結婚相手を見つけるのは、決して容易なことではないだろう。

仮に運良く生涯のパートナーに出会えても、結婚生活が常に平和とは限らない。他人同士が夫婦になるのだから。

だけどもしも、AIがあなたにぴったりの相手を選んでくれたなら…?

ここは、2030年の東京。深刻化する少子化の打開策として、なんと政府は「お試し結婚制度」の導入をした。

3ヶ月間という期間限定で、見ず知らずの男と「お試し夫婦」生活を送ることになった真帆の運命は…?

◆これまでのあらすじ

健吾とのお試し結婚生活が始まったある日、以前好きだった男フミヤの店で長居してしまう真帆だったが…



その夜、私はぼんやりと家までの道を歩いていた。

—まさか引越した後も、フミヤにまた会うことになるなんて…。

仕事の帰り道に、ふらりと入ったレストラン。そこは偶然にも、フミヤが独立してオープンさせた店だったのだ。

すっかり遅くまで居座り、帰り際に財布を取り出した私に、彼は恥ずかしそうに笑ってこう言った。

「今日はごちそうさせてって言ったでしょ?でもぶっちゃけ経営はヤバイから、たまに食べに来てくださいね」

私が彼女になれると勘違いして、フミヤの部屋から飛び出したあの日から、一切連絡を取っていなかった。

それなのに、こんなにも自然に会話ができてしまうなんて。これは、フミヤの才能だろう。

私にはない才能。年下だけど、そんなところをずっと尊敬していた。

ーもし、私が今、健吾と住んでいなかったら...?

そんなことが頭をよぎるが、今は、国の力を借りてまで婚活させてもらっている身。それに、フミヤが私を見る目が、本気ではないことくらいちゃんとわかっていた。

その瞬間、はっと我に返る。健吾から電話がきたことを思い出したのだ。

誰かに心配されることがこんなに嬉しい、ということを私はしばらく忘れていた。

この、”誰かに守られている感”は、婚姻届に印を押したら更に強まるのだろうか。

世の女性たちが結婚したい一番の理由は、もしかしたら、こんな些細な安心感のためだったりするのかも。

そんなことを考えながら家に着いた。だがその夜、健吾が私に告げたのは、意外な一言だったのだ。

「真帆さん、急なんですが土日のどちらか空いてますか?僕たち、デートしましょう」

「デ、デート!?」


健吾から、まさかのデートの誘い。そして二人が向かった先は・・・。

突拍子のない提案に驚いて、ウォーターサーバーから水を注いでた体勢で振り返ったら、腰を痛めそうになった。

「ちょっ...水、こぼれてますよ」

笑いながら言う姿は、妙に色っぽく見えた。

「デートって…急にどうしたの?そういう恋人みたいなことするの、意味がないとか言いそうなのに」

「いや、お互いのことを知るにはいいかなぁと思って。どこか行きたい場所とかあります?」

プランはまだ未定のようだ。私は少し考えた後で、こう答えた。

「温泉。温泉に行きたい」

彼が意味するのがどの程度のデートなのかわからなかったが、純粋に行きたかったのだ。

「温泉かぁ、いいですね。関東でいいの?それとも静岡とか...?」

「う〜ん」

ー急にデートって、どういう風の吹き回しなのだろう。

そんなことも教えてもらえないまま、健吾は淡々と話を進めていった。

「箱根とかもいいですけど、近すぎるかな。せっかくだし、熱海のこことかどうです?」

健吾がさっとスマホで検索して出した宿は、まるで水と光で創ったアート作品のような建物で、一瞬で心惹かれた。



『ATAMI 海峯楼』に着くと、「誠波」という名のラグジュアリースイートに案内された。

健吾に全て委ねていたのだが、一番いい部屋にしてくれていたのだ。驚きながらも、単純に嬉しく口元が緩む。

夕食は、1日1組しか利用できないウォーターバルコニーを、健吾がしっかり予約してくれていた。



「わぁ、ガラスのお城みたい...ここ実は、ずっと気になってたの。本当、綺麗」

海の上に浮かんでいるようなガラスのテーブルセットは、ただひたすらに美しかった。

当然のように、食事もひとつひとつが丁寧で繊細だ。

飲み物を選ぼうと一緒にメニューを眺めていると、

「静岡の開運って日本酒、知ってます?これ、美味しいですよ」

指さしながら健吾が言い、私は目を丸くした。

「もちろん!実は私、高1まで浜松の高校にいて、サッカー部のマネージャーしてたの。

部員のことは、今でも大事な仲間で。成人してから初めて一緒に飲んだ日本酒が、これだったんだ」

興奮気味に説明する私に、健吾は優しく微笑んだ。

「じゃあ、これ飲みましょう」

そうして気づくと、私は高校時代のことを健吾に語り出していた。


健吾が語る、お試し結婚制度に参加した本当の理由。そして真帆は、感情が高ぶって・・・。

「高1のおわりに静岡を離れたのは、東京で単身赴任している父親のところへ行きたいって、私から家族にお願いしたからなの。部活を辞めるというのも怖くて、だから転校を言い訳にしたんだ...」

県大会など余裕で行ってしまう強豪だったため、上下関係も厳しく、土日も休みなどもほとんどなかった。

当時、毎日泣いていた私を見かねて母親が、その願いを聞いてくれたのだ。

今でもそのことを思い出すと胸が痛む。本当は最後までやりたかったのに、自分が弱かったから逃げてしまった。

高校時代の部活のことを、こんなふうに誰かに自分から話したことなどなかった。

健吾は、口を挟むことなく、ただただ私の話を聞いていてくれた。

「真帆さんは、逃げたんじゃないですよ。きっとその引っ越しが離れるタイミングだっただけ」

健吾は、人の話を聞くのが好きだと言っていたが、聞き上手なのだ。

「ここ、部屋の露天風呂は残念ながら温泉じゃないらしいんです。でも朝日はとても綺麗に見えるみたい。

僕はたぶん無理だけど、真帆さんは頑張って起きてくださいね」

「なにそれ」

笑いながら開運を飲む。その味は、この雰囲気と溶け合っていて、気持ちのいい甘みを感じた。

「ねぇ...健吾さんは、どうしてこのお試し結婚制度に参加しようと思ったの?」

「僕の親、実は離婚してて、さらに兄も結婚してすぐに離婚してるんです。離婚のサラブレッド」

ーそうなんだ...

なんて言おうか考えていると、健吾はさらに続けた。

「だから、僕は証明したいんです。結婚をすると決めた人にしか受け取れない幸せがあることを。

世の中には、女性を軽視していたり、愛と性は別だとか言って、平気で相手を傷つける人がいるけど。僕は、愛こそが、この世の中で1番尊いものだと思っているから」

「でも、恋愛結婚する気はないって...」

「恋は、脳の勘違い。でも愛は、ずっと続く偉大なもの。

その相手を選ぶ手助けをAIがしてくれるなら、失敗が少ない」

他人が聞いたら理屈っぽい言い方も、私の心には障害もなく、すんなり入ってきた。

「確かに、そうかもしれないね…」

私は、元カレから「真帆はもう家族みたいだ」と言われて振られたことを思い出した。

あれは、もしかしたら振るための常套句で、本当はただ結婚したくなかっただけなのかもしれない。

家族みたいな存在って、本来は恋から愛へ変わる、素晴らしい変化なのではないのだろうか。

「楽しいなぁ。奮発した甲斐があったわ」

そのとき不意に、健吾がポツリと呟いたのを聞き逃さなかった。



初めて同じ空間で眠った翌朝。

健吾に言われた通り、日の出より少し前に起きた。

そして、スヤスヤと眠る健吾を起こさぬよう、客室の露天風呂へ向かう。



健吾が言うように、朝焼けの中入るお風呂は泣けるほど綺麗だった。

口では、恋愛結婚はしないと言いつつ、私と仲良くなろうとしてくれている。こんなことをされたら、男として意識しないわけにいかない。

バスルームから出ると、健吾が起きてきた。

おはようという言われる前に、「健吾さん...」と唐突に話しかける。

「ねえ..もし、私が健吾さんを本気で好きになったら、どうする?」

どんな答えが返ってきても、後悔しない覚悟を持って。


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健吾に惹かれていく真帆。しかし健吾は元カノと未だに連絡を取っていた…。