スパイシーデイズ。

それは、自分を見失うほどの恋に苦しんだ日や、
仕事のミスが悔しくて涙を流した夜、
もう来ないとわかっているはずなのに返事を待つ、あの瞬間。

ほろ苦いように感じるけれど、
スパイスのように人生の味つけをしてくれる。

前回はある男が元カノに指摘されてようやく気がついた問題点を紹介した。

今回紹介する彼女が過ごすのは、どんなスパイシーデイズ...?



「なんか、疲れてる?」

彼女がそう聞くと、隣にいる彼はうーんと曖昧な返事をしながら、少し躊躇ってから口を開いた。

「最近さ、親とあんまり関係よくなくて」

「へぇ〜、なんで?」

「今、一時的に実家で暮らしてるんだけど、久しぶりに一緒に過ごしたら価値観がズレてる気がして。話が噛み合わないんだよね。それでちょっと揉めちゃって」

「そうなんだ。ハルキくん、家族仲よさそうなイメージだったから、意外」

「長男だから、元々色々あるんだけどね...。まぁ、そんな話あんまりみんなにしないし。特別な人だけだよ」

彼がニコッと笑いかけると、彼女は「またまた〜」と照れたように笑いながら、カウンターからアイスコーヒーを受け取った。

そんな、見知らぬカップルの仲睦まじいやり取りを見ながら、瑠美はコーヒーができるのを待っていた。

「アイスカフェラテでお待ちのお客様〜」

耳にキンと響くような声に呼ばれて、瑠美はいそいそとカウンターに近づいた。

日曜10時。涼太とのデートの前に、乾いた喉を潤そうと、瑠美は家の近くのカフェに立ち寄っていた。ロボットのようにカップにストローを刺す瑠美の頭の中で、前に並んでいた男女の会話が再生される。

『特別な人だけ』

何故か、その男の一言が、瑠美の頭の中で鳴り響いていた。


久しぶりのデートで、亀裂を生んだ喧嘩

3ヶ月ぶりの涼太とのデートに心を弾ませ、瑠美は電車の窓に映る自分の姿を何度も確認した。

駅に到着し、改札に向かうと遠目に涼太が小さく手を振っている。

「久しぶり」

ぶっきらぼうに話しかけてきた涼太は、前よりヒゲも髪の毛もボサボサに伸びていて、目の下のクマも濃くなっている気がした。

「なんか、疲れてる?」

首を傾げて心配そうにまじまじと見つめる瑠美に、涼太は少し眉間にシワを寄せながら返事をした。

「いや、そんなことないけど。なんで?」

「疲れてるように見えたから」

「別に」

涼太の冷たい反応に、「ふぅーん、そう」と拗ねたように瑠美は口を尖らせたが、涼太は気にも留めずにスタスタと歩き出す。

−きっと、起業したばっかりだし、仕事大変なんだな。

勤めていた外資系金融を辞めて、昨年末にネット系広告の運用会社を立ち上げた涼太は、土日問わず働きづめで、度々げっそりしてデートに現れるため、瑠美は心配していた。

「仕事とか大変じゃなかった?」

横断歩道で立ち止まった時に、瑠美がさり気なく問いかけるが、涼太は瑠美に目も向けず、ただ信号を見つめていた。



「まぁ、そういう時期もあるよね」

「やっぱり独立すると大変?」

「うーん、まぁまぁ。でも悩みとか友達に相談してるし、うまくやってるよ」

「相談って、起業してる友達に?」

「そう。あとはIT企業の友達とか。同じネット広告系の仕事してるし、相談しやすいんだよね」

涼太の口から出て来たIT企業という単語を聞いて、瑠美は顔をしかめた。

「あぁ...あそこのキラキラ女子たちね」

瑠美の嫌味ったらしく放たれた言葉に、涼太は反応しなかった。

あまりにも冷たい態度に余計イラっとした瑠美は思わず涼太を睨みつける。

「私にはなんの相談もしてくれないんだね」

「えっ?」


「涼太にとって、“彼女”って何なの?」瑠美を怒らせた、涼太の発言とは

「他の女の子には仕事の相談するのに、私にはしないんだね」

「別に相談する必要なくない?」

キョトンとした顔で、涼太は瑠美に視線を向けた。

「疲れてるとか、悩んでるとか、そういう話、私にもしてくれたっていいじゃん」

「何で?必要ないじゃん」

涼太の言葉に驚いた瑠美は、唇をぎゅっと噛み締めた。

「涼太にとって、“彼女”ってなんなの?女友達には相談するのに、何で私にはしてくれないの?」

感情的になって勢いよく言葉を放つ瑠美に、涼太は大きくため息をつく。

「もういいよ、今日は帰ろう。俺、仕事しないといけない」

そう言って駅に引き返そうとする涼太に、瑠美は怒って声を荒げた。

「私って、涼太にとって何なの?」

瑠美の言葉が聞こえていたはずの涼太だったが、決して振り向くことはなかった。



−瑠美:さっきはごめん。−

既読がついたまま何の返事も来ない画面を、瑠美は繰り返し確認していた。



「瑠美は特別だよ」

涼太からきっとこんな返事が来るかも。そんな淡い期待を心のどこかで抱いていた。

ぼーっと携帯の画面を見つめていると、会社の同期・真子から、テレビ通話が掛かってきた。

−そっか、今日の14時に電話する約束してたんだっけ。

慌てて瑠美は「応答」のボタンをタップする。

「やっほ〜!」

画面には、ベッドの上ですっぴんパジャマ姿の真子が映し出された。

「やだ、うちら同じ格好じゃん」

嬉しそうに大口を開けて笑う真子に釣られて、瑠美も「そうだね」と呟く。

「家にいるとずーっとパジャマで過ごしちゃうよね〜。最初の頃はあんなにすっぴんでビデオ通話するのに抵抗あったのに、最近もはやどうでもよくなっちゃった」

あっけらかんと話す真子の話を聞きながら、瑠美は笑顔で頷こうとするが、顔が引きつってうまく笑うことができない。

「なんか、元気ない?」

明らかにいつもとは違う瑠美の様子に気づき、真子が心配そうに問いかける。

「うーん。また涼太と喧嘩したんだよね」

困ったようにため息交じりで笑う瑠美を、真子は呆れた様子で見つめる。

「あんたも涼太くんも頑固だもんねぇ。今度は何?」


悩む瑠美を救った、真子の言葉とは?

「涼太の顔が疲れてるように見えたから、悩んでるのかなって心配したんだけど、全然教えてくれなくて」

「ほう。なるほど?ただ単に言いたくないことだったんじゃないの?」

「でも、他の女友達には仕事の悩み相談してるんだよ?しかもIT企業のキラキラ女子とかに」

「あ〜、まぁ...それはちょっと嫌かも」

真子の返事に「そうだよね」とボソッと呟くと、困り果てたように瑠美は手で目元を覆った。

「なんかさ〜それで今日デート始まってすぐに涼太帰っちゃって。私この人にとって特別でも何でもないんだって思ったら、追いかけられなかったんだよね。前までは必死に追いかけてたのになぁ」

自分自身に落胆するように話す瑠美を見て、真子はしばらく黙っていたが、そっと口を開いた。

「仕事の相談って、弱音はいてるみたいで彼女には言いにくいのかもよ。もしそうじゃなかったとしても、涼太くんが何と言おうと、瑠美は私にとって特別だよ」

「え?」

真子の言葉を聞き、瑠美は目を覆っていた手を下ろした。

「誰かの特別になるって、なろうとしてなれるものじゃないし、無理する必要ないよ」

思いがけない真子の言葉に、瑠美は恥ずかしさを隠すため「えー、超嬉しい」などと軽口をたたくように返事をした。だが本当は、嬉しさのあまり、咄嗟に言葉がでてこなかったのだ。



その日、朝から何も食べていなかったこともあり、夕方になると瑠美は家の近くの『七宝 麻辣湯 赤坂店』に駆け込んだ。

いつも通り、具材を選び座席に着くと、瑠美はまた涼太とのLINEの画面を開いた。

−何も送られてこないまま、このまま終わるのかなぁ。

また息が苦しくなるような感じがして、瑠美はそっと携帯から顔を上げ、大きく深呼吸をした。

ーやっぱり私、涼太の特別になれなかったのかな。



しばらく呼吸を整えようとしていると、瑠美の元に麻辣湯が運ばれてきた。

真っ赤なスープからは、薬膳の香りが漂っている。スープをレンゲですくうと、瑠美はそっと口に運んだ。

−あぁ、そうそう。この辛さ。

口の中で広がるピリッとした辛さを味わうようにして、瑠美は目を閉じた。

−彼女だから言えないって、涼太もそう思ってたのかな。

目を開けると、瑠美は脇に置いてあった携帯をそっと手に取った。

ーもう一回、きちんと謝ろう。それでだめだったら…。

悪い方にばかり考えが及ぶが、不安な気持ちになると同時に、真子が言ってくれた言葉がよみがえる。

−大丈夫。私には、大事な友達がいる。

そう心の中で呟くと、スマホを手に取り、通話履歴から涼太の名前を探して通話ボタンをタップした。


▶︎NEXT:6月14日 日曜更新予定
「東京じゃないと絶対に嫌」彼の異動先を巡ってぶつかり合った2人