夫婦や恋人でもなく、家族のような血のつながりもない。それでも人が生きていく中で求めるもの—。それは「友情」だ。

「たった一人の親友(バディ)がいれば、他には友達なんていらない」。

そう豪語する男がいた。

互いを信じ合い、揺るぐことのない二人の友情。だが、彼らが好きになったのは、同じ女性だった…。

◆これまでのあらすじ

「僕」こと小暮喜八は、就職活動で知り合った親友・片桐とは10年来の親友だ。

二人がひそかに想いを寄せていた女性・舞が結婚すると知り、小暮は「片桐こそ舞とお似合いだ」と一肌脱ぐことを決意する。



あれは4年前の夏の夜。

僕は片桐に誘われ、着飾った美しい女性たちが客席に溢れる渋谷の劇場で、とある芝居を観た。

それは、映画やドラマも手掛ける人気劇作家の意欲作で、天才画家・ゴッホと同時代に生きた画家たちの友情と葛藤を描いた物語だ。

女性たちの笑い声やすすり泣く声で、劇場が充満する中、僕だけは愕然として笑うことも泣くこともできなかった。

失礼を承知で無理やりに端的に表現するならば、この物語は「凡人がどれだけ努力しても、絶対に天才には勝てない」というテーマを描いていたからだ。

―これって、まさに僕と片桐の関係じゃないか!

片桐は天才肌だ。

色々と考えすぎる性格の僕と違って、片桐は思い立ったら即行動するような大胆さがある。そして僕はだいたい失敗し、片桐はほとんど成功する。

「そんなことないよ!」

観劇後に向かった松濤のビストロで、そのことを吐露した僕に対し、片桐は大袈裟に言った。

「だって俺たち、ライバルだろ?」

僕と片桐はそれぞれ別の大手商社で働いている。たしかに会社はライバルではあるが…。

「それでも、僕と片桐じゃ能力に差がある。認めたくないけど、認めざるを得ない…」

「いやいやいや…年収だって、ほぼ同じだろ?」

「年収の問題じゃない」

二人の共通の趣味である、映画、演劇、音楽ライブ…そして美味しい店巡り。どれもこれも「片桐が僕を誘ってくれたモノ」ばかりだ。

片桐はいつも、僕の前を走っていて、後ろを走る僕を振り返りながら「小暮!早く、こっち来いよ!」と言ってくれている気がする。

「そんなことないと思うけどなあ…」

僕がどれだけ本音を伝えても、片桐は首をかしげるばかりだった。

―もっとも顕著な例が、舞のことなんだぞ。

本音・オブ・本音が口から出かかったが、そのときの僕はギリギリで押しとどめた。

しかし、あの演劇作品を見て愕然とした、最大の理由がこれだ。

僕はどれだけ努力しても、舞には好かれない凡人だ。対して片桐は、努力をせずとも舞から好かれる天才だ。

これは、否定しようのない真実なのだ。


あるミッションを思いついた小暮は、舞に久々に会うことを決意するが…。

就職活動中、ほぼ同時に知り合った僕、片桐、そして舞が、初めて三人で飲んだ日のこと。

学生としては背伸びしたようなスペインバルを予約したのは、僕だった。それなのに4人掛けテーブル席で舞は、僕の対面ではなく、片桐の対面の椅子に腰を下ろした。

凡人が天才に勝てないことは、あの時から決まっていたのかもしれない。

というより「予約したのは僕。“それなのに”」なんて思っている時点で、凡人は絶対に勝てっこない。

晴れて社会人になったあと、舞と二人きりで食事したのも、僕より片桐が先。しかも片桐とはディナーだったのに対して、その後僕が二人で食事に行った際はランチだった。

そして、社会人1年目のゴールデンウィーク。三人でドライブで那須高原へ行ったとき、レンタカーを手配したのは僕だったが、運転席には片桐が座り、舞が助手席、僕は後部座席だった。

舞の誕生日のときだって、そうだ。僕は日頃の舞の言動を思い起こし、分析し、最善のプレゼントとして名刺入れを用意した。ブランド品で新入社員の給料としては値が張ったものだった。

しかし片桐は「あ、そっか、今日って舞の誕生日だのか」などと言い出し、食事会が始まる直前に慌てて立ち寄ったドラッグストアで、大量のフェイスパックを買ってプレゼントしていた。

「ちょうどパックを切らしたところだったんだ。ありがとう!」

舞は無邪気に喜んだ。名刺入れよりも嬉しそうだった。

あれから10年ほどが経ったが、このような事例は枚挙にいとまがない。一事が万事、こんな調子だ。

舞に好かれる能力において、凡人の僕は、天才である片桐には勝ち目がゼロだ。だからこそ舞が、片桐ではなくまったくの別人と付き合い、結婚することが想像できなかった。

舞が付き合う相手は(※僕でないのであれば)片桐でなければならない。

舞を幸せにするのは(※僕でないなら)片桐だ。

10年間ずっと身勝手にそう思っていた。知らない男に舞を取られるぐらいなら、片桐と一緒になってほしい。

僕はミッションを開始した。



「久しぶりに、舞と三人でご飯でも食べない?」

僕は、片桐にそう提案した。

「結婚するってLINEを貰っただけで、直接報告を受けたわけじゃないだろ?会って一緒に祝ってやろうぜ」

祝いたくない。それが本音だ。しかし今はそう言っておくしかない。

「そうだな。直接お祝いしてあげないとな」

僕の言葉の裏には、重大なミッションが秘められているとも知らず、片桐は提案に乗ってきた。

片桐と舞をくっつけよう。これは戦争だ。と、僕は決意したが、舞の結婚相手をいきなり呼び出して「別れてほしい」なんて言えるわけがない。まずは敵をよく知る必要がある。

だから、どんな人と結婚するのか舞から話を聞こうと考えたのだ。

「いつなら空いてる?」

僕はスマホで、カレンダーアプリを開いた。

片桐も同じようにカレンダーアプリを見ているが「うーん」と渋い顔をしている。

「ちょっと、ここ最近は厳しそうだな。俺、忙しいわ」

「忙しいって言っても、夜2〜3時間なら大丈夫だろ?」

「ステイホーム期間の影響で、仕事が立て込んでいてさ」

ここで引き下がるわけには行かない。僕は食らいつく。

「土日は?」

「土日は…」と片桐は首を横に振る。そして「舞が無理だろ」と言った。

「舞が?どうして?」

「普通、土日は婚約者と一緒に過ごすだろ。男友達のためにスケジュールを空けるなんて、俺がその婚約者だったら嫌だけどな」

片桐は冷静に答えたが、先が思いやられた。戦争は始まったばかりなのに、これでは敵に塩を送るようだ。

「それは舞が決めることだから」

僕がそう言うと、片桐は「たしかに」と頷いた。

「まあ、聞いてみるだけ、聞いてみるか」

さっそく片桐は、LINEで舞にスケジュールを尋ねた。するとすぐに返信が来る。僕が舞に送っても、この速さで返信は来ない。

「今度の土曜の夜なら大丈夫だって。婚約者も友達に結婚を祝われるそうで、舞は空いてるってさ」

愚かなヤツだ。僕は、まだ見ぬ敵に向かって内心で毒づいた。君が友達に結婚を祝ってもらっている間に、片桐が舞を奪ってしまうぞ?

「じゃ、決まり」

こうして、久々に三人が集うことになった。


久々に再会する舞は、やはりとんでもなく魅力的だった。そして彼女の結婚相手の正体を聞かされて…。

ステイホーム期間があったせいもあり、僕ら三人が集まるのは新年会ディナーをした以来だ。麻布十番にある、絶品ラムチョップの人気店『ウルトラチョップ プリュ』に集合することになった。

「久しぶりね」

結婚を決めた舞は、一段と綺麗になっていた。ただでさえ以前からツヤツヤだった肌も髪も、尋常でないレベルに昇華していた。

「前に会ったときは、彼氏がいるとも言ってなかったのに、急に結婚なんて驚かすなよー。なあ?」

僕は片桐に同意を求めながら、舞に嫉妬まじりのクレームを伝えた。

「ごめんね。あのときは、なんか別れるつもりでいたから」

「別れるって、今の彼氏と?」

「うん。でもそのあと、すぐにやり直すことにして。そのときに“結婚を前提にやり直そう”って話になったの」

「それがプロポーズ?」

「まあ、そうなるね」

舞は照れ隠しにグラスを飲んで、表情を読み取れないようにした。その姿が、とても愛おしい。

こんな舞を独占できる敵が、いよいよ憎たらしくなる。



「それで、相手の人は、どんな男性なの?」

僕より先に、片桐が尋ねた。いいぞいいぞ。その調子で片桐も嫉妬心を燃やしてくれ。

「どんなって…説明が難しいなあ。とりあえず年下」

「年下ぁ?」

思わず、素っ頓狂な声が出た。

「そんなに驚くこと?」

「いや、なんか意外だなーって思った」

サラリーマンとしては高年収を自負する僕や片桐より、さらに年収の高い舞が、年下の男と結婚するなんて…。まさか相手はヒモなのか?

「相手はウチの会社の、社長なの」

「…は?」

舞は、僕と片桐が落ちた大手商社の内定を蹴って、ITベンチャーに営業職として入社した。そこは、いまやアプリ開発で業界有数の企業だが、もともと創業者は高卒のエンジニアで、界隈ではちょっとした有名人だ。まさか、その人と…?

動揺しているのを悟られないよう、僕は冷静を装って尋ねる。

「笠原さん、とか言ったっけ?」

片桐に確認したつもりだったが、先に舞が頷いた。

「うん、笠原拓人」

「すっげえな!」

片桐はわがことのように喜んでいる。

「そんな人と結婚する舞はホントすげえよ!なあ、小暮?」

さらに僕に同意を求めてくるが、やめてほしかった。

敵は、僕だけでなく、片桐にとっても勝ち目がない相手のように思えた。心に秘めていたミッションは、実行する前から計画倒れになりそうだ。

「彼には前から、二人のことを話していてね」

舞が嬉しそうに言った。二人とはもちろん、僕と片桐のことだろう。

「今度一緒に四人で食事しましょう、って言ってるんだけど、どうかな?」

「いや、ちょっと待っ…」

「もちろん!」

いったん落ち着きたかった僕の言葉を遮り、片桐は声を張り上げた。

こうして一週間後の週末には、僕と片桐は、舞とその婚約者・笠原拓人と食事をすることになってしまったのだ。


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いきなり舞の婚約者と会うことになってしまった、親友コンビ。そこでまさかの大事件が発生…。