およそ1,400万人が暮らす、現代の東京。

そのうちの実に45%が地方出身者で占められているという。

東京にやってくる理由は人それぞれ。だが、そこに漠然とした憧れを抱いて上京する者も少なくないだろう。

これは、就職をきっかけに地方から上京した女が、東京での出会いや困難を経験して成長していく「社会人デビュー」物語。

大都会・東京は、はたして彼女に何を与えてくれるのか…?

◆これまでのあらすじ

2019年4月。生まれ育った北海道を離れ、上京するきっかけを掴んだ美咲。

だがそこで目にしたものは、都内で大学生活を送ってきた同期達がまとう、華やかな空気感や形容し難いこなれ感。美咲も東京に見合う女になることを決心するが…?



入社式の帰り道、美咲はその足で渋谷ヒカリエに向かっていた。

本当は、入社式終わりにどこかおしゃれなカフェにでも寄って帰ろうと楽しみにしていたのである。しかし今、頭の中はある1つの思いでいっぱいになっていた。

―とにかく、外見を少しはマシにしなきゃ…。髪型?ううん、洋服かな?とはいえ、服もしばらくはオフィスカジュアルよね。

そうしてあれこれ考えていたら、ふと閃いたのだ。

ーそうだ、お化粧!メイクだったら印象変えられるわよね?

美咲は、一目散にB1階の化粧品売り場に向かう。

大学時代もメイクはしていたが、「周りもしているから」程度の気持ちで、特にこだわりがあるわけではなかった。

―今日会った同期達は、メイクもすごく可愛かった。なんというか、それぞれ自分のものになっていたわ。

とはいえ、自分がどうしたらああなれるのかは分からない。

とりあえず立ち寄った外資系コスメブランドのカウンターで相談し、「旬顔になれるカラー」と人気を博しているらしい口紅を購入することにする。

さらには、担当してくれた美容部員さんが「このリップに合いますよ」と薦めてくれたアイシャドウまで買うことにした。

―明日から早速使ってみよう。

渋谷を出る頃に時計を確認すると、21時を超えてしまっていた。

―なんだか、初日からものすごく疲れた。明日からも研修だし、帰って早く寝よう。あー…夕飯がないんだった。既にお母さんに会いたい…。

社会人として東京で暮らす、初日。昨日まであれほど期待で胸を膨らませていたというのに、美咲は早くも弱気になりかけていた。


初めて東京で迎えた「華金」。孤独を感じる美咲に声をかけてきたのは…。

次の日からは「新卒研修」という名の、入社導入教育が行われた。内容は社史を学んだり、各事業部長からの講義を聞いたりするもので、美咲はあくびを噛み殺すのに必死だ。

―ずっと人の話を聞くだけじゃ退屈だわ…。はやくOJTが始まらないかなぁ。

そんな思いを抱えながらの研修だったが、あっという間に1週間は過ぎていった。

そして迎えた金曜日。社会人となって初めての「華金」であるが、特に何か予定があるわけではない。上京したばかりの美咲には、こっちに住んでいる友達がほとんどいないのだ。

ー今日は帰ってゆっくりNetflixでも見て過ごそうかな…。

こんな時、これが北海道だったら飲みに行く友達がたくさんいるのに。せっかくの初めての金曜なのに、なんだかとてつもなく寂しい気持ちになった。

すると、ため息をつく美咲に声をかけてきたのは、瑠美という同期だった。

「ねぇ、佐々木さん。今日の夜空いている?よかったら、私達とご飯でも行かない?」

瑠美とは、今日のグループワークが一緒だったのだ。彼女の後ろには、他に2人の同期の姿も見える。

一瞬驚いたものの、まだ打ち解けられる同期がいなかった美咲にとって、誘われたことが純粋に嬉しかった。

「ありがとう。ぜひ参加させて!」



連れられるがまま表参道へと移動し、駅からの道を雑談しながら歩く。しばらくすると、花と緑に囲まれた一軒家風のレストランの前で、瑠美が立ち止まった。

「ここよ」

くるりと振り向いた瑠美の目は、大きくて愛らしく、女である美咲も思わずどきりとする。

「あ、ここ行ってみたいリストに入っていた〜!」「いいね〜良さそう。予約してくれてありがとう」

他の2人も、口々に賛同する。美咲は、このような素敵なレストランの知識もなければ、特に行きたいお店すら思い浮かばない。だから当然、3人の決定に従うのみだ。

金曜夜の『表参道バンブー』は、美咲たちのように華金を楽しむ社会人で賑わっていた。

「ここ、素敵ね。私、上京してきたばかりで何にも知らなくて。瑠美ちゃんたちが誘ってくれて嬉しかったの。本当にありがとう」

美咲が率直な気持ちを言葉にすると、瑠美たちは「やっぱりそうなんだー」と口々に言う。

「あんまり親しい感じの子がいなさそうだったから、せっかくだからと思って声を掛けたの!私と、こっちの沙耶は同じ上智出身。あと、恵梨香は大学は違うんだけど、もともと沙耶の友達だったの」

「そう、私は青学。同期なんだし、これからよろしくね、美咲」

―みんな可愛いなぁ。華やかだし、それに優しい。こんな子達が東京にはたくさんいるんだろうな。

美咲は、素直にそう感じていた。



しばらく他愛もない話で盛り上がっていると、背後から「あれ!?」という男の声がする。

「瑠美?瑠美ちゃん!!?」

「え?翔平さん!?」

どうやら瑠美と知り合いの男性のようだ。その男性を見て、美咲は驚いた。なぜなら、とてつもなくイケメンだったからだ。

―やっぱり美人のお友達は美人とイケメンなのね。翔平さん、爽やかだなぁ。

美咲は感心しながら、二人のやりとりを見つめていた。

「久しぶりだねー。瑠美ちゃん、今年から社会人だっけ?大人っぽくなったねー!」

「本当ですか?嬉しい!翔平さんの会社って、ここから近いんでしたっけ?私、渋谷にオフィスある会社で働いていて…今度ご飯行きましょうよ〜。このメンバーで行くので、翔平さんもお友達連れてきてください!」

「いいねー!じゃあ、また連絡するわ」

瑠美は笑顔で頷いている。しかし、翔平の後ろ姿を見送ったかと思えば、慌てて自分のバッグから鏡を取り出し、ものすごい勢いで自分の顔をチェックし始めた。

「ねぇねぇ、ファンデーション崩れてない?まさか翔平さんに出会うなんて思ってもいなくて…」

「大丈夫だよ〜」と、沙耶と恵梨香が笑いながら言う。瑠美によると、翔平は大学で同じサークルだった先輩らしい。その口調からすると、憧れの先輩なのだろう。

「あ、翔平さん商社だから、お食事会開いてもらおうよ!その時は皆で参加しよう?」

―商社マンかぁ。それにお食事会。なんだか東京の社会人って感じ。もし誘ってもらえたら、私も馴染めるかなぁ…。

自分がなんだか新しい世界に足を踏み入れたようで、ドキドキする。

その後は食事を終え、「また来週から頑張ろうねー!」とお互いに言いながら帰宅の途についた。

―瑠美たちと、これからもっと仲良くなれたらなぁ。

社会人初めての金曜日は、そんな淡い期待を感じることのできる、楽しい夜だった。少なくともこの時までは。


せっかく同期とも仲良くなれたのに…。このあと美咲に起こったショッキングな出来事とは?

翌週月曜日、早起きした美咲は髪を巻いてから出社することにした。

ヘアアイロンは持ってはいるものの、普段は自分で髪を巻くことなどほとんどない。慣れないことには時間がかかるものだが、YouToubeの動画を見ながら必死に真似をする。

カールした髪をみると、それなりにテンションが上がり、美咲は上機嫌で家を出た。

今週も引き続き研修のため、大ホールに向かう。そこに瑠美の姿を見つけ、美咲はすかさず駆け寄った。

「瑠美!おはよう。先週はありがとう」

そう言葉をかけると、瑠美はこちらをちらりと見て、クスリと笑った。

「あら、佐々木さん。おはよう」

―え?佐々木さん?金曜日は美咲って呼んでくれていたのに。それになんだか今日は怖い。

「瑠美、どうかした?」

「へー。今日は髪を巻いたんだ。そういえば入社式の時と比べてメイクも濃くなったよね。必死に頑張っているのね」

「…え?」

途端に嫌な予感がした。今日の美咲に語り掛ける瑠美の目は、全くと言っていいほど笑っていなかったのだ。

「でも…やっぱり佐々木さんって、いかにも上京したてって感じね。そんな内巻きが強いカール、東京じゃ誰もやってないわよ。いつの時代なの?って思っちゃった」



瑠美はそう言うと、沙耶と恵梨香を見つけたらしく、2人の方へと走っていってしまった。

取り残された美咲は、ショックを受けながらも、たった数日でどうして瑠美の態度がこんなにも変わってしまったのかが、不思議でしょうがなかった。

しかしたまたまお手洗いで一緒になった沙耶がこっそり、こう教えてくれたのだ。

「実はね、あの後、翔平さんから瑠美にお食事会のお誘い連絡が来たんだけれど、そこに美咲のことを絶対連れてきてほしいというニュアンスがあったみたいで…」

「え…?わたし?」

「純粋そうで可愛いねって。それで瑠美が、なんで!?なんで美咲なの?って怒っちゃったの…なんだかごめんね」

「ううん、沙耶が謝ることじゃないよ。教えてくれてありがとう」

沙耶の説明は、恐らく正しい。朝の瑠美の態度も納得できる。この場を取り持つように、沙耶は早口で続けた。

「でもほら、どうせ研修も今週で終わりだし、その後は同期とはいえ、配属先ばらばらだろうから…。美咲もきっと仲良い友達出来るよ!瑠美の前では、話すの難しいけれど、何かあったら連絡してね。じゃあね」

そう言い終わるか終わらないかのうちに、沙耶はそそくさとお手洗いから出ていってしまったのだ。

美咲は、心に大きな穴が開いてしまったような気分になった。

なんとも言えない孤独感に襲われて、自分のスマホを取り出しLINEを開く。こんな時にすぐ会える親しい友達がいないというのは、致命的だ。

そのとき、美咲の頭に、ある人物が浮かんだ。

―…そうだ、玲奈さん!久しぶりにお会いしたいわ。

玲奈は、美咲が東京で唯一頼りに出来る人物だ。というのも、同じ大学を卒業し、就職をきっかけに北海道から上京してきた3つ上の先輩だからだ。

就職活動中もアドバイスをくれたりと、美咲にとって頼りになる存在である。

北海道にいながら学生時代から垢抜けた雰囲気を持っていた玲奈は、現在、国内最大手化粧品メーカーにて広報として働いている。

玲奈に連絡してみると、幸いなことに次の土曜日が空いているという。こうして早速彼女に会うことになった。



良く晴れた週末は、それだけで気分が良い。久々に玲奈に会うこともあって、少し緊張した面持ちで、美咲はカフェで玲奈を待つ。

「久しぶり〜元気にしてた?」

手を振って現れた玲奈は、相変わらず美しく、通りすがりの何人かが思わず振り向いてしまうほどだった。

「玲奈先輩、ご無沙汰しております!」

美咲はそう挨拶をするなり、安心してしまったのか、不意に涙が溢れてしまう。

すると玲奈は、バッグからハンカチを取り出して手渡し、「何かあった?」と尋ねてきた。

美咲は、瑠美との出来事を説明した。話の途中でも、何度か涙が出てしまう部分もあり、思っていた以上に自分の心はダメージを受けていたのだと気づく。

「そっか、最初から大変な目にあったわね」

玲奈はそう言いながら、美咲の話を聞いてくれた。最後まで話し終わると、玲奈は、美咲の目をまっすぐに見つめて言った。

「ねえ、美咲ちゃんプロデュース計画、私にも手伝わせて。同じく上京して社会人やっている身として、きっとアドバイス出来ることがあると思うの!」


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