「収録、お疲れさま!」

挨拶は笑顔でする。でも本当は、同期のことを“仲間”だとは思っていない。

…むしろ、疎ましい“敵”だと思っている。

狭き門を突破した、テレビ局のアナウンサー。そこは華やかに見えて熾烈な世界。

“フレネミー”な関係性が蔓延する、女子アナの裏側とは…?



「はい、みんな一旦聞いて!『ランチワイドショー』の特集コーナーですが…入社2年目の野々村アナに担当してもらうことになりました!」

キー局のアナウンス室中に響く大きな声で、局長が告げる。

その瞬間、フロアにいたアナウンサーたちの視線が一斉に、野々村葵へと注がれた。

「本当に光栄です!がんばります!!」

局長の横で眩しいほどの笑顔を浮かべながら、葵は心の中でガッツポーズを決める。

―やった。看板アナへの大きな一歩だ…!

このテレビ局では“期待の新人アナが、昼の帯番組で特集コーナーを担当する”という決まりがある。

慶應を卒業し、念願叶って女子アナの称号を手に入れた葵には、このチャンスを絶対に逃したくない理由があった。

―女子アナになれても、注目されずに歳を取り、なんとなく結婚して退社する人だっている。私はそんなの、満足できない。

まずは、局でいちばんのアナウンサーになる。そしていつかは、アナウンサー界でいちばん注目される人になる。だからこの席は、なんとしても手に入れたかったのだ。

…それに、なにより。“あの子”に譲るのだけは耐えられなかった。

「野々村、おめでとう。困ったら頼ってくれていいからな」

葵を激励する先輩アナウンサーにニコリと微笑みかけていると、視界の片隅で、ジッと葵を見つめる人物の姿に気が付いた。


葵を見つめていた人物とは…?

神田エリサ。葵と同期入社の、新人アナウンサー。そして葵がいま、もっとも負けたくない人。

栗色のストレートヘアに、はっきりとした目鼻立ち。日本人離れした造りの顔。その顔が、思わず笑ってしまいそうになるほどハッキリと曇った。

―こういう瞬間って、いちばん気分がいい。だって、ずっと比べられてきたんだから。

葵とエリサが出会ったのは、大学2年生の頃だった。

アナウンサーを目指す女子大生たちがこぞって通う、アナウンススクールでのこと。

「はじめまして。よろしくね!」

屈託のない笑顔で挨拶をする女子大生たち。その中でも2人は、ひときわ目立っていた。

「あの子たちは、キー局決まるんじゃない?」

スクール内での、嫉妬と羨望の混じった視線。それを2人はずっと浴びてきた。だからこそ、いつも意識しあってきたのだ。

就活が終われば会うこともないだろうと、特に仲良くする気は起きなかった。むしろお互いに「就活、失敗してくれればいいな」と強く思っていた。

だけどまさか、同期になるなんて。



葵とエリサが新人アナとしてデビューをして、10か月が経つ頃。

短いニュース番組への出演やナレーションの仕事が主で、まだ目立った活躍のないエリサ。一方の葵は、看板番組『ランチワイドショー』のアナウンサーとして活躍していた。

「はい、CMはいりまーす!」

『ランチワイドショー』の放送中。その掛け声と共に、スタッフが小走りで葵のもとへ駆け寄ってきた。

「野々村さん、あの…好感度ランキングの速報、伝えたらいいんじゃないかって話になってて」

「あ、もう出たんですね!」

今日は、大手ニュースサイトが毎年発表する「女性アナウンサー好感度ランキング」の発表日なのだ。

好感度がものを言う世界。「世間の声なんて気にするな」と言う人もいるだろうけど、やはりアナウンサーたちには無視できないランキングなのである。

「ちなみに私って、何位でした?」

「あの…9位です」

―え、ウソでしょ?先輩たちが新人の頃は、みんな5位以内にランクインしてたはずじゃない。

「あ、CM明けまで10秒前です!」

「ちょ、ちょっと!」


容赦なくカメラはまわりだす。果たして、葵は…?

「さて、今日の特集は話題のキッチン便利グッズですが…その前に、なんと、わたくし野々村葵が『新人女性アナウンサー好感度ランキング』にランクインしたとの速報が入りました」

震える手を握りしめ、混乱する頭で出されたカンペを淡々と読みあげる。MCが「え、何位だったの?」と煽る声が、遠く聞こえた。

―あ〜あ。やっぱり9位なのか。イヤだ。

スタッフがめくったカンペには、何度確認しても“9位”と書かれている。

「…んん〜言わなきゃだめですか?」

それでもいまは、生放送中だ。平静を装い“猫なで声でMCを見つめる”というお決まりのパターンを繰り出す。

するとMCは「え〜じゃあ言わなくてもいいよぉ」とわざとらしく返し、それに女芸人がツッコんだ。

「いや、カンペに9位だって書いてあるじゃん!…野々村アナ、男ウケばっか狙って性格悪そう。絶対に女友達いないと思います、だってよ」

悲しいでも悔しいでもない、生々しい焦りが込み上げてくる。

「うわ、同期の神田エリサアナは10位?ふたりとも、順位低いな〜!」

MCが興奮した声で叫んだ瞬間、スタジオが急にざわついた。

―え、エリサとほとんど一緒…?

葵は咄嗟に、甘えたような声でMCに泣きつく。

「何これ…どうすればいいですかぁ〜」

「分かった!神田アナと同居でもしたら?女同士でも上手くやれるって世間に見せられるし、あんまりない形だから話題にもなるよ。いいじゃん、決まり決まり」



収録後。

楽屋に戻った葵は、鏡に映る自身の姿を見つめながら、ため息をついていた。

―私、いつの間にか男ウケ重視の甘えん坊キャラになってた。新人だし、その方がやりやすかったけど…もしかしてこのキャラ、損してる?

「神田アナと同居でもしたら?」放送中にMCが何気なく放った、あの言葉がリフレインする。

こうなったらもう、ピンチをチャンスに変えるしかない。

葵は椅子からスッと立ち上がると、マノロのヒールをカツカツと鳴らしながら、アナウンス室へと走った。



「久しぶり」

楽屋を飛び出した葵は、迷うことなくエリサのデスクに向かった。

「久しぶりって、おかしいでしょ」

「オンエア以外で話すのって、久しぶりじゃない?」

口元はかろうじてニコリと微笑んでいるが、エリサを見つめる葵の眼差しは冷たい。

「何?」

エリサも眉ひとつ動かさず、葵を見つめる。

「話題になると思うの。エリサのためにもなるし」

「…え?なんのこと?」

「いいから。さっきの『ランチワイドショー』の私のコーナー、確認して」


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