街を歩けば思わず振り返ってしまう。だけど目が合えば、逸らしてしまいたくなる。

誰もが羨望の眼差しを向ける、美しい人。…しかし、美女には美女にしかない悩みがあるのだ。

「オトせない男はいない」と言われ続け、早29年の奈津子もそのひとり。

―誰も本当の私なんて知ろうともしない。

これは、そんな美女と美女に恋した二人の男の物語。

◆これまでのあらすじ

克弘からの告白を断った奈津子。真人への気持ちを確信したはずだったが、付き合って初めてのデートで奈津子はショックを受けることに…?



2019年 5月上旬


「奈津子ちゃん、相変わらず仕事忙しそうだね」

奈津子のマンション前まで迎えにきてくれた真人が言う。真っ黒なレクサスは今日のために洗車したのか、ピカピカだ。

「予定合わなくてごめんね…。でも今日はすごく楽しみにしてたんだ」

真人は多忙な奈津子を気遣って、1泊2日の温泉旅行を計画してくれた。

真人と付き合うことになって、はやくも3週間が経つ。この間に克弘に対するモヤモヤした気持ちは無くなったものの、奈津子は仕事に追われなかなか時間を取ることができず、真人と会うのは表参道での食事以来だった。

仕事終わりに会おうと思えば会えないこともないが、真人より仕事の優先順位の方が上になってしまうのだ。

「いやいや、仕事がんばってる奈津子ちゃんも素敵だと思うし」

そう言いながら真人は、右手でハンドルを握り、左手で奈津子の髪をさらりと撫でる。

手慣れた真人の仕草に、奈津子は頬を赤く染めた。奈津子自身、真人に対してちゃんとドキドキしていることに少しの安心感を得ている。

しかし次の真人の言葉で、自分の気持ちが急激に冷えていくのを自覚してしまったのだ。


真人が発した言葉とは…?

「でもさ…」

真人は片手で奈津子の髪を撫で、顔だけは正面を向けながら続ける。

「女である奈津子がそこまでがんばる必要はないよ」

「えっ?」

真人の唐突すぎる言葉をうまく飲み込めず、とっさに聞き返してしまう。

「うん、だから女性にとって仕事なんてどうせ結婚して出産するまでの腰掛けみたいなものなんだし。

僕だけが働いてちゃんと奈津子を養える自信はあるし、女性として綺麗で魅力的な奈津子が身を削ってまですることじゃないよ、仕事は」

普通の女性ならきっと今のプロポーズとも取れる真人の言葉を喜んだだろう。しかし奈津子にとって仕事は何よりも大切なものだ。

それに何より、“美人だから”というレッテルが邪魔でしょうがない奈津子にとって、“女だから”という評価は何よりも忌み嫌うべきもの。

それがまさか恋人である真人の口から発せられるとは思いもせず、奈津子は絶句するほかなかった。

「そう…だね」

奈津子は出来る限り必死で笑顔を作るが、うまく笑えていたかどうか怪しい。

「美人なのに、そんな普通の仕事してるなんてもったいないよ」
「女のくせに営業で管理職だなんて」

今までイヤというほど言われてきた言葉だ。それでも必死で目の前の仕事と向き合って、営業成績でトップを取った。文字通り寝る間を惜しんで働いたのだ。

真人ならわかってくれていると思っていた。わかってくれたと思ったから好きになったのだ。だからこそ、他の誰に言われるよりも傷ついてしまった。

「そうだよ、奈津子ちゃんには俺がいるんだからー」

そこまで言って、真人は奈津子から発せられる異様な雰囲気に口をつぐんだ。奈津子の顔からは笑顔が消え、真っ直ぐにフロントガラスを見つめていた。

「どうしたの?」

真人が奈津子の髪から手を離し、両手でハンドルを握りながら聞く。

「ううん、なんでもない」

「ま、とにかく無理しないことだよ」

「うん、ありがとう…」



そんな不穏な空気から始まった1泊2日の温泉旅行。しかし違和感を感じたのは最初だけで、旅館に着いてからは真人との楽しい時間を過ごすことができた。

夜遅くまで部屋でお酒をのんでいると、奈津子は酔いに任せてずっと気になっていたことを聞いてみることにした。

「真人さんは、私のどこを好きになってくれたの?」

唐突な質問に驚いた様子の真人だったが、しばらくすると真面目な表情で語り始めた。


真剣な表情で奈津子に放った一言とは?

「うん、そうだね…」

真人は座敷机の上で手を伸ばし、奈津子の手を握る。

「どこを好きになった?って子どもみたいなこと聞くんだね」

真人にそう言われ、奈津子は少し恥ずかしくなった。でもどうしても、真人に奈津子の内面を褒めてもらいたかったのだ。…克弘が言ってくれたみたいに。

「優しいところ」「気が利くところ」「気が合うところ」

なんでもよかった。容姿以外の部分を好きになってくれていれば。

「まあ、全部好きだけど…。やっぱり顔と、あとは笑顔が可愛いところとー」

真人が「やっぱり顔」と言い放った瞬間、目の前が暗くなったような思いになる。そして奈津子の耳は、それ以上の言葉を受け付けなかった。

―いくら仕事ができようが、気が合おうが、真人さんも結局顔しか見ていない。

その夜、真人は奈津子を抱こうとした。しかし真人が作り出す甘い雰囲気さえも拒みたくなるほど、奈津子の心は冷え切っていた。

真人は不服そうな顔をしていたが、それもすべて無視し、指1本触れさせないまま眠りに落ちたのだった。



「奈津子の彼氏、めちゃくちゃイケメン!やっぱり美女には美男が似合うよねえ」

真人と旅行に行った翌週。会社の同僚とランチをしていると、話題はいつしか奈津子の恋愛話でもちきりとなってしまった。

仕事の休憩時間とはいえ、女性が集まるとやはり恋愛の話に花が咲くもの。奈津子が同僚の押しに負けて真人の写真を見せると、同僚のひとりが何気なしに聞いてきた。

「奈津子はさ、彼のどこを好きになったの?」

「えっ…」

思いがけない質問に、奈津子は口ごもってしまう。

今まで気にしたことはなかったが、あえてそう聞かれると答えに戸惑ってしまった。

―初めて会った異業種交流会で、すごくかっこいい人だなと思って、それで…。

奈津子は頭の中でぐるぐると思考を巡らすが、「真人のどこが好きか?」の答えを出すことはできなかった。

奈津子が答えられずにいると「まぁこれだけカッコよかったら、好きになっちゃうよね〜」と、奈津子の答えを待つことなく話題がそれていったため、ホッとする。

しかし奈津子だけは、ずっと考えていた。

そして、考えても考えても出てくる答えは同じだった。

かっこいい、高身長、大手銀行マン…。真人に対して湧いてくる感情に、目を覆いたくなる。

―結局私も、真人さんの表面しか見ていないじゃない。

奈津子はそこではじめて、自分の顔ではなく内面を見てほしいと言っていながら、自分自身がいちばん外面を気にしていたことに気づいたのだった。



仕事が終わっても、ランチでの出来事が心に引っ掛かったまま。まっすぐ家に帰る気にはなれず、以前克弘と訪れた恵比寿のワインバーへと向かった。

克弘に紹介してもらってからこの店が気に入って、何度かひとりで来ていたのだ。

「あれ?奈津子さん、偶然ですね…」

扉をあけると奇遇にもそこには、克弘がカウンターでひとり、ワインをのんでいたのだった。


▶︎NEXT:5月18日 月曜更新予定
克弘の告白を断った奈津子だが、2人の距離はさらに縮まって…。