女子高、ママ友社会、看護師やCAなどの女性が多い職場。「女の世界」となると、多くの人はあるイメージを抱く。

—女の敵は女。

この物語は、化粧品メーカーに勤務する主人公が奮闘するストーリーを通じて、「女社会の実情」を描いたものである。

ここは、女たちがスペックを振りかざす孤軍奮闘のマウンティング社会でしかないのか?それとも…。

◆これまでのあらすじ

大手化粧品メーカーの営業部門から、女たちが集う開発部門へと異動となった彩乃。

上司たちから洗礼を受けながら、「華麗なる女社会」故に得られる価値観が彩乃を成長させる。

大学の同級生である隆史と再会した彩乃は、彼と話すたびに誠実な人柄に惹かれていって…。



「恋コスメ 2020」。

彩乃は、スマホの検索画面にそんな言葉を打ち込んだ。

1番上に出てきたまとめ記事をクリックすると、目に飛び込んできたのは、「元祖コスメは婚活リップ!」という文字だった。

―相変わらず根強い人気なのね…。1本買ってみようかしら。

それは、「婚活リップ」として知られる外資系コスメブランドの口紅だ。01番は、彩乃が社会人となった頃から人気の色番である。

―よし、次のデートにはこれをつけていこう…!

週末、隆史とデートの約束をしている。

6月中旬。梅雨入りしたものの、週末は晴れの予報が出ているから、ドライブデートをしようと彼に誘われたのだ。休日に約束をして一緒に過ごすのは、これで3回目だった。

3回目。デートの法則や恋愛の法則でまことしやかに囁かれるのが、3回目は重要だということ。3回目のデートで告白されるとか、付き合うベストタイミングだという声はよく聞く。

事実、彩乃の周りでも、この法則にならったカップルは多い。意識していないつもりでも、やはり心のどこかで期待してしまう自分がいる。

恋コスメは、そういう時の「お守りコスメ」としても支持が高い。

きっと上手くいくはず。そう信じて彩乃は、オンラインサイトから01番の口紅を購入した。


迎えたデート当日、果たして彩乃の祈りは届くのか…?

迎えた日曜日は、梅雨の晴れ間といった言葉がぴったりの、まさにドライブ日和となった。

01番の口紅をつけて、この日のために買ったワンピースを着る。彩乃は、わくわくする気持ちを抑えることが出来なかった。

「おはよう。行こうか」

彩乃の家の前まで隆史が迎えに来てくれたのちに、車はお台場方面に向かって走りだす。

前回会った際には、隆史に仕事の悩みを相談したが、この日はお互い、最近はまっているNetflixのドラマや、夏の予定といったたわいもない会話が続く。

―本当は隆史君と付き合えて、夏には一緒に旅行なんていけたら最高なんだけど…

そんなことを考えながらドライブを楽しんでいると、レインボーブリッジが見えてきた。

「今日、お天気良くて本当によかったね」

窓の外には、良く晴れた空と東京湾。彩乃は思わず声を弾ませた。



「日比さんが嬉しそうにしてくれてよかった。一緒にドライブできて、俺も嬉しい」

隆史にそう言われて、彩乃の中でも期待値が高まる。気を抜くと、告白された場合の返事をあれこれ考えだす自分がいて、あわてて妄想にストップをかけた。

「ここ、来てみたかったんだ」

ランチは彩乃のリクエストで、東京湾が一望できるイタリアンに行くことにした。美しい景色と美味しい料理を前に会話もはずむ。

「いつも思うんだけれど、日比さんといると本当に時間があっという間なんだよね」

「私も…!」

彩乃が頷くと、隆史が急にまじめな顔をして、見つめてくる。

「日比さん…ずっと思っていたんだけれど」

彼の視線に、期待と共に彩乃の緊張がピークに達した、その時である。

「…体調、大丈夫?今日はいつもと違って、唇の色が薄くて色がないように見えるんだけど、どこか具合悪い?朝からずっとだから、もしかして無理して今日来てくれたのかなと思って」

―…え?

凡そ予想していたものとは違う隆史からの言葉に、何と答えたらよいか戸惑いを隠せない。

―体調?まさか唇の色って…!口紅が、いつもの赤と違ってコーラルピンクだから…?

彩乃は慌てて説明する。

「全然!!今日隆史君と会えるの楽しみにしていたし、全く体調悪くないよ。唇の色はリップかな。前にあった時よりかなり薄めだから、色がないように見えたのかも。気を使わせちゃってごめんね」

すると、隆史はほっとしたような顔をした。

「そうだったんだ。俺、お化粧のこと何にも分からなくて…、ごめん、勘違いしてた」

彩乃は、これでもかというぐらい首を横に振る。しかし、なんともいえない気まずい空気がその場に漂っていた。

「明日からお互いまた仕事だから、この後お台場海浜公園でも寄って、今日は遅くなる前に帰ろうか。また遊ぼう」

こうして、この日のデートはお開きとなった。

彩乃が期待していたような告白も、その後の展開も、何もないまま終わってしまったのだ。


婚活リップの何がいけないの?

自宅のマンションに帰るなり、彩乃はベッドに倒れこんだ。

―色や服の失敗はあることだけど、何もデートの日だなんて…。ましてや婚活リップなのに…。

がっくりと肩を落としながらも、お風呂に入った後で、お気に入りのジョーマローンのボディクリームで足をマッサージする。

好きな香りに包まれながらベッドに入ると、いつのまにか眠ってしまっていた。



翌日会社に出社したが、これまでにないくらい落ち込んだ雰囲気を醸し出していたのだろう。桜子から驚いた顔で声をかけられてしまった。

「日比さん!?どうしたの?顔色悪いわよ!」

昨日は本当に体調など悪くなかったのだが、今日は昨日のことを引きずっているのか心が痛い。

「桜子さん、業務とは関係ないのですが…」

意を決して、昨日のことを桜子に相談してみることにした。いつも桜子の言葉の奥には、強いメッセージがあることに彩乃は気付いていたのだ。

黙って彩乃の話を一通り聞き終えた桜子は、次の瞬間にこう言った。



「今からそのリップの01番、私の前で塗ってみて。あと昨日のアイシャドウ含めてメイクを再現してみて」

彩乃は言われるがままに、昨日のメイクを思い出して再現する。その様子をじっと見つめていた桜子は「やっぱりね」と呟いて、呆れた表情を浮かべた。

「それ、婚活リップで名高いようだけれど、あなたにその色は合ってないわね。その白い肌を引き立たせるどころか、あなたには黄色みが強すぎて肌をくすませちゃっているわ」

「えっ」

「そして、アイシャドウ。ダークカラーで締めすぎて古臭い印象ね。最近のトレンドは抜け感よ。20Sトレンド色のオレンジっぽい色をアイホール中間までぼかしながら入れて。顔の印象全体が明るくなるわ」

桜子はてきぱきと手を動かし、早口で続ける。

「それから、せっかくの白い陶器肌が赤みで台無しね。グリーンのコントロールカラーベースを使って、顔全体から余分な色を落とすの」

桜子は瞬く間に、彩乃の顔を変えてみせた。

鏡をのぞき込むと、そこには彩乃の良いところを生かしつつ、程よくトレンドをミックスさせた垢抜けた印象の自分がいた。

「…すごい」

思わず声が出た彩乃に、桜子はぴしゃりと告げた。

「みんなが良いと言っているものをただ真似するだけでは、及第点レベルの結果にしかならないわよ。自分の弱みと強みを見極めて、自分に合う最適解を見つけなさい。化粧品に限らず、運命は自分の力でつかむものだから」

「はい…!」

ちょうどその時、彩乃のLINEに、隆史からのメッセージが届いた。

『突然ごめんね。今週金曜の夜、19時以降空いていたりしない?』

先週、チーム全体での大きな会議を終えたため、今週は余裕がある。華金だが、特に予定があるわけでもない。彩乃は早速返信を打つ。

『うん、大丈夫。空いてるよ!』

すると隆史からもすぐに返事があり、金曜19時に会うことになった。


桜子によって、またひとつ学びを得た彩乃。そして、この恋の行方は…?

迎えた金曜夜。18:50分頃に彩乃が指定されたレストランに到着すると、既に隆史が入り口で待っていた。

「来てくれてありがとう。今日は久しぶりに早く帰れることになって。だから日比さんに会いたかったんだ」

隆史はそう言いながら、彩乃をエスコートする。着いた先は東京タワー近くのレストラン。

目の前に広がる東京タワー、眩いばかりの光を放つビル群。思わずうっとりと見とれてしまう。

2人で乾杯をし、運ばれてくるメインディッシュを楽しんだ後、隆史が突然言った。

「今日日比さんを呼んだのは、きちんと伝えたくて。出会ってから、自分の好きな仕事で輝いている日比さんにどんどん惹かれていたんだ」

そして彼は、花束を取り出す。

「俺、こういうの慣れていなくて恥ずかしいんだけど、よかったら付き合ってください」

彩乃は、この時をずっと待っていた。嬉しさを噛み締めながら、笑顔で返事をした。

「もちろん。私も異動してきて不安ばかりな毎日だったけれど、隆史君と会って話をするたびに、励まされていたの。これからよろしくお願いします…!」



「今日、なんだか雰囲気違うね。一段と綺麗になってる。実はこの間ドライブした時に告白しようと思っていたんだけれど…口紅事件で、俺の勘違いで台無しにしちゃって…」

「口紅事件…忘れられないわ」

そう言って2人は、笑いあう。

彩乃にとってあの恋コスメは、隆史との距離をぐっと縮めてくれるアイテムとなったのだ。

好きな人と恋人になれた幸せ。久しく感じていなかった気持ちを噛み締めながら、彩乃は輝く夜景を見つめていた。


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大学時代の同級生との恋が実った彩乃。そんな時、母校を通じてとある後輩からOG訪問をしたいとの連絡が来て…?