スパイシーデイズ。

それは、自分を見失うほどの恋に苦しんだ日や、
仕事のミスが悔しくて涙を流した夜、
もう来ないとわかっているはずなのに返事を待つ、あの瞬間。

ほろ苦いように感じるけれど、
スパイスのように人生の味つけをしてくれる。

前回は先輩男子からどう思われているかを悩む後輩女子を紹介した。

今回紹介する彼女が過ごすのは、どんなスパイシーデイズ...?



たとえば喧嘩するとき、涙が出るほどぶつかり合うことがなくなったり。

冗談を言うとき、バカとかアホなんて言葉を使わなくなった。

1年前のあの日以来、俺らは何かが変わった気がする。


ー 1年前 ー


蓮は、姉の結婚式で大阪に帰省していたこともあって、彼女の絵理と会うのは実に3週間ぶりだった。

車を走らせ絵理の家の前まで行くと、花柄のロングワンピースを身に纏った細身の絵理が、蓮に向けて手を振る。

「ちょっと、しばらく会わない間に、太ったんじゃない?」

車に乗り込んでくるや否や、蓮の顔を見て話す絵理に、すかさず言葉を返す。

「絵理だってストレスない生活って言ってたのに、肌荒れてるやんけ」

「うるさいなぁ。久しぶりなんだから、今日も可愛いね、の一言くらい言ってよ」

そんなことを言いながら、蓮は車を走らせ、箱根の温泉に向かった。

蓮が絵理と出会ったのは、2年前の夏だった。友達の開いた食事会で初めて出会ったはずなのに、気がつけばまるでお笑いコンビのように、絵理がボケて蓮が突っ込む流れが出来上がっていた。

すっかり意気投合して、あっという間に付き合い始めたが、その後も2人の関係は変わらず、冗談から真剣な話まで、なんでも言い合える仲だった。

今まで何人と付き合ってきて、初恋はどんな人で、初めての経験はいつで。

どんな隠し事もしない、言いたいことはストレートに伝える、それがいいことだと、蓮は思っていた。


蓮のちょっとした行動で、大ゲンカに発展…!?

翌朝、朝食のバイキングに向かいながら、絵理は浮き足立っていた。

「あ〜私ホテルのバイキングって嬉しくてたくさんとっちゃうんだよねぇ。楽しみ〜!」

「まだまだ子供だな」と蓮が鼻で笑うと、絵理はむくれて蓮を肘でこづく。

「失礼な。立派な27歳のレディです!」

バイキングで席に荷物を置くと、2人は早速皿を片手に、所狭しと並ぶ料理を端から端までゆっくりと見て回った。

「あ〜パンいっぱいある!クロワッサン美味しそうだなぁ。いや、でもクロックムッシュかなぁ」



目の前に並ぶ様々な種類のパンを前に悩む絵理。それ横目に、蓮はスイスイとパンを皿に盛っていく。

「ちょっと、決めるの早くない?」

「こういうのは直感でしょ」

そう言いながら皿に次々とパンを乗せていた蓮だったが、ひとしきり皿に盛られたパンを眺めると、自分の皿からパンを一つトングで取り、元あったカゴに戻した。

それを見て、「え!」っと驚いたように目をパチクリさせながら声を上げる絵理に、蓮は「何?」と眉間にしわを寄せて返事をする。

「だって、一回取ったパンだよ?戻すの?」

「だって別に触ってないし。それに、お腹いっぱいになって残すよりマシでしょ」

「えっ、でも、後でそのパンを取る人はいい気持ちしないじゃん」

「そんなの知らないよ。いちいちうるさいなぁ」

そう言って他の料理を見に行こうとする蓮だったが、絵理が正面に立ちはだかる。

「だって自分だったらいい気持ちしなくない!?他人への想像力無さ過ぎない?」

「はいはい」と蓮が流そうとすると、絵理はまくし立てるように言う。

「そういうの、マナーが悪いよ」

「は?」

「だから、マナーが悪いって言ってるの」

絵理の言葉を聞いて頭に血が昇るのを感じ、蓮は思いっきり絵理を睨みつけた。

「お前、なんなの?」

いつもよりも語気が強くなった蓮に驚いて、絵理は思わず目に涙を浮かべる。

「お前って言うの、やめてよ」

「は?お前って呼んで、何がいけないの」

そう言われた途端、絵理の目からさらに涙が溢れてきた。

−せっかくの食事中に、いちいち泣くなよ。

レストランのど真ん中で涙を浮かべて立ち尽くす絵理を見ながら、蓮は大きくため息をつく。

「もういい。気分悪いし、一人でご飯食べるわ」

結局、朝食後も蓮と絵理は部屋に戻らず別行動をとった。

2人が合流したのは、昼過ぎに絵理が「ごめんね」と電話をした後だった。


東京に帰ってきた蓮の携帯が鳴る。その相手は...

その日、2人が東京に戻ったのは18時を過ぎた頃だった。絵理を家に送り届けた後、蓮の携帯が鳴った。

−美月:いま暇してない?お茶でもしようよ−

蓮の元カノであり、別れてからは何でも話せる親友のような存在になった美月。

長いドライブで疲れていたはずなのに、無意識のうちに蓮は「OK」のスタンプを返していた。

パーキングに車を停め、待ち合わせをしていた駅に向かうと、遠くから美月が笑顔で駆け寄ってくる。



「突然呼び出してごめんね」

「おう」

「お散歩しようよ」

そう言いながら美月は片手に持っていた飲み物を差し出す。

「お!これは!」

「吉祥寺の『chai break』で買ったチャイティー。好きだったでしょ?」

美月のニヤリとした顔を見ながら、蓮は大きく頷く。

「で、今日は車でドライブでもしてたの?」

「昨日今日で彼女と箱根行ってた」

「へぇ〜いいじゃん!楽しかった?」

「うーん、まぁ」

美月の質問で、喧嘩のことを思い出した蓮は言葉を濁す。

「何よ、その返事は」

蓮の様子がおかしいことを、美月はすぐに察したようだ。逃げきれないと思い、蓮は大きく息を吐いた。

「また喧嘩したんだよね」

「相変わらずだなぁ」

呆れたように笑いながら、美月はチャイティーをすする。

「美月は?最近彼氏とどうなの?」

話題を変えようと、蓮も美月に問いかけるが「うーん、そうねぇ」と小声で呟くばかりでなかなか話し始めない。

「なんだよ、まさか別れた?」

痺れを切らして蓮が意地悪そうに言うと、美月は急に真顔になり、深妙な面持ちで蓮を見つめる。

「あのね...私、結婚する」

「あ...そうなんだ」

驚き過ぎて、精一杯絞り出した返事がそれだった。

−美月が、結婚。

美月の予想外の報告に、蓮は内心、とてつもなくソワソワしていた。

「なんで結婚しようと思ったの?」

「人の気持ちに対して、想像力があるから...かな。目の前の大事な人のことも、見えない相手のことも、しっかり考えようとする想像力。そういうの、私にはなかったなぁって気付かされて」

そう言われて、蓮は一瞬ハッと息が止まったような気がした。


美月と別れた原因を思い出した蓮。別れ際、美月にあることを提案する。

美月と別れたのは、3年前の夏。あまりにも喧嘩や言い合いが酷く、お互いに疲弊して別れた。

蓮の頭の中では、喧嘩のたびに美月から言われていた「蓮は私の気持ちなんて考えたことないくせに」という言葉がこだまする。

−そうか、俺には想像力がなかったのか。

美月の報告を受けてぼんやりと歩いていた蓮だったが、気づけば2人は駅まで戻ってきていた。右手で持っていたチャイティーの氷は、とっくに溶けている。

「美月...おめでとう」

「うん、ありがとう」

我に返ってポツリと言った蓮に、美月も同じように小声で返事をした。

「もう、帰ろうか」

しばらく下を向いていた蓮だったが、その声を聞いて顔を上げると、美月が優しく微笑んでいた。



−美月のこんな笑顔、見たことなかったな。きっといい彼氏なんだろうな...想像力か。

少しの間黙っていたが、蓮はニコッと笑うと頷いた。

「あのさ、俺ら、もう会うのやめよう。美月の旦那のためにも」

そう言い切ると、美月は驚いたような表情を一瞬浮かべるが、すぐに何かに気がついたように、笑顔を浮かべた。

「うん、そうだね。私たちのためにも」

そう言うと、美月は手を振って改札に入って行った。


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もう来ない、とわかっているはずの返事を待った彼女