あの頃の僕たちは、まだ本当の恋を知らなかった

ステータス目当ての美人女子大生と
身体目当てのエリートサラリーマン

空虚なデートの翌日。目を覚ましたら、待ち受けていたまさかの展開

これが運命の始まりだった

君が僕で、僕が君で・・・?



♢凌:顔が良ければ、性格は目を瞑る


ー20XX年5月ー

「アハハハハ、すごいですねー」

目の前にいる女が、膝の上に置いたスマホをチラチラ見ながら乾いた笑いを浮かべた。文字通り「アハハハハ」と笑う女を、僕は初めて見た気がする。

目が死んでいるし、話し方に全く気持ちがこもっていない。

ーワンチャン女優にだってなれそうな顔をしているのに、この演技では到底無理だな。

しかし、顔だけはとにかく良いのだ。彼女の魅力はその一点に尽きると言っても差し支えない。

清楚なブラウスで隠れているが、スタイルも相当良さそうだ。このような無礼な振る舞いに目を瞑ってでも、手に入れる価値は大いにあるといえる。

何故って彼女は、昨年の秋に有名私大のミスコンで準ミスに選ばれ、インスタのフォロワーは15万人、うまく"育てれば"キー局の女子アナも狙えそうなポテンシャルなのだから。

距離感のある対面式のレストランでの食事は早々に切り上げ、薄暗いカウンターバーに移動した方が勝算はある。


釣れない美人女子大生を、二軒目に誘うための切り札とは?

「麗奈(れいな)ちゃん、アブサンって飲んだことある?」
「なにそれ?」

彼女の視線と僕の視線がようやく重なる。

—可愛い・・・

首を傾げながらキョトン顔でこちらを見つめる彼女を見て、今までの無礼は帳消しとなった。

「フランス語だとアプサント、英語だとアブシンス。聞いたことない?Europeの薬草系リキュール。ハーブやスパイスが主成分。ゴッホはアブサン中毒で死んだと言われているくらいアブサンにハマっていたんだよ」

「ハーブが主成分って美容にも良さそ〜。ゴッホがハマってたとかすごいですね」

ー彼女の目に光が宿り始めた。今日のデートで初めて引きを感じた。もう一押しだ。

確かな手応えを感じた僕は、彼女のテンションが下がらないうちにアブサンが写ったスマホ画面を見せつけた。

「見て、おしゃれじゃない?凄く綺麗な緑色でしょ。これはParisのLa Fee Verteで撮った本場のやつ。ポンタルリエグラスの上に角砂糖を乗せたスプーンを渡して、ウォータードリップで水を滴下するんだ」

「へぇ〜、映えますね。飲んでみたい!」

彼女のテンションが最高潮に達したところで、タイミングよく店員が通りかかった。

「チェックで!」

彼女は財布を出す素振りもせず、”奢られるのは当たり前です”と言わんばかりの顔で鎮座していた。

「ご馳走様です」という声が聞こえなかったのは、僕が2軒目への移動を急かしてしまったせいで言う暇がなかったのだろう。

そういうことにしておこう。

チェックを決めてから、5分も経たぬ間にアブサンバーに到着した。



♢麗奈:夢も浪漫の欠片もない。下心しかないサラリーマンの話はつまらない


友達の彼氏の友人が、私をインスタで見てデートを懇願してきたらしい。

将来有望な男だからと半ば強引に取り付けられたデートだった。

まったく気乗りしていなかったが、予約困難な星付きレストランに釣られてOKしてしまったのだ。

1軒目のレストランでは延々と自慢話を聞かされた。ちょいちょい挟んでくる発音の良い英語も気色悪い。明らかにつまらなそうな態度を示しているのに全く気付く様子もない。

彼の魅力は学歴や職業などのステータスと、それに付随する安定と将来性だけだ。

私が女子大生だからって、しがないサラリーマンのくせに、勘違いも甚だしい。マウントを取れる相手には態度が大きくなり、自分より上だと判断した相手には途端にゴマをするタイプなのだろう。

サラリーマンって女の話と仕事の自慢か愚痴しか言わないでしょ。

女の話も洒落た言葉で纏められず、あの女は美人だとか、あの女は簡単に落とせそうだとか、そういう下世話な話しかしない。

やっぱり私は壮大な浪漫を感じる億万長者な経営者や、クリエイティブな創造性を感じるアーティスト、バイタリティ溢れるスポーツ選手の方がよっぽど唆られる。

星付きのレストランでの"撮れ高"は十分だし、1軒目で切り上げよう、そう思って視線を上げた瞬間・・・

「アブサンって知ってる?」と、初めて興味深い話を振ってきた。

緑の液体を扱った理科の実験をお洒落にしたような写真を見せてきて「これは映える・・・」と、インスタグラマーの血が騒いでしまったのだ。

私のテンションが少し上がったことに気づいた彼は、早々にお会計を済まし、私をタクシーに押し込んだ。

着いたのは看板のない不気味なバーだった。

彼はただならぬオーラを醸し出す強面のマスターと顔なじみのようだ。カウンターの右端には気持ちよさそうにチルしている西洋人の男性が一人、腰掛けている。

彼は私を左端にエスコートすると、そのまま腰を抱いてきた。


禁断のお酒“アブサン”がもたらしたまさかの展開とは?

横から見た彼は鼻が高くて、気の利いた照明のおかげで陰影がハッキリして、さっきよりも少しだけカッコよく見えるような気がする。

ムスクの香りと薄暗い照明が心をしっとりさせていく。

「この子、麗奈ちゃん、アブサン“ヴァージン”なんです」

彼は得意げな顔で私を紹介し、マスターにウィンクをした。あぁ、きっと酔いつぶして持ち帰る気なのだろう、と腰に回された手が急に忌まわしく思えた。

先ほど芽生えた淡い感情は、薄暗いバーで起きた誤作動ということで、映える写真が撮れたら適当にタクシー代を貰って直ぐに帰ろう!と強く決意した。

ー男ってなんでこんなに先を急ぐのでしょうね。もう少しじっくり焦らしてくれたら、こちらの気持ちも高まるかもしれないのに・・・。

下心さえ上手く隠すことが出来ず、欲望に負けてずかずかと土足で上がり込んでくる色気のなさに哀れみすら感じる。

ベッドでもこの調子なのだろうと“お察し”する。

件のアブサンは本当に美しいお酒だった。

まるで魔力が宿っているかのような美しい緑色をしていた。

アブサンファウンテンという給水器も、ポンタルリエというグラスもとてもお洒落な形をしていて、妖艶なオーラを放っていた。



アブサンファウンテンのコックを開き、冷水を一滴一滴と角砂糖に垂らす。滴り落ちる水滴を目で追っていると、うっとりとした気分になってきた。

緑色だった液体が落ちてくる水に反応して白濁していく様は、なんとも幻想的で写真を撮るのも忘れるほどだった。

「綺麗だねぇ」
「アブサンヴァージン卒業に乾杯!」

せっかくアブサンの魔力を借りて色気のあるムードが整ったというのに、彼の一言で台無しになってしまった。これ飲み干したらタクシー代割増してくれるかなぁなんて、悪どい考えが頭に浮かぶほど素面だった。

きっと“コカレロ”みたいなものだろう、と安易に飲み干した私が馬鹿だった。

喉が焼け付くように痛くなり、これが最後の記憶となった。


♢凌「・・・・・?!?!?!」


右腕が猛烈に痺れたのを感じ、目が覚めた。

酒が強いことを自負しているが、どうやら記憶を失ってしまったらしい。なにせアルコール度数70度のお酒だ。そのようなお酒を自らぐいっと飲み干す彼女を見て、「負けられない」と、男気を発揮してしまったようだ。

しかし、いつもの二日酔いのような頭痛や吐き気は一切なく、爽快感すら感じる奇妙な目覚めだった。ハーブを主成分とするアブサンの薬効によるものなのだろうか。

失った記憶に思いを馳せて、自分の胸もとに顔を埋めている彼女を愛おしい気持ちで撫でた。

「俺は確かに彼女を持ち帰ったのだ」と、勝利を噛みしめ喜びに酔いしれようとした時、強烈な不快感が右手を襲った。

絹のようにサラサラしていたはずの彼女の髪の毛に、ジェルのようなものがベッタリとくっついている。

「な…なんだ…?」

清楚な女子大生のはずが、まるで体育会系の男の頭を撫でているかのような妙な違和感を感じた。

まさか、バーカウンターでチルしていた西洋人をお持ち帰りしてしまったのだろうか。

右手に全神経を集中させ、呼吸を止めて、起こさないように、そーっと、頭を退けてみた。

「ヒィッ!ヒェエエエェェエエエエェェェェ」


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凌の身に何が起こったのか!?隣にいるのは一体誰・・・