結婚相手を見つけるのは、決して容易なことではないだろう。

仮に運良く生涯のパートナーに出会えても、結婚生活が常に平和とは限らない。他人同士が夫婦になるのだから。

だけどもしも、AIがあなたにぴったりの相手を選んでくれたなら…?

ここは、2030年の東京。深刻化する少子化の打開策として、なんと政府は「お試し結婚制度」の導入をした。

3ヶ月間という期間限定で、見ず知らずの男と「お試し夫婦」生活を送ることになった真帆の運命は…?

◆これまでのあらすじ

AIが選んだ相手、健吾とお試し結婚することになった真帆。二人でお酒を飲んで距離が縮まったと思ったのだが…



「んん〜」

ベッドの中で猫のように伸びをして、私はゆっくりと身体を起こす準備をする。

引越し後初めての通勤だから早めにアラームをセットしたが、いつもより30分早いだけでとても眠い。

目をこすりながらリビングに行くと、健吾はまだ寝ているだろうと思っていたのに、すでに支度を終えてキッチンに立っていた。

「おはよう。早いね...」

そう言いかけたところで、昨晩の彼との会話を、不意に思い出した。

ー健吾さんって、今までどんな恋愛してきたんですか?

酔いに任せて、私はそんな踏み込んだことを聞いてしまったのだ。でも結局あのあと、そのままはぐらかされてしまった。

言いたくないことのひとつやふたつ、誰にでもあるだろう。突っ込んで聞きたいところをぐっと我慢したが、隠されると余計に気になる。

健吾の顔色を伺うも、何を考えているのか読めなかった。

昨日の出来事を思い返して、ぼんやり突っ立っている私に、彼はキッチンでテキパキと動きながら尋ねる。

「真帆さんは、朝ごはん食べるひと?」

「うん。作ってくれるの?ありがとう!」

そんな何気ないやりとりをする。だがこの生活も、昨夜の気まずくなった会話も、彼が本当はどう思っているのか見当もつかない。

この人は、かなりのポーカーフェイスなのだ。健吾は表情を全く変えることなく、こう言った。

「いえ。料理は僕が担当するって、決めたじゃないですか」

私は頃合いを見計らって、昨夜のことを謝った。

「あのさ…。昨日は余計なこと聞いちゃって、ごめんね。お互いのプライベートは干渉しない約束だったのに」

「いや、僕もはぐらかしてすみません。前の彼女とはいい別れ方をしなかったから」

さっきからあえてフランクに話しかけているのに、健吾は変わらず敬語を貫いている。

卵とベーコン、アスパラガスが自動で温度調整されながら、一気に焼かれ芳ばしい匂いが部屋中に満ちていった。

「今日、夕飯は外で食べてきます。その元カノに、どうしても会いたいと言われてて...」

ーえ!?元カノと?

急にそう言われ、私は思わず表情を曇らせた。


元カノと会うという健吾。だがその間、なんと真帆も“あの人”と遭遇する…

「そ、そうなんだ。了解!」

気にしていないフリをして答えたが、正直いい気持ちはしなかった。

仮とはいえ、夫婦として生活しはじめたばかりで、元カノと会うのは果たしてアリなのだろうか。

「もし言いたくなければいいんだけど、その人とはどうして別れたの?」

「...言いたくないです」

予想通りの答えだったとはいえ、胸がチクリと痛む。だが平静を保ちながら、私は冷蔵庫からスパークリングウォーターを取り出してグラスへ注いだ。

「あ、そう。じゃあいいや」

グラスを片手に部屋に一度戻ろうとすると、健吾は何かを決意したように口を開いた。

「…僕が、一方的に音信不通にしたんです」

意外な告白に、私は足をピタリと止めた。

「え?音信不通?」

「はい。ちょうど仕事が忙しい時期で、平日の夜は疲れてるし、週末も会うのが億劫になって...。それでも彼女は、一途に想ってくれてたみたいだけど」



ーうわ...

口には出さなかったものの、軽蔑した目で健吾を見てしまった。

「それ、本当に忙しいのが理由?」

「どういう意味ですか」

「男の人が言う“忙しい”ってだいたい嘘な気がするから。忙しいんじゃなくて、単に彼女の優先順位が低くなったんじゃないの?」

朝から喧嘩するつもりはなかったのに、つい反抗的に意見してしまった。

「もし、そうだったとして、それが真帆さんとどう関係があるんですか」

健吾は、感情を高ぶらせることなく、さらに淡々と続けた。

「僕の過去の恋愛事情を聞いたところで、このお試し夫婦生活、うまくいくんですかね」

「だって、恋愛での失敗や後悔してることがあるなら、それを共有しておけば、同じ過ちは繰り返さなくて済むでしょう?」

私たちは結婚がしたくて、その同意の上で一緒に暮らし始めている。そこは健吾と同じだと思っていた。ところが彼は、きっぱりとこう言ったのだ。

「真帆さんは、AIが選んだ相手と“恋愛結婚”ができると思ってるんですか?

僕は、恋愛感情だけで結婚を決めると失敗しそうだから、この制度に参加したんですけど」

「え...」

「僕、先に出るので、ごはん食べていってください」

呆然としている私をその場に残して、健吾はネクタイを整えると、足早に玄関へ向かい家を出ていった。

ーAIが選んだ相手と“恋愛結婚”ができると思ってるんですか?

頭の中では、健吾から言われたその言葉がずっとリピートしていた。



その日の夜、20時。

少し残業をしてから、私は会社を出た。どこかで食べて帰ろうか悩んでいるうちに、足は自然と家を通り越して、代々木八幡の方へと向かう。

初めて歩くエリアに足取りも軽く、しばらくするとなんだか楽しくなってくる。

ひとりでも入れそうなお店を探しながらキョロキョロしていると、センスの良い外観のお店を見つけた。

ガラス越しにそっと店内を覗く。決して広い店内ではないが、分厚い一枚板の重厚なカウンターに和モダンなインテリア。お客さんはひとりもいない。

扉を開けると、爽やかな男性の声がした。

「いらっしゃいませ!」

「ひとりなんですけど...え!フミヤ!?」

「わぁ!!真帆さん」

偶然入ったこの店は、フミヤが独立して出した店だったのだ。


新居付近で、まさかの再会!真帆は、フミヤが若くして独立できた本当の理由を知らされるが…。

フミヤと顔を会わせるのは、誕生日の事件以来だった。

何か言わなきゃと口にするも、慌てて格好悪い言葉ばかりが浮かんでしまう。

「えっと、その、この辺に引っ越したから、たまたま見つけて...決してストーカーとかじゃないから」

とっさに言い訳すると、フミヤは白い歯を見せて笑った。

「わかってますよ。なにムキになってるんですか。座ってください」



モテるフミヤのことだ。あんなことは日常茶飯事なのだろう。

「あの日、誕生日だったんですね。僕全然知らなくて。お詫びに今日は好きものなんでも食べていってくださいね」

フミヤはそう言って、「まずは飲み物を」と私にメニューを手渡した。

「僕、独立できることに調子乗って...あんな偉そうな態度しちゃったんです。すみません。実力を認められたわけじゃないのに」

「それ、どういうこと?」

スパークリングワインを注文すると、フミヤは新しくボトルを開け、一緒に飲み始める。

そして、開業できた事情を打ち明けたのだ。

「前のレストランの常連さんに、僕目当ての女性経営者がいて、その人が独立しなよってお金出してくれたんです。

でも、出資じゃなくて、融資。だから毎月の支払い義務があるんですよ」

ーそういうことだったのか...

「そっか、お金を借りたってことになるんだね」

私の言葉に首を縦に振り、彼は話を続けた。

「そう。でも、軌道に乗るまではいいよって言われてて、甘えたんですけど、その代わり男女の関係になりたいって言われて...

誘いを断ったら態度が急変。まぁ、自業自得ですよね。僕も色恋営業まがいなことしてたから」

ケールのサラダを出しながら、自らを蔑むように言い放った。

「真帆さん...僕、今弱ってます。今ならチャンスですよ。付き合ってって言われたら、うなずくかも」

「え...?」

途端に動揺して、私は視線を外す。するとフミヤは、いつもの調子でおちゃらけてみせた。

「なーんてね!今度メニューに加えようと思ってる試作品も食べてもらっていいですか?まだ時間、大丈夫ですよね?」

「うん。じゃあ頂こうかな」

まさか、私がお見合い結婚で他人と暮らしているなんて、想像もしていないのだろう。

でも今はその事は伏せて、しばらくフミヤの料理とお酒を楽しむことにした。

そこからは、彼とたわいもない会話で盛り上がった。パスタやお肉料理、デザートまで堪能して、すっかりお腹が満たされた私は、ちらりと時計を見る。

「あ、そろそろ帰らないと。明日も仕事だし」

「えー!寂しいなぁ」

フミヤは甘えるように猫なで声を出した。思わず誘惑されそうになり、頭を左右に振って邪念を払う。

その時、

『ケンゴサンカラ、チャクシンだよ!』

自分のアバターが3Dでスマホ画面の上に浮き上がり、リアルタイム通話要請を可愛く知らせた。

ーえ…!?

健吾が電話をかけてくるとは、一体何事だろうか。

「はい」

緊急事態かと思って慌てて応じると、健吾は電話の向こうで少し怒っているような口調だった。

「真帆さん、こんな遅くまでどこにいるんですか?」

そのキツイ口調が、なぜか胸を高鳴らせた。

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