26歳、アラサーの仲間入り。周囲では申し合わせたように突然、第一次結婚ラッシュが訪れはじめる。

しかし当然、その波に乗り切れない者だって多くいるのだ。

結婚するのに早すぎる歳ではないが、言ってもまだ20代。微妙な年齢であるがゆえの「もっとイイ男がいるかも…」という、悪魔の囁きに翻弄される女たち。

主人公・杏里も、なんとしてでも結婚ラッシュに乗りたいと思うものの、なかなか決断ができず、現れる男とはことごとくうまくいかない。

そんな杏里の四人目の「元カレ」とは…?

◆これまでのあらすじ

2018年秋、杏里は、取引先の会社の社長・佐々木五郎と付き合うことになったが、佐々木には結婚したばかりの相手がいた。その不誠実さにショックを受け、二度と会わないと決めたのだった。



元カレ4:佐藤リョウ、28歳。会社員をやめて役者を始めた男。


その日は、朝からバタバタしていた。

杏里は、新しくオープンするWEBページのプロジェクトを担当しているが、今日はそのローンチ日なのだ。

オープン直前になってトラブルが発生したり、デザインに急遽修正が入ったりと、周囲は慌ただしい。

「いま、予定通りオープンしました!」

プロジェクトリーダーである上司が大きな声でそう言うと、フロアには安堵の声と拍手が響いた。

ーはあ…。無事に予定通り進んでよかった…。

杏里も半年間かけてこのプロジェクトの準備を進めてきたので、思い入れは強い。特にこの数週間は毎日遅くまで残業して、色々な予想外の出来事にも対処してきた。

ほっと胸をなで下ろしたその時、上司が杏里のもとにやってきた。

「お疲れ様。今回のプロジェクト、本番はここからだけど、かなり評判がいいみたいだよ」

「お疲れ様でした。とりあえずはローンチできてよかったです」

「うん、ここまで来られたのは近藤さんの活躍のお陰だね。また詳細はあらためて話すけど、新しくできるチーム、やっぱり近藤さんに任せることになりそうだよ」

「嬉しいです!ありがとうございます!」

佐々木の浮気が発覚してから、これまで以上に仕事に打ち込んできた。上司からの昇進の打診もあり、その期待に応えたいと思った。

そうしてコツコツと頑張ったことが形になり、ついに新しくできるチームを任せてもらえることになったのだ。

ー恋愛なんかより、仕事の方がずっといい。

杏里は自分にそう言い聞かせ、これからも仕事に力を注ごうと心に誓う。

仕事を終えて会社を出ようとした時、ふとスマホを見ると、LINEが届いていた。大学時代からの親友・莉奈からだ。

『Rina:杏里、ひさしぶり!聞いた?純さん、結婚したらしいね』

そのメッセージを見て、杏里はその場で凍りついてしまった。

ー純が、結婚…?


元カレ・純が結婚!?そしてその相手の女とは…?

大学時代から6年近く付き合っていた元カレ・純。

かつてプロポーズをされたものの、杏里がすぐに仕事をやめ、純の家業を手伝うことが条件だった。そこで素直に頷けなかったがために別れることになったのだ。

もう他人である元カレのことだとは言え、杏里は動揺していた。

ー純より早く結婚してやるって、決めてたのに。おまけにこっちには今、彼氏すらいないというのに…。

動揺と悔しさを悟られないように、平静を装って莉奈に返信する。

『Anri:え、知らなかった。相手どんな人なんだろうね?』

『Rina:それがね、今年大学を卒業したばかりの子らしいよ。就職せずに、卒業と同時に純さん家に嫁いだってわけ。お見合い結婚だって』

ー卒業と同時に、結婚…。

お見合い結婚ということは、相手はきっと純の家とお付き合いのある家系のお嬢様なのだろう。



就職もせずに、将来が約束された純と結婚。

一方で自分は結婚のチャンスを逃し、こんな風に一生懸命働いている。

女が働く意味がわからないと言っていた純に、その女性はピッタリだろう。

杏里の胸の中で、名前も知らないその女性に、なぜか嫉妬のような感情が湧いてきた。

ー仕事を頑張ろうと決めてはいるけど、やっぱり私も、人並みの女の幸せは欲しい。

気持ちを押し殺すようにして仕事に没頭していたものの、結局それが自分の本心なんだと、そのとき杏里は気がついた。そして、モヤモヤした気持ちはしばらく消えなかった。



それからも、相変わらず仕事中心の日々を送っていた。

杏里の最近の恋愛はことごとく上手くいかなかったし、おまけに昔の元カレは結婚したらしい。女友達と会って話しても惨めな気持ちになるばかりで、なんだか人と話す気分にもなれないのだ。

『佐藤リョウ:今日も残業?お茶しない?』

ランチタイムにリョウから来たメッセージを見て、杏里はここ数週間、会社以外で誰にも会っていないことに気づく。このままではさすがにマズイ気がした。

リョウと会ったことがあるのは一度だけだが、佐々木との一部始終を報告して以来、こうやってメッセージのやり取りをしている。

近すぎず遠すぎない距離の心地よさに、毎日メッセージを送り合う不思議な仲になっていた。

『Anri:今日は早く終わりそうだし、行けるかも!』

杏里はそう返信を打ち、仕事終わりにリョウと落ち合った。


久しぶりに会ったリョウに、杏里が感じた特別な感情とは

「早めに着いたからここにいるね」とリョウから送られてきた店のURLを見ると、駅前にあるチェーン店のカフェ。

ー随分とやる気のない店のチョイスだな…。

杏里は、今はまだ恋愛はしたくないと思っている。人並みの幸せは欲しいと願う一方で、佐々木の一件が尾を引いているのか、踏み出す気になれないのだ。

リョウに対しては特別な感情もないし、カジュアルに会える友達という感覚だったが、相手もきっと同じなのかもしれないということを指定された店から悟った。

「よ、久しぶり」

久しぶりに会ったリョウは、平日だというのにものすごくカジュアルな格好で座席に座っていた。



「最近どうよ」

リョウと会うのは2回目なのに、そんな感じがしない。

杏里は気づけば、佐々木とのことや、最近仕事が忙しいがうまくいっていることなどをペラペラと喋っていた。

「あ、それとね。昔付き合ってた元カレが結婚したらしくて、ちょっとショックだった」

純の結婚について話すことは未練がましい女のようだし、誰にも言わずに心にしまっていた。だが、いざこうして口から出てきた言葉に、自分の気持ちを再認識する。

本当はずっと悶々としていたし、誰かに聞いてほしかったのだ。

「へー、どんなやつと結婚したの?」

「お見合いで、大学卒業したばっかりの子と。だからその子は就職すらしていないみたい」

「そいつはそいつで良くない?杏里ちゃんは仕事頑張ってて、魅力的なんだし」

リョウと話していると、自然と自信が湧いてくるから不思議だ。

「そうかな…。なんか、ありがとう」

「まあ、杏里ちゃんは俺のタイプではないけどな」

「え、一言多くない?最後のコメント、いる?」

杏里はリョウの一言にそう返し、二人でケラケラと笑った。

会話のテンポが心地よく、気軽に話せるこの感じは、まるで昔から知っている男友達のようだ。

「そういえば、リョウ君ってなんの仕事してるんだっけ?」

「俺は、役者。今はそこまで大きな仕事は無いけど、日々オーディション受けて、って感じ」

ー役者志望…か。

話を聞くと、リョウは28歳。某国立大を卒業し、数年はサラリーマンとして会社に勤めた後、昔からの夢だった役者を目指すことに決めたらしい。

これまで出会ったことのない面白い経歴の人だとは思う。だが今は役者志望だというから、経済的に不安定なことは確かだ。

いずれにせよ今は恋愛する気にはなれないし、もし次に誰かと付き合うなら結婚を視野に入れた付き合いを希望する。

つまり、恋愛対象外。だけど、ちょっと会って話すのにちょうどいい、男友達。

「また、飲みにでもいこーぜ」

リョウは数時間お茶をした後、最後にそう言い残して帰っていった。

ーまた会おうってこと…?リョウ、何を考えているかイマイチわからないけど、気楽な関係ということで、まあいいか。

杏里はそう考えつつも、次にリョウに会うのは少し楽しみだと思った。


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恋愛はしばらくしないと決めた杏里。役者志望の男は、何を考えているのか?