知りたくないのに、知りたい。

恋人と過ごす幸せな毎日に、突然あらわれた忌まわしい存在。

愛する恋人の過去を自分よりも知っている、妬ましい人。

「気にしなければいいクセに、どうしても気になる…」

これは“元恋人の影”に鬱々とする、男女の物語。

◆これまでのあらすじ

京太郎のスマホに、元カノ・梨子からメッセージが来ているのを見てしまった麻衣。

一度は見て見ぬふりをしたが、どうしても気になってしまい京太郎に電話をかける。すると電話口から梨子の声が聞こえてきて…?



「ちょっと京ちゃん、何してるの?」

京太郎に電話をかけたときに聞こえてきた声。それは間違いなく、梨子のものだった。

―会社で仕事してるって言ってたけど、どうしてそこに元カノもいるの?

不安や悲しみを通り越し、怒りがジリジリと胸の奥から湧き上がってくる。麻衣は腕に着けていたカルティエのタンクソロをちらりと見た。

時刻はもう、21時を過ぎている。

―このままずっと夜中まで、元カノと一緒にいるなんてことがあれば…。

そう想像するだけで、身震いがする。麻衣はすぐさま自宅を飛び出した。

タクシーに乗り込み、京太郎のオフィスを目指す。麻衣の会社からも近く、打ち合わせで何度も足を運んだ場所。

しかし今日は土曜日で、夜も遅い。大きなオフィスビルはセキュリティがかかっていて、カードがなければエレベーターホールに入ることもできない。

麻衣は薄暗いビルの中を見つめ、小さくため息をついた。

『いま、会社なんだよね?来ちゃったんだけど…』

京太郎のLINEにメッセージを送ろうとするが、しつこい女だと思われるかもしれないと一瞬、指先の動きを止める。

しかし本能には抗えず、送信マークをタップした。


職場まで押し掛ける女に、彼氏は…

既読が付くまでのたった数分が、恐ろしいほど長く感じる。

「…あっ!既読、付いた」

しかし、いつまで経ってもメッセージは返ってこない。麻衣はトーク画面をジッと見つめながら、唇を噛みしめる。

―やっぱり迷惑だったよね。でも、どうしよう。このまま帰りたくない…。

麻衣がスマホを握りしめ、ビルの前をウロウロしていると、自動ドアの奥に人影が見えた。

「京太郎…!」

社員通用口を抜けて麻衣の前に姿を現した京太郎は、さきほどまでと同じ服装であるにもかかわらず、まとっている雰囲気は完全に仕事モードだった。

そんな姿を見た瞬間、会社まで来てしまったことに対する後悔がドッと押し寄せてくる。

「ねえ麻衣。こんな夜遅くに、会社に来るなんて…。もし、俺がもう帰っちゃってたらどうするつもりだったの?」

「ごめん…」

こんな時間に真っ暗なオフィスビルの前で立ち尽くし、小さい子どものように叱られる自分が、恥ずかしくてたまらない。しかし京太郎は、オドオドする麻衣のことを気にもかけず、畳み掛ける。

「なんでこんなとこまで来たの?俺、仕事だって言ったよね?」



「電話口から元カノの声が聞こえて不安になったから」という理由は、あまりにも幼稚すぎて口に出せなかった。

「んー、困ったな。とりあえず雨は上がってるけど冷えてきてるし、ロビーで話そうか」

黙り込む麻衣に気を利かせた京太郎は、そう提案してくれた。いつの間にか、普段の優しい京太郎に戻っている。そんな彼に促され、静けさが広がるロビーのベンチに2人は腰を下ろした。

するとその瞬間、エレベーターホールに軽快なチャイムの音が鳴り響く。

開いたドアの中から、スッと姿を現したのは…梨子だった。

「あぁ、京ちゃんいた…!」

梨子の手には、京太郎のリュックがぶら下がっている。“本物の”梨子は、インスタの写真で見るよりも華奢で可愛らしかった。

「もう終わったから帰ろうと思ってたのに、京ちゃん全然戻ってこないから、荷物持ってきちゃったよ」

「あぁ、悪いな。ありがとう」

「っていうか、お取り込み中だった?彼女?」

「うん、まあ…」

京太郎が明らかに動揺しながら梨子と会話している姿を、麻衣はまるで他人事かのように、ぼんやりと眺める。

「車で送ってもらおうかなあって思ってたのに、残念。今日はありがと!また今度、何か奢るね」

―彼女がいる目の前で、すっごい無神経な発言なんですけど…!

さらに去り際、梨子はチラリと麻衣のことを見たが「全く興味ナシ」と言った様子で、麻衣の気持ちをかえって逆撫でしてくる。

でもそれよりも、麻衣の怒りは京太郎に向いていた。

こんな夜遅くに、仕事とはいえ元カノと2人きりでいたこと。それに自分のことを「彼女だ」とはっきりと紹介してくれなかったこと、全てが気に食わない。

「私も帰る」

麻衣は不貞腐れたように言い、ビルの出入り口へと向かう。スタスタと怒りに任せて早足で歩いていると、京太郎にキュッと手を握られた。

「送っていくよ」

元カノではなく自分を送ると言ってくれて嬉しいはずなのに、麻衣は素直になれない。「タクシーで帰るからいい」と、ぶっきらぼうに言い放つ。

そんな麻衣の手を、京太郎はギュッと力強く握り直した。

「いいから」

その手から「絶対にひとりで帰さない」という強い意志が感じられて、麻衣は仕方なくうなずいた。


不貞腐れる麻衣に、さらなる事件が…

車を停めた地下の駐車場で、京太郎は助手席のドアをそっと開けてくれるが、今日は心が動かない。むしろ、京太郎の優しい行動1つひとつが本心を隠しているようで、麻衣のモヤモヤとした感情は募るばかりだ。

そんな京太郎に反抗するかのように、マンションに到着するまでの間、麻衣は一言も口を聞かなかった。

麻衣の方から何も言い出さなかったのは、京太郎が何か言ってくれるのではないかと期待していたからだ。

せめて京太郎から言い訳や弁明があれば、“怒る”ことができる。

それなのに。

ー何も話してくれないと、まるで私だけが悪いことをしたみたいじゃない。

「麻衣、着いたよ」

そんな、京太郎の何事もなかったかのようなそぶりに、ずっと抑えつけていた怒りがついに爆発した。

「ねえ、なんで何も説明してくれないの?今の女の人って誰だったの?どうして私とデートした後に2人で会ってたの?」

麻衣が京太郎に噛みつく。車内がシンと静まりかえったところでまた、ポツポツと大粒の雨が降ってきた。

京太郎はギアをパーキングに切り替え、フットブレーキをかけると小さくため息をつきながら麻衣に向き直った。

「俺、最初に電話でちゃんと仕事だって説明したよね?あの人は職場の同僚。それに私とデートした後にって言ったけど、麻衣がもう帰るって言ったんだよね。…体調悪いからって心配してたけど、そうでもなさそうだし」

京太郎は淡々と言うが、全くその通りだった。

ーなんにも、言い返せないや。

「…そうだよね、勝手なことしてごめん」

麻衣はボソリと小さな声で謝ると、うつむきながら京太郎の車を降りた。

自分の不安を取り除くよりも、元カノをかばうような京太郎の説明と、言いくるめられてしまった悔しさで、胸の奥がギュッと押しつぶされそうな気持ちだった。





部屋に戻ると、電気をつけっぱなしで出て行ってしまったことに気づく。よっぽど冷静さを失って家を飛び出したのだろう、と今は冷静に考えられた。

ー元カノからの着信に気付かなければ、こんなことにならなかったのに…。せめて、会社に押し掛けるのは我慢しとけばよかったな。

麻衣の心は後悔でいっぱいになり、涙が溢れてくる。その涙を拭こうとバッグからタオルを取り出そうとすると、スマホが震えているのに気付いた。

着信中の画面には、懐かしい名前と写真が表示されている。

…麻衣の、元カレからだった。


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元カレからの連絡をきっかけに、京太郎と…?