街を歩けば思わず振り返ってしまう。だけど目が合えば、逸らしてしまいたくなる。

誰もが羨望の眼差しを向ける、美しい人。…しかし、美女には美女にしかない悩みがあるのだ。

「人生の勝ち組」だと囁かれ続け、早29年の奈津子もそのひとり。

―誰も本当の私なんて知ろうともしない。

これは、そんな美女と美女に恋した二人の男の物語。

◆これまでのあらすじ

努力の甲斐あってついに営業成績トップになった奈津子。しかし、後輩に「顔が良いから」と言われショックを受けていた。そして2回目の映画会の日がやって来て…。



「山本さん、ですよね?お久しぶりです。…映画会、2人きりになっちゃいましたね」

仕事終わり、恵比寿の『チャイニーズダイニング方哉』へ向かうと、克弘はメニューをめくりながら奈津子を待っていた。奈津子に気付くと慌てて腰をあげ、ぎこちない笑顔で会釈する。

「お久しぶりです。まさかこんなにキャンセルが出るなんて」

もともと6人で開催されるはずだった今夜の映画会は、ひとり、またひとりとキャンセルの連絡が届き、昨夜にはついに幹事からも不参加の連絡が届いていた。

―あ、山本さんって…前回の映画会で、私のことチラチラ見てた人かも。

今日の映画会に来るまで“山本克弘”という名前にピンときていなかったが、あらためて克弘の顔を見て、ようやく思い出した。

小さな目とは対照的に、大きくて不格好な鼻梁。浅黒い肌には、まだ3月だというのに汗がにじんでいる。

「ま、まぁ。よくあるんですよね、ドタキャンも映画会の文化のひとつなので…」

相変わらず個性的な顔だな…と思いながら、ぼんやり克弘の顔を眺めていると、所在なさげにおしぼりを丸めていた克洋が、照れたようにつぶやいた。

「そうなんですね。自由な空気感、私は好きです」

奈津子はにっこり微笑みながらそう言ったが、そのことをすぐ後悔することになる。


奈津子が後悔したワケとは…?

本当に一瞬だったが「好きです」と奈津子が発した瞬間、克弘の目が揺れたのがわかった。その目は明らかに、奈津子のことを“可愛い”と認識した男の目だったのだ。

―好きになられないよう、気をつけないと。

奈津子はほとんど無意識に、そう思った。

自分は意識していなくても、いつの間にか友人関係を超えてこられる。奈津子がこれまでに何度も経験してきたことだ。

“あくまで私はあなたに興味ありません、友達です”というパフォーマンスを、嫌味なく、でもしっかりしなければならない。

あとから悪者扱いされ、傷つくのは奈津子なのだ。



しかし、最初こそ克弘の視線が気になっていた奈津子も、気付けば課題映画の話に夢中になっていた。

「そうそう!あのレッドのナレーションが何とも言えない重さというか…凄惨さを感じるんです。胸がギュッと苦しくなって…」

「わかります。昔はナレーションなんて意識してなかったのに。改めて見直すと“ショーシャンクの空に”って、しっかり作り込まれているんだなって思いますよね」

―あれ…?山本さんと私、かなり気が合うかも。

「サケとイクラの炒飯」を口に運びながら、ふと思う。するとハイボールを飲み干した克弘が、静かに切り出した。

「最初はこんな美人さんと2人きりで、どうしようかと思っていたけど…三条さんとは趣味が合うのか、楽しいです」

まさに今、克弘とまったく同じことを考えていたとは言えなかった。だって“好きになられては困る”のだから。

「あ、そうですかね?私も、映画会の“みなさん”とは趣味が合うなぁって思ってたんですよ〜!」

慌てて放った言葉に、克弘が肩を落としたのを、奈津子は見逃さなかった。すかさず話題を変えようと、口を開く。

「…この炒飯、すっごい美味しいですよ!」

「そういえばここの料理、化学調味料を使ってないんだって。自然な味と辛さがいいですよね」

「全然知らなかった!私、ビオワインとか大好きで。“自然派”ってワードに惹かれるんです」

「僕もビオワイン好きですよ。ちょうどこの近くに、ビオワインをたくさん置いてる知り合いのワインバーがあって…」

克弘は空のグラスを見つめながら、急に黙りこむ。

「えっと…。すぐ近くなので、これから、行ってみませんか?」


克弘のお誘いに、奈津子は…?

―よかった、ギリギリ間に合った…。

あのあと、ビオワインを飲みに行こうという克弘の誘いを断り切れず「一杯だけなら…」と着いて行った奈津子だったが、2軒目も予想以上に盛り上がり、ついつい飲み過ぎてしまったのだ。

新宿行きの最終電車に飛び乗り、ホッとため息をつく。

―久しぶりに、気の合う男友達が見つかったかも。

3月の夜風に吹かれて、少しだけ冷えた指先をあたためながら、克弘との会話を思い返す。すると冷えた体とは反対に、胸の中がほわっと暖かくなるのがわかった。

と同時に、ひとつの不安が奈津子の喜びを押さえつける。

ずっと友達でいたい。絶対、好きにならないでほしい。

確かに克弘とは気も合うし、趣味も同じだ。食やお酒の好みまで似通っていて、付き合ったらさぞ楽しいだろう。

…でもやっぱり、どうしてもあの顔には惹かれない。

克弘のことを思い出せば思い出すほど、奈津子はそう強く感じてしまうのだった。





「はじめまして。三条と申します」

休み明けの月曜日、奈津子は仕事を16時で切り上げ、品川プリンスホテルで開催されている異業種交流会に参加していた。

―あぁ、退屈。早く帰りたい…。

交流会とは言うものの、実際はただの立食パーティー。始まってたった数十分で、奈津子はすっかり飽きてしまっていた。

「あ、僕の銀行、三条さんの会社のメインバンクですね」

機械的に名刺交換をしていると、池田真人(まさと)と名乗る男性が、奈津子の会社名を見て話しかけてきた。

「そうですよね、いつもお世話になっています」

そう社交辞令的に返事をしながら、ふと背の高い真人を見上げて、奈津子はハッと息をのむ。

そこに立っていたのは、驚くほど端正な目鼻立ちをした男性だったからだ。

それだけで育ちの良さをうかがわせるような、まっすぐに伸びた鼻筋。熟れて色っぽい唇からのぞく、白い歯。長いまつ毛にふちどられた黒目がちの瞳に見とれていると、目の前の真人がグイッと一歩、奈津子との距離をつめた。

「…こんな交流会、早く終わらせて帰りたいですよね」

「えっ?」

「って、三条さんの顔にかいてありますよ」

初対面なのに、ここまでグイグイ距離を縮めてこられると、さすがの奈津子もひるんでしまう。すると真人は、奈津子の持っていた名刺を指さした。

「名刺の裏。見てみてください」

真人の名刺を、恐る恐る裏返す。するとそこには、丁寧な字でLINEのIDが書きこまれていたのだった。


▶︎NEXT:4月6日 月曜更新予定
声をかけてきた真人と、意外な展開に…?