26歳、アラサーの仲間入り。周囲では申し合わせたように突然、第一次結婚ラッシュが訪れはじめる。

しかし当然、その波に乗り切れない者だって多くいるのだ。

結婚するのに早すぎる歳ではないが、言ってもまだ20代。微妙な年齢であるがゆえの「もっとイイ男がいるかも…」という、悪魔の囁きに翻弄される女たち。

主人公・杏里も、なんとしてでも結婚ラッシュに乗りたいと思うものの、なかなか決断ができず、現れる男とはことごとくうまくいかない。

そんな杏里の四人目の「元カレ」とは…?

◆これまでのあらすじ

2018年冬。杏里は、佐々木五郎と別れ、仕事に邁進していた。そんな時、役者志望・28歳の佐藤リョウと二人で会うことになり、その場が思いの外楽しくて…。



「また、飲みにでもいこーぜ」

前回カフェで数時間会って話した時、リョウはそう言った。

散々な恋愛を重ねて疲弊している杏里としては、正直、今彼氏はいらない。

ーでも、女友達にはなかなか腹を割って話せないようなことも気軽に話せる「男友達」という存在は欲しいかも…。

男女の友情なんて成り立たないことは百も承知だが、リョウとなら程よい距離感の友達になれる気がしたのだ。

リョウとは、それから週に1、2回のペースで会うことが増えた。

デートで行くような雰囲気ではないが、味は確かなことで有名な焼肉店に行ったり、リョウが新しいスニーカーを探しているからと買い物に付き合ったり。

「杏里といると、居心地いいし気使わなくていいわ」
「私もそうかも。あれだね、お互いに恋愛って感じじゃないから」

買い物に付き合ってくれたお礼に一杯おごるよとリョウに誘われ、適当に入ったお店で、二人はそんな掛け合いをした。

彼とは本当に、波長や会話のテンポが合う。笑いのツボも一緒。最強にラクなのだ。

帰り際、ふと思いついたようにリョウが杏里を見た。

「…ねー、でもさ、俺が付き合おうって言ったらどうする?」


ーえ…?


一緒にいてラクだけど、結婚向きではない男。リョウからの突然のセリフに、戸惑う杏里だが…。

「それって、冗談だよね?」
「俺も最初はそんなつもりじゃなかったけど、いまは本気」
「付き合いたいってこと?」
「うん、俺はね」

佐々木と別れてから数ヶ月。仕事は順調。

彼氏はしばらくいらないと思っていた。

ー嫌ではない、けど…。

リョウはこれまで会ったことのある男の中で、ダントツに波長が合う。その上優しい心の持ち主なので、何でも話せてしまうのだ。

でもリョウは、役者志望。毎週のようにあらゆるオーディションを受け、たまに来るのはドラマのちょっとした役の仕事や、単発のモデルの仕事。

それだけでは不安定だからという理由で、大学時代の知り合いの会社で週に2、3回働かせてもらっているらしい。

もちろん、自分の夢のためにまっすぐに努力をしている姿も知ってるし、今の時代、何かをきっかけに突然リョウの名が売れ出すことも十分考えられる。

佐々木の一件もあり、どんなに成功したお金持ちでも、自分を見てくれなかったら意味がないと痛感した。その点でリョウは、等身大で思いを伝えてくれる。

でも今は、これ以上無駄な恋愛はしたくない。当面は一人になり、自分と向き合うべきタイミングなのかもしれない。

「…ごめん。気持ちは嬉しいけれど、付き合えない」

そう一言だけ伝えたが、彼の顔を直視できなかった。



しかし、リョウは決して諦めなかった。暇を見つけては会いに来て、その度にまっすぐに想いを伝えてくれる。

何度断っても、彼は絶対に引き下がらない。

「俺は、絶対に杏里を裏切るようなことはしないし、大切にするから」

そんなやり取りが1ヶ月も続いた。女心とは単純なもので、最初は付き合う気なんてなかったのに、ここまで熱心にアピールされ続けると、気持ちがグラついてしまう。

こうして、彼に押される形で、結局二人は付き合うことになったのだ。


付き合い始めこそ迷いがあったものの、それからの交際は順調で、飾りっ気は無いが充実した毎日を送っていた。

次のオーディションのためにと言って毎日ジムに通うリョウについて行ってトレーニング法を教えてもらったり、帰りにスーパーに寄って食材を買って帰ったり。

こうして、付き合って3ヶ月が経過し、その間に杏里は27歳になった。誕生日もリョウにお祝いしてもらい、とにかく平和な日々が続いている。

しかし、そんなある日のことだった。リョウの家に二人で帰ると、テーブルの上に何やら手帳のようなものが置かれている。

「リョウ、これ何?」
「…あ、やべ、片付け忘れてた。いや、あれだよ、ただの日記」
「日記にしては分厚くない?」
「あーそうだよ、3年日記ってやつだもん」

話を聞くとリョウは今年から日記をつけ始めたらしく、3年後までの日記を一冊にまとめる予定らしい。

「意外にそういうとこ真面目だよね、リョウ。3年後の目標とかあるの?」
「決めてる仕事の目標はあるけど。杏里は?」
「3年後でしょ?私は、えーやっぱ結婚してたいな」
「…え、嘘。杏里は結婚したい人なの?」


「結婚したい人なの?」リョウが驚いたそのわけは?

「え、うん。私、もうアラサーだよ?3年後に結婚したいのは普通じゃない?」
「杏里が結婚したいなんて、俺知らなかった…。俺は結婚願望、ゼロだよ」

ー何言ってんの、この人…。

杏里は言葉を失ってしまった。目の前にいる彼氏が、結婚願望ゼロだとは思いもしなかったのだ。

「俺、一生結婚する気はない。杏里とは一緒にいたいとは思うけど」

リョウは、当然のようにキッパリそう言った。本心からそう思っているような表情だ。

「…そうなんだ。気づかなかった私もばかだね」

杏里は呆れて、ガックリと肩を落とすのだった。





「え!?彼、結婚願望のない男だったの!?」

女友達の莉奈が、素っ頓狂な声をあげる。週末、莉奈と久しぶりにカフェで会い、互いの近況報告をしていたのだ。

「うん、そうだったの…。それでその後、彼とは結局別れちゃったんだ」

リョウが結婚願望ゼロの男だとわかったあの日から、半年が経過している。

あれから杏里は、何度か話し合いを試みた。

しかし断固として結婚する気はないと言い張るリョウとは、どんなに話したところで揉める一方。結局お互いの主張を変えられず、このまま付き合っていくのは難しいという結論に至ってしまったのだ。

どんなに相性が良くても、どんなに自分を好きでいてくれても、共に歩む未来を描けないような相手とは一緒にいられない。杏里はそう悟った。

「なんかもはや、無駄に悩むより、前に進まなきゃって思った」

杏里がそう言うと、莉奈も「そうだよー」と頷く。

「なんか、杏里の最近の元カレ達、濃い面々だったね」
「本当そう。今考えるとなんで付き合ってたのって思う人もいるけど、それぞれその時は楽しかったし…」

そして杏里には、改めて気づいたことがある。

自分が、相手に対して本当に求めていることがなんなのか。それを元カレたちから教えてもらったのだ。

どれも当たり前のことなのかもしれないけど、身を持って実感した。

純から学んだのは、自分の仕事にも理解がある人がいい、ということ。

本田から学んだのは、地に足をつけて仕事を頑張る人がいい、ということ。

それから佐々木からは、やっぱり誠実な人がいいということに気づかされた。

そして、リョウから学んだこと。それはどんなに自分を好きでいてくれても、結婚願望がある人じゃなきゃダメだということだ。

あれもこれも欲張っていては誰とも付き合えないかもしれないが、それでも今では心からこう思う。

ー自分のペースで、いつかぴったり合う人に出会えればいいや。

やっぱり結婚はしたいけれど、焦ってもいいことは何一つなかった。だからこそ、今までの失敗を無駄にはせず、今度はじっくりと相手を見極めようと思う。また、ゼロからの再スタートだ。

そんなことを考えていると、莉奈がふとスマホをちらりと見てから、嬉しそうにこちらを向く。

「そういえば今日の夜、杏里ひまじゃない?」

「今日?夜は特に何もないけど」

「夫の職場の人と3人でごはん食べる予定だったんだけど、よかったら杏里も来ない?」

「…え、お邪魔して大丈夫?じゃあ予定もないし、せっかくだから行こうかな」

親友の莉奈の旦那さんとは、杏里も何度か会ったことがある。

そして莉奈がきっと、落ち込んでいる杏里を気遣って、声をかけてくれたのだろうということもよくわかっていた。

「夫の職場の人、私も何回か会ったことあるけど、杏里に合う気がするよ。彼女募集中って言ってたし」
「えーなにそれ。またむやみに誰かと付き合って失敗するのも怖いし、もうこれ以上、“元カレ”はいらないよー」

いたずらっぽく微笑む莉奈に、杏里は冗談めかして答える。そして二人は、顔を見合わせて笑った。

そのとき杏里は、不意に思い出した。

ー莉奈の旦那さんの同僚ってことは、お医者さん…。

だが、すぐにハッとする。後先考えずにとりあえず恋愛をして、今までさんざん痛い目を見てきたではないか。

だからこそ、もう期待はしすぎないでおこうと、杏里は自分に言い聞かせるのだった。


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女友達が紹介してくれた、彼女募集中の男。杏里がそこで取った行動とは?