まことしやかに囁かれる、恋愛にまつわる都市伝説。

付き合う前に一線を越えたら、本命になれない。
一人暮らしの女性がペットを飼ったら、婚期を逃す。

それって、本当?

東京には、こんな定説に振り回されず、思うがままに人生を楽しむ女たちがいる。

だって彼女たちは、自分の“恋愛フィロソフィー“を持っているから。

前回は、惚れた方が勝ちだ、と主張する女を紹介した。



ケース4:仕事が忙しい女性は婚期を逃す?


―2019年7月―

「うわ〜、なにこの綺麗なマンション。勝ち組感、半端ない!」
「そんなことないよ、コーヒー出すから座ってて」

結婚を機に越してきた、広尾の低層マンション。都会とはいえ、窓からみえる緑が気に入り、即決したこの部屋は、いつだれが来ても絶賛してもらえる。

今日初めて家へやってきた同期の彼女は、興奮した様子で一通りあたりを見渡すと、こちらを覗き込み、小声で話し始めた。

「ねえ、円香。そもそも結婚願望ってあったの?どうやって結婚したの」

「あったよ〜。てか、普通にがっつり婚活してたからね」

大学時代から憧れていた外資系消費財メーカーに入社し、20代後半のほとんどを仕事に捧げていた私は、男っ気もなく傍からは独身まっしぐらに見えていたらしい。

「円香、いつの間に出会ってたの?教えて〜」

会社の同期とは言え、大学院を出ている彼女は、私の2個年上。最近婚活に本腰を入れ始めたとのことで、興味津々に尋ねてくる。

でも、大丈夫。彼女みたいに仕事のできる女は、意外と婚活に向いているのだ。

彼女のことを応援する気持ちになりながら、1年前の自分に思いを馳せていた。


「仕事のできる女は、婚活に向いている」と主張する円香。その根拠は?

私は、入社以来ずっと必死に働いてきた。

憧れの企業。外資ならではのスピード感、裁量の多さ、周りの人間の優秀さ。ついていくのに必死だったものの、充実した仕事環境は、私にかなりの満足感を与えていた。

漠然と結婚願望はあったが、27歳でとあるプロジェクトのリーダーに抜擢されてからは、仕事への熱量に拍車がかかった。

仕事が楽しくなり、しばらくは彼氏を作っている余裕もなくなり、キャリアアップのために時間を費やした。むしろそっちの方が楽しかったから。

しかしある時、私に転機がやってきた。本当に、突然に。

父が倒れたのだ。

幸い命に別状はなかったものの、持病が悪化し一時的に療養が必要と判断された父はどこか弱々しく見えた。

―だけど。

そんな父を明るく支える母と、それを申し訳なさそうにでもどこか甘えた様子で見つめる父。自分が弱ったとき、こうして傍で心配してくれる人間がいるということはなんて幸せなんだろうと、思わずにはいられなかった。

そして同時に、ふと、会社の独身アラフォー女性の言葉がフラッシュバックした。

「婚活を始めるなら早いうちのほうが絶対いいわよ。そのうち気づいたらいい男は、みんな結婚してるから」

もうすぐ私は、29歳の誕生日を迎える。

今まですっかり忘れていた、彼女の後悔が滲んだその嘆きが、何かのアラートのように脳内再生され、そして私は決意した。

―先輩には悪いけど、私は彼女みたいな後悔はしたくない…。私は家族が欲しい。私、絶対に…幸せな結婚をする!



こうして、私の婚活は本格的に始まった。

けれども、仕事は容赦なく降り注ぐ。休日も、販促イベントやらに駆り出されたり、家で終わらない作業に追われることも少なくない。

だからこそ、『婚活プロジェクト』と名づけて仕事のプロジェクトと同様に、いやそれ以上に戦略的に遂行することにしたのだ。

■ミッション1 プロに相談しマーケティング開始

手始めに婚活相談所に登録。婚活パーティーに何度も参加し、自分にどれだけデートの申し込みが来るかで、恋愛市場ではなく、婚活市場における自分の市場価値をなんとなく掴んだ。

■ミッション2 条件の洗い出しとマッチング

次はアドバイザーに相談しながら、自分が理想とするお相手像がどれだけの競争率か、どこらへんが落としどころなのかを把握。そして、条件にマッチする男性を洗い出してもらい、さらにこの段階から、アプリでもその条件に合う男性を探した。

仕事だって、ただただ理想を唱えているだけでは始まらない。現実味のあるプランを立てて、実行に移さなければならない。

■ミッション3 実行しまくる

そして幸いなことに、かなりの人数の方とマッチした。多忙だった私は、条件のいい何人かに絞りこみ、隙間時間でメッセージを重ね、ある程度その人となりに好感を持てた人とだけ会っていくことにした。だが、私はここで、大きな落とし穴にはまることになる。

―それは、一番好条件の男性とお会いした日のこと。

「あ、こんにちは!前田と申します、よろしくお願いします」

まさに堅実さが顔から滲み出ているような、真面目そうな男性。まずは、お茶だけでも、とホテルのラウンジを指定してきたあたりからも、婚活への真剣さが感じられる。

―まさに、結婚に適した男。私の理想。

仕事の話、将来の家族像、趣味の話。一通りお互いのことを話し、私が実家で飼っている猫の画像を彼に見せようと、スマホを手渡した、その時―。

私は、あることに気づいてしまった。


とはいっても、仕事と婚活は違う。円香が気づいてしまった、婚活の盲点とは?

―私、この人、無理…。

彼を一生懸命に受け入れようと努力していたものの、彼の手に触れた瞬間、私はこの人のことが生理的に受け入れられないのだ、と反射的に理解してしまった。

恋愛と結婚は別物だ。わかっている。…だけど、どんな好条件でも生理的に受け付けない人と我慢してまでする結婚では、このプロジェクトは成功したとは言えない。

結局は人間対人間。自分が一緒にいたいと思える人でなくてはダメだと、初歩的なことに改めて気づかされたのだ。

しかし、それは対面してみないとわからないことだった。顔だけじゃない、その人の選ぶ言葉、発する空気感、滲み出る人間味…。いくらやり取りを重ねたところで、オンラインで得られる情報には限りがある。

「どうかしました?」

心配そうにのぞき込んでくる彼に、大丈夫ですと、精一杯の笑顔で返すも、きっと私の顔は、これまでないほどに引きつっていたと思う。

■ミッション4 プランの見直しと実行

私は彼との出会いを機に、作戦を変えた。進め方に問題があれば、すぐに修正する。仕事で叩き込まれた考え方は、良くも悪くも染みついて離れない。

それ以来、私は1人ずつ短い時間を設定し、隙間時間を使ったり、ときにははしごしながら、アプリと相談所を活用し、とにかく多くの人に会ってみることにした。

…だけどそれは、本当に、本当に骨の折れる作業だった。

初対面の人と、1対1で時間を過ごす。ときには、全くもってつまらない話の相手をしたり、生理的に受け付けない人を目の前に、お茶を飲まなければいけない。自分が良いと思った相手からお断りされ、心が折れそうになることだってもちろんある。

戦略的に進めることで効率的に目的へと辿り着けるが、でもそれは楽をできる、というわけじゃなかった。

だけど、私は一度決めたことは絶対に成し遂げたい。大学受験だって、就活だって、仕事のプロジェクトだって。決めた目標は絶対にクリアしてきたし、クリアしないと気が済まない。

本気で始めたからこそ、プロジェクトとして「結婚」にゴール設定をしたからこそ、私はそれでも踏ん張った。途中で諦めたくなったときもあったが、私はひたすらに、PDCAを回しながらこのプロジェクトに打ち込んだ。

―そして、私の執念が実ったのは、30歳の誕生日を迎える1週間前。ようやく、アプリで今の夫に巡り合うことができたのだ。

「なんだか昔から円香ちゃんのこと、知ってるみたいな気がする」

初めて会ったとき、壮太はそう言った。

私もそう思った。

ときめきはなくとも、違和感もない。

そんな壮太と結婚するまでは、本当にあっという間だった。最初から自分に結婚の意志があることを伝えていたこともあって、半年後にプロポーズされ、今に至る。



たしかに、仕事に夢中になっている女はタイミングを見失い、婚期を逃してしまう可能性は高い。

しかし、危機感さえ覚えれば、それはパワーのいる婚活への原動力となるし、仕事で培った能力は十二分に婚活に生きてくる。

仕事はそこそこで、趣味に打ち込んだり食事会や恋愛する時間的余裕がある女性よりは、私のように限られた時間しか使えない人のほうがより計画的に婚活をするから、結婚をゴールとしたときには向いているのかもしれない。



壮太:「結婚を前提に」


総合商社に勤めて、15年。これまでにも結婚を考えた女性が過去に2人いたのだが、自分の駐在が決まったとか、彼女の転勤が決まったとかでつくづくタイミングに見放されてきた。

僕も37歳になり、さすがに30代で結婚相手を探しておくか、と重い腰を上げてはじめた婚活だった。

そこで出会った円香。

何度目かのデートで、円香は唐突にこう言った。

「壮太さん。私と結婚前提で付き合ってください」

付き合ってもない女性からそんなことを言われて、面食らったのが正直なとこだ。だけど、そのカラっとした明るい表情で言われたからか、僕は素直に嬉しかった。

彼女がしおらしく、何も言わずにずっと僕からのアプローチを待っているタイプだったら、もしかしたら僕は、またダラダラとしていたかもしれない。

だけど、彼女が最初に「結婚を前提に」とあえて僕に伝えてきたことが大きかった。

彼女の、自分で人生を切り開いていこうとするその熱量が、僕をも幸せな結婚へと導いてくれた気がする。


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「ペットを飼うと婚期を逃す?」そんな定説に異を唱える女が登場。