「この恋は、やめるべきでしょうか」

誰だって、きっと考えたことがあるはず。

彼が嘘をついていると気づいたのに、
彼女が浮気していると知っているのに、
一緒にいてつまらないと、お互いにわかっているのに、
それでも見えない、この恋のやめどき。

あなたは、この恋、どう思いますか?

前回は、結婚願望の強いアラサー女子と、押しの強いアプローチをする男性の恋模様を紹介した。今回は...?



反対側の世界にいる人と恋をした。



1年前の春、亜由美と浩輔は共通の友人が開いたBBQで出会った。

真っ白なシャツにデニムを履いて、モデルのようにすらっとした体型の浩輔は、そのBBQの中で、一際目立っていた。

「あの人、なんかすごいなぁ」

輪の中心で周囲を笑わせる浩輔を、少し離れたテーブルから眺めていた亜由美が独り言のように呟くと、偶然横にいた女性が応える。

「浩輔ねぇ。あんな見た目してるのに全然飾らないし、コンサルでバリバリ働いてるんだよね。天は二物どころか三物以上与えてるよ」

亜由美は、へぇ〜、と言いながら片手に持っていたビールを口に運んだが、缶の中身が空になっていることに気づき、横の女性に軽くお辞儀をして、いそいそとクーラーボックスの方へ向かった。

クーラーボックスを覗き込みながら、亜由美がハイボールの缶に手を伸ばしていると、後ろから聞き覚えのない声が亜由美に話しかける。

「僕も、同じの貰っていいですか?」

振り向くと、浩輔が亜由美越しにクーラーボックスを覗き込んでいる。

「あ、はい」

慌ててハイボールの缶を浩輔に手渡し、そのまま立ち去ろうとすると、浩輔が亜由美に話しかける。

「亜由美ちゃんだよね、出版社で働いてるって、さっき向こうで話題に上がってた」

驚いて目をまん丸にしながら、はい、とだけ答える亜由美に、浩輔はタバコに火をつけながら問いかける。


何気なく話しかけてきた浩輔の斜め上の質問をきっかけに2人の距離は近づくが・・・?

「亜由美ちゃんはどうして出版社で働こうと思ったの?」

突然の質問に、えっと声を漏らして浩輔を見るが、浩輔は顔色ひとつ変えず、タバコをくわえて亜由美の返事を待っている。

「うーん、ちょっと真面目な話になっちゃうんですけど」

亜由美は恥ずかしそうに下を向くと、はにかみながらぎこちなく話し始めた。

「私、小学生の時に初めてファッション誌を読んで、たった1冊でこんなにワクワクドキドキさせることができるなんて!って衝撃を受けたんです。それ以来、いつか誰かにそんな風に思ってもらえる雑誌を作るのがずっと夢で...」

亜由美の話を聞きながら、浩輔はタバコの煙をゆっくりと吐き出すと、ポツリと呟いた。



「将来の夢がある人、俺は、カッコよくて素敵だと思うよ」

その言葉で緊張の糸がほぐれたように、すっかり意気投合し、しばらく2人で話していると遠くから浩輔が呼ばれた。

それを機に、じゃあ、と会話を終え、浩輔は輪の方に向かおうとしたが、あ!と声をあげてくるりと亜由美の方を向いた。

「ねぇ、今度ご飯行こうよ」



−亜由美:今日楽しみすぎて、買ったばっかりの白いワンピース着てきたよ!−

買い物をしながら、夜のデートに気持ちを弾ませていた亜由美は浩輔にLINEを送る。

−浩輔:意気込みは満点だな!−

−亜由美:何食べる?−

それまでテンポよく続いていた会話だったが、浩輔から既読がついたまま返事が来ない。気にせず亜由美が買い物を続けていると、しばらくして浩輔からLINEが届いた。

−浩輔:行きたいお店あるからそこでもいい?−

−亜由美:いいよ!−

−浩輔:予約取れたから18時半にここね!−

また少し時間を空けて浩輔から送られてきた店のURLを開いて、亜由美は愕然とした。

雑多な雰囲気で、狭いカウンターに七輪が並べられている新橋のホルモン屋。

−今日のデートのために、大好きなTheoryで買った白いワンピース。なのに、こんなに匂いがつきそうなお店予約するだなんて。しかも、よりによって綺麗な焼肉屋さんならまだしも、こんな簡素な丸椅子が並ぶお店…?

それまでの浮足立つような気持ちから、一気に落胆した亜由美は今にも帰りたい気持ちを抑えながら、浩輔にスタンプだけ送って返事をした。

待ち合わせの18時半より10分前に店の近くに到着した亜由美は、浩輔に連絡を入れる。

−亜由美:もうすぐお店着くよ!−

−浩輔:ごめん、仕事の対応でちょっと遅れそうだから先に入ってて〜!−

亜由美をさらにイラつかせたのは、この遅刻だった。

−ただでさえ楽しみにしてたのに、お店のチョイスも、遅刻も、ありえない。


その格好にそのカバン…亜由美の愕然とするような出来事は続く

亜由美は、眉間にしわを寄せながらメニューを眺めていたが、店のドアが開くたびにそちらが気になって全く内容が頭に入ってこない。

「ごめん、遅くなった!」

そう言いながら浩輔が店に着いたのは待ち合わせから15分過ぎた頃だった。

横に座る浩輔を見て、亜由美は自分の目を疑った。

緑色の伸びきったTシャツに、ベージュのハーフパンツ。まるで高校生のような格好の彼に、亜由美は開いた口が塞がらなかった。

「なんか、服の印象変わったね」

「あぁ、ほらこないだは知らない人いっぱいいたからちゃんとしないと、って思って」

そう言いながら浩輔は肩にかけていたショルダーバッグをどさっと床に置いた。

「荷物、今にもはち切れそうなくらい無理やりジッパー閉めてるけど、大丈夫?」

「仕事の資料が多くてさ、さっき会社寄ってたんだよね」

平日でもクレジットカードを入れたミニ財布と、リップ、キーケース、パソコンの4点しかカバンに入れていない亜由美にとって、浩輔の荷物の大きさは理解ができなかった。

「ところで浩輔くんってこういうお店好きなの?」

メニューを見ながら横に座る浩輔に亜由美は問いかける。



「あ〜うん、俺、綺麗なレストランより、赤提灯系のお店が好きなんだよね。新宿のゴールデン街とか。亜由美ちゃんはいつもどこで飲むの?」

「うーん、無難に銀座とか六本木とか、あと最近は代々木上原とかかなぁ」

「へぇ、俺あんまその辺行かないかなぁ、映画見るときくらい?」

映画、と言う単語を聞いて、亜由美は2人の会話に希望の光を見出したように浩輔の方を見る。

「映画!浩輔君は何の映画が好き?」

「ウディ・アレンとか好き。あとアクションも好きだよ、007とか!」

浩輔の好きな映画を聞いて、亜由美は目を輝かせた。

「007、私も大好き!ボンドめちゃくちゃかっこいいよね」


ようやく見つけた共通の話題のはずが、またしても2人の間には齟齬が

「そうそう、アクションが痺れるよね。トゥモロー・ネバ―・ダイとか俺すごい好き!」

聞き覚えのない言葉に亜由美がきょとんとしていると、浩輔が何かに気づいたかのように、あっと声を漏らす。

「そっちの方か...亜由美ちゃんが好きなのは新しい方のボンドね。俺が言ってたの古い方だわ」

浩輔の説明にようやく状況を理解した亜由美は、あ〜、と言いながら大きく頷く。

その後の会話でわかったのは、浩輔は博識で、文学や音楽に特に詳しいこと、留学経験やバックパッカーをしていたこともあって、亜由美の見たこともない世界を見ていることだった。

浩輔の知性と弾むような会話力で、思ったよりも時間が早く過ぎていき、気がつくと21時になっていた。会計を済ませ、ほろ酔いで駅まで向かう最中、浩輔が亜由美の知らないロックバンドについて語っているのを聞き流しながら、亜由美はぼんやりと考えていた。

−なんとなく、違う気がする。

間違いなく、浩輔は誠実な男で、見た目も爽やかだし、仕事もこなしている。こだわりを持って生きていて、実際にその話が面白いのも確かだ。

ただ、出版社に勤めている亜由美にとっては店選びの気遣いができないところや、荷物が多すぎるところ、独特なファッションセンスなど、細かいところが目についてしまっていた。

−もちろん、浩輔君がこだわりのある世界観の中で生きてるのはわかるけど...

駅に着くと、仲の良さそうなカップルが手を繋いで大笑いしながら、亜由美と浩輔の前を横切った。



−私の理想は、こういう似た者同士みたいなカップルだから、浩輔君とは、きっと友達以上には進めない。

ふっと気持ちが軽くなった気がした亜由美は、改札に入ると、振り返ってすっきりとしたような笑顔で浩輔に大きく手を振った。

−Fin.