ひとり旅をするとき、こんな妄想をしたことはないだろうか。

―列車で、飛行機で、もし隣の席にイケメンor美女が座ったら…?

そして、妄想は稀に現実になる。

いくつになっても忘れないでほしい。運命の相手とは、思わぬところで出会ってしまうものなのだと。

傷心旅行に発った及川静香は、素性の知らない男と恋に落ちるが…。出会いから、別れまで、たった14日間の恋の物語。

◆これまでのあらすじ

静香は元カレ・健次に別れを告げられ、ハワイへ一人旅に出る。

偶然知り合った勇作に運命を感じるが、その出会いは仕組まれたものだった。健次の新妻・奈央から事情を聞いた静香は、もう一度、勇作と会って話すことを決意するが…。



Day13,2019年6月20日。


13時00分、ワイキキを見渡せるオープンテラスのルーフトップバー。

浮かれていようが、沈んでいようが、どんな気分のときも、ハワイの空はいつでも眩しくて青い。

約束の時間ぴったりに、勇作は現れた。

「静香!」

約束より5分ほど早く席に着いていた静香は、こちらに歩いてくる勇作の姿を捉えていたが、気づいていないフリをしてガラス柵の向こうのワイキキビーチを眺めていた。

「あ、来たんだ」

素っ気ない言い方をして、今気づいたかのようなフリをする。

恋しくて会いたくなったわけじゃない。真実を知りたくて会っただけ。だから強がりは必要だ。

「連絡先、消されたかと思ってた」

勇作の言うとおりだ。静香は、一度は勇作の連絡先を消していた。

「奈央さんから聞いたの。私に会いに来てくれた」

一瞬、勇作は目を丸くするが、すぐに顔を伏せた。

「ああ、そうなんだ…」

「いろいろ、奈央さんから聞いた。もともと友達だったんだね」

「うん、実はね…」

「だから今日は、本当のことを聞きたくて、勇作を呼んだの」

なるべく感情を出さないよう注意を払いながら、淡々と言った。

「勇作は、奈央さんだけじゃなくて、健次とも知り合いだったんでしょ?」

「…うん、黙っていて、ごめん。奈央ちゃんを通じて、知り合ってた」

「私と出会ったのも、偶然じゃないんだよね?」

返事をする代わりに、勇作は大きく頷いた。

「どういうことか、説明してくれない?」

静香の懇願に対し、勇作は大きく息を吐いてから、覚悟を決めたようにこう言った。

「わかった。全部、話す」


勇作の話は、またしても静香が予想もしていないものだった…。

昨夜に奈央から聞いたとおり、勇作と奈央が知り合ったのは旅仲間のコミュニティだった。

そして今から2年前に、勇作は奈央を通じて、健次と知り合ったのだ。

その頃、健次と奈央は付き合い始めたばかりだったという。

「奈央ちゃんは男友達は多いタイプだけど、彼氏をなかなか作らない自由人だったから、健次さんとは将来を考えた真剣な付き合いなんだって思った」

そうして勇作は、健次とも“男と男”として接するようになる。そのうちに、奈央が不在のときでも、健次の友達を含めて男だけで飲んだりするようになった。

そこまで聞いたところで、静香はピンときた。

健次の男友達…それは、静香も何度も会ったことのある連中だ。

健次の結婚式前夜、偶然バーで出くわしたときに、健次と一緒にいた取り巻きたち。いわゆる悪友。

あのとき彼らが呆然としていた理由は、静香と出くわしたこと以上に、静香の隣に勇作がいたこともあったのだ。

「健次さんたちと男だけで飲むようになってからしばらくして、奈央ちゃんには絶対秘密だけど、って前置きされて、健次さんが二股していることを聞いたんだ」

「それが、私?」

「そう…。奈央ちゃんと付き合う3年前から静香とも付き合っていて、でも別れを言えないままズルズルしてるって言ってた」

男だけの秘密の会話…。ヘドが出る。

「俺がいた手前、健次さんは、本命は奈央ちゃんって断言してた。それを聞いて、当時は会ったこともなかったけれど、静香のことがかわいそうだと思った」

瞬間的に勇作を引っ叩いてやりたくなった。

勇作本人というより、そういう会話をしている男たち全員を片っ端から殴ってやりたい。

「もちろん健次さんが最低な男だって思ったから、二股はすぐに止めて静香と別れるべきだとも言った。でも健次さんは、“来週、別れ話をする”って言いながら、いつも引き延ばしていて…」

ウンザリした勇作は、健次や彼の悪行を否定しない男友達たちとは距離を置くようになり、一旦は疎遠となった。

「でも健次さんと疎遠になったのには、もっと別の理由があって…」



「男だけで飲んでるときに、健次さんから静香の顔写真を見せてもらったことがあったんだ」

それまで無言で話を聞いていた静香は、その言葉に顔をしかめた。

ー本当に、吐き気がする。

彼女の友人に、二股しているもう一人の彼女の写真を見せるなんて。曲がりなりにも、そんな男と5年も付き合っていた自分が信じられない。

「静香の写真を見て、“きれいな人だ”って思った」

「…え?」

「写真を見て、静香に一目惚れしたんだ」

「…は?何言ってんの?」

思わず口調を荒げてしまう。

「気持ち悪いことを言ってるって理解してる。でも今日は、本当のことを言おうと思って来たから…。

俺が、写真の静香に一目惚れしたってことは、すぐに健次さんにバレて、その気恥ずかしさもあって…疎遠になった」

「ウソでしょ…」

勇作に運命を感じていた。勇作を好きだった。しかし今は…。

―何だったんだろう、あのときの感情は。

そこから続く勇作の話は、もはやホラーだった。


真実を知った今、静香は勇作と今度こそ決別するのか…?

その後、健次は奈央と結婚を決意した。

ハワイでの挙式スケジュールは、奈央によって決められたらしい。だがその日程は、健次と静香がハワイ旅行に行く日程と丸かぶりしていた。

慌てた健次は、背に腹は代えられず、静香に別れを告げたのだ。しかし、ひとりになっても静香が日程を変えずにハワイへ行くと知って、さらに慌てた。

そして連絡を入れた相手が、勇作だった。

“お前が一目惚れした女と別れたからチャンスだぞ。偶然を装って出会って、本気にさせてほしい”

そう依頼を受けた当初、勇作は断ったという。そんな卑劣なことはできない、と。

しかし、健次が提示した“ギャラ”に目がくらんだのだ。

離婚したとはいえミランダとその娘たちの近くにいるため、もう一度、ハワイ移住を望んでいた勇作には大金が必要だったから。

「…そっか、そうだったんだ」

静香は感情を押し殺して、そう言った。だがもちろん内心では、はらわたが煮えくり返っている。

今すぐ勇作をガラス柵の外へ投げ飛ばしたいし、それが出来ないなら自分が身投げしたいほどの絶望だった。

「こんなことが、あるんだ」

遠い目をして静香はつぶやく。

「もしかして、これが、旅の醍醐味ってやつ?」

皮肉が伝わったのか、勇作はうつむいたまま何も言わなくなった。

「でも奈央さんから聞いた話は、ちょっと違った」

静香がそう言うと、勇作は視線を上げる。その瞳には戸惑いが浮かんでいた。

「ちょっと違うって、何が?」

「勇作が、健次に頼まれて“別れさせ屋”みたいなことをした理由は、お金じゃないって聞いてた」

「…奈央ちゃんは、何て言ってたの?」

「奈央さんのためにやってくれたって」

「…もちろん、それもある。奈央ちゃんは大事な友達だし、彼女が健次さんと結婚して幸せになれるなら、って思ってた」

そして、「でもあそこまで健次さんが最低な人間だとは思ってなかったけど…」と付けくわえた。

だが、勇作がどれだけ健次を否定しようが、何もかも言い訳にしか聞こえない。

「いずれにせよ、二人の幸せにとって邪魔な存在だった私をホノルルでウロチョロさせないため、勇作は一肌脱いだってことだよね?」

「うん、そういうことになる…。本当に、悪かった」

ふたたび深く頭を下げた勇作を、静香は冷ややかに見つめていた。そして、口を開く。

「私のこと騙すなら、最後までしっかり騙してほしかった」

そこまで言って、反射的に出た自分の言葉にハッとした。

―そうだ。そうだったんだ…。

ひとり旅。ハワイ。非日常。

すべては夢だと分かっていた。現実はまた別にある。

明日には東京に帰り、日常をまた生きていく。

だからこそ、勇作には最後まで夢を見させてほしかった。

14日間だけでいいから、恋人でいてほしかった。

―私が怒っているのは、騙されたことじゃなくて、夢を壊されたことだったんだ…。



「本当に、ごめん…。だから泣かないで」

勇作に言われて、自分が泣いていることに気づいた。いつかのビーチのときと同じだ。

「大丈夫。悲しくて泣いてるわけじゃないから」

涙を拭って、静香はきっぱりと言った。

「これは悔し涙」

5年も付き合っていた男に自尊心を大きく傷つけられ、現実逃避のように訪れたハワイでも、夢を見ることすら許されないのだ。

―この14日間は、私にとって何だったんだろう。

悔し涙を流すためハワイに来たわけじゃないのに。

「ありがとう。もういいよ」

静香はそれだけ告げると、バッグを掴んで席を立つ。すると勇作は、すぐに静香の手を取った。

「待って。まだ俺の気持ちを、すべて伝えてない」

―放して!

いつかのように振り払うこともできた。しかし気力がない。

「出会いは、たしかに偶然を装った仕組まれたものだったし、たくさんウソもついていた。でも静香と一緒にいて、静香にどんどん惹かれていったことにウソはない。

静香のことが好きになったから葛藤したし、健次さんとも決裂したし…」

「ずいぶん身勝手なことを言うんだね」

勇作の眼差しは、真剣だった。だが静香は、それを冷たく突き放す。

「そういうどっちつかずの態度を取るから、私は傷ついた。本当に私のことが好きなら、このまま私に嫌われて。私は、あなたたちがやったことを軽蔑してる」

「…」

勇作が何も言えなくなったことを見届けてから、静香はその場を立ち去った。



ハワイで過ごす、最後の夜。

静香は、昨夜と同じく目一杯のオシャレをして、ひとりディナーへ出かけた。

ディナーが終わると、バーを3軒ハシゴした。行く先々で、近くにいた客や店員と会話をした。

刺激はない。けれど心は穏やかだった。

求めていた境地に、最終日にしてようやく辿り着けた。

明日、静香は日本へ帰る。


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帰国日、静香が最後に会う、意外な人物とは…。