパン嫌いじゃなかったのかよ!?

私といる時は、一杯目は絶対にビールだった。でも、もうそんなことは関係ない。

「集中、集中」

そう唱えながら、目の前に出される素晴らしいお鮨に向き合おうとするものの、全く集中できない。ルミちゃんの甘ったるい声が店内に響き渡り、次々と会話が聞こえてくるのだ。

「きょうちゃんのご両親、素敵な人だったねぇ。ただ、お二人を見て思ったんだけど、田舎ってやっぱりデパートとかないのかしら?今度、お洋服でも買ってあげたら?」

いつもなら最高に美味しいと感じる、大好物のトロ。なのに、何の味もしない。



私も、恭平のご両親には会ったことがある。二人が熊本から東京に来る際には、いつも一緒に食事をしていた。

たしかに田舎出身で、洗練はされていないかもしれない。

けれども別れ際は必ず、 “こんな素敵な子が彼女で嬉しいわぁ。恭平をよろしくね”と言って、駅のホームで何度も振り返りながら手を振ってくれた。優しくて温厚な二人のことが、私は大好きだった。

自分の親ではないけれど、彼らを侮辱された気がしてものすごく悔しくて、そしてただただ悲しかった。

何にも話す気にもなれず、私と美奈子は静かに、黙々とお鮨を食べ続けた。

「お会計、貰おうか」
「そうだね」

それぞれ財布を出しカードで支払おうとすると、また横から、無駄に甘いルミちゃんの声が聞こえてくる。

「きょうちゃん、いつもご馳走してくれてありがとう♡」

私も美奈子も、カードを持つ手がプルプルと震えていた。



「あ〜もう、何なのよ!!本当に、何なんだ!!!」

翌日。朝早く起きてランニングをして汗をかいても、私の心は全く晴れない。

むしろ昨日の二人の姿が浮かんでは消えて、気分転換どころか、ただ苛立ちが募るだけだった。

赤坂の街はオフィス街のため、週末になるとガランとする。

しかもこんな日に限って素晴らしい晴天だ。朝から一人で走っている自分は、とんでもなく時間を無駄にしている気がして、なんだか泣きそうになる。

小一時間ほど走り、家に帰ってシャワーを浴びると、お腹がすいてきた。それと同時に、猛烈にお肉が食べたくなってきた。

「そうだ!今夜は、焼肉へ行こう」

一人で焼肉。しかもディナータイムとなるとハードルが高い。

けれども今はそんな事を言っている場合ではない。私はこの“焼肉欲”を満たすべく、とある場所へ向かった。


女ひとりでも余裕で楽しめる、絶品焼肉とは!?

決意の焼肉。


その晩、私は祐天寺駅に降り立った。

実は昔、祐天寺に住んでいた。新入社員時代に毎日必死で働いていたことや、恭平と行ったことのあるお店などを思い出し、心がツンと痛くなる。

だが今日の目的は、そんなセンチメンタルな気分に浸ることではない。

祐天寺駅から徒歩3分。私の目的は、ユニークな外観が目を引く『焼肉おおにし 祐天寺店』だった。




恵比寿西口すぐのところにも別の店舗があるが、祐天寺店は今年の1月にオープンしたばかり。

思っていたより広い店内には、カウンター席とテーブル席があり、私は迷わずカウンター席に座ってゆっくりとメニューを眺める。

このお店の何よりも良いところは、“お一人様大歓迎”だということ。

「ひとり焼肉」と謳っているように、メニューも赤身、ホルモン、特選などのハーフサイズがある。

それゆえ、“ひとり飯”初心者でも、ハードルの高いひとり焼肉を気兼ねなく楽しめるお店なのだ。

ビールを飲んで料理を待っている間、先日鮨屋で遭遇したルミちゃんのことを不意に思い出す。

彼女は、会計時に地蔵のように動かず、ただ可愛らしく微笑んでいた。

—いつもご馳走してくれてありがとう♡

そう言えば、恭平がご馳走してくれようとしても、私は“悪いからいいよ”と言ってつい払っていた。

恭平は同期だし、払わせるのは申し訳ない。けれども問題は、私が “奢られ慣れていない女”ということなのだろう。

「ハァ…私って可愛げがないんだろうなぁ」

愛されたいけれど、こちらも同じくらい相手に愛情を注ぎたいと思う。どちらか一方の負担が大きいのは耐えられない。

私は、そんな可愛げのない女だ。

ブツブツと嘆いていると、注文していたお肉が続々と運ばれてくる。そして、ここで私はまた目覚めてしまったのだ。

“最高のひとり焼肉”に。



「お、美味しい…」

ごま油との相性が抜群のプリップリのハツは、歯ごたえがしっかりしていて、噛めば噛むほど肉の甘みが口の中で溶けていく。

タンは、もっちりとした厚切りなのだが、この抜群の厚みのお陰で、タン独自のコリコリの食感とジューシーさを一度に味わえる。

そしてトドメのハラミを網の上に乗せると、ジュウジュウと音を立てながら、肉汁が滴り落ちていく。それと同時に表面がジュワッと焦げ始め、炎が上がった。

しずる感満載のビジュアルは見ているだけでも生唾ものだが、表面にカリッと焼き目がついたところで、お店自慢の少し濃い味のタレにつけ、口の中に入れてみる。

上質なハラミの証ともいえる、美しいサシ。適度な脂身は重たすぎず、コクと旨味がしっかりと堪能できる。

「あぁ、美味しい!やっぱり、焼肉って最高だわ」

自由に思う存分楽しんで食べているうちに、自然と元気になってきた。

別に、男性から奢られなくっていい。

だって自分で頑張って働いて稼いで、好きな物を自由に食べられるって最高に幸せだから。

「あれ?…とは言えルミちゃんも同じ会社で働いているから、同じ境遇のはずだけどなぁ」

思わず、一人で笑ってしまう。でも、生き方は人それぞれ。不器用でも、一生懸命生きている自分をたまには褒めてあげようと思う。

「賢人に、連絡でもしてみようかな」

不器用に生きてきた、35歳。

恋愛に対しても臆病だし、何をどう進めれば良いのかもはや迷宮入りしている。けれども、焼肉を夢中になって食べているうちに私はこう思った。

美味しいものは美味しい。とても、シンプルだ。人生だって同じように、分かりやすくたっていいから、素直に生きようと思う。

「よし!失うものなんて何もないんだから、自分の心に正直に生きよう!」

左手にトング、右手にビールを抱え、自分自身に宣誓する。そして、賢人にLINEを送った。

—佳奈:来週土曜、どこかで飲みませんか?

意外にもすぐに既読になり、返信が来た。そして私はその返信を見て、ほっこりした気持ちになったのだ。


—賢人:僕も連絡しようと思っていたところでした。いいね、楽しみ。



【今週の婚活ひとり飯】

店名:『焼肉おおにし 祐天寺店』
料理:焼肉

〜これまでの婚活ひとり飯〜
1.涙のラザニア
2.出会いのジントニック
3.自信をくれた阿波牛のすき焼き仕立て
4.思い出弾けるスフレオムレツ
5.しっくりくる土鍋ご飯
6.オトナの色気漂うホワイトアスパラ


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楽しみにしていた賢人とのデートの前に、現実を突きつけられた女