ー婚活の邪魔をするモノー

それは、好きになってはいけない人に、心惹かれてしまう自分そのものだ。

そして、自分を納得させるために、人は自分に嘘をつく。

女と男の、4話完結のショートストーリー集。

1話〜4話は『片想い』、5話〜8話は『運命の人』、9話〜12話は『曖昧な関係』をお送りした。

13話〜16話は『踏み出せない恋』。

◆これまでのあらすじ

2019年4月。絶賛婚活中にも関わらず、痛い目に合うことは明らかであろう大倉雅人(36)を好きになってしまった林優希(31)。結婚に適した男を探そうと、食事会などに参加するも中々うまくいかず…。そんな時に再度大倉からアプローチされる。



恋の悩みというものは、いくつになっても、どんな状況になっても、尽きないものらしい。

大倉に口説き落とされた日から、それまで必死にセーブしていた彼への気持ちが溢れ出てくるようになった。

自分に嘘をつくことをやめることで、どこか気持ちが楽になる一方、誰かに取られないか、本当に私のことを好きでいてくれるか、なんていう新たな不安も押し寄せてくる。

それでも、彼と良好な関係を築けている今、無理やり自分の気持ちを押し殺していた時よりも間違いなく幸福感に満たされている。

「林さん、先方とのアポイント、13時からだったよね?」

「あ、はい。大倉さんも一緒に行かれますか?」

「うん、そうだね。大事なお客さんだし、挨拶しておきたくて」

「承知しました」

社内で、私と大倉が親しくしていることを知る者は誰もいない。2人だけの秘密を共有している共犯者にも似た感覚に、ゾクゾクしてしまう。

1番楽しいと言われる恋愛の初期。

そんな日々を謳歌していた、ある日のことだった。とある違和感を覚え始めたのは…。


優希が大倉に心を許し、親しくし始めた矢先…

大倉とは週に2度ほど食事に行っていたし、週末にデートをすることもあった。

「付き合おう」という言葉があったわけではないけど、大倉からの好意はひしひしと伝わってきていた。

彼の私を見る優しい目、細やかな気づかい、マメな連絡。私は付け焼き刃の言葉より、そんな彼の行動を信じようと思っていた。

私たちはれっきとした恋人同士。そう思っていたのだが…。

「雅人さん、最近気になってるイタリアンがあってね、見てここ」

食事をしていたある日、初めて下の名前で彼を呼んでみたときのとこと。

「今まで通り、苗字で呼び合おう。会社で下の名前で呼んじゃったら困るから」

大倉は、そう言ってきた。

確かに一理ある。でも、カップルが苗字で呼び合うなんて、なんだか寂しい…。

そんな違和感と寂しさを覚えつつも、仕事にストイックな彼はどんな些細なリスクも避けたいのだろうと、この時は前向きに捉えていた。

しかし、人間の感覚や直感というものは、なかなか優れたセンサーらしい。この時感じた違和感は正しかったと、ある事件によって判明することとなる。



「大倉さん、最近彼女できたっぽいね」
「あ、その噂私も聞いた!なんか最近、随分機嫌いいもんね」

女子トイレで化粧を直しながら、社内ゴシップに花を咲かせる女性社員たち。自分のことが噂されていても、大倉との噂話だと何故だか得意な気分になってしまう。

「なんかすっごい美人らしいね」
「元モデルだってね、さすがだよね〜大倉さん」

噂話というのは尾ひれがつくものだ。それにしても、モデルは経験したことがないし、そんなに美人と囃し立てられてしまっては、彼女が私とバレたらちょっと立場がなくなってしまう。

「あ、そうそう。この人!大倉さんの彼女のインスタ」
「え〜、超美人。フォロワー1万人超えてるじゃん!」

そう言って、1人がスマホを取り出したところで、夢から覚めたような、冷や水を浴びせられたような感覚に陥った。

…私、インスタやってない。…嘘、だよね?

だれかが私の写真で勝手にアカウント作ってるとか?もしくは、別の大倉さんの話をしてる?それか、その噂自体がデマだったとか、だよね?そうだよね?

他人事なら、すぐさま事態を呑み込めただろう。しかし、自分のこととなると、都合の良い妄想が猛スピードで頭をかけめぐる。それが現実的にありえない話だったとしても。

とっくに化粧直しを終えているにも関わらず、その場から動けなくなり無駄に化粧を重ねていく。

確かに、ここ数週間デートしていない。でも、仕事が忙しいのは、一緒に働いているからわかってる。

…だけど、確かに週末も会えないのは不自然だ。LINEの返信も遅いような気がする。

徐々に血の気が引いていく。

「でも、大倉さん遊び人だから、彼女も大変そうだね」
「たしかに」

そういって去っていく同僚を見届け、鏡にうつるケバケバしい自分を見て、ため息が漏れる。

―何やってるんだ、私。


大倉に遊ばれているかもと疑った優希がとった行動とは…?2人の行く末は

私は普段しつこい女にならないよう、積極的に自分からは連絡をしない方なのだが、このときばかりは、得体のしれない怒りのような感情に突き動かされ、ほとんど無意識で大倉にLINEしていた。

優希:今夜、軽くご飯いけますか?
雅人:おう、行こうか。

なんとか気持ちをクールダウンさせながら終業時間までやり過ごした。そして、急ぎの案件が入ったという大倉より一足先に、近くのイタリアンで赤ワインを一人静かに飲みながら、彼に何をどう話そうか考えながら待っていた。

19時半、呑気なご様子で、彼はやってきた。

「お待たせ〜。いや〜まいっちゃったよ。急にクレームはいっちゃってさ。この後も戻らなくちゃならなくて」

その姿に、私はなぜだか緊張してしまう。この空気を今から壊さなくてはいけないからだろうか。

初めて自分から、真剣に大倉に想いを伝える瞬間。

「彼女…いるんですか?大倉さん」
「え?」
「…」

炎が見え隠れする私の表情を見て、大倉はことを察したようだった。さきほどのリラックスした表情が一変、観念したように話し始めた。

「悪い。社内で僕に彼女ができたという噂が回っていることは知っている。それが林さんじゃないということも。どこでそんな話が漏れ出るのか不思議だよな」

「質問に答えてください。その噂は本当なんですか?」

「いやいや、別に、その女性も彼女ってわけじゃないよ!本当に、けど、まあ、食事に行ったことはあるけど。なんていうか、まあ親しくはしてるけど、うん。ごめんね、勘違いさせちゃったみたいなら。僕が悪かった、謝るよ。本当ごめん」

「私は、大倉さんの何なんですか?」

「そうだよな…あ、ごめん。ちょっとまた戻らなくちゃいけなくて、ごめん。また埋め合わせさせて!」

なんともいえないタイミングで鳴ったスマホとともに、大倉はすぐさまその場を後にしてしまった。

―勘違いさせちゃったみたいなら…。

覚悟して彼に挑んだつもりなのに、この試合に負けたのか勝ったのわからぬまま、その言葉だけが、その場でずっと響いているような気がした。



「乾杯、お誕生日おめでとう」

あれから半年が過ぎ、私は今日で32歳になる。



「ありがとう、雅人さん」

隣には、お祝いしてくれる大倉がいる。そう、私は晴れて正式な彼女となったのだ。まさに、雨降って地固まる。

もちろん、私の心が完全に晴れたわけではない。だって、彼には未だに結婚願望がないから。

彼に初めて会ったとき、『この男に恋をしたら痛い目を見る』と私は直感的に感じたはず。それでも、私は彼の胸に飛び込んだのだ。自分の意思で。

時折、見えない未来に不安を感じることもあるけど、それはそんな私の行動に対する報いなのだろう。

―でも。

私はどうしても、自分の“好き”という気持ちに、嘘をつくことができなかった。だって、大倉と過ごしている「今」は、間違いなく幸せだから。

一目惚れした男にアプローチされ、愛をはぐくむ。人生で、そう何度と経験することのできない蜜月のひととき。

どんな結末になろうと、大倉と過ごしているこの時間は、私にとって宝物なのだ。

それに、未来は誰にもわからない。ほんの僅かな期待をもちながら、私はこれからも彼との時間を重ねていく。

Fin.