ひとり旅をするとき、こんな妄想をしたことはないだろうか。

―列車で、飛行機で、もし隣の席にイケメンor美女が座ったら…?

そして、妄想は稀に現実になる。

いくつになっても忘れないでほしい。運命の相手とは、思わぬところで出会ってしまうものなのだと。

傷心旅行に発った及川静香は、素性の知らない男と恋に落ちるが…。出会いから、別れまで、たった14日間の恋の物語。

◆これまでのあらすじ

静香は元カレ・健次に別れを告げられ、ハワイへ一人旅に出る。

偶然知り合った勇作に運命を感じるが、その出会いは仕組まれたものだった。

勇作に決別を告げた静香。そしてついに、帰国の日を迎えようとしていた。



Day14,2019年6月21日。


午前10時。ホノルル発のフライトは午後の便だというのに、静香はすでに空港に到着していた。

真面目できっちりしすぎていて、堅苦しい。元カレにそう言われてフラれただけあって、几帳面な性格は変わらない。ずいぶん早めに着いてしまったのだ。

『出発時刻は?』

ホテルから運んでくれたUBERドライバーに英語で尋ねられ、素直に答えると笑われた。

『少し早すぎない?』

『ゆったりとした時間が流れるハワイから離れて、忙しい東京に戻らなきゃいけないから、リハビリを兼ねてるの』

『尊敬するよ。でも、いつでもハワイに戻っておいで』

気が向いたらUBERで働いて、基本はサーフィンをしていると自己紹介してくれたドライバーのおじさんは、優しそうな笑顔でウインクをしてくれた。

ハワイは悪くない。むしろ最高だった。

しかし思い出がひどすぎた。ハワイの地にふたたび立つことは、もうないかもしれない。

チェックインカウンターが開くまで、静香はカフェで時間を潰すことにした。

明日から2週間ぶりに仕事に復帰するため、スマホでメールをチェックする。

しばらくした後で、そろそろ開いたはずのチェックインカウンターに向かおうと席を立ったとき、向こうからこちらに手を振って小走りで来る女性が視界に入った。

近くの知り合いに手を振っているのだと思ったが、周りには誰もいない。その女性は、静香に手を振っているのだ。

そしてあらためてその顔を見ると、しっかり見覚えがあった。

それは、かつて勇作の妻であった、ミランダだった。


帰国直前の静香がミランダから聞かされた、驚きの情報とは

『娘たちがユーサクを見送りたいって言うから、連れてきたの』

静香を強くハグしたあとで、ミランダは言った。予想外の情報に、静香は驚いて体を離す。

『えっ、勇作も今日、ハワイを発つんですか?』

『実は、そうなの…。行きの飛行機と同じで、帰りの飛行機も、シズカとユーサクは隣同士かもしれないわ』

ミランダはそう言って、大きく肩をすくめた。

ーもう、会うこともないと思っていたのに…。

それはただの偶然かもしれない。あるいは、静香がどの便に乗るのか知っていた健次が仕組んだことなのかもしれない。

同じタイミングでハワイに発つことを知ったミランダは、娘二人を勇作に合わせている間、静香を探し、そして見つけてくれたのだった。

『例の話は全部、ユーサクから聞いたわ』

ミランダは、ありえない、といった風に首を横に振りながら、怒りをあらわにした。

『男たちって、本当に最低よね』

言葉自体はおとなしめだが、表情としぐさだけで、これだけ憤りの感情を表せるミランダが羨ましいと思ってしまう。

『でもユーサクの肩を持つわけじゃないけど、ユーサクは本当にシズカのことを好きだったんだと思う』

『それは、わかってます』

思わずそう返事した自分に、静香は驚いた。

―えっ、わかってるの、私?

ミランダは深く大きく、何度も頷く。

『わかってるなら良かった。わかってるなら、本当に良かった』

そうして、ふたたび静香をギュッとハグした。その温もりに身を委ねながら、静香は小さな声を漏らす。

『…でもそれでも、許せなくて…』

『当然よ!』

ミランダは大袈裟なジェスチャーをしながら言葉を続ける。



『静香が好き。でもお金が欲しい。だから“仕事”はしなきゃいけない。でもやっぱり静香が好きだから、優しくした。かと思ったら、やっぱり突き放した。愛情表現したり、素っ気なくしたりを散々繰り返して…。で、最後の最後で“雇い主”を殴った』

まくしたてるように言ったあとで、最後にこう付け足した。

『はあ?なにそれ!?意味不明!』

飛び出すかと思うほどに目を開いて、ミランダは叫ぶ。

『そんな男には、こうよ!』

空港のどこかにいる勇作に向けてなのか、彼女は中指を突き立てた。

そんなミランダの姿に、静香は笑ってしまう。そして、彼女のことが純粋に好きだと思った。ミランダと会うためならまたハワイに来てもいいかも、と思ったほどだ。

『ユーサクって名前どおりよね?』

そう言ってミランダは、茶目っ気たっぷりにウインクする。静香もちょっぴり意地悪な笑みを浮かべ、頷いた。

「“You suck”?」

「Yeah! Yu-saku is“You suck”!」

そうして、静香とミランダは二人で目を合わせて笑った。

会うのは二度目なのに、これほど距離を縮めることができたのは、ミランダのキャラクターのおかげなのか、それとも…。

『だからもしシズカが、もう二度とユーサクと会いたくないなら、飛行機の席は変更したほうがいいわ。それをどうしても伝えたくて、シズカのことを探したのよ』

『ミランダ、ありがとう。でも大丈夫。もし本当に隣同士だったら…』

『…隣同士だったら?』

『眠ったフリして、話しかけないでって、態度で示す』

今度は、静香がウインクした。それを聞いて、ミランダは大笑いしてくれた。

それから静香とミランダは、互いのFacebookを繋いで“Friend”になった。

『どうかハワイを嫌いにならないでね。またハワイにおいで』

ミランダの言葉に、静香もまっすぐ彼女を見つめると、きっぱり答える。

『必ず、来ます。その時は、アンジェラとクリスティーナとも会わせてください』

『そうよね!』

ミランダは大きな声で言った。

『今度は、娘二人に、メイクとファッションを教えてあげてほしいわ。シズカの今日のルックス、超イケてるから』

『ありがとう』


帰国便で、静香と勇作はまたしても隣り合ってしまうのか…?

とはいえチェックインする時にはさすがに、静香は「席を変更するか、しないか」を一瞬だけ迷ってしまった。

やはり隣の席が勇作だったら、と考えたら、さすがに気まずい。

―でも、まあいっか。

その時はどの時だ。どうにでもなれ。

結局席は変更せずにチェックインし、搭乗ゲートに向かう。

―同じ飛行機なら、当然、搭乗ゲートも同じよね…。

キョロキョロしていると勇作を探しているのかと誤解されるのが嫌で、静香は一点を見つめながら、まるで修行僧のように固まり、搭乗時間を待った。

勇作はどこかにいたのかもしれないが、視界に入らなかった。

機内に乗り込んで席に着くと、心臓が跳ね上がるのを感じる。

―隣に勇作が来るかもしれない…。

だが、心配は杞憂となった。

家族連れのお父さんが、並びの席からひとりだけはみ出る形で、静香の隣席に座った。

同じ機内にいるはずの勇作の姿は、離陸までも、そして羽田に着陸するまでも、見かけることはなかった。

―もしかして違う便だったのかな?

静香は、どこかガッカリしている自分に驚いたが、気のせいだと思うことにして感情にフタをした。

だから、油断していたのかもしれない。

入国審査ゲートを過ぎて、預けたキャリーケースを受け取るベルトコンベアの前で、完全に無意識で、ある男性の隣に立ってしまったのだ。そしてそれは、まさに勇作だった。

「あ」

思わず声が漏れる。すると勇作は、どういうわけか少しも驚いた様子はなく、頷いた。

「うん」

「いたんだ…」

なんともいえない微妙な空気が流れ、静香はそう言うしかなかった。

「俺は静香に気づいてたけど、声をかけるのは我慢していた」

「あ、そう」

なるべく素っ気なく、なるべく冷たく、自分にそう言い聞かせながら答える。静香の作戦が功を奏したのか、勇作はそれ以上何も言ってこなかった。



先に出てきたのは、静香のキャリーケースだった。それをすぐに拾って、静香は到着ロビーのほうに向かう。

まだ自分の荷物を待っている勇作は、もちろん追いかけて来られない。

ゲートを通過すれば到着ロビーに出て、もう後戻りはできなくなる。

―ここで待つべき?それとも行くべき…?

そう迷ったのと同時に、一瞬でもそんな愚かなことを考えた自分にツッコミを入れる。

―待つ?誰を?まさか勇作を?

フーッと大きく息を吐くと、ふたたび早足で歩き始める。

―バカバカしい。行っちゃおう。

到着ロビーに出た静香は振り返ることなく、タクシー乗り場へ急いだ。

「待って!静香!」

体がビクッとした。振り返ると、勇作が走って追いかけてくる。しかし彼は、手ぶらだった。

「えっ?荷物は?」

「いや、あの…それより、静香と話したくて…」

呆気に取られたが、それでも静香は感情を抑えて言った。

「何を話すの?もう東京だし、ハワイじゃないから、私、急いでるの。話があるなら端的にお願いします」

「…14日間だけ、静香の恋人になれると思ってた」

急かされて焦ったのか、勇作はいきなり核心から話し始めた。

「でも傷つけた。あらためて、ごめんなさい」

「…それだけ?」

「友達として、もう一度やり直したい。…友達じゃなくても、ただの知り合いでもいい。とにかくもう一度、やり直すチャンスが欲しい」

「…」

「たった14日じゃ分からない事があるから」

「ううん。14日でも、じゅうぶんにアナタが最低だってことは分かったわ」

静香のキツイ口調に、勇作は完全に押し黙った。もしかすると荷物を放置してまで追いかけてきたことを後悔しているかもしれない。ざまあみろ。

「でも…」

無意識でそう言いかけて、ハッと我に返って黙り込む。静香は混乱していた。

勇作は最低な人間だった。その事実に変わりはない。それなのに一体自分は、何を言おうとしているのだろう。

続く言葉を勇作は待っている。妙な間が空いてしまう。このままでは彼を誤解させてしまうかもしれない。

「…何でもない」

ようやくそう言って、視線をそらす。

だが、「でも…」の後に本当はどんな言葉を続けたかったのか、どんな思いを吐露しようとしていたか、もう自分でもわかっていた。

どれだけ最低なことをされても、どれだけ悪態をついても、もう二度と会わないと宣言しても、まだ心が追いつかない。

―私、自分にウソをついてる。

それは元カレ・健次との付き合いでも感じていたことだった。

当時、もう二人の関係はとっくに終わっていることに気づいていた。でも終わらせるのが怖くて自分にウソをつき、平気なフリをして、だらだらと引き延ばすような付き合いを続け、結局彼は他の女と結婚したのだ。

―もう自分にウソをつかないために、ハワイに行ったんじゃないの?

だったらもう一度だけ、勇作にチャンスを与えてもいいじゃないか。

いや、自分自身にもう一度、チャンスを与えていいんじゃないか。もっと自分を甘やかしてもいいんじゃないか。

静香は決意を固めると、顔を上げた。

「ハワイは私にとって非日常だし、正直、悪夢だった。たくさん傷ついた。…だからその代償は払ってもらう」

「…代償?」

「私の傷を癒すこと。私をハッピーにさせること。それが条件。その条件をのむなら“知り合い”になってもいい」

勇作はポカンと口を開け、突っ立っている。

「明日から始まる15日目、楽しみにしてる。じゃあね」

静香はそう言い切って、タクシーに乗り込んだ。

連絡先も教えていないが、すでにミランダも含めて共通の知人がいる。勇作が本気なら、どうにかして連絡を取ってくるはずだ。

明日から勇作がどんな行動を取ってくるのか楽しみだった。

そして、それを楽しみに思っているどこか上から目線の自分を、「それでいいじゃないか」と許してあげることにした。


▶Next:6月14日 日曜更新予定
次週、最終回。たった14日間の恋の結末は?